鎮魂歌_第10話

Last-modified: 2008-12-07 (日) 00:46:51

無限書庫でクロノがユーノからデータカードを受け渡される。

「すまないな、急を言って」
「いや、それはいいけど……」

はやてへ現状の報告をして2日が経過していた。
クロノがユーノに頼んだ事は、当たり前だが無限書庫からのデータのサルベージである。
内容は、主に闇の書についてだ。それについては、もう纏まったものがある。その、さらに奥にある闇の書に攻撃を仕掛けた類の記録を吸い上げてもらうようにユーノは頼まれた。
最初、あれほど恨み辛みの念を一身に受けた闇の書のこと、さぞや数々の報復の歴史があるだろうとユーノは構えたのだが、実際に記録として残っているような闇の書への攻撃は少なかった。
これも、転生機能が原因だろう。
グレアムのように、転生の先の情報を得た方が稀だったのだ。
だが、現実としてグレアム以外にも何名かが闇の書の消滅のために行動した記録があるにはある。
それを纏めるのは、ほとんど1日で出来る作業だった。2日が経過しているのは単純に、クロノが仕事で無限書庫まで足を運べなかったからである。

「存外情報は少ないんだな」

ユーノから手渡されたデータカードの容量をチェックし、大した量ではない事にクロノは驚き、次に納得して懐に納めた。

「それと、余った時間でレヴァンティンについても調べてみたよ」
「……なんで君がそこまで知ってるんだ?」
「一昨日、なのはが顔出してくれた時にね、話してくれたんだ。戦闘記録までは見せてもらえなかったけど、形だけはレイジングハートに教えてもらったよ」

手近な棚から、一冊の本が淡い緑の光に絡まって飛んでくる。
それが勝手にクロノの前まで浮遊してきては停止し、ページが自分でめくられた。
止まったのは、危険度の高いデバイスの目録だ。ロストロギア一歩手前であったり、扱いようによってはロストロギアを暴走させるよりも被害が大きい魔法を記憶しているデバイスが載っている。ほとんどに「回収」「封印」「破壊」などといった現在の状況が追記されているが、トライアなる仮面の男が使用する型のレヴァンティンの項では「行方不明」とあった。

「遥か昔の魔導師の作品だ。スペックだけ見れば、エターナルコフィンレベルの魔法を主眼として造られてる」
「………最後に確認された時の使用者にある、光の卵というのは何だ?」
「ロストロギアだよ。それも、対闇の書の」
「なんだって…?」
「詳しくは、渡したデータに載ってるよ。集めた資料で、一番多く名前が出てきたのが光の卵だったから」
「危険度は?」
「実はそれほどでもないみたいなんだ。闇の書だけを狙うんだけど、その戦力が、死んだ人だから」
「死人?」
「そう。光の卵は、死者からリンカーコアを抜きだして、闇の書を攻撃する兵隊を創るんだ」
「ちょっと待て。死ねばリンカーコアは消えるぞ?」
「そう。だから、光の卵は死んだ瞬間に抜き取るみたいだ。かなり広域に、『網』を張って、肉体から離れたリンカーコアを捕獲する」
「………できるのか、それ」
「うん。僕も少しだけ調べてみたけど、死んだり殺されたりしたその場その瞬間に立ち会って、リンカーコアが消滅するまでの刹那の間に確保した例もあるみたいなんだ。もっと言えば、死ぬ瞬間に近くの誰かにリンカーコアを遺して逝くなんて実例もある。死んだ人のリンカーコアを受け取った人は、支障なくそのリンカーコアを扱えるみたい。ただ、理論上は可能だけど、実行するには難しすぎるんだ」
「そんな至難の伎を使うロストロギアか」

ユーノに向き合いながら、クロノはもうユーノを見ていなかった。
思い起こすのはフェイトの戦闘記録。トライア、リリィ、ヴィータ。
その中でも、トライアがエヴィデンス01のリンカーコアを引き抜いた事実。
いくつかの糸がクロノの脳裏で繋がる。

「これは、デュランダルのカスタマイズをもう切り上げた方がいいな」
「まだマリーさんの所にあったのか。どんな風に仕上がったの?」
「とりあえずいろんな魔法で融通が効くようにしてる。元のままじゃ、ブレイズキャノンとの相性も悪かった
からね」
「特徴を伸ばさないのか?」
「僕に突出した技能は必要ない。そういうのはなのはやフェイトの役割だ」

ぷいと顔をそむけたクロノの様子に、ユーノは苦笑した。
守る気だ。

あくまで、クロノは守るつもりである。
フェイトがボロボロにされ、怒り心頭である彼はその怒りを攻める力に変えずに、あくまでなのは達の脇を固める縁の下で動く事に徹底するつもりだ。それが、サポートについて腕のあるユーノだからよく分かる。

