英雄の種と次世代への翼 ◆sZZy4smj4M氏_第02話

Last-modified: 2008-06-14 (土) 18:28:31

            第二幕「蜜の老熊とお花畑戦線」

 
 

―時間不明、パーティ会場のホテルのある一室にて

 

「まさか、前戦役の英雄自らとは光栄ですな。てっきり、適当な官僚を誂えられると思いましたよ」
「パーティの最中すいません。もう一人も”用件”が済み次第、此処へ来ます」
「いやいや、私も丁度退屈していた所だったから良かった。何か飲むかね?
 丁度、ビンテージのヴォートカなら持って来ているよ。
 私は年と家の者が五月蝿いので水割りだが、こいつはストレートでやるのが一番美味い」
「いえ、まだ未成年ですのでノンアルコールで宜しければ」
「ふんっ……そうだったな」

 

 別の階層では絢爛豪華なパーティが催されているホテルのある一室。暗い部屋の中、男が二人居た。
 老いた声の一人はもう一人の若い声のする方に緩やかに視線を向けたまま、グラスへと氷を入れている。
 水割りを作っている様で、まるで何十年も同じ作業をこなしているバーテンダーを髣髴とさせる手さばきを見せていた。
 いかにも年代物そうな古いラベルの瓶から注がれるウォトカが水と混じりあい、濁りながらもその容積を満たしていく。
 その液体と古めかしいデザインラベルの瓶は大人の飲み物として、また故郷の味として、北の大地で男たちの命を繋ぎ寄り添ってきた頑健たる地位を築いた歴史がその男の威厳を後押しする。

 

 まるでこの男に選ばれた事を誇っているかの様に、アルコールの香りは僅か数秒でその部屋に居た若者へと届かせた。
 その香りに眉間に皺が若者を見て、ふっと笑い飛ばす顔を暗がりで作る中、暗闇に慣れた目はその姿を映し出す。
 深く刻んだ皺に白い髪の毛、青白い肌に恰幅の良い体。年老いても尚、鋭い眼光は獲物を狙う老獣の様だ。
 それに相対するのはまるで少女の様に整った顔立ちの少年……いや、それほど幼くもない若者が一人。
 一見年老いた男と若者を見比べれば、孫と祖父に見える程の年齢差を感じさせている。
 しかし、若者も方もそれなり場数を踏んでいるのか、威圧感ある男相手にたじろぎも緊張も見せてはいない。
 男はそれをつまらなそうに見やった後、腰をかがめて備え付けの冷蔵庫から何かを探している。

 

「しかし、難しいなプラントは? 酒も窘めん若造が国の重鎮を担っているとはね。
 祖国では信じられん。ヴォートカ・……失敬、訛りが強かった。ウォトカもやれん子供では政治の話にもならんからね」
「どちらの発音でも意味は通じますよ。……そして、随分と古い考え方をお持ちですね」
「プラントらしい回答だ。だが、何時の時代も政治も世界も酒の席で進んでいたのだよ」
「今は民主主義の時代ですよ? 密会の酒宴で政治を決めるなんてのは馬鹿げている」
「民は酒を飲む。政治家も酒を飲む。そして、どんなに時代は経っても人の本音を吐き出すのは酒とその宴だ。
 それを理解出来ん様だから戦争などと言う愚かな事を続ける。そして、焼かれるのは何時も”祖国”だ」

 

 男はその若者が”まだ酒が飲めない”と言う一言で声のトーンと態度を一変していた。
 垂れ下がったまぶたの肉の奥から見える青い瞳は、少し濁らせながら見つめた先に居る若者が座っているソファーへと瓶が一つ投げ渡される。それは青リンゴのジュースの瓶だった。
 ホテルにあった冷蔵庫にあらかじめ入っていたのか、事前に頼んでいたか解らないが、男から若者へと下された評価だ。

 

 ”それに相応しい飲み物”という暗喩を込められたモノ。

 

 若者は僅かに頭を下げながらもそれを受け取る仲、男は相手の反対側へと座る。
 しばし、視線が交錯しながらもお互いに僅かにグラスを傾けたまま相手に油断を見せない。
 張り詰めた空気の中、水割りにされたウォトカで喉を潤わせると老人に対して若者は瓶の口を開けて
 出されたグラスへと注いでいく。注がれる水音だけがその沈黙の中響いていた。
 老いた男は作った酒を口元へと傾ける。その熟成された旨みを堪能した後、音も無くグラスに指をつけ、くるくると氷だけを回したままゆっくりと口を開き始めた。

