クォヴレー・ゴードンとαナンバーズの「再会」より半年後。
「第十三次全権代表イルムガルド・カザハラ様ですね」
プラント最高会議議長官房つきザフト武官、アイザック・マウは緊張した面持ちでその男に声をかけた。
「議長がお待ちです、こちらへ」
「全権代表か、まあ確かに全権を委任されてはいるんだけどね」
自らに付与された呼称に面映ゆいものを感じつつ、イルムはかけていたソファから腰を上げる。
「これが『フォリナー』なのか」
日頃の勤務への励行ぶりと、物堅い性格を買われ、下手をするとデュランダル政権が転覆しかねない重大な秘密を、ごく一端ながら明かされたアイザックは、存在自体がその秘密そのものである人物をつい凝視してしまった。
ここはプラントの首府アプリリウスの郊外ブロックに位置するザフト・アカデミー。
通常の軍における士官学校にあたる機関である。
外来の訪問者の待合室となるロビーに、アイザックは議長が招待した人物を迎えに来たのだ。
イルムらが何者なのかまではアイザックは知らない。
わかっているのは「フォリナー(異邦人)」と言うコードネームを与えられている集団だと言う事と。
どうやら全員がナチュラルで構成されているらしいこと。
彼らとプラントが、正確には当時のプラント最高会議学術委員長・現最高会議議長ギルバート・デュランダルが接触したのはほんの半年足らず前のことでしかないが。
秘密裏に彼らから供与された技術が短期間で多大なる恩恵をプラント、そして地球上の友好国にもたらしたという。
ナチュラルによってコーディネイターに科学技術がもたらされるなど信じがたかったが、多少秘密に関与する立場となったアイザックはそれが事実だと認めざるを得なかった。
「フォリナー」は月に二・三度、試験運用艦専門の機密宇宙港に宇宙軍艦で入港してくる。
それが今回で第十三回目にあたった。
今次の代表であるイルムという男は、代表団に加わること四度目、アプリリウスを訪れるのも三度目と言うことで、迎えも待たずアカデミーを訪れた。
(そういえば今日は…)
自らもアカデミーの出身であるアイザックは、今日が卒業を間近に控えるパイロット候補生たちの戦技披露会であることを思い立った。
(それに何か関係が…)
しかし仮にはそれ以上の詮索は権限外であった。
アカデミーのMS訓練場に臨時にしつらえられた貴賓席。
そこでプラント最高会議議長ギルバート・デュランダルはイルムを待っていた。
「よく来ていただきました、中尉」
何度も会っているイルムに対し、デュランダルは「フォリナー」内部でのイルムの階級で呼びかけることで親しみを示す。
「ご用件は、伝えられたものでいいんですね」
イルムも堅苦しい挨拶はすっ飛ばして確認を取る。
「あなた達のパイロットメンバーの中で、一番ハイブリットの開発に関与していただいたのは中尉ですからね」
「まあ、開発パイロットは向こうにいた時の本職ですから」
そう言ってイルムは議長の横に腰を下ろす。
「候補生はこの三人です」
ギルバートが手ずからコンソールを操作し、モニターに三人の少年少女の顔写真を映し出す。
金髪の美少年、赤毛の美少女、そして特徴的な紅い瞳の黒髪の少年。
「?」
驚愕するイルム。
その三人の顔すべてに見覚えがあったのだ。
そのうち、二人までは不思議はない。
金髪の少年、レイ・ザ・バレルは保護者であるデュランダルを通じて面識がある。
赤毛の少女、ルナマリア・ホークの名は初めて耳にする。
しかしその容姿は見知っていた。
アブリリウスを散策した時に、休暇で外出していた彼女とその連れについ「向こうにいたときの癖」で声をかけてしまったことがあったのだ。
奇しき縁だが、さして不思議でもない。
だが黒髪の少年は別だ。
この紅い瞳の少年の顔には見覚えがある。
いや、それどころではない。
イルム自身の主観時間で一年前、遥かなる世界で共に戦った戦友だ。
他人の空似でもない。
何故なら顔写真に添えられた名前も同じだったのだから。
少年の名はシン・アスカと言った。
虚空、果てなく ~SEED OF DOOM~
第三序章 とあるパイロットの激動の日々
新西暦188年3月。
地球圏を襲う衝撃波を防ぐ「イージス計画」は成功した。
