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英雄の種と次世代への翼 ◆sZZy4smj4M氏_第01話

Last-modified: 2008-06-14 (土) 18:26:55

―月都市某レストラン 男子トイレにて

 

「本日はお日柄もよろしいことでぇー、って……駄目だぁ!?
 良く考えたら月じゃ天気はコントロールされてるじゃないか!」
「そうですね……すいません。俺、さっきから場を和ませるギャグだと思ってたですが
 ていうか、それ以前に夜のディナーにお日柄も何も無いと思うんですけど」
「え?!ずっと本気で練習してたんだけど!? 早く教えてよ!」
「帰りたくなってきた。相手に失礼だから、か・え・り・ま・せ・ん・け・ど! しっかりして下さいよ艦長ぉ」
「じゃあ、何て挨拶したら良いんだろか。常套句はコレ位しか僕知らないんだけど」
「そんなの俺が知る訳ないじゃないですか」
「そうだよなぁ。うーん、難しいな意外と」

 

 鼻歌交じりでスーツを着込んでいる元副艦長で今は俺の所属する部隊の戦艦の長である
 アーサー・トライン艦長は何度も鏡で髪型を確認しており、まるで自分の催し物の様に張り切っていた。
 さっきまで何度も何度も繰り返す挨拶の言葉の練習が今更役に立たない事に気付いたらしく、若干の焦りを顔に滲ませている中、狼狽振りを隠すかの様に手を再び、洗い直す。
 怯えたアライグマみたいだと思った。アライグマが洗うのは狩りの練習らしいが何となくイメージで。
 さて、それを見ている俺、シン・アスカは怪訝な顔つきで、トイレの洗面台の鏡越しにアーサー艦長を見ながら怠惰なため息を漏らしつつも艦長が凹み過ぎない様に言葉をぶつける。正直、用を足した後だというのに実に気が重い。
 陰と陽がはっきりと別れる二人の姿は、傍から見ればかなり異様に見れるのだろうか。
 ため息で思わず口に挟んでいたハンカチを落としそうになる中、あまりの態度に視線も自然と冷ややかになる。

 

「アーサー艦長。はしゃぎ過ぎですよ。大丈夫なんですかぁ?」
「んぅ? 仕方ないだろう。君は身寄りが居ないし、同僚は君と数年しか変わらない子ばかり。
 上司以外の理由は無いけど、やっぱ頼られるのは嬉しいからね。それとアテがあった?」
「はぁ……まぁ、確かに艦長は黙ってれば、大人に見えますし……そんな事、頼める大人の人居ないですけど。
 見合いのえーと、仲人って奴でしたっけ? 出来るんですか?」
「なぁーに、向こうは大層な君のファンらしいじゃないか。後は若い者同士でと言う事でヘマをする事も無いさ」
「そんな無責任な。要するに丸投げじゃないですか」
「ははっ、シンは場数も踏んでるし、何とかなるだろう? ま、気に入らなかったら後で断れば良いよ」

 

 結局、何時もの調子へと戻ってしまった艦長を尻目に他に選択肢の無い現実が憂鬱さを引き立てる。
 トイレを二人で出た後、艦長にパンッと背中を叩かれる手の感触は、初めてのMS搭乗訓練の時に押された教官の手とダブって感じられた。それが勇気付けなのか奈落に落とすつもりだったかは未だに解らない。だが、それで少し安心出来たのは事実だ。ちょっと艦長ではと思っていたが、やはり大人の手と言うのは安心する。
 ふぅっと陰気さを吐き捨てる様に呼吸を整え、背筋を伸ばし案内されたVIPルームへと向かっていく。
 事の発端は3日前程に突然、届いた見合い依頼の申し出を来た事から始まった。
 しかも、軍と政府のお墨付き及びセッティングでその日は休んでいーよと言う事になっている。
 終戦から1年も過ぎた頃で連合とザフトの人的交流が活発になったとはいえ、まさかそんな依頼というか、最初受けた時は何かの間違いかと思った。当初は断ろうと思っていたが、艦長のあまりの盛り上がりっぷりに無碍に断る事は出来なかった。かと言って俺は結婚などと言うのをモノを、本格的に意識して望むわけもない。
 取り合えず、逢うだけ逢って見るとの事だったのだが、結構上等なレストランの予約を入れてしまったらしく
 俺は場違いな雰囲気に緊張を隠しきれないでいた。いや、そもそも緊張を隠すなんて事が出来た記憶が無いか。