 

「そろそろ本題に入ろうか。わしを訪ねるにあたって、手ぶらと言う訳ではないのだろう?」
「ええ。其方のご事情と言うか”得たモノ”については大体見当がついています。
 貴重なお時間をそのお話しに当てたいと思います」
「結構。で、条件を聞こう。金、利権、ご自慢の軍事技術でもいいがね。”我が祖国”に何をくれる?」
「話が随分飛びますね。理解は出来ています」
「我が国の”天然”の美男美女は優秀なのだよ。コーディネイトなどしなくてもね」
「……生前と生まれた後の”加工”の時期の差に意味があるんでしょうか?」
「”ブランド”だ。養殖より天然モノを好むのが”普通”の人間だからね。
 家畜と農作物位だよ。養殖が評価されるのは」

 

 ふんぞり返って露になるでかい腹のラインに加えて、まるでアメフトでもやっていたかの様な、幅広い肩がより一層、男を尊大に見せていく。線の細い若者とはまるで違っていた。
 下品さを感じさせる好色家と言うほど、男はいやらしい雰囲気を滲ませないがそれでも若者の美麗さと対比してしまえばどうしても穢れて見えてしまう。老いた大熊と言う形容がとても似合う。
 豪胆さと言う文字がそのまま若者へと押しつぶすかの様な場慣れしたプレッシャーと駆け引きの言葉。
 外交と言う言葉には似つかわしくないストレートな脅しと欲求。
 若者はその圧力に屈することも無く、じっと相手を見返す様子は若者は”何か”を待っている様に見えた。
 相手の出方を待っていた百戦錬磨の老熊はふと少し遠い目をしながらもその後ゆっくりとまぶたを閉じてしばし沈黙し、先ほどの威圧的な言葉とは裏腹な悲壮と哀悼を込めた低い声と丁寧な口調で、ある国について語り始めた。

 

「君はスイスと言う国を知っているかね?」
「名前と地図上の位置と国家の代表を遠目で見た程度には」
「かの国は先祖帰りしている。昔はその大地にろくな農産業が育たず、傭兵と言うことで
 あちらこちらに戦争に出ては富を得ていた。
 それから彼らはやっとの事で ”金融”という安定した富を生産するモノが勝ち取った。
 傭兵と言う汚れ役をただひたすら実直に行い”誠意”と”信頼”を売りに実績を積み上げてこその価値あるものだった。
 それが、混迷する世の中ではそれはもう消えてしまった。今は昔と同じ傭兵を派遣する血生臭い国になってしまったよ」
「……貴方の国は石油が枯れてからずっとこんな事を?」
「悪いと言いたいのかね? 腹黒い大人めと叱責して私を侮蔑するかね?
 むしろ、核を止めた君たちコーディネイターが、その言葉を吐けると思っているのかね?」
「いえ。諜報員を使うのは古くから使われていた手。我々もそれに注意せねばいけなかった」

 

 若者は目を逸らす事も溜息を吐くこともせず、まっすぐに視線を向けて男の昔話を聞きながら、僅かに荒ぶった恨み節の様な声をじっと耐え忍んでいた。
 コーディネイターとナチュラルの対立以前に人は彼の言う例の如く、様々な生き方をしてきた。
 人が多い国、国土が広い国、技術が高い国、資源が多い国、それは今でも変わらない。
 しかし、世界は変わっている。石油が無くなり、宗教が衰退し、核が使えなくなって宇宙の墓場をぶつけられて都市は壊滅し、津波に飲み込まれたりもした。異常気象も現役だ。
 それでもまだこの星に生きる人間はしぶとく強かった。皆好きなのだ、この星が。
 その人間達を恨みと復讐と戦意で一つに纏めたのはロゴスと呼ばれた企業集団。
 それが無くなってから今は各国が一往に出し抜こうとするのは想像に難しくなかった。
 何せ、”敵”が勝ってしまったのだ。ならば、その勝ち馬に乗らなければいけない。
 そう、レースの途中で乱入した暴れ馬でも一着を取ってしまうなら、それに鞍をつけて手綱をつける事は大人達の役目でもあり、その暴れ勝ち馬に大勢で乗ってそれを乗り潰すのも世界の慣わしである。出る杭は打たれるのが世の常だ。

