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虚空、果てなく_~SEED OF DOOM~_int_1

Last-modified: 2008-03-09 (日) 20:38:53
 

             Short Intermisson-1

 

   因果を捻じ曲げて待ち受けるもの

 

 CEという暦を重ねていたその世界が、どこで本来進む筈だったレールから外れたのか。
 それははっきりとはわからないと言っていい。
 一番大きな原因と見なしうる物は、シュウ・シラカワとその一党の出現、あるいはクォヴレー・ゴードンとαナンバーズらの出現。
 CE固有の時間軸で言えば一年ほど早かったシュウ達の方が先であろう。
 しかしそれは別の世界で起きた出来事の影響下にあり、シュウ達が現れたことが必ずしも因果の因であるとは言い切れないのだ。
 ただそのような複雑な事象は無視し、単に時間軸に焦点を合わせるならば、それははっきりしている。
 αナンバーズの存在がCEの世界に広く知れ渡るCE73年。
 それよりも十五年前。
 クォヴレー・ゴードンがこの世界に現れた時より数えても十四年前。
 シュウ・シラカワが意識を回復した瞬間、それよりも十三年も前にこのCE世界の歴史の流れは本来のそれを外れ出していたのだ。

 

 「エヴィデンス01」と呼ばれる存在がある。
 「ファースト・コーディネイター」ジョージ・グレンが木星探査で発見した、明らかに地球外生命のものと思しき化石は、文字通り地球外生命体の存在証明として命名された。
 しかしCE58年までそれは「エヴィデンス1」と呼ばれていた。
 その「1」とは「オンリーワン」の1だった。
 それが単に序数としての「01」へと転落したのがその年のこと。
 北極に落ちた隕石のような人工構造物「エヴィデンス02」の発見によって。
 発見者の名は大西洋連邦の科学者ジョージ・ブライ。
 奇しくもジョージ・グレンと同名である彼はナチュラルであった。
 この発見を為すまで三流大学のうだつのあがらない講師であったブライだが、北極に落ちた隕石の調査団員に選ばれた際に、誰もわからなかった隕石内部への入り口を偶然発見し、この隕石が無人だが明らかな人工建造物であることを突き止めたのだ。
 この時点までは、彼は単に運が良かっただけの人間と思われた。
 しかしその後、彼はそれまでうだつがあがらなかったのが嘘のように数々の画期的発明を成し遂げて巨万の富を手にし。
 自ら起こした企業「ホーリーアントラー」を創設十年で巨大なコングロマリットへと成長させていた。
 その莫大な資金を考古学事業に投資し、エーゲ海を始めとする世界の各地で大規模な発掘活動を展開。
 そしてブライ自身が全世界から様々な分野の才能を見出して支援する「ハンドレッド・ホーン基金」という制度を設けた。 
 この基金で支援されるのはすべてナチュラルである。
 ブライ自身がコーディネイターをどう思ってるかは不明だが、この基金の存在によって彼はブルー・コスモスからの接触を何度も受け、そしてすべて断ってきた。
 この件に関しては複雑な事情があった。
 ブルーコスモスの背後には軍産複合体ロゴスの存在がある。
 大西洋連邦を始めとする各国の政治経済に絶大な影響力を行使する「見えざる世界政府」だ。
 旧世紀の時代、自動車産業に進出しようとしたプレストン・タッカーやジョン・ザッカリー・デロリアンがビッグ3と言われた三大メーカーの圧力によって押し潰されたのと同じことがブライにも起きると思われたが、ホーリーアントラー財団に対する国家権力による妨害も、ブライ個人を標的とした暗殺計画もすべて失敗した。
 「ブライは悪魔がスポンサーについている」
 原因不明のピストル自殺を遂げた某航空機メーカー会長の遺言である。
 彼はもっとも強硬にホーリーアントラー財団の排斥を訴えていた。

 

―――

 ロード・ジブリールは不快さを隠そうとしても隠し切れなかった。
 目の前の男のあまりに不遜な態度に。
 その男は二メートルを超える巨漢であり。
 腕や胸には服越しにもわかる筋肉が盛り上がっている。
 そしてその壮健そのものの肉体とは裏腹に、髪も、長い顎鬚も真っ白だった。
 彼こそがジョージ・ブライ、齢五十歳。
 ロゴスの世界秩序を軋ませる巨大な異分子ホーリーアントラーの総帥である。
 ジブリールがこの男と会合しているのは、今までブルーコスモスからの折衝をすべて拒否、というよりも黙殺していた彼が急に会見を受諾したことによる。
 組織のトップとなら会おう、という条件付で。
 その条件を満たす存在であるブルー・コスモス盟主ムルタ・アズラエルは現在、地球連合軍艦隊と共にオーブ沖にあり、彼の帰還を待つ間に心変わりをされてはたまらないとばかりに席次ではアズラエルの次に位置するジブリールが選ばれ、指定されたホテルへと出向いてきた。
 そこも旧世紀以来の由緒正しいホテルだがホーリーアントラーに買収されたのだ。
 さて、ジブリールは富裕な貴族の家に生まれたため倣頑な性格の人間である。
 しかし、今彼がブライに対して不快を感じるのは決してその育ちや性格によるものではなかった。
 何しろブライは、他人との会見だというのにテーブルに足を投げ出してふんぞり返っている。
 そして頭には帽子をかぶったままだ。
 それも長い帽子を。
 もっとも彼がどこでも帽子を被っているのは有名な話であり、彼が急に天才科学者になったのは「エヴィデンス02を発見した時に放射線を浴びたからで、才能と引き換えに頭に醜い瘤ができた」というまことしやかな噂も流れていた。

