何も考えられない。
シンは呆けたまま少女に見蕩れていた。
「名前を聞いていなかったわね、親切な人」
「シン、シン・アスカ」
反射的に答えてしまうシン、不思議と恐怖は湧かなかった。
「そう、ねえシン。私のこと助けてくれるのでしょう」
「ああ、うん、約束した」
「じゃあ、私と契約してくれる」
「契約って……どんな?」
「私の断片を探す。私に魔力を与える、これは他の力ある魔術師から奪えばいい。
その代わりに、あなたに魔術師として力を与えるわ」
「断片? 魔導書? 魔術師?」
鸚鵡返しに問うシンに眉を顰める少女。いぶかしんだようだ。
「素人なの? でもあの狭間で貴方は正常だったのに。
普通、垣間見ることも、入ることも出来ないわ。
余程の素質が──────ある、みたいね」
「よく、覚えていない。
君の、君の腕が落ちてて、声が聞こえたから助けなきゃって」
「……妄執のたぐいかしら、当たり前のヒトが、あの世界でそんな結論に至る訳もないし。
───きっと私が貴方を見つけたのではなく、貴方が私を選ぶ運命だったのね」
「あの病院行かないと、腕」
「ついてるわよ、見えない?」
確かについている。訳が分からないことだらけだ。
「あ、うんついてる」
駄目だ。もうシンの脳みそでは付いていけない世界だ。
「この状況で契約してもフェアじゃないか……
ねえシン、試用期間ということで仮契約でいいわ。
このままだと私、消えてしまうから。
礼儀としてこの姿を維持してるけど、とても辛いの」
「約束したから、契約……するよ」
「愚かね。外法の存在との口約束は破滅と相場が決まっているのに。
でもそんな貴方だから、私の聲を拾ったのでしょうね」
不意に少女がシンの頭を自らに引き寄せる。
可憐な雰囲気を醸し出す少女にシンはドギマギしたが、
止める間もなく互いの顔は近づき………
柔らかな感触。シンと少女は唇を触れ合わせた。
余談だがシンのファーストキスでした。それを怪異そのものに捧げた事を喜ぶべきか、
悲しむべきか。答えはずっと先に分かることです。
つづく
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