 

「しかし、ほんとに何も知らずに来るなんて、シンも度胸があると言うか何と言うか」
「だって、好みじゃなかったら来る前から憂鬱になりますし、好きそうな相手だったら何だか緊張しちゃうし
 後は一回で終われないかもしれないじゃないですか。恋愛は兎も角、結婚前提で付き合うのはまだ流石に」
「なぁに、そんなのは逢った男と女が出会ったら事は勝手に進むもんさ。
 ま、確かにソレの方がシンにはいいかもね」

 

 予約をされていたVIPルームへと向かう途中、艦長は横目でもう何度も聞かされたセリフを告げられる。
 艦長の言った通り、俺は写真も名前も聞かず、出来るだけ期待も面倒さも出さない為に相手の情報を遮断していた。
 失礼かとも思ったが前もって色々と知ってしまったら、今日この日のスタンスを取れなかっただろう。
 あくまで一回切りの慰問や軍人の現地視察程度の気持ちで行けば良い。どうせ、すぐ飽きられる。
 そんな事をぼんやり考えている中、廊下を曲がれば広がるのは星空と街の夜景に、考え中断させられる。
 今日も月は街の明かりと星空の両方を照らし出して、眼下には水の惑星が存在を強調していた。
 流石月都市の中でもトップクラスの高級さのあるレストランだけの事はある。廊下ですらこの夜景の豪華さだ。
 その星空の中、仲人らしき女性が部屋の前で立っていた。ソレを見るとアーサーは慌てて、俺の手を引っ張っていく。
 予定より15分ほど早く来ていたのだがまさか、こんなに相手が早く来ているとは思っていなかった。

 

「あ、失礼を! お待たせしてしまうとは。私はアーサー・トライン。シン・アスカの仲人です」
「ご挨拶どうも。実際に逢うのは初めてですね。私はレディ・アンと申します。
 彼女とは血縁関係はありませんが彼女も身寄りが無い上、不束ながら本日のお役目をさせて頂きました」
「は、はぁ。となるとお互い身寄りのない同士って事になりますね」
「艦長! って、それじゃ中で待ってるんですね。すいません。本当に」
「いえ、どうしてもと彼女が予定の時間より早く入っていかったので。では此方へ」

 

 眼鏡を掛けて目つきのキツイ女性ではあった所為もあり、あっという間に艦長はへタレ具合を見せてしまった。
 早速、連れて来た味方の堕落っぷりに頭を抱えそうになりながらも、急いで俺はその部屋を開く。
 そこで待っていた女性は部屋の夜景の中に映し出される。そのしなやかなプラチナブロンドをキラキラと光らせ
 アイスブルーの瞳を向けてはにっこりと微笑みながらふわりっとした足取りで抱きついてくる。
 柔らかい女性の肉感と……言ったらあれだろうか。いや、いやらしい意味ではない! 断じて!
 よくよく考えたら過去の女性殆どが軍人だったことから久し振りに”普通の女性”の感触を体験した気がした。
 ドキッとするほどに芳しいパフュームの香りと肌の白さからは想像出来ない位に暖かいその体温を感じた。

 

「お待ちしておりましたわ。シン様」
「……わ、い、いえ……って、君は!」

 
 

            第一幕「ツキミアイと炒飯一番」

 
 
 
 

―6日程前、月都市の某ホテルパーティ会場にて

 

