虚空、果てなく_~SEED OF DOOM~_josyou_2-2

Last-modified: 2008-08-06 (水) 06:53:43

 「エレオノール」が向かう先は戦場。
 シュウにそのことを告げに来たのは、何をするともなくブリッジにいたテリウスだった。
 姉たちとは違い「融合」したわけではないテリウスには例の件を話しておこうかと思っていたシュウだが、とりあえず今は事態の把握を優先する。

 

 「それにしても…」

 

 一人ごちるシュウ。

 

 「適当に航路を選んで戦場に行き当たるとは、グランゾンが導いたんでしょうかね?」

 

 シュウがこの世界でも繁栄している北半球に向かわず、自らが出現した南太平洋地区を周遊していたのは、このあたりにはかつてムー大陸が存在したからだ。
 ここが並行世界であっても、傍受した僅かな通信(ミノフスキー粒子ジャミングとは違い手法の大規模な電波妨害が行われているらしい)からは新西暦の標準言語とほとんど同じ言葉が使われていることがわかった。
 少なくとも標準語の成立した旧世紀末までは似たような歴史を辿ったのだろう。
 すると当然ムー大陸も存在したことになり、それを滅ぼしながら封印された妖帝バラオも未だ海の底に眠っているのかもしれない。
 バラオが眠ったままなら、ライディーンもまた眠っているはず。
 調査結果次第では、ライディーンが安置されていた人面岩から手付かずのムートロンを入手出来ると目論んだのだ。
 元の世界に戻るためのカードは一枚でも多い方がいい。
 ここの調査が終われば、今度は中国に飛び蚩尤塚を発掘するもよし。
 エーゲ海でミケーネ文明の痕跡を探るもよし、と。
 しかし。
 ムー大陸やバラオの痕跡を探り当てる前に、戦場へと到達してしまった。
 破壊と混沌。 
 それはグランゾンの本質。
 シュウの愛機は堕ちた破壊神であるヴォルクルスの使徒として作り上げた破壊の権化であると同時に。
 外せぬ枷の下、真の自由を渇望していたシュウの限りない自由への憧れを満たす混沌の象徴でもある。
 自由の行き着く果ては混沌だからだ。
 破壊の使徒、混沌の申し子、その存在がもっとも輝く場所は戦場。 
 シュウの考えもあながち間違いとは思えなかった。

 

    虚空、果てなく ~SEED OF DOOM~

 

         第二序章 紅い瞳に映るもの。
              後編

 

 報せはそれぞれの私室にいた者たちにももたらされていた。
 シュウとテリウスが来た事でブリッジにはこの艦の搭乗員全員がそろった。
 大きなモニターに、目の前の島での戦況が映し出される。

 

 「ああっ、あそこは民間人の居住区ですわ」

 

 モニカが悲痛そうな声を上げる。 

 

 「何という、無差別攻撃というわけか」

 

 ハリーは吐き捨てるように言った。

 

 「どうしたものですかね」

 

 自らラングラン王都を焦土にしたこともあるシュウだが、さすがにこのような無差別攻撃を他人がしているところを見ていては気分が悪い。
 さりとて、自分たちはこの戦争の部外者だ。
 それに対して横から手を出すことは、命がけで戦っている兵士への冒涜である。
 だが。
 非武装の民間居住区を襲うことは命がけでもなんでもない。
 戦略爆撃のように民間人を標的とした攻撃も戦争にはあるが、機動兵器をわざわざそんな目的に投入するようなバカはいるまい、と。

 

 「命をかけてない連中はその限りではないですね」

 

 シュウは即決する。

 

 「この世界の機動兵器の実力を調べたいので捕獲もかねてグランゾンで出ます、希望する方には出撃を許可します、ただし、両軍の兵器同士による戦闘に介入したり、戦局を決定づけるような事は避けてください」

 

 みなまで言わずともシュウの言うことがわかったのか、ハリーが格納庫へ向かう。
 続いてアハマドも。 
 意外と言えば意外だが、彼も幼き日、故郷をイスラエル軍の戦車に蹂躙されているのだ。

 

 「あらっ」

 

 二人が出たことで安堵したのか、あまり戦闘向きではない機体しか使えない自らの出撃は見合わせたモニカだが。

 

 「みなさまもお出になられますのですか?」

 

 元ティターンズの四人も格納庫へと向かおうとしていたのに気づいて意外そうな声を上げる。

 

 「そろそろ体が訛って来たからな」
 「例の機体の試し乗りもかねて行って来るさ」

 