しかし、その立役者であり、前年末には地球圏の実権簒奪寸前だったティターンズを排斥した「プリベンター」に対する連邦政府および連邦軍上層部の処置はあまりにも情も敬も礼も欠いたものだった。
プリベンターは基幹要員のみを残して解散、ロンドベル隊のような実戦部隊を失い単なる情報組織のような形となり。
のみならず、メンバーの何人かがバルマー戦役時の不審な行動などを理由に拘禁される始末。
その拘禁予定者の一人に、イルムガルト・カザハラ中尉もいた。
試験機であるグルンガスト改とヒュッケバインEXの盗難という、一時は不問に処された事を一事不再理の原則を無視して追求されたのだ。
もっともその拘禁命令が出た頃、当のイルムは既に姿を晦ませていたが。
グルンガスト改が保管されていて、彼の父ジョナサン・カザハラが所長を務めるテスラ・ライヒ研究所。
ヒュッケバインEXが返品されていて、イルムがかつて出向していた、そして現社長と個人的に特別な関係にあるとされるマオ・インダストリー。
そのどちらにもイルムは姿を見せなかった。
ただマオ・インダストリーの重役の娘であり、バルマー戦役時にイルムと行動を共にしていたリオ・メイロンが失踪したため、イルムに拉致あるいは同行した可能性があるとされた。
なにしろ失踪したのはリオのみにあらず。
プリベンダーのメンバーで解体後に軍を退いたリョウト・ヒカワ。
GGGとして新編立ち上げ中だった宇宙開発公団のスタッフ、ユウキ・ジェグナン。
破乱財閥の嘱託エージェント、タスク・シングウジ。
SDFのバルキリーパイロット、レオナ・ガーシュタイン。
この四人も同時期に消息を絶ったのだから。
彼らはいずれも、イングラム・ブリスケンの計画により戦争に巻き込まれ旧ロンドベル隊に所属していたパイロットだった。
念のため、彼ら同様の立場でバルマー戦役直後に民間人になった二名の少女と一人の少年についても追跡調査された。
そのうちクスハ・ミズハとブルックリン・ラックフィールドの二名はバルマー戦役後ティターンズによって不当に拘束され、ティターンズの崩壊後もその後の混乱で数ヶ月拘束されたままになっていた事がわかった。
調査時には何者かによって解放され、テスラ・ライヒ研究所に匿われていた。
残る一名、リルカーラ・ボーグナインは完全に消息を絶ち、イルムらと合流したという見方が強まっていた。
そしてさらに。
連邦軍極東基地に保管されていたはずのグルンガスト零式、グルンガスト壱式(一号機・二号機)の三機が忽然と姿を消している事が判明した。
グルンガスト壱式一号機はかつてイルムがPTXチーム在籍時に使用していた機体であり、一連の失踪事件との関わりが取り沙汰された。
もっとも、この時期連邦軍装備の謎の消失は相次いでいた。
後にそれらの機体は再蜂起したネオ・ジオンに略取されていたり、ゾンダリアンによってゾンダー化されたものとわかり、グルンガストシリーズ三機もその線であろうと結論付けられた。
そう、そのゾンダーの跳梁に象徴される「封印戦争(と、後に命名された戦い)」の勃発でイルムらの捜索どころでなくなったのだ。
人員不足の折、拘禁されていたヴィレッタ・バディム大尉らが解きはなたれ、イルムへの訴追もうやむやになり。
そして「封印戦争」も終わったある日のこと。
フォン・ブラウンの衛星都市群の一つであるセレヴィス・シティ。
この月面都市はいわばマオ・インダスリーの「企業城下町」であり、市の中央部にあるホテルはマオ社新製品の発表会などでご用達のホテルでもある。
そのホテルのスイートルームで、マオ・インダトリー代表取締役社長リン・マオは実に微妙な表情を浮かべていた。
その日は彼女の29回目のバースデーであった。
大企業の社長でありながら華美なことを好まない彼女は大々的なパーティーなどはしなかった。
特に女性として20代最後のバースデー等有難くもない。
ただ内輪で彼女の誕生会が企画され、その席に顔を出していた。
数年ぶりに会う仲間たち。
レナンジェス・スターロード。
パトリシア・ハックマン。
グレース・ウリジン。
ヘクトール・マディソン。
ミーナ・ライクリング。
アーウィン・ドースティン。
いずれもリンとは士官学校とパイロット訓練校、その両方で同期だった間柄。
一人二人とならともかく、全員と同時に顔を会わせるのはおそらく訓練校卒業以来だろう。
誕生日はどうでもいいが、彼らが駆けつけてくれたことは嬉しかった。
