鎮魂歌_第04話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:18:43

夕食までには2人の小さな客人は帰ったようだ。
アリサから、なのはとすずかについての話をいろいろと聞かせてもらいながら晩餐が進む。

「大人しそうな子なのに、そんなに運動ができるんだ」
「あたしたちの中じゃ1番ですね。猫みたいに体育の時間は動きわまって活躍するんですよ。あ、猫と言
えば、あの子の家って猫がたくさんいるんです」
「この家とは逆なんだね」
「そうなんです。この家の犬はどうですか?」
「すごく人懐こくて可愛いね。大型ばかりだから、最初は怖かったんだけど…」

などと、笑顔のある食卓である。
何一つ不自然さはない。
ないのだが、

「……なのはちゃんの事なんだけど…」
「あ、あの子は運動だめなんですよ。頑張り屋なんですけど、運動神経はちょっと」
「いや、あの」
「でも理数の成績すっごいんです。もう高校の問題にも手が出せるくらい」
「…えぇっと…」

キラがなのはの話題に、触れようとした途端、アリサは笑顔を張り付けたままガンガンしゃべる。
それはもう怒涛の如く。
仕方なく、それに受け答えをしているとなのはと全く違う話題へとすり替わっているという戦法だった。

(これで食事が終わるまで誤魔化し通すわ…!)
(…食事が終ってからゆっくり切り出そう)

そう言うわけで、食後である。
鮫島から食後の薬を受け取ったキラは、まっすぐアリサに語りかけた。

「記憶の事なんだけど、アリサちゃん。聞いてくれるかな」
「! 何か思い出したんですか?」
「うん…と言っても、断片的すぎて何が何だかわからないんだけど……」
「いつです?」
「なのはちゃんの首飾りが光ったくらいだったと思うんだ」
「なんで言わないんですか!」
「だって…食事中にアリサちゃん、なのはちゃんの話をはぐらかそうとするから……」
「あ……」

アリサの目が泳ぐ。
隠し事をしたいのだろうとはキラも分かる。
あの首飾りについてだろう。それでも、キラにとっては手がかりになりそうな物だ。
知りたい。
知りたいのだ。

「あの……地面に出てきたピンク色の模様があるでしょ? あれに触った時に…多分、記憶が見えたん
だ…」
「あ!」

ある考えが、アリサに浮かぶ。
レイジングハートの広げた魔法陣が記憶に関するのならば、それはつまりキラが魔法の関係者という仮
説。もしもそうならば、なのはと離した自分が馬鹿みたいだ。

「キラさん、次元世界って言葉、知ってますか?」
「……ううん、わからない」
「時空管理局、ミッドチルダ……えっと、あとはベルカ。この単語はどうですか?」
「……聞いたこと、ないと思う」
「……そうですか」

次々に飛び出すアリサの言葉だが、キラに引っかかる物はない。
不思議そうにアリサを見つめるキラから目をそらし、アリサは少し考えた。
もう1度、なのはとキラを会わせるかどうかをだ。
今の単語で何も引っかかりがないのならば、考えすぎではないか?
いや、しかし、手がかりになるかもしれない。ならばダメ元でも。
いや、しかし、軽々しく魔法をこの世界の人間に話すべきか?
いや、しかし、そもそも魔法の関係者であるのならば本当にこの世界の人間か?
いや、しかし。
いや、しかし。
いや、しかし。

そしてすぐに考えは纏まる。いや、アリサはすぐに考えを纏めた。

「わかりました、明日なのはを家に連れてきます」

それから、次の日になるまで、キラは考え続けた。
光の中にいる自分と、それに差し出される手。声。
手に目を凝らして、声に耳を澄ます。

『―――――――――――――――』

何を言っているのかさっぱりだった。
何か言っているのは、確かなのだ。しかし声の主が男か女かさえ分からない。

次の日になっても、キラは考え続ける。
光の正体。自分のいた場所がどこか。
朝食の頃になると、記憶の中の自分が座っているのではないかと感じ始める。
どこに?