 そう口にするジェリドとカクリコンだが、真意は別だった。
 ジェリドもカクリコンも、決して善人ではないが悪人でもない。
 エリート軍人としての立身出世のためにティターンズに属し、特権で幅を利かせてはいたが、そのティターンズが30バンチ事件のよう虐殺行為をしでかしたことは内心の負い目ではあった。
 だからこそ、カミーユ・ビダンらにそれらを指摘されれば殊更に反発したのだ。
 これがヤザン・ゲーブルあたりなら平然としていた。
 道徳心ではなく趣味嗜好の問題から無抵抗で非武装の相手を殺すのは「面白くない」と感じ、そんな命令は上官を謀殺してでも拒否するだろうヤザンだが、自らが手を下したわけでもない虐殺行為を気にするような神経は持ち合わせていなかった。
 しかし基本が常人である二人はそこまで割り切れない。
 それにいざティターンズが組織としての行動を開始するとますますその違和感は強まっていった。
 トップのジャミトフ・ハイマンは手法はともかくとしてそれなりの理想を持っていた人間だったが。
 直属の上司だったジャマイカン・ダニンガンや現場の最高指揮官であるバスク・オムには嫌悪感しか感じなかった。
 挙句にそんな苦い思いをしてまで所属していたティターンズはクーデターに失敗し一気に賊軍となりダカールにおいて滅亡した。
 今や彼らは異世界の流され人である。
 目の前で行われている民間人への攻撃は、そんな彼らにとっては人としての節を曲げてまで成し遂げたかった事がすべて水泡に帰した事を思い出させる癇に障ること甚だしいものだった。

 

 「マウアーは残れ、ライラ、あんたまで来る必要もない」

 

 二人の女性パイロットを押しとどめるジェリド。

 

 「ジェリド、どうして?」

 

 不満げなマウアー。
 彼女はジェリドをサポートするうちに彼を愛し、様々な大望を捨てても彼と共にいることを望んだのだから当然ではあるが。

 

 「アレのテストなんだ、アレは二機しかないからな」
 「そういうこと」
 「いつのまにアレはアンタ達が使うって決めたんだい、ま、いいけどね」

 

 ライラ・ミラ・ライラはラ・ギアスに飛ばされて以来、すっかり暢気になっている。 
 元々はティターンズとは関係のない一般部隊のMSパイロットであり、むしろティターンズには反感すら持っていた彼女がいつの間にかティターンズに組み込まれたのは皮肉な話だった。
 凄腕のパイロットでスタイル抜群の美女という天から二物を与えられた存在でありながら、世渡り下手というか立ち回りが不器用な彼女は、結局は反感を持っていたはずのティターンズから抜け出る機会を失い、最後まで付き合う羽目になった。
 そんな自分が馬鹿馬鹿しくなったのかもれない。

 

 「ここは任せておこうよマウアー」
 「ええ」

 

 同性で年上のライラに諭されてマウアーも不承不承ながら引き下がった。

 

――――――――――――

 

 戦場と化したオーブの空をエレオノールが翔ける。
 そしてそこから出撃していく鋼の巨人たち。
 姿を消している巨艦からの出撃は、あたかも突然に空間転移してきたかのように見えた。
 その顛末を時系列順に示せば。

 

 GAT-01ストライク・ダガー。
 それが彼に与えられた不死の鎧だった。
 三度にわたりザフト軍との戦いに生き残ったMA乗りの彼は優先的にMSパイロットへの転換訓練を受けて、ここオーブのマスドライバー奪取作戦に参加した。
 したはずだが。
 彼はオーブのMSその他と戦うことよりも、与えられた大きな力を無思慮な破壊行為に費やすことを選んだ。
 戦闘区域をやや外れた住宅地で彼のダガーの持つビームライフルは火を噴いている。
 ビルや家屋は紙のように燃え落ちる。
 指揮系統が混乱した敵味方入り乱れての乱戦だからこそ咎められずに済む暴挙。
 彼にとってはオーブはコーディネイターの国という思い込みもあった。
 実際にはその比率は低いのだが、物事はとかく極端に伝わるものだ。
 コーディネイターに対しては世間並みの印象しか持っていなかった彼だが、多くの戦友を失い、そして三度目のMAでの出撃で乗機を撃墜され脱出ポッドで命からがら生き延びたという経験が彼を筋金入りの反コーディネイター主義に陥らせていた。
 それ自体は一人の感情ある人間としてそれほど間違った考えでもない。
 戦争で戦友が死ぬのはお互い様、恨みっこなしなどと割り切れ人間などそういない。
 しかし彼は大きな間違いをした。
 戦友の仇を討ち、自らの遺恨を晴らすべき戦場へと送り出されるのを待たず。
 勝手にコーディネイターの町と決めつけた場所を攻撃するという愚挙を。
 それが彼のせっかく拾った命を落とす原因となる。
 「宇宙の化け物」が住む町など燃やし尽くしてやる。
 そう考えつつまたライフルを撃とうとした瞬間。

 

 「なにっ?」

 

 南の島に砂嵐が吹き荒れた。
 それも彼の機体の回りにのみという局地的な砂嵐が。
 幻覚ではない、機体の各所に砂が入り込んでアラートが鳴る。
 大気圏内戦闘用として必要充分なシーリングはされていても、本格的な砂漠仕様のようなサンドシールとは縁のない汎用機体であるのだから無理もない。
 そして原因不明の砂嵐が止んだ時。
 彼のストライク・ダガーのカメラアイに、そこにあるはずのない物が写っていた。
 MSと同じくらいの大きさだが、いかにも機械らしいMSとは違い華奢で彫像めいたフォルムのそれは、至近距離で六門のビーム砲を放ちつつ、手に持った剣を振り下ろす。