その反面、ここにいてしかるべき、そして一番いて欲しかった人間の不在がリンの喜びに水を差していた。
リンとは士官学校・訓練校のみならず配属された部隊まで父の後を継ぐため退役するまで一緒だったイルムガルト・カザハラの不在が。
仲間たちがわざわざ都合をつけて全員そろってリンの元を訪れたのも、イルムの失踪からそろそろ一年が経とうとしていたため、リンを元気付けようと気遣っての事だった。
「リン、本当にいいの?」
「いいんだ、勝手にいなくなったやつなんて」
ミーナの問いかけに決まりきった答えを返すリン。
退役し、小さな興信所を開いているミーナは仕事が一段落するたびにイルムの消息を調べようかとリンに持ちかけて
リンがそれを固辞する。
ここ一年近く、何度も交わされた会話。
強がりでも遠慮でもなく、友人としては信頼しているミーナの探偵としての能力を疑問視しているからでもあるが。
「困った人ですね~イルムは~」
グレースが元軍人とは思えない間延びのした口調で言う。
「リンがオバさんになるまで待たせるつもりでしょうか~」
「お前も同じ年だろうっ!まったく、お前たちはどうしてあいつの話ばかりするんだ」
彼らはリンの前で平気でイルムの話をする。
一つにはリンがそれを嫌がってるのはポーズだと長い付き合いから見抜いている事もある。
そしてもう一つ、彼がもうこの世にいないではという漠然とした不安を拭い去るために、殊更に彼のことを話題にしている面もあった。
彼が自分の意思で失踪したのではなく、何者かによって「消された」可能性は限りなく高い。
バルマー戦役時に独自の思惑で過激な行動をした彼は公式に訴追を受けたのみならず、少なからぬ勢力から敵視されていたのだから。
いかにその行動に義があれ、個人で武力を行使するということは命を競売にかけるに等しい。
そのことはイルム自身もわかっていたはずだった。
夜も更けて、リンは一人スイートルームのベランダで、眼下に広がるホテルの中庭の庭園がライトで照らされる光景を眺めていた。
パーティーがお開きになり、六人はそれぞれのカップル毎に自室へと戻っていた。
それはパイロット訓練校時代には既に出来上がっていた組み合わせ。
したがって八人のグループで行動すると、自然とその頃はまだ恋人関係ではなかったイルムと二人になる機会が増えた。
つまり、本来ならこんな時には自分の隣にはイルムがいるはずだったのだ。
冷たい「夜風」が肌に凍みる。
本来ドーム都市のセレヴィス・シティにはそんなものが吹いている筈はないが、確かにそれは夜風だ、
月生まれのリンだが軍人時代は地球にいたためその感覚をよく覚えている。
それを再現した絶妙の空調が、リンの寂寥感を煽り立てる。
いなくなってわかる大切さ、それを今のリンは感じていた。
イルムとはいつも一緒だったわけではなく、彼の「浮気」が原因で一年近く絶交状態だったこともあったが、そんな時でもイルムがどこにいるかは知っていた。
しかし、今イルムがどこにいるのか、いや生死すらリンは知らない。
もう彼に会えないのではないかと言う恐怖心がリンを怯えさせる。
「わたしは弱くなった…」
生まれてからの29年間、リンは自分が女であることをハンデと考え、男に負けまいと生きてきた。
パイロットとしても、父の後をついでの会社経営者としても、常にトップを目指してきた。
その甲斐あってパイロットとしてはPTXチームの一員に選ばれ。
マオ・インダストリーも月を代表する企業としてアナハイム・エレクトロニクスに迫る勢いを見せている。
そんな充実しつつも張り詰めた日々の中、リンにとってのイルムは、いつのまにか心の安定剤になっていた。
初めは好意どころか嫌悪しか感じなかった。
美女ながら見るからに気の強そうなリンが生まれて初めて口説かれた相手であったが、彼は見目麗しい女性なら老若問わず声をかけるような相手であったのだから。
しかし、イルムはリンにいくらつれなくされてもめげなかった。
いつの間にか一緒にいるようになり。
軍で同じ部隊に配属されたことで完全にパートナーシップを築き、いつしか男と女の関係になった。
その関係は一事の断絶期間を挟んでもう七年も続いている。
それなのに、イルムは彼女の前から消えただけでなく、完全に消息を絶ったのだ。
