鎮魂歌_第06話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:20:02

『フェイトちゃん! 飛ばし過ぎだよ!』
「わかってる!」

第83管理外世界。そう印を押された世界。
その海の上を、つまり空を少女が一人、駆け抜ける。
速い。
音速もかくやと言わんばかりの飛翔である。
体にいくつもの羽を纏い、高度と速度に適さぬ水着のような薄い衣服だ。

ソニックフォーム。
どうでもいいが、ソニックとライトニングではライトニングの方が速いだろうと感じたのは筆者だけでないと
思う。

シグナムとの定期連絡が途切れても、もう30分以上が経った。
アースラからシグナムの行方を追ったモニターにて、映し出されたのは封鎖領域である。
現地でおそらく唯一の魔法使いであろう海洋生物による念話を試みたところ、シグナムが閉じ込められて
いる事が判明。すぐさま、フェイトは調査を切り上げてエイミィの誘導を頼りに、シグナムの元へと駆け
た。
転移魔法に適さぬポイントである事と、フェイトの速度を考慮して、フェイトは一緒にいたアルフを置き去り
にして単騎での行動だった。まずはアースラへと転移出来るポイントを探し、さらにアースラからシグナム
のいる場所に最も近い転送可能なポイントへと転送、そしてシグナムの元へと飛行というプロセスをクロ
ノとアルフは踏まなければならないのである。

シグナムの強さについて、おそらく最も信頼しているのはフェイトである。
仲間であるヴォルケンリッターとはやてもシグナムの強さについて、これ以上ない信頼を置いているが、
直に刃を交えた者同士にしか生まれない絆もある。その真っ向からのぶつかり合いを繰り返したフェイト
だから、シグナムの孤立が危険であると考える。

そう簡単にやられるシグナムではない。

そう思う一方で、ならば相応の用意でシグナムに接触するのが当然である。
闇の書事件以降、シグナムは管理局に在籍。つまり影で動く者ではなくなったのだ。ならば情報の仕入
れ方はいくらでもある。そして、それを元にシグナムだけのシグナムに対するシグナムへの対抗策を抱え
て、封鎖領域を展開すればどうだろうか?
人数は?
デバイスは?
海という地形は不安要素になるのではないのか?
フェイトの裡に不安が無数に広がっていく。

あのシグナムが易々とやられるわけはない。

しかし胸騒ぎは消えない。
あれだけ名を広めたシグナムなのだ。それを閉じ込める者がいたとするのならば、よほどの馬鹿かよほ
どの用意かだ。そして、フェイトはこんな時最悪の状況を頭に入れておかなければならない。

「ついた……!」

肩で息をしながらフェイトは気合いを入れる。
魔法を修めた者は見える。海に展開された魔力に依る巨大なドーム。
シグナムは、この中だろう。

「シグナム……」
『フェイトちゃん駄目! ちょっと落ち着いて! あのシグナムだよ?』
「わかってる……でも、ヴィータの事もあるから!」

マントが翻り、ソニックフォームからライトニングフォームへ。
二度のロード。
黒い杖が、変わる。

『フェイトちゃん!!』

輝きを剣に。
黄金色の魔法陣を踏んで。
ザンバーフォーム。

「疾風…迅雷!」

2度、3度ほど雷光の剣を泳がせた。紫の雷電がほとばしる。漲る魔力。担ぐように、構え、

「スプライト! ザンバー!」

封鎖領域へと踏み込んだ。
紫の稲妻が暴れ狂う。黄金の剣が、封鎖領域を切り裂いた。まるでガラスにひびが入るように、封鎖領
域は悲鳴を上げ、そして崩れ落ちる。

中にいたのは、1人。

銀色の甲冑を纏った、

「…子供?」

小さな魔法使い。子供程度の背丈で、よくもまぁ甲冑に耐えられると思えるような小ささだ。
全身を隠し、男の子か女の子かもわからない。その隣に、従うように丸い盾が1つ、浮かんでいた。デバ
イスなのだろう。