 

 「貴様もこの街のように焼かれるがいい、ジャハナム(地獄の業火)にな」

 

 敵機の中のパイロットがそう言ったのを知る由もなく、ビームと斬撃をくらった機体ごと彼の意識は消し飛んだ。

 

―――

 

 エレオノールが到達した戦場はオーブ群島。
 主な戦闘区域となっているのは軍事・軍需施設のあるオノゴロ島である。
 にもかかわらず、それ以外の島でも戦闘が散発していた。
 無論、侵攻してきた連合軍に最も大きな非はあろう。
 しかし、戦火の拡大は必ずしも彼らの責任だけに帰せるものではなかった。
 他の島に配備されたオーブ軍のMS、M-1アストレイの一部がその場で連合軍に攻撃を開始したため当然反撃を受け、本来戦闘が起こらなくて済んだ場所にまで戦闘を発生させていたのだ。
 そのM-1のパイロットは、避難民誘導路の警護を命じられていた。
 国のトップへは「国民の避難は完了した」と報告されていたが、この手の報告が正しいことなど滅多にありはしない。
 実際には多くの国民が避難の途中だった。 
 中立を国是とするオーブの自衛軍としては最も誉れある任務といっていい筈のその任務を彼は全うしなかった。
 遠くに連合軍のストライクダガー部隊を見つけたと同時に、それを狙撃しようとしたのだ。
 そのストライクダガーは明らかに別の戦線への予備兵力として派遣され移動中だった。
 避難経路の確保が任務の彼があえて攻撃する必要はなかった。
 にもかかわらず、彼はライフルをそちらに向ける。
 数十秒後には反撃は彼のみならず周囲の避難民を巻き込んだであろう。
 しかし、そうはならなかった。
 彼のMSは背後からバッテリーユニットを貫かれて活動を停止した。
 敵部隊は何事もなかったかのように目的地へ向かう。

 

 「まったくどうなっているのだこの国の軍隊は、演習ばかりしていたギンガナム艦隊以下か」

 

 Iフィールド・バンカーでM-1の駆動系を破壊した、呆れ顔のハリー・オードであった。
 Iフィールドビーム駆動であり短距離の移動ならバーニアを使わないゴールド・スモーの、独特の震動音こそあれ相対的には静かな接近はM-1の警戒システムには反応しなかった。
 Iフィールドビーム駆動には事前にミノフスキー粒子をバラまく必要があったが、この粒子の存在を知らないらしいこの世界ではいくらバラまいても窒素あたりを散布しているのと同じで見咎められることはなかった。
 止めようと思っていた侵攻軍のMSの暴挙に対しアハマドのソルガディが先に鉄槌を下したため、振り上げた拳の下ろし先を探していた矢先に、よりにもよって防衛側のMSの愚挙を目の当たりにしたのだ。
 この時ハリーを呆れさせたオーブ軍の悪癖といえる無思慮な行動。
 それが二年後にも再び繰り返される事になるとは神ならぬ身のハリーに知る由もない。

 

―――

 

 考えなしの反撃によって軍需施設のない地域に広がった戦線のひとつ。
 そこではオーブ軍の三機のM-1アストレイが数に勝る五機のストライク・ダガーによって破壊された。
 ランチェスターの法則に従い、一機を失いながらも残る四機はほぼ無傷。
 この四機のストライク・ダガーは、アストレイが彼らに攻撃を仕掛けてきたのはここに何か重要な施設が隠されているからだという当然の判断をし、周囲に無差別な射撃を開始する。
 まさかM-1部隊が何も考えず、ただ逸る心のままに自分たちの現在位置を考慮せず攻撃をしかけて来たなどとは知る由もないのだから当然だ。
 そのストライク・ダガーの一機が空からのビームによって撃ち貫かれた。
 この戦域には敵の航空兵団は存在していなかったはずなのに、いつの間にか一機の航空機が出現していた。
 もう一体が、遠方からのミサイルに打ち砕かれる。
 NJ下でありながら、そのミサイルは正確に着弾した。
 そして、天から航空機が舞い降りたかと思うとMSに変形して両手に携えたビームライフルを撃ち。
 轟音を響かせて高速移動してきたMSの巨大なガトリングガンからビームが火を噴く。
 四機のMSは瞬く間に沈黙し、破壊活動は停止された。

 

 「この程度ならバウンドドッグとバイアランでも、いやハイザックかジム・クゥエルでも片付けられたか?」

 

 全身これ武器のMSのコックピットでカクリコンが言い。 

 

 「いや下手に手こずると周囲に被害が出るからな、それじゃ何のために出てきたかわからん」

 