「また手を借りる事になるかもしれない。その時は迅速にな」
「今回は早かったろ」
「今回はな。いつも、頼んだデータの吸い出しが遅い」
「それは……いろんな方面の依頼が多いんだから仕方ないだろう」
「言い訳だな。こういう仕事はきっちりしてもらわなきゃ、いざという時に現場で支障が出る」
「だから、今回は早かったじゃないか!」
「これで、当然の速度だ。毎回の提出をこれくらいにしてくれ」
「無茶言うな!」
「スクライアの一族の手を借りてもいいと言ってるだろう」
「みんなはみんなで忙しいんだよ。逆に、僕が発掘の手伝いに来いって言われてるのに……」
「スクライアだけじゃなくても、君の判断で人を雇う事も許可されてるだぞ?」
「う……でもそう簡単に人材が見つかるはずないじゃないか…」
「新人を教育する事まで視野に入れてくれ。なのはを育てたのは君だろう?」
「なのはは才能も魔力も有り余ってたから、僕じゃなくてもああなってたさ!」

結局2人が書庫から放り出されるまで、平行線の議論は続く。

「ヤマトさん」
「………」
「ヤマトさん?」
「………」
「ヤマトさーん?」
「………」
「ヤーマートーさーん」
「………」
「ヤマトさんってば」
「………」
「キラくん!キラくん!キラくん!キラくん!キラくん!キラくん!キラくん!キラくん!」
「わ!な、なのはちゃ………あ、ス、スミマセン……」

まるで突然声をかけられたかのようにキラはのけぞって本を落としてしまった。そして、周囲の冷ややかな視線に小さくなるキラ。

「びっくりしたぁ。ごめんね、全然気付かなかったや」
「ごめんなさい。そんなに驚くと思わなくて……」

あらん限りの集中力を振り絞って本に意識を注いでいれば、もう5時を回っていた。冬であればもう暗かろうが、夏に近い今、まだまだ空は青かった。
落ちた本の表紙を払い、机に積み上げられた本の塔の先端へと。
表紙は、鳥。

「図鑑ですか?鳥の?」
「うん。なのはちゃんから出された課題に、僕なりのアレンジをいろいろ加えたかったから……アリサちゃんたちはどうしたの?」
「えと、とりあえず外に出ましょう。話はそれからにします」

やはり関係者以外立ち入って欲しくない話なのだろう。
ひとまず、本のかたずけを手分けして手早く済ませれば、図書館から出ていく2人。
なのはが先に立ち、キラを導くように歩きだす。

「それでですね、アリサちゃんも、すずかちゃんも、ちょっとご遠慮してもらったんです」
「魔法の、話なんだね」
「はい。今日はヤマトさんに、管理局の人と会ってもらいたくて」
「時空管理局……」

なのはの授業で、その名はしっかりと教わっているキラとしては、緊張の度合いがいっきに増した。
警察がいると、例え悪い事をしていなくてもドキドキする感じである。
しかも自分は記憶喪失。覚えていないだけでもしかすれば、管理局としては捕獲対象であるかもしれないのだ。かなり、ネガティブな思いばかりがふつりふつりと湧き出してくる。

「そんなに緊張しなくても、いい人たちばっかりですよ」
「そ、そんなに緊張してるかな……僕」
「はい」

「………分かるかなぁ。僕の事」
「きっと、大丈夫です。すぐに記憶も戻って、管理局の皆さんがヤマトさんの世界をすぐに見つけてくれますよ!」
「……そうだと、いいなぁ」

虚ろな呟き。
あいまいな気持だった。
自分の過去が思いだせないと言う事の不安と恐怖は、ここ最近は薄れている。
いや薄れているというのは正確ではない。
本当に薄れているのか、それとも見ないように思いださないように心の奥に押しやっているのかはキラに判断できないのだ。ただ、確実に言えるのは、間違いなくこの世界に順応していて、豊かな安らかさをバニングス邸のみんなから与えられている事だけだった。

「………」
「怖い、ですか?」
「………うん」

空ろな頷き。
まるで他人事のような返事だった。実際、かつての自分について、現在のキラは他人のようにしか思えない。
ある区域でなのはの歩調が、遅くなった。
公園だ。
小さな林がいくつか見受けられる、海に面した大きな公園。

「公園?」
「はい、海鳴臨海公園。少し待っててくださいね」

足が止まれば、そこは森の中。
なのはとキラ以外、誰もいないのだろうか、随分と静かだ。
なのはが、レイジングハートを掌に乗せて、何かしらの指示をいくつか出した。それから間もなく、レイジングハートからレイジングハート以外の声が聞こえてきた。