 ”時間と金の浪費こそが貴族の嗜み” 何となくそんな言葉を思い浮かんだ。
 絢爛豪華なドレスや衣装、手元や首元に輝く宝石に高そうな時計。歩く金庫か宝石店の様に皆、着飾っている。
 連合とプラントの戦争が終わり、その後、各方面で開かれたパーティに未だに慣れることも出来ず首根っこ引っつかんで連れて来られた俺は、正に借りてきた猫みたいに会場の端っこに立っていた。猫らしく煮干でも貰ってとっとと帰りたいところだったが、一応ザフトレッドな立場にある俺はそういう訳にはいかず、俺は優雅な音楽を右から左へ聞き流している。

 

 うむ。馬の耳に念仏、豚に真珠、元オーブの餓鬼に最新鋭試作MSという感じか。正直勿体無い気持ちで一杯だ。

 

 そんな貧乏性な思考が過ぎる中、ふと視線を巡らせればいかにも御嬢様と言った感じの女性二人組みと目が合う。
 特に好みだった訳でもなく、また女性を探す様に目をやって口説くだ、恋するだ云々と言う気分では無かったのでそのまますぐに目を逸らし宙を睨んでいる。ふと、俺のことについて話しているのがかすかに聞こえてきた。

 

「格好いい人だったわね。女みたいに肌も白かったし、しかも赤服! ザフトレッドよ?」
「ほんと……けど、目付き悪いわねぇ。服も軍隊の礼服のまんまだし、センス無し」
「それもそうね。……趣味悪そう。ああいうストイックそうなのはダメダメ」
「きっと、理解されないし、結婚しても勝手に財産を使われる浪費女と思われるわよ」
「あーーーそれは嫌ねぇ。やっぱ無しだわ。無し」

 

 悪口はもっと本人から遠い所で言ってくれ。通信に慣れ過ぎた所為か、嫌な話も遠慮なくノイズ消して運んでくれる。
 目付きが悪いのは生まれつきだ。というか勝手に結婚生活をシミュレートするなよ。
 そもそも、一般家庭の育ちの俺にそういうお高い趣味は解らないんだよな。
 本来だったら、戦災孤児のただの一平卒。アカデミーでちょっと成績が良かったからテストパイロットの赤服。
 そのまま、とんとん拍子で昇進とフェイスにまでなったのは良かったが、そんなのは前議長のお膳立て。
 実績はあっても人心はあのミネルバの艦内だけで、結局、将校クラスの人やソレの親族なんかとは相容れない。
 ただでさえ、風足りも悪くて配属し直された部隊にだって馴染めて居ないってのにさ。
 そんな風に腐って、憂鬱に夢物語の景色を傍観に徹していた俺に先輩としても気さくに話せる人物が声を掛けてくれた。
 金髪に色黒で目は鋭いが何処と無く穏やかな空気の色を滲ませてくれる人、ディアッカ・エルスマンさんだ。
 片手にグラスを持って……ん? コレ、アルコール入ってないか? ちょっと頬が赤いし、飲んでるのだろうか。

 

「よぉ、シン。何だか浮かないな。飲んでないのかぁ?」
「あ、ディアッカさん。いや、俺未成年なんで。それに何となく馴染めないというか場違いと言うか」
「ノットグゥレイトォ。そんな仏頂面だからだよ。こういうのは雰囲気だ雰囲気。
 どうせ、相手も軍人相手にお高い趣味や話が通じるとは思ってないからなぁ」
「仏頂面は生まれつきです。そんなもんですか?」
「そうそう、こーいうのはな。ハードな戦争を潜り抜けた堅物のほっとして気の緩んだ表情とかのギャップを楽しみたい変わった御嬢様方ばかりなんだよ。後は、親のお仕着せで嫌々来てる娘さんばっかりだ。
 後者が相手じゃなきゃお前は黙ってりゃ美形なんだからちょっと優しくすりゃ落ちるぜ?」
「は、はぁ。優しくですか」
「お前もMSばかりじゃなくて、女の子の一人も落として見せろよ」

 