 二丁拳銃よろしくビームライフルを構えたMSのコックピットでジェリドが答えた。
 ジェリドの乗る航空機からの変形機能を持つMSは「エアマスター」
 カクリコンの乗るローラー駆動の重装備MSは「レオパルド」
 その名はエレオノールのクルーでただ一人ハリーのみが知る名。
 並行未来世界でハリーが共に戦った二人のフリーMSパイロットが乗っていた機体と同じ機種だったのだ。
 その二人の機体は途中で改装されたので、別機体だと思われるが。
 まだエレオノールがラ・ギアスにいた時に無人状態で鹵獲され、ハリーによってその名が告げられた。
 人間ではないものの、自分と同じ世界からラ・ギアスに呼ばれたと思しき物にハリーは親近感を持った。
 かつての戦友の機体と同機種ということもあり、郷愁の念も感じさせた。
 だがジェリドとカクリコンにとっては、ごく単純に乗ってみたいと感じるMSだった。
 ハリーが未来の人間と知って以来、未来世界のMSとはどういうものかという興味があったが、ハリーのゴールドスモーはどうも彼らの美的センスからはとても乗ってみたいという気にならない代物。
 その点同じ未来世界のMSなのに、ゴールドスモーとは違ってフォルムも彼らの知るMSに近く、何よりも「ガンダム顔」なのが気に入った。
 元々二人はティターンズの開発したガンダムマークⅡのパイロットだったので「ガンダムタイプ」には思い入れはある。
 なぜかガンダムタイプは敵として戦うことが多かったが。 
「エレオノール」の第二格納庫にはこの二体のMSのように、ラ・ギアスに無人で召喚されたか、あるいはパイロットが遺棄したと思しき機体が多数安置されている。
 中には分類・詳細不能の物もあるが、ハリーが見知っていた二体の「未来のガンダム」は早々と稼動状態に置かれていたのだ。
 同じ変形MSで、ジェリドが幾度も戦った宿敵Ζガンダムと比べ火力では劣るものの、ガンダニウム合金を上回る軽量な複合素材による高い運動性と、大気圏で飛行中に変形し、緩やかに滑空しつつ対地戦闘を行いながら着地出来る強襲向きの能力を誇るエアマスターを、ジェリドは自分のものにした。 
 またレオパルドは、新西暦のガンダムヘビーアームズと同様のコンセプトでより量を増した武装(威力と速射性を両立したビームガトリングや多数の実弾兵器)を有し、重量増加による機動力の低下をローラー駆動である程度は解消した機体だった。
 また複数種装備されたミサイルの誘導方式を変えることによって使用局面によっては旧世紀のような正確なミサイル着弾を期待できた。
 NJによる電波障害の中でも狙いたがわず着弾したのは赤外線誘導のホーネットミサイルだ。
 赤外線による熱源探知は爆発炎上が至る所で起きる戦場でのミサイルの誘導方式としては誤作動が多いために大まかな目標設定にしかなっていない。
 それが誘導目標の形状をあらかじめ記憶させることにより精度の高いものとして復活していた。
 ミノフスキー粒子がバラまかれている新西暦の戦場では赤外線すら撹乱され、誘導装置の故障が頻発するが、それのないこの世界の戦場では有効な手段だった。

 

 「おや?」

 

 この世界のMSを鹵獲しようと隠行しながら機会を伺っていたシュウの目に入ったのは、山道を必死に駆ける家族と思しき成人男女と少年少女であった。 

 

 「やれやれ、まだ避難中の人間がいるとは杜撰にも程がありますね」

 

 あきれ果てるシュウの視界に、上空を飛ぶMSと山地に陣を張るように対空砲撃を行うMSが目に入った。
 まるであの一家の進路を塞ぐかのような暴挙だ。

 

 「どうしたものですかね」

 

 基本的にシュウ・シラカワはエゴイストである。
 それは邪神の使徒という立場から解き放たれた今も変わることはない。
 自らを危険に晒してまで他人のために尽くすなどという酔狂な心は持ち合わせない。
 しかし。
 ほんの少しの労力で救えるものを見捨てるほどの人非人でもない。
 グランゾンの存在を不用意にこの世界の人間に知らしめるつもりはないが、もうすでに、アハマドらの機体が短時間とはいえ姿を現しているのだ。
 この乱戦のさなかなら、グランゾンもしばしの間姿を現してもさしたる問題にはならないだろうと判断。
 隠行、すなわち空間潜行を解き、グランゾンはその姿を表した。
 しかし、その数十秒の逡巡がその一家の明暗を分けた。

 

 「ああっ、少し遅かったようですね」

 

 既に爆発に巻き込まれて夫婦と思しき男女の生命反応は消えていた。
 そして少女の生命反応が徐々に薄れていく。
 五体満足な少年が、半狂乱で少女が埋まってしまった土砂を掻き分けている。
 乗りかかった船とばかりに、シュウは重力操作で土砂を吹き飛ばし、少年と、死に掛けている少女とを掌に乗せ、防護フィールドを発生させて保護すると再び空間に潜行し、エレオノールとの会合点へと向かった。 
 途中、この一家を惨劇に巻き込んだ二機のMSを見やったシュウは、一瞬ワームスマッシャーを放とうかと考えたが止めた。
 本意ではないとはいえ一国の首都を崩壊させた自分にそんな資格はない。
 それに多分、彼らは眼下に人がいるなどと想像だにしていなかっただろう。
 敵しか目に入っていないこともあれば、この国の国民の安全に対する対策が想像を絶するほどに後手に回っていたこともある。
 ただ軽愚の念だけを抱き、シュウはこの国を後にした。

 

―――――――――

 

 熱い。
 何だこの熱さは。
 燃えている、あたり一面が燃えている。 
 ああっ。
 父さん、母さん。
 燃えている。
 二人が燃えている。
 消さなきゃっ。
 でもどうやって。
 マユ、マユはどうした?
 マユ、どこにいる。
 えっ?
 マ、マユの腕が。
 マユ、どこにいるんだ。
 マユーッ!