「あなたは……」

銀の甲冑が、フェイトへと向く。
周りには、誰もいない。
ごくりとフェイトの喉が鳴った。

「シグナム……シグナムは?」
「殺した」

奇妙にねじれた声。
フェイトが凍りつく。

「そんな……嘘だ……あの強い…シグナムが……」

現実にいないような気分へと落とされたフェイトが、一歩踏み込もうとして、飛びのいた。
海から、赤い、紅い砲撃。非殺傷設定などお構いのない凶悪な砲撃が海から天へと伸びていったのだ。
その直撃を受けたのだろうか。羽と尾をもつ鯨のような巨大な海洋生物が、海から空中へと高々と放り投
げられた。この質量が宙に舞うのだから、砲撃の威力を物語るには十分だった。

「!!」

明らかに、即死だろう。火傷など言う前に、その海洋生物には穴まで開いていたのだ。

「ふぅん……エヴィデンス01なんて、本当にいたんだ。ま、魔法がある時点で何でもありか」

そして、砲手であろう者が驚きを交えながら海から飛んでくる。
声が奇妙にねじれ、その頭にはすっぽりと、仮面。隠しているのは顔だけで、男とわかった。

「レヴァンティン、テイカーショット」
『了解』

その手には、赤い杖。
巨大な海洋生物へと杖を構えれば、槍のような閃光が海洋生物の死体へと突き刺さり、体内から一つの
煌きを抜き取った。煌きは仮面の男の杖へと収まり、巨大海洋生物の体は、まるで光の粒子となって消
えていく。

「リンカーコア!?」
「そ。管理局にしては速いじゃない。君がフェイト=テスタロッサかな」
「……あなたは…」
「うーん、名無しというのも不便かな。じゃ、トライア・ン・グールハートとでも名乗っておこう。こっちの子は
……君が良く知っている人物だ」

奇妙な音声で仮面の男は軽く笑った。偽名も甚だしい。
トライアと名乗る男が銀の甲冑をコンコンと叩くが、フェイトは誰であるか見当もつかなかった。

「シグナムは……シグナムは本当に…」
「さあ、どうだろうね……この子に勝ったら、いろいろ教えてあげてもいいかな。いろいろとね」
「……」

銀の甲冑が、空を踏みこんでフェイトへ飛んだ。
速い。
が、フェイトはさらに速かった。
一呼吸で甲冑の繰り出すパンチから大きく離れ、二呼吸目ではもう甲冑を後方へと置き去りにしてしまっ
て、トライアと名乗る仮面の男へと飛んだ。

「いやあぁぁ!」

担ぐように構えたザンバーフォームを、美麗な姿勢で振り下ろす。フェイトの魔力を大量に吸って、強大な
威力を有するザンバーフォームだが、しかしトライアの赤い杖によって受け止められる。正直、フェイトとし
てはこの杖型のデバイスも断ち切る勢いだっただけに驚いた。

「非殺傷設定? 仕事の人は大変だね」

フェイトは酷薄な笑顔を、仮面の向こう側に感じた。こいつは、許せる人間ではない。本能で、危険だと理
解できる。たとえば禁止された力でも、禁忌とされる強さでも、もしも手に入ったのならば躊躇いなく使用
するような。

「レヴァンティン、ファイアガトリング」
『了解』

トライアの周囲に、赤い球体が3つ生まれて空間に固定される。
魔力砲台とも言える、スフィアだ。自分のフォトンランサーとほぼ同じ性能と見抜き。すぐさま飛びのくフェ
イトが寸前までいた空間を、スフィアから打ち出された赤い灼熱の魔力が通り過ぎた。

(強い…!)

