起動魔導士ガンダムRSG_01話

Last-modified: 2011-08-13 (土) 22:13:56

「う…………?」
少年は再び目を覚ます。それは病室のようだった。すると、
「あら、気付いたのね。」
女医らしき人物が少年の顔を覗き込む。
「君……自分の名前はわかる?」
「………。」
女医の質問に、少年はなにも答えない、否、自分の名前がわからないので答えられないのだ。
「どこから来たとかさ……なんで公園に倒れていたとか覚えている?」
「………。」
同じ理由で答えられない。
「じゃあ……これに見覚えは?」
そう言って女医は黒いビー玉とタグを見せる。
「………いえ。」
答えられない。
「そう……やっぱりね、あーあ、お手上げだこりゃ。」

 

数分後、病室の外で女医は、少年を連れてきた八神家に状況を説明していた。
「石田先生……彼はどうなっとります?」
はやては少年を診察した石田女医に質問する。
「それがね……どうやら彼、記憶喪失みたい、自分の名前すら覚えていないみたい。それに……。」
「それに?どうかしたんですか?」
石田は一度言ってもいいものかと黙り込んでしまう。だがはやて達の真剣な眼差しを見て、意を決して口を開く。
「彼ね……ドーピング反応が見つかったのよ、おまけに彼の体、凄い鍛えられているわ、まるで軍人みたいに……。」
「ど…ドーピング!?」
はやては、この平和な日本に自分と四つぐらいしか違わない少年が、ドーピングを使ってまで軍人みたいな鍛え方をしているということが、全く信じられなかった。
「ちょっとヤバイ匂いがするんだけど……まさか彼、どっかの危険な私設武装組織の構成員……もしくは訓練兵だったりして……まさかね。」
石田女医はまさか自分の予想がほぼ当たっていたことに、この時はまだ知るよしもなかった。
「「「「「………。」」」」」
はやてとシグナム達ヴォルケンリッターはただ唖然として石田女医の話を聞いていた。
「警察にも調べてもらっているけど……コレじゃ彼、退院しても行くトコがないわねえ…。」
「あ……それじゃ……。」

 

その頃病室で少年は、必死に自分の事を思い出そうとしていた。だが、
「だめだ……思い出せん……。」
がっくりと肩を落とす。少年はふと、先程女医にみせられたタグを手に取り、それに刻まれている名前を見る。タグには“スウェン・カル・バヤン”と刻まれていた。
「これが……俺の名前………?」
すると病室に、車椅子に乗る少女とそれを押す金髪の女性、ピンクのポニーテールの女性に赤い三つ編みの少女、そして頭に犬耳らしきものをつけている大柄の男が入ってくる。
「こんにちはー、兄さん。」
車椅子に乗った少女が少年に挨拶をする。
「……あのときの……。」
少年は自分が気を失う時、その少女が声を掛けてきたのを思い出した。
「貴様……挨拶したらどうだ。我が主が挨拶しているのだぞ……?」
凄みのある声で、ピンクのポニーテールの女性が少年を威圧する。だが少年は臆すことなく、逆に、
「……なぜ俺がこうなったかまだ判らないからな、そうホイホイとお前達を信用するわけにはいかない。」
言い返した。
「「「「…………!!!?」」」」
少年の並々ならぬ雰囲気に少女の後ろにいた四人は身構える。
(シグナム……コイツ……!)
(ああ、若輩ながらなんと殺気のこもった眼光を……皆、油断するな。)
病室に殺気立った空気が漂う。だが車椅子の少女だけはそんな空気を尻目に、
「ああごめんな~、うちらから名前を言うのがさきやね、うち八神はやていいます。」
呑気に自己紹介、他の者は少女の度胸の強さにただただ呆気にとられていた。
「ホラみんなも!兄ちゃんに自己紹介しいや。」
「は、はい、申し訳ございません……私は…。」
車椅子の少女、はやてに促され、他の四人も次々と自己紹介していく。
「うーん、それにしても聞いたでー?兄さん記憶喪失なんだってなー、そら不安になってまうわなー。」
はやてはどうやら先程の少年の殺気は、不安からくる少年の防衛行為だと思ったようだ。
「ああ……どうやらそうらしい……。」
少年は悩ましそうに頭を抑える。
「兄さん……よかったらウチに来いひん?」
少女の提案に、少年は少し驚く。
「石田先生が言うには警察が兄さんの身元を割り出すのにまだ時間がかかるそうや、もう退院できるそうやし……記憶が戻るくらいまではウチにいてもええよ?」
「……いいのか?こんな見ず知らずの俺を……。」
少年は念のためもう一度聞いてみる。
「ええよええよ。五人いようが六人いようが変らへん、困ったときはお互い様や。」
少年は暫く考え込む、そして病院に居ようが八神家で暮らそうが状況は変らないだろうと思い、
「……わかった、しばらくやっかいになる。」
ちょっと変化のある生活ならなにか思い出すかもしれないと思い、はやての提案を受け入れる。
「よっしゃ決まりや!それと……。」
はやては置いてあったタグを見る。
「兄さん自分の名前判らないみたいやから……ここに刻まれている“スウェン”て呼んでええか?」
「ああそれでいい、暫く厄介になる、はやて、皆。」
そう言われてシグナム達も次々と少年…スウェンに挨拶していく。
「…先程はすまんな…よろしく、スウェン。」
「スエ…スヘ…スウ…呼びにくいな!!」
「男手が増えて助かるわー。」
「……よろしくな。」
この日、八神家に新たな家族が加わった。

