果たして───
ソレは健在だった。
無傷ではいられず、コクピット周辺だけが残る鉄くずに変わったが、生きていた。
鉄くずに変わっても誰もソレが死んだとは思えなかった。
瘴気が、妖気が、狂気が消えていなかった。
コードが触手のように伸びる!
それは悪夢だ、延びたコードは身動きのとれないモビルスーツの残骸を引き寄せ、メキメキと喰らい始めた。
中のパイロットが生きているいないに構わず、手当たり次第にむさぼる。
運悪く機体から逃げ切れなかったパイロットは、囚われ機械に喰われ、絶叫を上げながら異形と成り果て、死すらも与えられない。
瞬く間に100メートル近い、巨大な蠢く鉄塊が誕生した。
「愉しかったなあ、本当に愉しかった。
こんなに愉しいことはそうそうめぐり合えない。
なんて幸運だろうねえ、命を賭けて竜の動きを止め、
勇者は竜と刺し違える。ああ、これぞロマンだ!」
巨大な鉄塊の上から、瞳から光を失ったデモンベインを愉快そうに眺める。
「おや、ベルデュラボー君、どうしたのかな?
もしかして、力尽きて死んじゃったのかな。
残念だなあ、あんなにカッコよかったのにねえ。
あの螺旋の中にいた頃の君に見せてあげたかったよ。
まったく、よくぞこの僕の前に現れてくれたと感謝したいくらいだ。
君は最高の道化だったよ、ベルデュラボー君」
「さてと、この劇もそろそろ終幕だ。
ようやく次の劇が始められる。
次の世界はもっと面白いものが見られるといいねえ」
そういって邪神はきりりと時計を───
───戻せなかった。
「あれ、おかしいなあ。
もしかして、まだあきらめていない輩がいるのかな」
その言葉に呼応するように、ストライクが砲を鉄塊に向けている。
「そうだ、僕達はあきらめない。
武器がなくても、敵わなくても、たとえ死するとも。
僕達はあきらめやしない!」
「なんだ君かキラ君、もういいよ。今回の最優秀助演男優は君だった。
きっと次は主役になれるよう僕も頑張るよ……
だから……もういいんだ」
そう混沌が告げた瞬間。
鉄塊から閃光が奔り、ストライクの頭を吹き飛ばした。
一瞬にして頭部を失ったストライクだったが、キラは無謀にもコクピットハッチを開け、肉眼で敵を捕捉した。
キラは吼えた。
「まだだ、まだ終わらない、終われない。
約束したんだ、フレイと、マリュー艦長と。
勝って還るって。デュエルのパイロットを殴らなきゃいけないんだ。
道を誤った罪を償わなきゃいけないんだ。
僕にはまだやるべきことが残ってるんだ!」
「勇ましいねえ、キラ君。でもしつこいのも考え物だよ。
いい加減邪魔になっちゃたからもう消えていいよ」
鉄塊が割れ、中から巨大なガンダムが姿を現す。
まさに破壊の権化のようなその巨体。
背中には、甲羅のようなバックパックに馬鹿げた大きさの砲身が装備され、
巨大な砲門を口に一つ、胸部に三つ備え付けられ、腕は浮遊している。
その周りにはストライクフリーダムの時に飛ばした、移動砲台が飛び交っている。
「予想外なことばかり起きたけど、いい勉強になったよ。
この宙域にいる全ての人間を滅ぼして、また始めるとしよう。
さあ生まれ変わった玩具よ、存分に”破壊”しちゃってよ」
フルバーストすら生ぬるく感じられるソレの全方位攻撃。
生き残り達が殲滅されていく。絶望が宇宙を多い尽くす。
キラは激しくも不正確なビームを必死に回避しながら、『我、埋葬にあたわず』を連射する。
だが、いかなる技術か、半透明の結界のようなものが現れると、全てを弾き返す。
そうして、ストライクは再び灰色の無為な人形へ成り下がった。
漆黒に包まれたコクピット、キラは己が無力に涙を流していた。
キラはもう祈ることしかできない中、ふとベルデュラボーと初めて知り合った時に教えてもらった、おまじないを思い出した。
彼は言った、それは光射す世界に涙を救う、正義のおまじないだと言った。
それは何万分の一、何億分の一回だけ奇蹟を起こせる、魔法のおまじないだと。
キラはその勇ましいおまじないを呟いた。
「憎悪の空より来たりて───
正しき怒りを胸に───
我等は魔を断つ剣を執る───
汝、無垢なる刃───デモンベイン」
つづく
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