鎮魂歌_第12話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:23:26

「キラ=ヤマトだと……」

愕然とクルーゼが呻く。
見間違えようなどあるはずもない。
記憶といくらか顔つきが違うが、間違いなくキラ=ヤマトだ。
赤い鳥を纏い、空をゆったりと巡っている。飛行魔法ではないのが一目で分かった。
プレシアの杖を、リリィとキラの中間で構えてクルーゼは緊張の度合いをさらに強めていく。

(厄介な相手が増えた、と考えるべきかな?)

遠目での見積もりだが、キラに飛行魔法もデバイスも、バリアジャケットさえない。
それでもなおこんな場所まで出てくるのだから、それなりの備えがあるとクルーゼは考える。
加えて、ヤキンドゥーエ最終決戦での因縁だ。

キラはこちらへ攻撃を行う。
少なくとも突っかかってくるだろう。

クルーゼの思考に、これらが第一に噛まざるを得ないのは無理なからぬ事。
さらに言えば、キラに並行して飛んでいる少女についても、クルーゼは知っている。
持てる知識のデバイス、バリアジャケットと若干の違いはあるが、

(高町なのは……か)

戦況が複雑になっていくが、クルーゼのする事は変わらない。
リリィへの攻撃だ。
複雑になった戦況は一応、好転しているように感じられる。アルフはリリィの捕縛を目的とし、クルーゼと利害の一致。高町なのはもクルーゼの知識の中にある性格と経緯、所属がそのままであれば、ほぼ間違いなくリリィから「話を聞かせて」欲しいと思って行動しているだろう。
やはりキラ=ヤマトがマイナスの要因であるはず。
だった。

「ラウ=ル=クルーゼさん!!」

大声。
クルーゼは、瞳をリリィへと向けたまま聞いた。

「僕は誰なんですか!?」
「………な、に?」

そして、驚く。

「らぁ!!」

S2Uが、レヴァンティンをいなした。
シグナムの体が、傾く。その右脇腹へと、容赦なくクロノは拳を叩きこみ、骨に響かせるために抉るような捻りを加えた。さらに、シグナムの態勢が崩れていく。
そこから深く踏み込んだクロノは、シグナムの腹へと膝を突きさして吹き飛ばす。
悲鳴も、嘔吐もなしに飛んでいくシグナムだが、無機質な瞳でずっとクロノに焦点は合わせている。

「―――と――」

そんなシグナムへ、追撃に空を跳ぼうとしたクロノが踏みとどまって詠唱。それと同時にレヴァンティンからカートリッジが勢いよく弾けて空を舞った。

剣の分割。
蛇腹。
シュランゲフォルム。

意思を持ったように唸り、うねりクロノを包囲しようとするレヴァンティンへと、チェーンバインドが幾筋も疾る。10を超えるチェーンバインドのほとんどが刃に切り裂かれるが、何とか数本が蛇腹刃をつなぐ鉄線を掴むにいたり、レヴァンティンの制御に楔を打った。
シグナムがレヴァンティンに魔力を込めてチェーンバインドを解こうとする隙をついて、S2Uから熱線が迸る。
ブレイズキャノン。
4連射。
シグナムは初撃ギリギリで防御魔法陣を展開するが、3発目が魔法陣を叩くと同時に割れた手ごたえをクロノは掴む。
それでもまだ安心できる相手ではない。
熱風を突っ切って、ブレイズキャノンの向こうからシグナムが現れた。

効果はある。
ダメージも与えている。
しかしその動きは鈍りもしない。
レヴァンティンは剣の形。
カートリッジが弾けた。

炎。

真っ向からの紫電一閃。

防御魔法陣を幾重にも施したS2Uが斬撃を受け止める。
範囲は、ほとんど一点に絞り、刃にのみ防御力を集める形状。
S2Uが悲鳴を上げる。受けきった。
強度限界ギリギリの防御。
冷や汗が、クロノの頬を伝った。
そして、クロノがその接近をチャンスととって蹴りを入れようとすれば、シグナムがその蹴り足の腿を踏んで止めた。クロノの顎がシグナムのつま先に蹴り上げられる。正直、顎の骨が砕かれなかったのが不思議なぐらいだった。