『や、なのはちゃん、ご苦労さま。すぐに転送用の魔法陣出せるけど人いる?』
「いえ、いないみたいです」
『よし、それじゃ早速』

レイジングハートが輝く。
桜色以外の光だ。
その輝きに呼応して、大地に花開くように現れる魔法陣。
びくりと身を強張らせたキラだが、なのはに「大丈夫ですよ」と微笑まれて肩の力を抜いた。
そして、キラの視界が光でいっぱいになり、目を閉じて次に開けば、そこは見た事もない場所。

「…………え」

風がなくなった。太陽の光じゃない光が明りになり。木々は消えて、そこは、

「……どこ?」

薄暗い、通路の中だった。
淡い灯が各所にあり、広い通路。かなり上には天井もあるが、どこもかしこも、淡い光以外は黒で統一された色だった。

「こっちです、ヤマトさん」

なのはの誘導に、キラはふらふらと前進。それに比べて、なのはなど慣れた足取りである。
やはりこれも魔法なのだろうと頭のどうにか冷静な部分が諦めに似た思考をキラに強要した。
魔法とはそう言うもので、こういうものが魔法なのだ。
プシュ、と空気の抜けるような音とともに自働のドア開く。
その扉の先は、

「え……」

和室、であった。
盆栽がずらりと並び、赤い傘がささる室内。今までの通路が無機的で実に高い技術を思わせるものから一転して、まるで場違いな部屋が現れたのだ。ささやかな水の流れる音に混じって、カコン、とししおどしが高らかに鳴った。

「まぁまぁ、ようこそアースラへ。あなたがヤマト君ね」
「は、はい……」

そして、一段高い赤い敷居に、その女性はいた。きっちりと隙なく制服を着こなした長い緑髪の美女だ。
妙齢だろうか?何とも柔らかい笑顔を浮かべるものだから、いまいち年齢を特定できないキラは戸惑いながら返事をする。

「なのはさんもお疲れ様。さ、2人とも座って頂戴」
「え……は……い……」

もうどうすればいいのか思考が追い付かないキラは、なのはに倣ってのそのそと靴を脱いでキチンと正座。ちんぷんかんぷんすぎるまま、お茶と茶請けが前に並べられた。

「はじめまして、この時空管理局巡航L級8番艦アースラ艦長のリンディ=ハラオウンです」
「キラ=ヤマト、です……」
「そう固くならないで。ちょっとお話を聞かせてもらうだけだから」

と、言われてすぐにほぐれる緊張でもなかったが、キラが想像していたよりも随分と違った人物が出てきたので、固くなっているよりは戸惑っていると言った方が正しい。もっと強面が出てくるかと思っていれば、こんな美人である。ただ、艦長と言われて「こんな女性が?」とはあまり感じず、キラにとってしっくりくるような気がした。たとえば、自分が戦艦にでも搭乗していた時があり、その艦長が女性であった経験でもあったかのよう。

「ヤマト君、あなたの事はなのはさんから聞いているわ」
「記憶と、魔法の事ですか?」
「そうよ。そして、時空管理局としてはそこまで不安定なあなたを放っておけないの。分かるかしら?」
「はい」
「だから、私たちとしてもあなたの正体を突き止める事に全力を注ぐわ」

ざくり、ざくりと砂糖を茶へ放り込んだリンディは一口それを含んで息をつく。
それを見て、キラも真似た。

「はわ…!」
「え?」

なのはの声とキラの一口が重なる。

「あぶあ……!!!」

そして盛大に噴き出した。

お茶とも言えない茶で自爆した後、キラはリンディから様々な施設へと誘導される。
話を聞く限り、艦の中らしいのだが、環境は整っているとリンディは言う。
まず通されたのが一目で医療施設と分かる部屋。清潔さを体現するかのような白に、何に使うかも分からない機材が多いのに、視力検査に使うCとか書かれたボードもあるアンバランスな部屋であった。医療スタッフと思しき人物からのいろいろな質問に受け答え、伸長体重の測定、血液の採取とあらゆる体のデータを取られ、まるで身体測定であった。
リンディいわく、健康状態を測ると言うより持ってる抗体や病気などを検査して、どんな次元世界に住んでいたかを推理するための材料らしい。
次に案内されたのは、やはりまるで理解に及ばない機材ばかりが並ぶ部屋である。
重農な雰囲気があったので、研究か解析を想定して造られた部屋とキラは薄く直感した。
案の定、リンディから促されたのはいくつかの魔法行使だった。
言われるままに、ガラス張りの密室に入って魔法陣を出現させたり、実際に魔法を的へと行使したり、リンディから渡された魔力をどれほど維持できるかを検査したりと実験に似た指示をキラはこなしていく。

「あら?」
「どうかしたんですか?」

そんな検査の合間、リンディが小首をひねる。

「何か、ちょっとヤマト君の魔力、変だと思ったんだけど……どう変なのかが、分らないの」
「え、レイジングハートもそう言ってたんです……どういう事なんだろ?」
「リンディさん、これでよかったんですか?」
「ええ、ご苦労さま。じゃあ、次は……」