 

「さて、ジブリール氏と言ったかな、今まで何度もあなた方からは接触を受けて来たが、ワシにはその理由がさっぱりわからん」 

 

 ブライは地の底から響いてくるような声を発する。
 その迫力に気圧されそうになりつつも、ジブリールは話を切り出す。

 

 「あなた方ホーリーアントラーは、ナチュラルだけを対象とした助成基金を設けています」
 「確かに」
 「これは自然の摂理を逸脱したコーディネイターに対して含むところがあるからではないのですか、だとすればわれわれは手を携えられるはずです」
 「自然の摂理?」
 「そうです、天意に委ねるべき物を人為的に調整するなどという行為は…」
 「ふんっ、小さい小さいっ、何とも小さい考えよな」

 

 ジブリールの言葉を遮り鼻で笑うブライ。
 生粋の貴族であるジブリールは、十数年前まではしがない三流学者でしかなかったなり上がり者にこうも傲慢な態度を取られるのは屈辱を通り越して殺意すら感じる物であったが、交渉が決裂することはブルーコスモス内におけるジブリールの失点となり、アズラエルにとって変わって盟主になるという夢が遠のくのでなけなしの忍耐力を動員してブライの言葉を拝聴する。

 

 「ワシがナチュラルだけを育成対称にするのはただ単に遺伝子をいじっているコーディネイターどもでは研究対象にはならん、それだけの話よ」
 「!」

 

 初対面の自分の前で、基金で育成している人間たちが「研究対象」であるとはっきりと言うブライに驚くジブリール。

 

「さて、ワシもジブリール氏のことについては少しばかり調べさせてもらった」

 

 耳まで裂けてそうな大きな口を横に広げてニヤリと笑うプライ。

 

 「ワシらはブルーコスモスになど用はないが、そちらはあるのではないかな?いや、組織ではなく個人的な用件が?」

 

 ジブリールが退出した後で、数人の男たちが室内に入って来た。
 全員、ブライ同様に帽子を被っている。

 

 「大帝、あのような小物をどう使うおつもりですか」 

 

 彼らはブライを会長ではなく「大帝(ヴェリーキー)」と呼んでいた。
 その名のとおり、ブライの2メートルを超える巨躯は、ロシアを代表する専制君主にして西欧で医学を学び、造船技師としての技術を修築した近代科学の申し子でもあったピョートル大帝を思わせるものがあった。
 先祖はロシアからアメリカ大陸に移民したというブライにとっては誇るべき尊称であり。
 彼を一私企業のトップとしか見做していない者達にとっては不遜にもほどがある僭称。

 

 「今まで秘密裏に建設を進めてきたわれらの『見えざる帝国』の存在を、血筋しか自慢のない小物に知らしめるとは」
 「何、小物ゆえ扱いやすいわ、能力は大したことがないのに自尊心だけは一人前、だからこそ能力の高いコーディネイターどもに嫉妬し、その嫉妬にもっともらしい理由をつける、だがそんな人間だからこそ、明かされた秘密を自分の物だけにしようとするだろう、自分が属しているブルーコスモスにさえな」
 「そのようなものですか?」
 「ふふ、ワシも以前はあのような矮小な人間であったからな、体だけはデカいが教授の顔色を伺う臆病なネズミのようなものだった」

 

 以前の自分自身を軽愚するブライ。

 

 「だが今のワシは違うぞ、もはや人などは超えた、ふふふ、自然の摂理に反したコーディネイターだと?所詮は人として本来持つ遺伝子を組み替えただけではないか、要は人の亜種に過ぎんわ、真に人を超越したワシとわが眷属のみが世界の覇権を握るのだ…カーター」
 「はっ」

 

 一人の男が名を呼ばれて一歩前に出る。

 

 「あの愚者との連絡役を貴様に任せる、あれでも欧州の政財界に隠然とした力を持つ男だ、自分達の利権を守るための閉鎖的な血縁社会は大西洋連邦もユーラシア連合も変わらん、何ともくだらん、くだらんがワシらはそこへのパイプは持っておらんからな、精々利用させてもらおう、奴のつまらんプライドが満足するよう、好きなだけ躍らせてやれ」

 

 ブライはジブリールがプライドの高い人間だと承知の上で、わざとその上を行く傲慢な振る舞いをしたのだった。
 そうしてブライの強大さを見せつけた上で交渉に応じれば、ジブリールは自分の実力を認められたと勘違いするだろうとという読みがあった。

 

 「はっ、このカーター・マクドナルドにお任せあれ」
 「事がうまくいった暁には貴様にも真名を授けよう」
 「ははっ」

 

 その姿はさらなる褒賞を約して家臣に命を下す帝王そのもの。
 本来は一ナチュラルの科学者として、コーディネイターとの才能の差を嘆きながら一生を終えるはずだったブライは、世界のキャスティングボードを握る立場にまで上り詰めていた。
 彼の変貌こそ、αナンバーズの一員としてこの世界にあらわれた「ある物」の存在に呼応し、十数年時間を逆転して過去にまかれた破滅の因子の一つだった。

 
 

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