 

数日後、退院したスウェンは八神家にやってきた、はやてに衣服や生活用品を用意され、いまではもう、
「スウェーン、御醤油とってー。」
「ああ。」
「スウェン、ちょっと鍛錬に付き合ってくれるか?」
「ああ。」
「スエンー、アタシザフィーラとゲートボールいってくるからー。」
「ああ。」
すっかりここの生活に馴染んでいた。
ある日スウェンは居間で新聞を読んでいるとき、はやての周りに浮いている古ぼけた本を見る。
「魔法……か……。」
スウェンは八神家に来た日、はやてに家族で隠し事をするのはよくないと言われ、魔法のこと、シグナムたち闇の書の守護騎士のこと、そしてはやての身の上のことを教わったのだ。
(にわかには信じられん……筈なのに…。)
なぜか自分は魔法のことを知っている気がした。
(やはり……自分は魔導士なのか?)
スウェンは自分が持っていたという黒いビー玉…まだ起動していないデバイスを見る。
シャマルがいうには、スウェンは魔導士に必要なリンカーコアという魔力の源を持っており、もしかしたら記憶を失う前は魔導士だったのでは?と言われていたのだ。
(そうなのだろうか……?なにか違うような…)
「スウェンどうしたん?そんな難しい顔をして?」
スウェンの様子に気付いたはやてが彼に話しかける。
「いや…なんでもない。そういえばそろそろ時間だな。」
「あ、そうやったな、シャマル、ザフィーラ、そろそろいくでー?」

 

はやて達が向かったのはあの日スウェンを運んだ海鳴病院だった。
ただ今回ははやての体の検査のためにやってきたのだ。
検査をうけるはやてと付き添うシャマル、その間スウェンとザフィーラ(人型)は待合室で待っていた。
「……ザフィーラ、少しいいか?」
スウェンは読んでいた雑誌をしまい、隣に居たザフィーラに話しかける。
「なんだ?」
「はやては……どんな病気なんだ?あの足といい……。」
スウェンははやての足の病気の事をザフィーラに質問するが、
「…………我々にもわからん、原因不明なのだそうだ。」
妙に間の空いた回答が帰ってきた。
(……なにか隠しているのか?)
ザフィーラの態度に疑念を持つ。すると、
「ザフィーラー、スウェーン、お待たせー。」
検査を終えたはやて達がやってきた。
「今日は早く終わったなー、買い物前に図書館行ってもええ?」

 