 

 灼熱地獄の中で両親の死を為すすべもなく見守り。
 そして妹の千切れた腕を見せられる。
 最悪の悪夢から、シン・アスカは目覚めた。
 自分は見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。

 

 「ここは…」

 

 まったく見覚えがない。
 そして思い出す。
 今見ていた最悪の悪夢は、気を失う前に体験した最低の現実であったことを。

 

 「くぅ」

 

 両親の死を思い出したシンの目からは涙が零れた。
 しかし今は泣いてはいられないと、手の甲で涙を拭う。
 マユの安否を確かめるまでは。
 あの時、自分とマユの体は蒼い魔神によって天空高く舞い上げられた。
 あれは絶対に夢ではない。
 自分はあの蒼い魔神によってここへ連れて来られたのだろう。
 ならばマユもいるはずだと。
 頭がボヤけていたが、二度三度かぶりを振って脳内にかかった靄のような物を払うと、立ち上がる。

 

 「えっ」

 

 シンはトランクス一枚の姿だった。
 全身に、湿布の様なものが貼られている。
 慌ててベッドの上のタオルケットを体に巻きつけると室内を見回す。
 部屋中に箱や袋が積まれた殺風景な部屋だった。
 シンが寝ていたベッドだけが後から持ち込まれたという感じがした。
 状況を確認したシンはゆっくり、ゆっくりと部屋のドアに近づく。
 そして深呼吸する。
 自分の今置かれている立場がわからない以上、この部屋を出ていいのかどうか判断しがたい。
 しかし、マユは無事なのか、無事ならば今どうしているのか、それを考えるといても立ってもいられなくなり。
 意を決してドアを開き、外へ出ようとした瞬間。
 ばふっ。
 シンの視界は柔らかな感触の物によって遮られた。

 

 「あぁんっ」
 「えっ」

 

 何やら艶かしい声に慌ててその遮蔽物から顔を離す。
 シンの目とその遮蔽物の間に光線が差し込み、自分の顔が衝突した物がなんであるかを視認可能とした。
 最初それを見た時、シンはハムを連想した。
 格子状の紐でキツく縛られた肉塊を。
 そんな連想をさせるようなスリット状の衣装で、その柔らかく膨らんだ双丘は包まれていた。
 いや、正確に言えば包みきれていないが。
 ただでさえ細い布地に辛うじて隠され、今にも弾け出しそうなツインピークスがシンの脳髄に刺激を与えて、呆けたようにその場に立ち尽くさせる。

 

 「あら坊や、随分と大胆ね」

 

 シンのぶつかったセーフティーシャッターの持ち主が楽しそうな声をあげる。
 その声を聴いた瞬間、弾けるように後ろに飛びのいたシンは。

 

 「ごっ、ごめんなさいっ」

 

 そう叫ぶように言うと頭を下げる。
 14歳の少年にとって、事故とはいえ女性の胸に顔を埋めてしまったのはとてつもなく恥ずかしい失態だった。
 スッ、と。
 白い手がシナの床に向けられた目の前に現れ、その顎に人差し指をかけてクイッと引き上げる。
 強引に顔を上げさせられたシンは、艶やかな大輪の花のような女性と視線が合う。
 シンがもう少し年齢を重ねていれば、花は花でも食虫花のそれを連想しただろうが。
 多少は「ケバい」という感じはしたが、そのような毒々しさは感じず、こんな美人の胸に顔を埋めてしまった事を思い起こして赤面する。

 

 「どうしたのかしら?」

 

 そんな少年の純真なリアクションを見ていた美女、サフィーネ・ゼオラ・ヴォルクルスはますます楽しげに問いかける。

 

 「あ、あのっ」

 

 マユの所在を聞こうとしたシンだが
 「なあに?」
 「わっ」

 

 側に寄られて慌てて飛びのく。
 サフィーネの体型上、こちらに向かってくると胸の先端が真っ先に迫ってくるのだ。 
 慌てて飛びのいたので体に巻いていたタオルケットがずり落ちる。

 

 「何を逃げてるの、わたしは何もしないわよ」
 「ごっ、ごめんなさいっ、でも」
 「でもなあに?」
 「いたいけな少年の服を脱がせて何をなさってますのですか毒婦?」

 

 しどろもどろになるシンに思わぬ助け舟が入る。
 突然の声の方へシンが目を向ける。
 それはシンから見ても、まだ少女の面影のある美女だった。
 清楚な雰囲気だが、腕や足を大胆に露出した衣装はサフィーネほどではなくても目のやり場に困る。

 

 「お気づきにならせられましたのね、良かったですわ」

 