「誕生日のプレゼントなんていらない、イルム、お前が戻ってきてくれれば他にはなんにもいらない…」
女・齢30寸前、崖っぷちになってもまだ素直になれないリンが、誰も見ていないとはいえ本音を口にしたことを、この世界を統べる神が哀れと思し召したか。
あるいは単なる偶然か。
彼女のささやかながら叶えられ難い願いはあっさりと叶えられることとなる。
「むっ」
俯いていたリンだが、長年培ったパイロットとしての注意力が異変を察知した。
光度の大幅な上昇を。
必要充分な照明で照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出していたホテルの中庭が、まばゆい光に包まれていたのだ。
その光の原因は上空にあった。
ドーム都市であるため天が低く、当然飛行物体の使用は禁止されているセレヴィスシティの空に裂け目のような物が現れた。
そしてその裂け目から、なにやら巨大な物体が姿を現した。
「あれは?」
見たことのない物体だ。
しかし、その意匠はかつて目にした物と酷似していた。
二年前のバルマー戦役の時に見た、異世界バイストンウェルのオーラシップ。
それとよく似た形状の巨大な空中軍艦、いや、もはや空飛ぶ要塞と言ってもいい代物だ。
密閉されたドームの中にそのような物が突然出現したのだ。
ホテルの周囲は大騒ぎとなり、リン同様に異変を察知したのか仲間たちもリンの部屋へと駆けつけて来た。
「なんなのあれ?」
大きな目をさらに見開いて、ベランダから空を見上げるパット。
「ん?ありゃ姐さんの会社で作ったのか?」
とぼけたコメントを述べて。
「違うし、その呼び方はやめろと何百回言わせるヘクター」
しっかりとリンに突っ込まれる旧世紀日本の古典落語の愛好家であるヘクター。
「資料で見たオーラシップに似ているな」
リンと違って直接目撃していないにもかかわらず、類似点を発見するアーウィン。
「おい、なんか出てくるぞ?」
ジェスが目敏く気づく。
空中要塞の腹部が開口し、そこから降下してきたのは一回り小さな、やはりオーラシップらしい外観の航空艦。
それはホテルの中庭へと着陸した。
「あ、あれは?」
目を疑うリン。
その空中艦から姿を現したのは、外観は見覚えのある機体ではある。
ヒュッケバイン008。
マオ社の連邦軍とのビジネスにおける主力商品であるヒュッケバインMkⅡタイプM(マスプロダクツ)の原型である
(正確には不安定なブラックホールエンジンをプラズマリアクターに換装した009とピーキーな機体をデチューンした試作型MkⅡを経てタイプMに至るのだが)
マオ社の開発センターに安置されていて、つい三日ほど前にも目にしたダークブルーの008とはカラーリングが違う。
だがそのライトブルーのカラーリングは見覚えのあるカラーリングでもある。
「008Rと同じ?」
ヒュッケバイン008は当初二機存在した。
008Lと008Rの二機が。
しかし008Rの方は連邦軍テクネチウム基地での起動実験の際にブラックホール・エンジンの暴走で基地施設の大半を巻き込んで「消滅」し、ヒュッケバインがその名のとおり不幸を呼ぶ凶鳥、あるいは「バニシング・トルーパー」という不名誉な名で呼ばれる原因を作った。
その失われた機体とそっくりのカラーリングのヒュッケバインが、オーラシップと思しき艦から姿を現したのだ。
続いてモビルスーツやパーソナルトルーパー、さらにはヴァリアブル・ファイター。
そしてグルンガストタイプの特機までが、次々と現れる。
通常ならテロか、あるいは本格的な戦争かと思わせる光景ながら、何の前触れもなく出現した空中艦はそのファンタジックな外観もあって現実感を感じさせなかった。
無論、実際には機体群はただ姿を現したのみで何のアクションも見せない。
「なにがはじまるんでしょうね~」
「うーん、名探偵ミーナの推理によると…あれ?みんなはグレース?」
「あれ~、いませんね~」
ベランダにはテンポの遅い女性とテンポのズレた女性のみが残され、他に人間はリンを先頭に中庭へと駆け出していた。
リンは一目散にヒュッケバイン008Rへと駆け寄った。
何かの予感に急き立てられて。 そしてその予感は正しかった。
ヒュッケバインのハッチが開き、そこから一人の男が姿を現した。
「ああっ」
リンの目から涙が零れる。