 完全な絡み酒。顔を少し赤らめているが、そもそもこの人もまだ未成年だった様な気がするんだけどな。
 ぱーんっと指で鉄砲を作った後、俺の目の前でそれを僅かに上へとくいっと上げる。
 ムードメーカー的な才覚溢から俺の心理を見抜いているのか、そもそもこの人の地なのか良く解らないが、俺がザフト軍に残った後、他の部隊や艦の人との遣り取りが増えた中で俺の過去にあまり気にしないで話してくれる数少ない人だ。逆に言えばそれ以外の人、主にミネルバクルー以外の連中は何処かよそよそしかったり、俺をまるで怨霊か自縛霊の様に見る。
 レイも議長も、タリア艦長まで死んだのに”何でお前は死んでないんだ?”と言いたそうな連中ばかりだった。
 外の評判は概ね軍規違反を揉み消したり、上官や要人への態度が悪かったり、そのくせやたら戦果を上げる扱い憎い奴と言う認識だ。確かにそんな奴とは俺だって仲良く出来るかどうか怪しい。殆どの人が俺を警戒してしまい、自然と空気は刺々しくなっていた。
 本人がそう自覚しているのはまだ救いなのかもしれないが、結果として新しい友達など出来ず、誰とも仲良くなれない一年だった。
 そして、そんな誰とも仲良く慣れてない俺の手を引きながらも、パーティー会場の淑女達を指差して軽い女性攻略の講習会が始まった。俺は、そんな事を申し込んだ覚えは無いのだが。

 

「けど、やっぱ俺はどうも……それに軍人でもああいう人達も居るじゃないですか」
「ん? あー、あの人も火星から帰って来てたのか。ミリアルド・ピースクラフトとオーブのロンド・ミナ・サハクだな。
 ばぁーか。ああいうのは根っからの騎士様や貴族様なんだよ。生まれも身分も違うだろ?」
「ディアッカさんも良家の出じゃないですか」
「うちは爵位なんてもってねぇよ。あくまで政治家の息子ってだけだ」

 

 視線の先には煌びやかな衣装に身を包んだ美男美女が楽しく談笑をしていた。
 其処だけ切り抜いて絵画になる位画になる二人。光り輝く光景は正に王子様の舞踏会と言った感じだった。
 同じ軍人と言う括りになるのに、俺みたいな背の低いガキとはやはり世界が違う事を感じさせる。
 そう、そんな二人が居るこのパーティは、地球とプラントとの友好交流をと言うお題目で定期的に開かれる舞踏会であった。
 発案者は今プラントの議会を統治しているラクス・クライン議長。和平を願う歌姫らしい提案だと思う。
 場所は定期的にオーブやこの月都市を中心としており、今回は諸々の事情で此方で行う事になっていた。
 更に今回は特別なゲストとして、マーシャンと呼ばれる火星開拓民との特使達もパーティに参加している。
 連合とプラント、どちらからも会食や会合に引っ張りだこに呼ばれている人達を参加させただけに、過去に開かれたどのパーティよりも人数がごった返していた。だが、それには少しキナ臭い理由もある。
 この4年に渡る二度の戦争を知らない彼らから見たプラント・地球に送られる視線は”まだ、戦争なんぞやっていたのか?”という蔑視に近く、実際戦時中にはろくに連絡を寄越す事も無かったらしい。
 幸い、早く戦争が終わったのは良かったが、この短期間で宇宙では核があちこちで降り注ぎ、地球では原子力が停止し、農業用コロニー落下でボロボロという信じられない状況が連続している。せっせと火星開拓をしてた彼等からすれば、まさに戦争狂という評価が妥当なのだろうと思う。それらの信頼回復というか、ご機嫌取りもかねて”プラントと連合が仲良く”招いていると言う流れなので、暇そうで肩書きが偉い奴は全員駆り出されていた。
 例えば、今は月の軌道で演習任務についている俺みたいな軍人でさえ招待される始末。もうちょっと人選をしっかりして欲しい。

 