 優しく微笑むモニカ・グラニア・ビルセイアに、またも顔を赤らめてしまうシン。
 美女二人にトランクス一枚+湿布数枚というあられもない姿を晒しているのに気がついて慌ててタオルケットを拾って体に巻きつける。
 半裸体を隠せたことでなんとか一息はつけたが、それでも落ち着かない。
 一家揃ってのコーディネイターであるシンは美人の母親と美少女の妹と共に育ったが、だからと言って美女美少女に免疫ができるというわけではない。
 仮に加えて美人の姉がいたとしても同様だったろう、所詮は家族だ。
 視線を上げれば二人のタイプの違う美女と目が合う。
 下げればサフィーネの危険な胸元やモニカの健康的な脚線美が視神経を痺れさせる。
 さりとて視線をそらすのは無礼という袋小路に追い込まれたシンだったが。

 

 「そうだっ」

 

 それどころではないことを思い出す。

 

「マユはっ、妹はどこにいるんですかっ?」

 

 美女二人に挟まれて鼻の下を伸ばし、大事な妹のことを失念した自分に激しく自己嫌悪するシン。

 

 「今はまだ面会謝絶よ」
 「生きてはおられますが、かなりの重傷でしたので」

 

 その場にヘナヘナと座り込むシン。
 マユが生存していることへの安堵と、未だ危険な状態である事への不安の相乗効果で足が萎えてしまったのだ。
 そこへ。

 

 「気づきましたか」

 

 シュウ・シラカワが姿を現わした。

 

 「あっ、あなたは?」

 

 シュウの発する独特のオーラに気圧されるシン。
 平和な世界で生まれ育った一少年に過ぎないシンでも、その表面的な穏やかさとは裏腹な何かを感じ取ったのか。
 いや、いかに平穏の中で育まれようと、シン・アスカには先天的に戦士の因子が備わっていたのだ。

 

 「わたしはシュウ・シラカワ、あなたとあなたの妹さんを保護させていただいたものです、ご両親は残念でしたが」
 「えっ」

 

 そのシュウの言葉に、シンはあの「蒼い魔神」に乗っていたのが彼だと察する。

 

 「ありがとうございます、マユを助けてくれて」

 

 シン自身も助けられたのだが、それよりも妹のことを心から感謝するシン。
 自分一人ならばあのまま逃げられない事はなかったが、マユの救出は不可能。
 妹を見捨てて逃げるか、救おうとして二人もろとも命を散らすか、最悪の選択を迫られるところだった。

 

 「マユ、妹さんの名前ですか、サフィーネ、モニカ、彼のことはもう聞きましたか?」
 「あっ」
 「ああっ」
 「まだ聞いてないのですか、名前くらいは聞いているのでしょうね」

 

 二人は何もシンを冷やかしに来たのではない。
 この船に乗っている面子の中では最も少年に警戒されないタイプだろうということで事前に色々と聞き出しておくように言われて来たのだ。
 それがシンの先天スキル「ラッキースケベ」が発動してしまったことで脱線したままになっていた。

 

 「もっ、申し訳ありませんシュウ様、つい取り込みまして」
 「サッ、サフィーネがこの子に胸を擦りつけて誘惑しようとしていたので、止めていたのですわ」
 「あなたっ、王族のくせに人に罪をなすりつけようっての?」
 「本当のことではありませんかっ!」
 「二人とも、お客さまの前で醜態を晒さないでくれますか?」
 「シュッ、シュウさま…」
 「失礼いたしました…」

 

 身内に対しては珍しく言葉の棘を突き刺すシュウに、二人の美女はしゅんとなる。

 

 「さて、失礼しました、改めてお聞きします、あなたの名前は?」
 「シン、シン・アスカです、妹はマユ」
 「シンですか、単刀直入にいいましょう、妹さんはかなりの重傷で、回復までにはかなりの日数を要します」
 「そうですか」

 

 先ほど二人の美女からも告げられてはいたが、それに念を押される形になってしまったことに落胆の色を隠せないシン。

 

 「腕の接合は上手くいきましたが、土砂の下敷きになっていた時に脊髄を損傷したようです、当分はここから動かすことも無理でしょうね」 
 「ここ?」
 「そうです、ここは私達の船エレオノールの中です」
 「船の中って…それに?」

 

 シンは動転してい重大な事を聞き逃したのに気がついた。
 鋭利な刃物で切断された腕ならぱともかく、爆風で千切れ飛んだ腕が接合されたということと。
 脊髄の損傷が、時間をかければ治るということ。 
 それらの疑問が一気に噴出す寸前に。

 

 「さてシン、あなたもそろそろ気がついているのではないですか?」

 

 シュウの方から先に口を開いた。

 

 「私たちはこの世界の人間ではありません」

 

――――――

 

 「マユ…」

 

 拝みに拝み倒して、面会謝絶のマユを見舞わせてもらったシンが見たのは、カプセルのようなベッドで液体に浸けられ、口に酸素マスクのような物をあたられたマユの姿だった。
 起きた時のシンの体に張られていた湿布のような物、それに塗布されていたのと同じ生命エネルギーを溶け込ませた溶液だという。
 意識はないマユだが確かに呼吸していて、何より千切れた腕が本当に元に戻っている。

 