「おや、まさか戻ってくるなりお前と会えるとはな」
そう言って笑顔を見せる男。
ここ数年ずっと後髪だけを伸ばしたマレットにしていた髪を若い頃の様に無造作に伸ばし、ヒゲすらもたくわえていたが、見間違いようはない。
彼女の求めた「誕生日プレゼント」が、目の前にいたのだ。
ワイヤーを伝って大地に足を下ろしたイルムに、リンは飛びついた。
「おいおい、リン」
「馬鹿、馬鹿、どこへ行ってたんだお前はっ」
「まあ話せば長いことになるぞ」
「後でいい…」
そう言ってイルムの胸に顔を埋めるリン。
その肩を優しく抱くイルム。
感動の再会シーン。
しかしそのような美しいシーンは長くは続かなかった。
ヒュッケバインのコックピットから、イルム以外の人間が降りてきたのだ。
リンの前に降り立ったのは、流れるような長い黒髪の美女と、紫の髪のまだ幼さを残した美少女だった。
「隊長、ゲート閉鎖の時間です」
美女が事務的に告げる。
「これ」
美少女が、リモコンのような物をイルムに差し出した。
「ああすまんな」
イルムがそのリモコンのようなものを操作すると、再び上空に空間の裂け目が生まれ、空中要塞がその裂け目へ入っていく。
ものの数十秒で、巨艦の姿は消え、空間の裂け目も消え去った。
「世話になったな、ヨルムンガンド」
イルムが万感のこもった声をもらす。
その片腕はリンの肩を抱いたまま、のはずだったが。
いつの間にか宙空に浮いていた。
「ん?」
気づくとリンは、自分と少し離れた位置に腕を組んで立っている。
視線を美女に、続いてまだ幼さすら残る美少女に向ける。
イルムがこの二人と、せまいコックピットで密着していた。
その事実を認識すると同時に。
「この誘拐犯がっ!」
イルムの側頭部めがけて、強烈なハイキックを叩き込んだ。
「ふげっ」
モロにくらって昏倒するイルム。
「お前がリオたちを誘拐したなどという話、信じたくはなかったが、こんな年端もいかない娘まで誘拐していたとは?」
「なに?その無茶苦茶な誤解?」
何やら懐かしさすら感じる鈍痛のする即頭部をさすりながらリアクションするイルム。
「そもそもアレはなんだ?」
激昂覚めやらぬリンが巨艦が消え去った方角へと指を指すと。
「オーラバトルシップ『ヨルムンガンド』です」
側頭部を抑えているイルムに代わり、美女が答える。
「こっちがオーラシップ『グリムリー』」
着地している、時空の裂け目に消え去った艦と比較すれば小型の艦を指差して、愛らしい容姿の割にぶっきらぼうな口調で美少女が言う。
「やはりオーラシップか…なぜそんなものに乗って現れ…まさか?」
ここでリンはようやく激昂を抑え、持ち前の明晰な頭脳を回転させた。
「イルム、お前今までバイストン・ウェルに?」
「惜しいな、ニアピン賞だ…」
「あっ、リン社長!」
三機のグルンガスト・タイプの一機、赤いカラーの二号機から降り立った少女がリンに声をかける。
「リオ、無事だったか、やはりイルムと一緒だったのだな、常務が心配してたぞ」
その少女リオ・メイロンの父、ユアンは先代以来の社の重鎮であった。
「心配かけてごめんなさい」
「リン社長?」
そしてもう一人、見知った顔がいた。
その少年は見慣れぬ機体から降りてきた。
かつてのマオ社の新入社員で、数奇な運命によって同僚のリオと引き離され、ロンドベル隊の一員として試作型ヒュッケバインMK-Ⅱ一号機、そしてヒュッケバインMK-ⅢタイプLのパイロットを務めたリョウト・ヒカワだった。
ロンドベルを離れた彼をリンはマオ社に戻って来ないかと誘うつもりであったが、その矢先にイルム、リオらと同時期に失踪したのだった。
「君も一緒だったか、リョウト」
「はい」
各機体から降りてくる面々を見ると、いくつか見知った顔があった。
いずれもかつてロンドベルにいて、イルムと同時期に失踪してた少年少女。
彼らが全員揃っていた。
「これはどういうことだイルム?」
あまりに出来すぎた顔ぶれに、リンは個人的憤怒を抑え込んで問いただす。
「これだけの面子を連れて、お前はどこで何をしていた?バイストンウェルではないのだな?」
「さっきみたいに可愛く聞いたら教えてあげ…いや、なんでもない」
イルムの軽口は、罵声も暴力も用いない、ただの威圧のみで封じられた。
「実はなリン、俺たちが今までいたのは『ラ・ギアス』だ」
続く