結局、何が変なのかを言葉に出来ないまま、最後の部屋、とキラはリンディの案内を受けてついていく。
空気の抜けるような音とともに、左右にドアが開く。
アースラのブリッジであった。

「ブリッジ……?」

無意識にそう言葉にしたキラだが、まるで知らない場所であるのに、知っているような気になった。
眼前いっぱいに巨大映像機器を備え、その下にはコンソールを前にした制服姿のスタッフがちらほらと。
やや薄暗い中で、今自分がいる位置がそんな機器を扱うスタッフたちより一段高い場所にあるのにキラは気づく。キャプテンシート、とふと単語がよぎる。
この場所ではないが、この場所に似ている雰囲気を知っているような気がする――戦艦。

「やぁやぁ、アースラへようこそヤマト君!」

そして、そこで1人の歓迎を受けた。
エイミィだ。
にこやかなまま、右手を差し出されたのでキラは反射的にそれを握る。
ぶんぶんと握手を振るわれ、とびっきりの笑顔だ。

「私、エイミィ=リミエッタ! よろしくぅ!」
「キラ=ヤマトです」

少々気おされながら、キラも微笑んだ。

「さ、エイミィ、さっき送ったデータをまとめて頂戴」
「はい!」
「ヤマト君、さっき取ったあなたのデータを纏めるから少し待っててね」

最も高い場所にある席。キャプテンシートのコンソールをいくつか叩けば、リンディ、キラ、なのはの眼前の虚空に四角の窓がいくつか現れる。どれもこれも、グラフとして纏められたキラの身体情報とミッドチルダの男性の平均身体情報である。いろいろな比較がされ、さらにまた新しく窓が出現すれば、今度はキラの魔力の質と量をデータ化したものと、ミッドチルダとベルカの男性の平均魔力データである。

「わ、すごい!」

なのはの驚きの声。
それは、キラの魔力数値が平均の魔力数値から抜きん出ていることへの感動であった。

「ちなみになのはさんのはこれ」
「「嘘!?」」

桁違いのが表示された。
文字通り、桁が違うのだ。
実際に数字として目にした本人までびっくりである。

「それはそれとして、確かに高いレベルね、ヤマト君の魔力。それなのに、とても安定してる」
「それは……初級の魔法しか教えてもらってないですから」
「いえ、初級高級の問題ではないの。あなたの魔法は、自分の魔力を物理に影響が出るレベルで凝縮、放出しているわ。単純だからこそ、普通、ここまで安定しないはずなんだけど」

表示されていた、あるグラフが大きくなる。
キラの赤い魔力ビームと魔力サーベルについてのデータなのだが、それぞれ回数をこなしても、使う魔力がほとんど一定なのである。普通、デバイスの補助なく個人がここまでムラなく魔力管理をするのは難しい。
それがグラフを見ればどうだ。使用する魔力値を縦軸、こなした回数を横軸にしたそれは、ほとんど横一直線なのである。

(でも、どちらかと言うと「使いこなしている」というか「乗りこなしている」ような感じがするのだけど……)

食い入るようにキラが自分のデータに見入っている一歩後ろ。
リンディはやはり、キラの魔力が奇妙な事にしこりを感じて、思考する。

「艦長!!」

そんな考えを破ったのはエイミィの声だ。
リンディには一発で分かった。
緊急事態だ。

「何かあったの?」
「はい! これを!」

巨大なディスプレイの各所に大きな窓がいくつか映し出される。
その映像の中にいたのは、

「ラウ=ル=クルーゼ!」

白い仮面の魔導師。
戦っている。
その相手は、トライア一味の仮面少女――リリィ。

「場所は?」
「第34管理外世界……戦闘場所のすぐ近くに跳躍可能な世界です!」
「!! リンディさん!」

弾かれたように、なのはが声を上げた。
――行かせてください!!
言外に含まれたなのはの気持ちに、リンディは頷く。

「なのはさん、お願いね」
「はい!」

駆けた。
そしてキャプテンシートの後方が一角にあったドアが開く。
小さな、小さな個室――転送装置である。

「なのはちゃん、2人が戦闘してるかなり近い空に転送するから、準備して!」
「はい!」

桜色が、閃いた。
瞬けば、バリアジャケットを身に纏い、魔法の杖を手にしたエースの姿。

「準備オッケー、大丈夫です!」
「よし! じゃあ、転送――」
「エイミィ、止めて!!」
「え」

虹色の白が輝く。
なのはを運ぶために。
なのはの姿が、光に包まれて行く。

―――キラが、その光に飛び込んだ。

「ヤマトさん!?」
「ヤマト君!!」

2人の姿が、消える。
転送。