 「あなたが腕をしっかりと抱えていたからですよ、多少接合面が損傷しててもどうにかなりますが、さすがになくなった腕の再生はできませんからね」

 

 そうシュウはシンを褒めた。

 

 「でも、僕一人じゃどうにもなりませんでした」

 

 改めてシュウに頭を下げるシン。
 得体の知れない巨大機動兵器に、得体の知れない巨大艦。
 そして底の知れない態度の、異世界から来たと言う男。
 しかしシンはそれらの事象に対して、警戒心も感じなければ、作り話だろうという疑いも待たなかった。
 シュウがどのような人間で、どのような人生を歩んで来たのかシンはまだ知らない。
 しかし、両親が死に天涯孤独となった見ず知らずの兄妹を助けたのはどう考えても純粋な善意からだろう。
 それは気まぐれに捨て犬に餌をやるような傲慢な善意かもしれないが。
 捨て犬としては飢え死にするよりはマシなのだ。
 またこのような超越的な科学とも魔術ともつかぬ力を有しているのだから、異世界から来たという話も疑う余地はない。

 

 「いったいどうやって恩を返せば…」
 「あなたから報酬は既に頂いています」
 「え?」
 「あなたからこの世界に関する知識を頂きました、あ、プライバシーに関することは覗いていないから安心してください」

 

 確かにシン名前すら聞かなくてはわからないのだから、本当に客観的知識だけを何らかの方法で吸い出したのだろう。
 もはやシンは驚く事も忘れた。

 

 「この世界も大変なようですね」
 「それでも…オーブにいれば安心だって思ってたのに…父さんや母さんも…」

 

 手を握り締めるシン。
 とりあえずマユが命には別状がない事を自分の目で確認すると、またもや両親の死の悲しみと、それに対する怒りがこみ上げてきた。
 そんなシンを感情をつかみ辛い表情で見ていたシュウは。

 

 「とりあえず私達はしばらくこの世界に滞在します、あなたは妹さんを普通の病院に移してもいい程回復するまではこの船にいてかまいませんよ」

 

 最大限に好意的な申し出をした。

 

 「お願いします、マユの側にいさせてください」

 

 シンはその好意に甘えることにした。
 もっとも「この世界に滞在します」というのは「元の世界に戻れません」という事実の言い換えだったのだが、シンが知る由もなかった。

 

――――――

 

 それから三日が過ぎた。
 その間に、シンはシュウ達に色々な話を聞いた。
 異世界からやって来たシュウだが、元の世界でも二つの世界を自在に行き来していたという。
 その二つとは、シンの住むCEの世界と違い、ナチュラルとコーディネイターの争いこそないが異星人、地下勢力に狙われた地球でスペースノイドとアースノイドの対立から戦火の耐えない地上世界と。
 長き平穏から激動の時代に時代に突入し、地上の人々が無差別に召喚され始めている地底世界ラ・ギアス。
 どちらもシンの想像を遥かに超えていた。
 シンの生まれ育った世界では地下勢力など存在せず、異星人の存在も痕跡であるエヴィデンス02で証明されているに過ぎないし。
 地底にも世界があるなどまさに驚天動地(「地底世界」というのは概念的なものだとはいうが)余人から聞けば誇大妄想狂や大嘘つきのどちらかだと思ったろうが。
 他ならぬ奇跡を何度も見せてくれたシュウの言だけに、シンはそれを信じた。
 そしてシュウ個人の身の上も聞いた。
 同席したのはシンとシュウの他に、サフィーネ、モニカ、モニカの弟だというテリウス、そして喋る鳥チカ。
 艦内には他にも人はいるらしいが、シュウと共に行動しているのはこの面子らしい。
 かつてシュウがオーブを襲った連合軍のような行為をしていたという告白には複雑な心境だった。
 それでもその時は邪神に心の自由を奪われていて、今は自由を取り戻したという言葉を信じることにしたが。
 もっともシュウの「棄教」はサフィーネ達にとっても寝耳に水であったらしく、シンの前で一悶着あった。
 元々ヴォルクルスとは関係のないモニカだがそんな大事なことを黙っていたという点に怒り、シュウは聞かれなかったので言わなかったと弁解する。
 かつてのシュウ同様ヴォルクルスの使徒であったサフィーネはかなり動揺したが、シュウに習って自らも棄教すると宣言した。
 シンの知っている人の心の中にしか存在しない神仏とは違い、実在し逆に人の心を操ることすら出来る神と言う名の悪魔の呪縛を簡単に振り払えるのか、その時のシンは深くは考えなかったが。
 そんな悶着を目にしたことはともかく。
 シンがシュウの過去を責める気がしなかったのは、直接見聞きしたわけではないことや、自分とマユの命の恩人であることを別にして、彼がヴォルクルスに付け入られた瞬間の話を聞いたからだった。
 望郷の念のあまり狂気に堕ちた母親により贄とされかけて絶望し、この世のすべてを呪い、そしてその全てをなぎ払う力を求めたシュウは、絶大な力と引き換えに魂を束縛されたのだ。
 もしも自分が両親を失った後、さらにはマユまで失ったら。
 どのような犠牲を払っても、すべてをなぎ払う力を求めたのではないか。
 その時にヴォルクルスのような誘惑があれば断れなかったのではないか。
 事実、あの時両親の死を見、そしてマユのちぎれた腕を見た瞬間のシンは、全てを呪いかけていた。
 目の前に蒼の魔神が現れたことで、シンは妹の命だけでなく、自らの心もまた救われたのだ。