 

 男は僅かにその殺意と侮蔑と圧力と視線を投げかけても、決して目の逸らさない若者にふんっと僅かに鼻で笑い、つまらなそうに視線を彷徨わせながらグラスを揺らす。

 

「中々、胆力はある様だな。流石、あちこちの陣営を渡り歩いた蝙蝠だけはある」
「お褒めに預かる程のものでもありませんよ」
「ま、それは良い。さっさと交渉材料を見せてくれ。出なければ、次はゾーリンゲンの話をする羽目になる」
「そうですね。……キラ、準備は終わったか?」
「うん、アスラン。こっちは終わったよ。流石だね。言うだけあって良い”ブランド”だったよ」

 

 バスルームの方から声と共に扉が開け放たれる。びくっとその声に驚いたのは男の方だった。
 もう一人の少年……否、対峙する若者と同様に綺麗な目鼻立ちをした若者が現れると男の顔はみるみると青ざめる。
 次の瞬間、男は理解し自分の迂闊さを呪った。そうだ、彼らは既に一年前から自分達の理性の範囲外に居た事と、それを利用して勝利を収めようとしていた事を失念していたのだ。
 バスルームから現れた若者には寄り添う様に裸の天使を連れ沿っていた。
 真っ白い肌に薄いプラチナブロンドの金髪にアイスブルーの瞳にスタイルの良いその四肢と大きな胸と尻。
 水も滴る良い女という形容詞がとてもよく似合う。整って動かぬ表情など正に人とは思えぬ整った美貌を感じさせていた。
 とても美しい女性だった。額に穴が開いている事以外をとっては正にパーフェクトだ。
 残念ながら欠点は文字通り致命傷だった。男は少し狼狽した後、懐から葉巻を取り出してそれに急いで火をつけようとする。
 慌てている事を感じさせない動作でカッターを操り、葉巻の先端を落とすがその手は僅かに震えていた。
 煙が部屋に漂わせている間、それを若者二人と死しても尚美しい女性が光の無い瞳で見つめていた。
 男が懐に手を掛けるとバスルームから現れたキラと呼ばれた若者は持っていた銃を構えるが、アスランと呼ばれた席に座っている若者は制止を促す。
 男は手帳の中に挟んでいた一枚の写真を静かに眺めながらも、最後の一服となるその上等な葉巻をゆっくりと吸い味を堪能していた。
 葉巻と酒の味、そしてその写真を見つめれば、男にとって其処は極楽に等しい幸せな時を提供してくれた。
 二人の若者はじっとその姿を見つめている中、男は無表情のまま葉巻の先端を灰皿でもみ消す。
 男は彼らが”それ”の意味を知っているとは思っていない。その作法は若者二人に対する怒りを示していた。

 

「もう良い。心残りもあるが最後の一服と最高の一杯、なにより家族の写真を見れただけでも私は幸せだ。
 家にある高い金を出して買ったビンテージボトルが結局飾るだけになってしまったのは悔しいがね」
「貴方の”最期の時”と言う貴重な時間。お話しに付き合ってくださってありがとうございます」
「成る程……さすがだ。だが、覚悟は出来ているんだな? 祖国は黙っていないぞ?」
「僕達はあの時……ヤキン・ドゥーエ戦で覚悟を、未来を、議長に約束しました」
「そうか、ならば好きにするが良い。死に行く私に言えるのはそれ位だ。精々、恨まれて呪われて死ね」
「「はい」」

 

―楽しいパーティ会場。絢爛さや人の見栄、強欲さが渦巻くその喧騒は、一人の老熊の死の音をもみ消してしまった

 
 
 

―パーティ会場、東女性用化粧室にて

 