「わからない……」
「え?」

ぽろりと声に出してしまいアリサに怪訝な顔をされてしまった。

昼になってもキラは考え続ける。
もはや、悩み初めてさえいた。本当にこれは記憶?
ただの錯覚じゃないのかな?
そもそも光の中なんていったいどこ?
これは本当に声?

「あ、その子はこのブラシの方が好きなんですよ」

真由良と一緒に犬の世話をしている時も悩みは膨らみ続けていく。
犬の世話を教えてもらいながら、悩みに没頭していた。たどたどしい手つきだったが、これは単に慣れな
い事なのだろう。記憶を失う前は、犬にあまり触っていなかったようだと、薄ぼんやりと考えたがそれもす
ぐに思考の津波に流された。

鮫島がアリサを迎えに行って、返ってくるまでの時間はとんでもなく短かった。
なのはにもう1度会えば、何か分かるかもしれない。何か思い出すかもしれない。
不安が募る。
どんな人間で、いったいどこにいて、なぜここにいるか分かる。
本当に分かるかどうかも分らない。
しかしきっかけはきっかけだ。
希望を持ちたい。

いくつもの思いが浮かんでは消えていき、気付けば夕刻に近づいていた。
リムジンが、大きな門を通って帰ってくるのが部屋から見えた。

飛び出した。
庭には、もうリムジンから降りた3人がいた。

「こんにちは」

すずかとなのはが丁寧なあいさつをキラへ。

「こんにちは。おかえり、アリサちゃん」
「ただいま。じゃあなのは、さっそくだけど」

アリサが、なのはを前に押す。
向き合う図になったキラとなのはは、しばしどうすればいいのかとしばし黙り込んでしまった。
たっぷりと間をおいてから、口を開いたのはなのはだ。

「えっと…あの、何と言っていいか…」
「……うん、僕も記憶喪失なんて、どうすればいいかわかんなくって…でも、そんなに気を遣ってくれなくて
も、大丈夫だから」
「…わかりました」

昨日の時点では、なのははキラの事情については聞かされてはいなかった。
しかし今日は違う。ほとんどの事はアリサから聞かされ、憶測であるが、魔法関係者であるかもしれない
となのはは伝えられている。

その上で、

「それじゃ、レイジングハート」
『はい、マスター』

なのはは大地に桜色の魔法陣を展開した。

「!」

首飾りの電子音もそうだが、唐突に現れる輝く幾何学模様にキラは覚悟していたと言え驚きを隠せな
かった。

やはり、頭に流れていくるのはあの光景だ。

強烈な輝きの最中にいる自分。
その自分へと差しのべられる手。
まるで抱きしめられるかのような、ぬくもり。

「―――――――――――――――」

誰かの囁き。

「あの、何か思い出したでしょうか?」

魔法陣は、まだ足元で回る。
たっぷりと時間をおいてなのはが訪ねてきたが、昨日思い出した事以上には何も思い出せなかった。
ただ、これが記憶である事は、確信できた。

「……昨日の以上の事は…やっぱり思い出さないみたい」
「……そうですか…」

なのはの表情が曇る。
これだけで記憶を取り戻す事がなのはにとって、最良の展開だった。今ならば、まだキラに魔法について
何も教えていない時点だ。だが、ここから先はキラに魔法についての説明が加わってしまう。
管理外世界においては、望ましくない選択である。
もしも、まるで魔法に関係ない民間人であれば、なのはとしてもペナルティさえ有り得る。

しかし、なのははキラへ魔法を伝えるつもりだった。
一番最初にユーノを助けたのも魔法だが、この時の助けというものは人に危害さえ及ぶ災厄の防止だ。
そんな物騒な形以外で、魔法が人の助けとなるのならば、それはなのはにとってとても魅力的な事だっ
た。だからキラを魔法によって救える、というのは希望的な観測だったのかもしれない。つきつめて考え
ればそうなるかもしれないが、助けになれるのならば、全力でなのはは手を差し伸べる子だった。

(リンディさんに相談できれば1番よかったんだけど……)

最善はリンディへ助けを求める事だろう。
だがハラオウン一家は仕事により不在。帰りは少なくともなのはに知らされていないし、明確な決定はさ
れていない。よって、なのはは決心したのだった。