「ほら、お前も少しは明るくして。スマイルスマイル♪ あ、あれかー? お前女と上手く行って無いだろ?」
「な、なんでそんな……今は関係ないじゃないですか」
「ははぁーん。図星だな。ルナマリアだっけか。あの赤服の子。
 後ろめたいのか? それとも誤解でもされるのが嫌なのかぁ?」
「ち、違いますよ。別に彼女とはもう何もないですし、ていうかさっきも久し振りに会ったし」
「……はぁぁーん、ほほーーん、、ふふぅーーーん、きゅうぅぅいいーーーん。ディアッカ・チャーハニックEYE、発☆動!」
「な、なんですか!? 急に奇声を上げて……つか、チャーハニックEYEって何ですか」
「おぉ~、お前も戦後失恋組かぁー! うんうん、俺には解るぞ。戦争の熱に浮かされてた口だなぁ?」
「何で解るんですか? はい、そうですよ。この間喧嘩別れしました……ってディアッカさんも――」

 

 話の途中、あごに手を当てて目を光らせながら、謎の奇声を上げて俺の顔をマジマジと観察した後、なぜか的中したディアッカさんの指摘に思わず汗を滲ませ、引きつった顔でソレに答えていく。
 この一年での変化。メイリンやルナはアノ戦争の後、少し俺に距離を置いている。
 ”遺恨”と言う奴だろうか。色々あったからやはりお互いに段々と気まずくなっていた。
 ルナはあのアスランさんと対峙した時に止められなかった自分の責める気持ちもあったし、何より俺は実の妹を殺そうとした男だ。そんな男と長続きする訳も無く、任務と職場が離れれば自然と会話も連絡も減っていった。
 今ではお互いに関係が続いているとは思えない。否、それ以前に関係があった事すら無かった事になってるだろう。
 そんな事情を知らないとはいえ、自分の過去の悲しみを織り交ぜて笑い飛ばしてくれるディアッカさんは強い人だと思った。
 そういうタフさに甘えている事も踏まえて、この一年で俺は”弱くなってしまった”と実感する。

 

 そんな話をしていると、割り込んでくる声と共に一人俺達に近付いてきた人が居た。
 銀髪の髪ときつい目付きをした俺と同じザフトの軍人であり、現在所属する部隊の長であるイザーク・ジュール隊長だった。
 正直、あまり得意ではない……と言うかディアッカさん含めジュール隊の人以外殆どが苦手と言うか扱いに困っているらしく、俺もその特例になれる訳が無い。

 

「なんだディアッカ? また、お前の失恋話か。もしくはどうせ、お前の事だ。シンを捕まえて変なことを吹き込んでるな?」
「あ、イザーク隊長。遅かったですね」
「よぉイザーク。まぁ、ちょっと人生の先輩として若人に色々と教えてやろうと思ってな~」
「ああ、ちょっとシホとの待ち合わせと支度が手間取ってな。
 おまけに人の服装をあーしろこーしろと五月蝿くてかなわん……そして、ディアッカ。また、下らんことを」
「すっかり夫婦だな。ま、あんな奴は放っておいて独身組はきちっと明日の未来を掴まないと駄目だぜ!」
「なぁ、誰が夫婦だ、誰が! シホとはそんな関係ではないと何度言ったら!」
「はいはい。いーか? 良く聞けシン? 俺なんて戦争終わったらすぐ振られてきちまったZE!
 おかげで二年で10kg痩せたからな。そんなのに比べたらお前はまだまだ健全だ」
「ははぁ……って。10kgって、ほんとですか!?」
「当たり前よ。身長180で体重が59とかどんだけ絞ったんだって周りから良く言われたもんだぜ?」

 

 ディアッカさんは何時ものオフの時の明るい笑顔を向け、人差し指を揚げながら胸を張り、自慢にもなら無そうな自
慢を聞かされる。体重を聞かされて「うん、ありえないな」と思った。
 ほんとにガリガリだったのだろうか? そういえば、何となく着やせしそうな感じではあるけど軍人なんだから筋肉はそれなりに付けてないといけないだろうし、実際ディアッカさんはきちんと任務をこなしている。
 俺はその現実にちょっとした異次元と神様の悪戯を垣間見た気分だった。
 ふと、隣から不憫な気配がびんびんと漂ってきている。ああ、何だか空気が微妙に淀んでいると思ったら
 隣から阿修羅を凌駕しそうな顔をしたさらさら銀髪の鬼が、徐々にその角と牙が生え出しているのが幻視出来る。
 これは波乱の予感がするどころか、波乱確定だなと俺の本能が諦めと共にそれを察知した。
 よく解らないが1年の間そういう危険察知に関してはやたらレベルが上がった気がする。
 まぁ、周りから痛々しい視線ばかりぶつけられていた所為かも知れないが、悪い事じゃないと少しでも前向きになっておく。