 華やかな喧騒とは裏腹、此方は女達の命を掛けて戦場に出る為の詰め所だった。
 お花畑(トイレの隠語)の鏡の前で、二人の女性が溜息と文句と愚痴と新たな発見に様々な感情を織り交ぜた感想戦を交わしながらも、継続される略奪戦への出陣に備え自らの得物を駆使して、早急に崩れた化粧と言う名の武装を整えていく。
 華麗な若い蝶達が油紙で浮いた油をとり、チークを塗り直し崩れたアイラインを引き直し、潤おいを失った紅を刺し直して、”顔”という尖兵はより美しくなっていた。
 時は金なり。シンデレラより少し時間延長できる身の上とはいえ、舞踏会の時間は限られている。
 コーディネイターもナチュラルも同等に争う戦争。そこに赴く志士達の一握りであるホーク姉妹のメイリンとルナマリアはその若さと美貌で、それなりに男達の目を引きつけ笑顔を振りまきながら品定めと言う偵察行動を終えて、今から戦線に本格介入する準備を整えている。
 ふと、復旧の70%を終えた所でルナマリアは何か気付いた様に視線だけメイリンにちらっと向けた後再び鏡を睨み直しながらも作業を続けながらも話し続ける。蝶達の口は動き始めても手を止める事はなかった。

 

「って、あんたはアスランさんが居るんだから焦る必要ないんじゃない?」
「アスランに”君は何時も綺麗でいて欲しい”って言われてるのよ♪ そういうお姉ちゃんも……シン居たよ?」
「はいはい、ご馳走様。……べ、別にあいつはもう良いのよ! それより、もっと良い男見つけてやるんだから!」

 

 妹、メイリン・ホークの一言は姉、ルナマリア・ホークの動揺を確実に突いてきた。
 一瞬、崩れ落ちそうになったその言葉に瞬時に手を止めたが僅かにラインがぶれる。
 それを何事も無かったかの様にすぐに持ち直すのは流石、歴戦と言うか何と言うかと言う感じである。
 しかし、そんな戦線復旧の腕前よりもメイリンにとっては、姉の暴走を何とかしたいと言うのが本心であった。

 

 それは数ヶ月前のある日、突然

 

 「シンと別れた」
 「お姉ちゃんシンと付き合ってたの?」
 「そうよ。そもそも付き合ってなかったのよ!」

 

と言う謎の会話を経て一人満足して以来、姉はシン・アスカから離れている。

 

 シン本人に事情を聞いても「急に別れを告げられてた。なんでだろ?」と逆に理由を聞かれる始末。
 まぁ、あの姉の性格から言って何が具体的に不満だったかは知らないが、恋愛における期待値をシンがクリア出来なかったのは容易に想像出来る。そもそも、あのシンにそれを期待する方が幼稚園児に「因数分解をして♪」と言う位、無理な話だとメイリンは思っていた。

 

「理由は別に良いけどさぁ。お姉ちゃんはシンとお似合いだと思うよ」
「な、何をぅ!?」
「来る男来る男、”軟弱者”って切り捨ててるじゃない。何処のお姫様のつもり?
 やっぱり、シンが一番長持ちしてたし、楽しそうだったよ?」
「それはあれなのよ。皆、マザコンのボンボンかスポーツだけの脳筋とかばっかりだったからよ。
 今度は違うわ。由緒正しい家柄の包容力のある優しい人を捕まえるんだから」
「そういうのを狙って合コンしてて、文句付けてりゃ世話ないよ」

 

 第三者のメイリンからすれば、そんな恋愛経験値が幼稚園児のシンでも姉とはお似合いだと思っていた。
 メイリンにとって本来は姉個人が誰と別れようが感知する必要なく、この発言がおせっかいになる事は理解している。
 だが、自分とアスランとの仲を落ち着いてくると日に日に姉の焦りが顕著になっており俗に言う男漁りと言うか交友関係と言う視野がぐぐっと広がり、その反動の目潰しを喰らいまくっているのである。
 しかし、姉の男の見る目に関してはメイリンはあまり言及しない。
 だって、姉が狙ってたのを掠め取った(更には婚約者?に振らせた)略奪愛をしたのだから、最終的に自分へのブーメランになるのは解っていた。
 その姉と同レベルの見る目を持つメイリンはやはり、今まで見た範囲内でシン・アスカとの交際期間中の姉が一番幸せそうだと判断している。

 