純然な破壊のエネルギーが込められたファイアガトリングなる魔法の威力を肌で感じたフェイトは、フォト
ンランサーと同等などと考えた愚に息を飲む。おそらく防ぐ事はできるだろうが、受けたくない射撃だ。

そして、フェイトが飛びのいた先で、銀色の甲冑が殴りかかってくる。
こちらは、いい。動きも、トライアとの立ち位置もしっかりしているが、いかんせんフェイトの速さについて
いけていない。警戒は必要最低限で対応できるレベルとフェイトは思えた。
事実、ザンバーフォームで数度斬りつけて見るが、オートで主を守る盾がフェイトの斬撃に徐々について
いけなくなっている。もう3、4度斬りこめば盾をすり抜けて銀の甲冑へと一手浴びせる事が出来るだろ
う。

とはいえ、それも邪魔のないという仮定の話。
的確にフェイトが銀の甲冑を攻めれば、嫌なタイミングでファイアガトリングが飛んできて距離を取らざる
を得なくなる。

熱風を撒いて鋭く撃ちだされるそれは、あくまで銀の甲冑をフェイトから離すためだ。
しかし、こうやって敵が時間を稼いでくれるのは好ましい。時間が取れれば取れるほど、クロノとアルフの
援軍が期待できるのだ。

「やれやれ、これじゃ埒が明かないか」

トライアの嘆息が聞こえる。同時に、ファイアガトリングのスフィア――仮にファイアスフィアと呼ぼうか
――を消すのが見えた。攻め手を変える気だ。そう警戒したフェイトに、しかし攻めてきたのは銀の甲冑
の方だった。従えていた盾が高速でフェイトへと突っ込んでくる。重そうな盾で、その運動に大きく魔力を
込められている。普通にぶつかれば十分な痛手になるだろう。
それを余裕で回避すれば、フェイトの進路へと銀の甲冑が躍り出る。
それも、想定できる範囲だ。
殴りかかる銀の拳を、焦らずにバルディッシュで受け止めて見せる。
重い。
重いが耐えられる威力だ。
弾き飛ばされるようにフェイトが空を流れる。

この時点で、フェイトは余力を残している。即座にソニックムーブによる離脱が可能なように。
間違いなく、仮面の男の砲撃があると踏んでいるのだ。

『launch』

だから、ここで想像もしない人物の登場に足が止まる。

銀色が弾け飛んだ。
甲冑を構成するプレートというプレートが爆発するように四散し、当たり一面へと飛んでいく。的確に、自
分にぶつかる物だけを斬り払いながら、銀色の向こうにフェイトは見た。

赤い、少女。

銀の甲冑から現れたのは、

「ヴィータ!!?」

フェイトの手が、足が、何より思考が戸惑いに塗りつぶされた瞬間だった。

(しま……!)

甲冑の爆発に乗ったかのような推進でフェイトへとたどり着いたヴィータが、グラーフアイゼンを振るう。
防御に魔力を回すが、遅い。
重い。
耐えがたく重い鉄槌の一撃。

「ああああぁぁぁあ!!」

展開した防御魔法陣を木端微塵に砕き、フェイト自身は人形のように抵抗できぬまま空を吹き飛んだ。
そして、フェイトの視界が一色に染まる。
赤く、紅く。
トライアによる、赫耀の砲撃。

(いけない……これは……回避…できな……!!!)

極大の猛炎が、ただ一直線にフェイトを飲み込もうと空を焦がし、空を奔り―――

白が、赤の奔流からフェイトをさらった。

「何ぃッ!?」

鉄槌による痛みに、フェイトは己の意識がまだある事を悟って驚いた。超常の赤い砲撃は、フェイトを通り
過ぎてもはや遥か後方を走り抜けた後だ。
そして、同時に誰かの腕の中にいる事も理解する。
顔を上げれば、見知らぬ、男。

仮面の、男。

顔の上半分を白い仮面で隠した、ある軍内にて白服と呼ばれる衣服に酷似したバリアジャケットの男
だった。そして、フェイトを抱きかかえていない方の手に持つのは、

「か、母さんの……杖…!!」

プレシア=テスタロッサが最期まで手にしていた杖だ。
間違いない。間違えるはずがなく、それはプレシアの杖だった。
痛みさえ忘れてしまう程の驚愕。
支えられるまま、フェイトは見開いた眼を抱きかかえてくれる仮面の男へと向けた。

「あ…あなたは……」
「お前は……何故ここに……!!?」

フェイトとトライアの、動揺滲む声。

「私か……私は」

仮面の男が、唇を自嘲気味に歪ませた。笑ったのだろうか。

「……ラウ=ル=クルーゼ。在ってはならない存在……とでも言うべきか」