 
 

「お前、それだけじゃなかっただろうが! 失恋した直後は二ヶ月位チャーハンしか食べてなかったし
 終いには中華なべ担いで”俺は特級厨師になるんだ”って逃げようとしたのは何処の誰だったか忘れたとは言わせん。
 おかげで俺はもうチャーハンを見るのも嫌になったからな」
「ディアッカさん。痩せた原因はそれですか」
「ノットグレイィトォ! そんな昔の事はもう忘れたぜ。過去の事だ。
 それにお前もお袋さんが逮捕された時は血相掻いてて大変だったのを、傍に居てやったのは俺とシホだぞ?」
「きーーさーーまーー、自分の事を棚に上げおって! お前を探すのにどれだけ苦労したと思ってるんだ!
 俺が折角、赤服のまま軍に戻してやろうとしてた所を、それが原因で緑服降格されたんだぞ!」
「い、イザークさん。落ち着いて。場所が場所ですよ」
「五月蝿い! この黒炒飯には今日と言う今日はびっしっとだな!?」
「きゃー、銀パツンデレが怒ったーーー♪」

 

「き、きしゃまぁあーーーーー、何だその呼び方はーーー!!」

 

 僅か数回のやり取りで顔を真赤にして怒り狂うイザークさんを見て、何だかミネルバに居た頃の自分を思い出す。
 ディアッカさんも余程酒が回っているのか饒舌なのはいいが、さっきから地雷を敢えて踏む様な言葉ばかり繰り返していた。
 こういう風に普段から地雷処理をしているから、戦場で居る時は撃墜率が少なかったり生き残ってるのだろうか?
 俺は荒ぶる鬼と化しているイザーク隊長を止めようと間に入って、まぁまぁっとおさえようと手を取るが、隊長の振り回される腕を捉える事が出来ず、そのまま跳ね除けられてしまう。うう、この人はほんと腕っぷしは強いんだよな。
 俺が止める事を考慮されて居ない力に思わず仰け反って、誰かの体へと当たってドミノ倒しの様になりそうになる。
 相手の性別などを確認する前に、バランスを崩そうとする所をさっと手を差し伸べて、わき腹に支えをその場に踏み止まる。
 反射的に動いてしまったのかしまったっと思ったが時、既に遅し。その女性とばっちり目があってしまった。
 すぐに顔は真赤になりながらも慌てて相手から手を離して何度も頭を下げる。
 その顔はまるで能面が張り付いたかの様に冷たい笑顔を掲げていた。怒って居るという気配ではない。
 何か小さい蟲が当たったかの様に、微動だにすることもなく端から眼中に無いという感じですっとドレスの皺を直している。 
 その凍りついた表情と洗練された動作、金糸の様な髪と氷の様なの瞳の色が相俟って彫像の様な美しさを感じさせた。

 

「ご、ごめんなさい。 ぶつかっちゃって……その怪我はない?」
「いえ、気にしなくて結構ですわ。軍人さんは何時も元気で無ければ安心出来ませんもの。
 命の危険はないお酒の席とはいえ、気をつけて下さいね?」
「あ、はい。すいません。ほんとなんか……そのいえ……」
「……? ああ、失礼を」

 