「キラさん、これから言う事は全部本当の事なんです。よく聞いて下さい。何か記憶に引っかかりそうな事
があったら何でも聞いて下さいね」

小学生と思えぬ、毅然とした表情でなのはは語り始める。
魔法を。
知る限り、魔法についてキラへと話をした。
時に、すずかもアリサも聞かされていない事もあったりし、傍観していた2人からも驚きが上がる。
キラは、茫然とするばかりだった。

「それって……本当…の事なの…?」

理解できる部分はあるが、魔法に対する驚きに言葉もたどたどしくなる。
しかし、キラとしてはむしろ納得さえできる事が多かった。現時点で彼自身に覚えはないが、キラが納め
た学を動員さえすれば初歩はほとんど完璧に理解できる。

「はい。魔法と言っても、本当は不思議な事じゃないんです。えっと、簡単に言えばまだ見つかっていない
エネルギーを、まだ考え出されていない理論体系で操作してるものが魔法なんです」
「…思い、出しませんか?」
「………うん。引っかかる言葉も…ないみたいだった」

早とちりだったか。
なのはもアリサも自分の考えが甘かったと苦い顔だ。

「実際には…キラさんは魔法を使えないのかな…?」

そんな2人を割って入ってきたのは、今まで黙して語らなかったすずかだ。
これは流石にためらったが、なのははちょっと考えてからレイジングハートを首から外し、キラへと手渡し
た。

「……これが、なのはちゃんのデバイス……」
「はい、レイジングハートです」
『マスター、やはりこの者の魔力は奇妙です』
「昨日も言ってたけど……何が奇妙なの?」
『わかりません』
「じゃあ、キラさんは魔法使えないの?」
『いえ、魔法を使うには問題ありません』
「! じゃ、じゃあ、魔法使いだったって事?」
『わかりません』
「素質がある、って事かな?」
『はい、魔力を解放してみましょうか?』
「お願い、レイジングハート」

自分の掌に乗る赤い宝玉となのはの会話に、置いて行かれた気分で唖然とするキラだが、レイジング
ハートが輝き始める事で、強引に我に返らされる。

キラの足もとに生まれる、円。
光。

それは、情熱と灼熱を混ぜたような赤だった。
揺らめく炎のような魔法陣の中央に立ち、キラはただ驚くばかりだ。

「こ、これは……」
「えっと、これで魔法が使えるような状態になってるんですけど……」
「そ、そんな事いわれて………あれ?」

どうすればいいかわからないまま、ただ足元の魔法陣に釘づけになるキラの脳裏に、何かがよぎる。
赤。
紅蓮の、炎。
そうだ、なぜ気付かなかった。
あの光の中。
その光は…

「爆発……?」

そうだ、自分は爆発の中にいたのだ。

「僕は……爆発の中にいた…?」
「え!?」

茫然とつぶやくキラだが、今度は少女3人がびっくりだった。
アリサとしては、規模こそわからないが爆発の中にいてそれだけの怪我というのにも驚きだ。

「他には!? 他には思い出さないんですか?」
「………」

耳を、澄ます。
きっと聞こえる。
そんな確信めいた思い。

―――――――――――――から

「!! 聞こえた!」

―――――――――――――から

しかし、それまでだ。
神経を集中させても、聞こえるのは最後の部分だけだった。

そこで、キラの赤い魔法陣が消えた。

「思い……出せたんですか?」
「…少しだけ。全部思い出せたわけじゃないけど……」
「爆発って……少なくともあたしの家の近くじゃなかったけど…」
「でも、でもやっぱり無駄じゃなかったんですよね!」
「うん。ありがとう、なのはちゃん、アリサちゃん、すずかちゃん………でも、魔法に触れてると記憶が見え
るって事は…やっぱり僕はこの次元世界の人間じゃ、ないのかな」
「…それは…」

そこまでは、わからない。
もしもそうであれば、次は帰れるかどうかという問題さえ浮き上がる。
リンディと連絡がつけば、すぐに帰れる可能性もあるのだが、やはり現時点ではどちらに転ぶかは分らな
いのだ。

それでも、

「それでも、少しでも思い出せたのは立派な進歩じゃないですか!」

アリサの満面の笑みに、3人が3人とも前向きになれた。