 それもあってわざわざ、こんな絶好の男漁りスポットにてこんなことを苦言しているのだ。
 ルナマリアも何となく理屈ではそれを解っているので性質が悪いのだが解決方法は簡単だった。
 メイリンは姉へとその処方箋を解く事にした。姉は今夜言えなければ、一生言えないと女の勘が告げている。
 また、メイリン自身も戦時中に色々と心配をかけたり、混乱をさせた罪滅ぼしも今夜を逃したら暫くは機会も無いだろうと思っていた。

 

「素直になったら?」
「あたしは自分に正直よ?」
「……ねぇ、シンがさっき挨拶した時、何か言ってた? 挨拶だけじゃなかったでしょ?」
「ん? ん、ああ、えーと”今日は綺麗だな”って。酷いわよねぇ。 ”今日は”って何よ”今日は”って!
 何時もは綺麗じゃないってほんと見る目が無いっていうか! もう、子供でしょうがないわ!」
「お姉ちゃんもいい加減さぁ~、素直に……大人になろ?」

 

 早期決着のチェックメイト。ルナマリアの顔を真っ赤にしたままテンションの高い身振り手振りの嘲笑をぽんっと静かに叩かれた手。その肩に残る妹の手の感触に一気に消火されてしぼんでいく。
 それに気持ちの昂ぶりをを崩されたのか、大きく肩を落としながらも再び鏡を見て向き直る。
 しばし見つめた後、ルナマリアは少しメイクをし直す事にした。無駄に着飾るのを止めて少し化粧の濃さを落とす。
 姉の再起動のスイッチが入る様子を見れば少し荷が下りたのか、メイリンはほっと溜息を漏らしている。
 そして、姉妹は再び戦場へと降り立つ。素直になった姉が敵前逃亡をしないようにがしっと手首を掴みながらメイリンはホールをゆっくりと人垣を縫っていく。が……急にぴたりとその足を止めた。これは不味いと顔が物語っていた。
 何事かとルナマリアはドミノ倒しになりそうな所を寸の出で止まる。もうちょっとでメイリンの背中に自分の顔の化粧の写し絵とキスマークを付ける所だった。
妹の様子が急にそわそわしだした事に気付いたルナマリアは、いぶかしげに前に進むメイリンの顔を覗き込もうとする。

 

「メイリンどうしたの? なんだか様子が変だけど」
「あ、いやえーと……こっちは居ないから多分あっちかなーーテラスかもーー」
「けど、さっきこっちの方居たわ…………よ……ね………………………………居た」
「……あちゃー」

 

 メイリンは慌てて来たルートを戻ろうと姉をそのまま押し戻そうとしたが、それが間に合わず空気が一瞬にして凍り付いたのが解った。ルナマリアの視線はメイリンの向こう側を見つめている。
 メイリンはおでこに軽く手を当てながらも、姉の視線の硬直と口走っている台詞がまるで螺子の切れたオルゴールになっている事から全てが終わった事を痛感する。
 ルナマリアは目標を捕捉したと同時、その顔は首都陥落寸前の防衛軍の様な顔になっていた。
 姉妹の視線の先に飛び込んできたのは、何処の馬の骨とも知らぬ美女と踊っているシンの姿だった。
 終戦後、色々催し物の関係に備えて基本しか習ってない稚拙なステップを相手にリードして貰い、至近距離で歓談を続けながらも、楽しげにホールを舞っているシンと女性の姿にルナマリアは衝撃を受ける。
 別にシンと付き合っている時、笑っていた事が無かった訳ではない。実際、”楽しかった”自信はルナマリアにもある。
 ただ、それはアカデミーの訓練やミネルバでの他愛無い友人としての会話に毛の生えた程度であった。
 だが、今のシンから見て取れる”楽しさ”は違っていた。以前、連合の強化兵を必死で護ろうとした庇護愛に溢れた顔でも自分が立っていられなかった時に抱きしめた時の顔でもない。
 ルナマリアの目に映っているシンはただ、純粋に綺麗な女性と近くで話し、肌に触れ、手を取り合っている事に喜んでいる男の顔だった。

 

―断じて嫉妬ではない。

 

 ルナマリアはそんなシンの顔を見るのが初めてであった事実と、更にそれを一番近くに居たのに出来なかった自分自身の不甲斐無さが許せなかったのだ。

 

                    舞台は第三幕「ラブコメ・フラメンコと復活のルナ・レーダー」へと続く