 俺はしどろもどろになっていた。正直、今まで出会ったことの無いタイプだ。
 ルナもメイリンもステラも多かれ少なかれ”動き”のある女性だった。
 何かをされれば少なからずリアクションなり動きなりがある。しかし、目の前の女性は違った。
 本当に彫像か蝋人形がそのまま首をもたげたかの様な動き。綺麗だが少し怖い……畏怖を感じさせる。
 笑みを作っているのは解るのだがその僅かに端を上げた唇は美しい恐ろしさを醸し出していた。
 暫く、品定めをされるかの様な視線。ああ、コレが世に言う蛇に睨まれた蛙という奴か。
 いや、もっと踏み込んで言うなら、今までうろちょろと動き回る仔ネズミがアマゾンの奥地でアナコンダ辺りと遭遇してしまったというのが適切か? うむ、例えがヘタレ過ぎるな。どんだけびびってるんだ俺。
 しばし、そんな仔ネズミみたいな挙動の俺を見て女性は何かに気付いたのか、すっと目を閉じて軽くこめかみを指でぐりぐりと押している。顔を揉み解して、眠っている表情筋を起こしたのだろうか?
 すっと目を開きなおすとその女性が作る表情は一変した。無論、美しさはそのままだったのだが。

 

「失礼。少し退屈で気分が滅入ってましたの。表情が固まってましたのね。怖がらせてごめんなさい?」
「あ。いえ。そんな怖いだなんて……その何か綺麗な人だなぁっと」
「あら、お上手ですのね。こんな茶番劇の中、良い言葉を聴けましたわ」
「そ、その。えーと、茶番って……君も嫌々連れてこられた口とか?」
「ふふっ、その反応ではお世辞って感じではないのかしら?
 ま、そう取って取られても構いませんわ。ただし、周りの人には内緒ですわよ?」
「う、うん。まぁ、言いふらす程、俺も馬鹿じゃないから」
「馬鹿正直は長所でもありますのよ。しかし、こういうパーティには珍しいタイプですわね。
 皆、仮面を被った様に言葉を言い繕って居る方ばかりでしたから」
「ははっ、まぁそれならOK。俺は元々パーティって柄じゃないもんで、借りてきた猫みたいなもんですよ」
「それは奇遇ですわ。私、猫って好きですの。では、ちょっとわたくしに構って下さらない?」

 

 すぐ隣で喧々と騒いでいるディアッカさんとイザーク隊長の声が段々と遠くなっていく感じがする。
 氷の薄皮が解けてはがれていく様に笑みを称える女性。とても先ほどと同じ人物とは思えなかった。
 目はほっそりとまるで眠りに落ちそうなほどに瞼を細めながらも、じっと俺の顔を見つめている。 
 宙に浮いていた手を相手に捕らえられれば、組み込まれていく指はまるで折り重なった絹の様な手触りを伝えていく。
 柔らかな唇が曲線を描いて、うっすらとした桃と濡れた艶を魅せてその陶器の様な白肌の手がそっと重ねられると
 俺はどきっと心臓へと血のめぐりが早くなる事が解るほどに手足へと熱を伝えられていく。
 最初、それが何を意味するか解らず、ただ顔を赤くするだけだった。しばし、宙を漂うその手の甲をじっと眺めていた。
 極度の緊張の中、ふとその仕草に既視感に襲われている中、パーティに流れる音楽は止まる。
 そして、その手の意味と自分が丁度ダンスをしている人たちの集団の観客の人垣の近くに居ることが解った。

 

「んっ! 本来は殿方から誘うのが慣わしでしょうが……宜しかったら私とワルツを踊っていただけないかしら?
 今夜をこのまま退屈と言う言葉で終わるのは勿体無いと思ってましたの」
「あ、はい……俺で良ければ、上手くないですけど」
「ふふっ、踊り上手な軍人さんなんて、サボっている証拠ですわ。わたくしがリードしますわね」

 

 言葉と共にその意味を確信し、女性からの誘いを無碍に断るという選択肢が無かった。
 戦後、パーティ用に少しダンスは習っていたから出来ない事はないだろう。
 だが、そんなささやかで水増しされた自信すらも見抜かれてしまった。
 顔はさっきから赤面しっぱなしで、俺の肌の色は元から赤なんじゃないかと思う程だ。音楽は前奏が始まり周りの踊ろうとしている客人たちはそれぞれの女性の手を取っており、俺もその一人に入る事にした。

 

――そうして、俺はその夜、運命の手を握ってしまった。それが全ての始まりとは知らずに

 

                                    舞台は第二幕「蜜の老熊とお花畑線」へ