 

 (この人たちにあえて良かったんだな…)

 

 このまま時が過ぎ、マユが回復すればシンは彼らと別れることになったろう。
 シュウ・シラカワの名は、シンの中で一生感謝する恩人にして、この世で最も尊敬する人物として思い出の中に残っただろう。
 しかしそうはならなかった。
 三日目の出来事がその予定を狂わせ、シンはシュウという人間が邪神の使徒であるなしに関係なく、はた迷惑なトラブルメイカーであることを、身をもって知ることになる。
 彼が過去に巻き起こした悲劇は邪神に強要によるものだが。
 彼がこれからも巻き起こす喜劇は彼自身のパーソナリティによるのだから。

 

――――――

 

 この世界に出現し、シンと意識のないマユが乗艦してから三日目。
 その時、エレオノールは北太平洋を隠行で進んでいた。
 ニュートロンジャマーによりレーダーが撹乱されている世界でも、一応警戒はしているのだ。
 シンはシュウから自分やマユの治療に使った秘薬について聞いていた。
 シュウいわく「命水(アクアビット)」という、科学と錬金術と魔術の結晶だという。
 コーディネイターでありながら、オーブという普通の教育システム国で育ったため専門的科学知識の類のない上に錬金術や魔術などは想像も出来ないシンには高度すぎたが、ことがまだ目を覚まさないマユにかかわることなので何とか理解しようと努めていた。
 本来シンがもっとも興味があり、シュウに聞いてみたかったのはこのエレオノールに多数詰まれている機動兵器の数々だった。
 シンの住むCEの世界にもあるMSだけでなく、形状もサイズもまちまちなさまざまな種類機動兵器。 
 それらを実際にその目にしたからこそ、シンがシュウの語る「スーパーロボットが大戦争を繰り広げる、すなわちスーパーロボット大戦の起きた別の世界」を信じる一助ともなった。
 しかし、その一方で心のどこかでそのような存在への反感もある。
 何しろMSの攻撃によって両親を失ってからまだ三日しか経っていないのだ。
 シンの中で、巨大ロボットのような勇壮な物に憧れる少年としての自然な心と、人型兵器による両親の死への拘りがせめぎ合って、素直に興味を示すことを阻害していたのだ。
 そんな折に。

 

 「ここにいたかシュウ」

 

 ハリー・オードが二人のいる船室へ入ってきた。
 ハリーには一度挨拶を交わした。
 珍妙なサングラスをしているという印象だが、シュウの世界の月の王国の女王様の親衛隊長だったらしい。
 新西暦ではなく正暦という未来から来た、という話は混乱を避けるためか伏せられていたため、シンにとってシュウのいた世界は人類が月に移民しながらそこに王政国家が出来るますます不可思議な世界という印象が深まった。

 

 「どうしました?」
 「この艦を追尾している敵がいる」
 「なんですって?」

 

 肉眼でも視認できず、レーダーにも映らないエレオノールを追尾できる存在がこの世界にあったとは。
 シンにはまったく心当たりはない。 

 

 「わたしには見覚えのある物なんだが、君にもあるはずだ」
 「ほう」

 

 シュウが部屋の壁のスイッチをひねると、室内に立体映像が投影された。

 

 「なっ、なんだ!」

 

 自分の目を疑うシン。
 異世界からシュウ達の存在も、彼らの世界で巻き起こっていた「スーパーロボット大戦」もあっさりと受け入れた若く柔軟なシンの脳も、その光景はあまりにも常識を逸脱していて受け入れがたいものだった。
 そこに映ったエレオノールを追撃するものはどう見ても巨大な竜だった。
 それもただの竜ではなく、翼や背中の部分が機械によって構成されている。
 のみならず、背中には軍艦の艦橋のようなものまである
 言うなればサイボーグ竜というべきか。

 

 「この世界にメカザウルスがいたのか」

 

 ハリーはサイボーグ竜をそう呼んだ。
 「異世界とはいえ、旧世紀までの歴史は同じですからね、彼らは我々の世界同様地下に逃げ延びているでしょう、そしてそろそろ地上を伺ってもおかしくはないでしょう、しかしなぜこの艦を追尾しているのでしょうね、しかも穏行中にもかかわらず」

 

 シュウも「メカザウルス」の存在そのものは驚かず、単になぜ、そしてどうやってエレオノールを追尾しているのかだけが疑問のようだった。
 しかし二人とは違い、信じられない物を目の当たりにしたシンは目と口を大きく開いて立ち尽くしていた。

 

 シュウ・シラカワらとの時空を変えた出会いでシン・アスカの運命は確かに変わった。
 だがそれは本来彼が辿るべきだった運命を遥かに上回る波乱万丈の日々の幕開けだったのだ。

 
 

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