その希望が、その光が収まっていった時、全ての人は勝利を願った。
其処には、光の盾で上半身を防いだ健在なる悪機が居た。
ドンという衝撃のあと、アークエンジェルに残っていた左の主砲さえ、吹き飛んだ。
「ミリアリア、大丈夫か?
ミリィ!?」
「トール、生きてた」
「ムラクモスペシャルで脱出した、アークエンジェルは?
ローエングリンは───」
だがその言葉に応えたのはミリアリアではなく、
「終わったね。
もう打つ手なし。
いやあ愉しい出し物だったねえ、心に迫ったよ。
これだから人間を苛めるのはたまらない」
悪意の具現そのものだった。
全ての兵士があきらめた。
全ての戦う意思が折れた。
全ての手段を失った。
もう───何も、何も残ってはいなかった。
残ったモビルスーツをストライクフリーダムは平らげていく。
兵士達は絶望に犯され、回避行動すらしない。
一分も立たないうちに全てのモビルスーツは四肢を破壊され、ガラクタに替わった。
いや、一機だけ、かつて悪夢に犯されていた少年が、絶望に反抗していた。
「我、埋葬にあたわず!」
いくつにも枝分かれした閃光がフリーダムに迫るが、全て盾に防がれる。
それでも、それでもキラは繰り返し続けた。
「いやあ頑張るねえ、キラ君。
フラフラと流されてた君が、とても信じられないくらいだ。
やっぱり愛かなあ、ふふ」
戯言を無視して、あらゆる手段を持って攻め立てたが、ストライクフリーダムは、もはや銃を使うまでも無いと判断したか、 素手でストライクをサンドバックにした。
「ぐっ、あぐ、づ、がは」
キラは衝撃にあちこちぶつかり、意識が朦朧となっていた。
それでも、攻撃することをやめず、そして───
ストライクは灰色の死に体となって、引き裂かれた。
「お疲れ様、キラ君。
無駄な努力だったね」
そう言って、邪神は嘲笑った。
その断定を受けて、キラは怒りと共に言葉を吐き出した。
まるで自分の口とは思えないほど、滑らかに、
強い意志を持って言霊を吐き出した。
「嘲笑うのか……僕達の戦いを無意味なものと嘲笑うのか?
だけど、今、僕達は勝てなくてもいい、僕が勝てなくてもいい。
必ず次に繋がる。次の次に繋がる。貴方が邪悪を積み重ねても……
邪悪を許さない正義もまた、積み重なっていくんだ」
「あははははは。
面白い、面白いよキラ君、
ああお腹が痛いとはこういうことかな、どうだいベルデュラボー君?
何処かで聞いたような台詞だねえ、確か君が言ってたんだよねえ。
これはあれかな、
……その台詞は1700回程聞いた、って返すべきかなあ。
あははははは」
そのキラの言葉を聞いて、ベルデュラボーは微笑った。
なにをこの程度で弱気になっていたのか。
たかが手の打ちようが無いくらいで、それがどうしたというのだ。
こんな絶望、生温くて欠伸が出る。
こんなものはあの無限に比べれば如何程のものだ。
彼はマスターテリオンを生み出した邪神を見下ろす。
「僕は識っている。暗黒神話を討ち破った御伽噺を。
神様ですら消せない、いのちの歌を。
それは希望だ。世界を信じられるということだ。
だから僕は威風堂々と、この名前を名乗る」
「我、堪え忍ばん(ペルデュラボー)と」
「へえ、この状況でまあ、吼えるものだね人間。
けどチェックメイトだ。
新しい繰り返しの初回にしては、とても面白かったよ。
だけど、この繰り返しの中に君はいらないんだ、
消えてもらうよ、ベルデュラボー」
「エセルドレーダ、最期の言葉にしては趣味が悪いが、
付き合ってくれるか?」
「イエス、マスター、どこまでも」
宇宙空間にあっても、大きく息を吸うと、誓句を思い浮かべる。
これは召喚に非ず、一片の魔力も篭らぬただの言葉。
真空では震うことなき空気の振動。
いつかこの邪悪を倒すことができるという虚言。
自らを騙す、偽りの誓いだった。
無限の絶望を重ねた少年は、その優しい嘘を呟く。
「祈りの空より来たりて───」
エセルドレーダは、自らの主を仰ぎ見る。
なにかを悟ったのか、あきらめたのか。
微笑をたたえると、彼女は誓句を紡ぐ。
「切なる叫びを胸に───」
今、我等が死するとも、いつか必ず正義が果たされますように。
「君達の辞世の句にしては皮肉だけど、
とても似合ってて洒落が聞いているねえ」
「「我らは明日への路を拓く」」
「大導師殿、ナコト写本。
それじゃ名残惜しいけど、さよならだ」
13の砲門が光を湛え、二人を消し飛ばさんと唸り。
「「汝、無垢なる翼───」」
「ドクター、このロボの設計図、前に言っていた名前と違ってるぜ、
ここ”P”じゃなくて”B”になってる。
これじゃデモん───どうしたハチ?
「何々、
我は 無垢なる怒り───」
沈黙するドミニオンのブリッジ、酷い損傷を受けたせいか、そこらで火花まで散っている。
機関も停止し、予備電力の薄暗い電灯が明かりの全てだった。
「艦長、画面にヘンな文字が浮かんでいるんですが、これ何かの暗号ですか?」
「いえ、こんな暗号など聞いたこともありません」
「では謎の文ですか、勇ましくいいですね。
もう一度奮い立ちたくなってきましたよ。
我は 無垢なる怒り───
我は 無垢なる憎悪───」
床に投げ出され、頭に怪我を負ったミリアリアは見た。
何者か分からない機動兵器と通信が繋がっているのを。
「艦長、この機体は、この名前の機体は連合にあるんですか」
「聞いたことがないわ、もしかしてベルデュラボーさんと関係があるのかしら」
「音声通信途絶、文章だけ送付してきました。
我は 無垢なる怒り───
我は 無垢なる憎悪───
我は 無垢なる剣───」
バッテリーが完全に尽き、もはや救難信号しか出せず、
暗黒に閉ざされたストライクのディスプレイが目映く光る。
動かす電力など一欠けらも無いのに、その文章は煌々と映し出された。
キラは思わず読み上げた。
「我は 無垢なる怒り───
我は 無垢なる憎悪───
我は 無垢なる剣───
我は ・・・・・・
迫る閃光の中、ベルデュラボー達は聖句の最後を高らかに謳い上げた。
デモンベイン
「「「───魔を断つ剣」」」
フルバーストの閃光が収まったとき、そこには何者も────
いないはずだった。
そう居る筈が無いのに。
ベルデュラボーは放心していた。
ソレはいる筈の無いもの、自分達の元になんてくるはずない者。
正義の具現。アーカムシティの守護神。
人の子を守る絶対の盾、魔を滅ぼすもの。
デモンベインが、眼前にいる───
つづく
【前】【戻る】【次】