受付をすませ、図書館に向かう四人、車椅子はスウェンが押している。その間に彼は、
(なあシャマル、はやてはなんて病気なんだ?)
ザフィーラにした質問を、今度ははやてがいるので気遣って小声で、シャマルにしてみる。
(………私にも判らないし……石田先生にも原因はわからないそうよ。)
やはり間の置いた返事が返ってくる。
(やはり……なにか隠している……。)
スウェンがシャマルとザフィーラに疑念を抱いているころ、当人たちは、
(ねえザフィーラ……スウェンに闇の書とはやてちゃんの体の事……言わなくていいのかしら……)
(…奴は判らない事が多過ぎる、あまりこちらの事を話すのは得策ではないだろう、いずれ話さなければならないがな……。)
「なんやー?みんなでコソコソしてー?何話してるんー?」
小声で何か喋っているのが気になったのか、はやては三人に声をかける。
「あ……えっとですね…。」
「いえ……その……。」
「夕飯はなにがいいか話していたんだ。はやてはなにがいい?」
「え?ウチ?そうやなー。」
言いよどむシャマルとザフィーラだったが、スウェンの即答に救われる。
「うーん、スウェンは何がええ?」
「俺か?俺は…はやてが作るならなんでも。」
(……まあ、うまくはやっているな。)
(そうみたいね……。)
シャマルとザフィーラは楽しげに話してる二人を後ろから優しく見守っていた。

 

図書館に着いた八神一行、ザフィーラは狼形態になって外で待機。
「そうや!もしかしたらここにスウェンの記憶の手掛かりになるものがあるかもしれへん。ちょっとみんなで探してみよー。」
そう言って三人は図書館の中を散策する。
数十分後、
「どう?なにか思い出した?」
「………すまない。」
スウェンは手にとって読んでいた本を本棚にもどす。
(そもそもスウェンってこの世界の人間なのかしら?デバイスを持っていたということは魔導士?でも魔法は全然知らないみたいだし……。)
あれこれ思案するシャマル。
「まあ時間はたっぷりあるんや、ゆっくり思い出していこ?」
するとはやてとシャマルは、スウェンがとある本棚をチラチラ見ていることに気付く。
「どうしたスウェン?なにか気になるのでもあったか?」
はやて達は本棚に掛けられている札をみる、そこには「宇宙関連」と書かれていた。
「しばらく時間もあるし……よかったらここで読んでてもええよ?ウチらちょっと探したいのあるし……。」
「あ、ああ、わかった…。」

 

三十分後、
「いや~キ○の旅の十巻、返されててよかったな~。」
「そうですね~スウェンはどうしたんでしょう…アラ?」
見るとスウェンがいる筈の机に人ごみができていた。その中心に、
「スウェン……?」
そこにはスウェンが天文学者や宇宙開発に関する本を山積みにして、次々とそれを読み漁っていた。
その光景に唖然としながらも、はやて達はこの後買い物をしなければならないのでスウェンを呼ぶ。
「スウェーン?いくでー?」
「………………。」
返事が無いどうやら本に夢中のようだ。
「スウェーン、いくわよー?」
はやての代わりにこんどはシャマルが呼ぶが、
「………………。」
反応なし。
「スウェーン?」
「……………。」
返答なし。
「スウェン!」
「……………。」
応答なし、
その後スウェンは二十回ほど呼びかけられてようやくはやて達に気が付いた。

 

「いやー、だいぶ遅くなったな~。」
買い物をすませはやて達は帰宅の路についていた、ちなみにスウェンの手には買い物袋のほかに図書館で借りた大量の宇宙関連の本が手にさげられていた。
「新しくスウェンの名前を登録してまで沢山借りちゃいましたねー。」
「意外な一面だな……スウェン?」
ザフィーラはスウェンが空を見上げながら歩いていることに気付く。
「なにをしているスウェン……危ないぞ?」
「ああ……星を見ていた。」
「「「星?」」」
はやて、シャマル、ザフィーラは足を止め空を見上げる、夕日が沈み薄暗くなってきた空に、月のほかに小さな星が一つだけポツンと浮かんでいた。
「うわあ…一番星や……。」
はやてはふと、一番星を見上げているスウェンを見る、月と星の光に照らされた彼の顔は相変わらず無表情だが、その目だけはまるでおもちゃを与えられた子供のように、どこか無邪気で嬉しそうだった。
(無愛想やとおもっとったけど……なかなかいい目をするなあ……。)
「どうしましたはやてちゃん?スウェンを見てニコニコして……?」
シャマルははやての様子に気付き、話しかける。
「うん……スウェンのことはまだ何もわからへんけど……今…一つだけ解ったことがある。」
「「それは?」」
シャマルとザフィーラが聞き返す。
「スウェンは……星が大好きなんやなあ……。」
はやて達が優しく見守っている間、スウェンは、
「………星が……綺麗だ……。」
まだ一番星を見上げていた。