朦朧とする意識と刈り飛ばされた平衡感覚を、必死につなぎとめながらクロノは不吉な風切り音へとS2Uへと差し出した。首を捌こうと水平に流れたレヴァンティンが止まる。
冷や汗さえ凍りそうな気分を意識の隅へと追い払いながら、シグナムの顔面を殴りつけた。
狙いは鼻。
潰すつもりだったが、額で受け止められて、鋭すぎる前蹴りが返ってくる。
みぞおちを狙った蹴りだが、どうにか体を逸らして胸板で受け止めた。。

「!!! ―――!! !!! ―――!!」

心臓を揺さぶられるような不快感を味わいながらクロノは空を落ちて行く。

シグナムの足止めを開始してから、クロノの戦い方はほとんど肉弾戦だった。
はっきりと、シグナムの力量が己を上回っているのが理解できたクロノは、なり振り構わずに原始的な動きに出るしかない。
それが一番シンプルなのだ。シンプルだから、速い。
速ければ、当たる。
当たれば、どうにかこうにか勝機もある。
「こちらから近づく」のは危険だが、「向こうが近づいてくる」というのはもっと危険だと感じたのだ。
魔法でも戦闘でも勝ち目はほとんど有り得ない。
だから、喧嘩だ。
手加減も、女扱いも出来なかった。すれば瞬く間に殺される。
そして、手加減も説得もしても無意味なのがユーノからの資料で良く分った。
ゾンビースレイヴは、親しい者が声をかけてどうにかなる精神作用などではない。意識を抜きだすゾンビーを作るシステムだ。魂も意識も封じられているのではなく、無くされているのだから説得も意味なし。

429 名前:失われた者たちへの鎮魂歌[sage] 投稿日:2007/09/10(月) 21:04:24 ID:???
リンカーコアを摘出するぐらいしか、「シグナム」を取り戻す術は今のところ思いつかない。
だから、今は眼前のゾンビースレイヴの肉体を叩き壊すぐらいしなければやってられない。

「ぐおおお!!」

痛んだ内臓にも気を使わずに、中空を踏んでクロノは全力で吠えながら高度を上げた。
そのスレスレを、魔力の矢が通り過ぎていく。怖気のするような灼熱感がすぎ去れば、大地に着弾。
爆熱と熱風。
そんなボーゲンフォルムから放たれた矢が、さらにクロノに狙いを定めて次々と射られる。
全速力で空を逃げている間、クロノは生きた心地がしなかった。出力を絞った連射仕様のシュツルムファルケンのようだ。軽く見て、3発で対闇の書の闇へ射った1本くらいだろうか。
だが、それでも受けきれる自信が沸くような威力ではない。
逃げながら、クロノの手に魔力光弾が浮き上がり、掌の上で回る、廻る。
回る、廻る、回る、廻る、回る、廻る、回る、廻る、回る、廻る、回る、廻る、回る、廻る。
そんな掌の円運動で蓄えに蓄えた速度を、

「スティンガースナイプ! スナイプショット!」

発射。
螺旋の渦を尾として軌道に残し、シグナムへ魔力光弾が駆け抜ける。
本来の操作性を破棄して、破壊力と速度のみを特化させたスティンガースナイプのバリエーションだ。
命中。
防がれた。
しかし、シュツルムファルケンの手も止まる。
片手のS2Uでブレイズキャノンをバラまきながら、空手の片手に一振りの魔力の刃――スティンガーブレイドを形成。全速力でシグナムへと接近した。そして、堂々とスティンガーブレイドを、振り下ろす。
それをシグナムは剣で防ごうとした。
クロノのまっすぐな太刀筋を、シグナムが騎士の動きで剣を掲げたのだ。

(かかった!!)

が、スティンガーブレイドが散って、

「!!」

フープバインドに再構成。
シグナムを縛った。
そもそもの素体がシグナムなのだ。ならば、戦略や戦法に奇襲や不意打ちが混ざろうともその肉体が最も信頼できる動きは剣にある。
「剣で攻撃されたから剣で受け止めた」というわけではない。
「剣で受け止める」事に確実性があったから、ゾンビーであるのに騎士の動きを行ったのだ。それを突いて出来たバインドである。
2秒と経たずにシグナムはフープバインドを破ってみせる。
しかしクロノから距離を取る時間はもうない。
レヴァンティンに接するS2Uが輝く。

「すまない、レヴァンティン」
『気にするな、主を頼むぜ』
「分かってる……S2U!」
『Break Impul―――

メキ。
S2Uを持つ腕に固い音。
S2Uは手放さなかった。しかし、レヴァンティンからは距離が空いて蓄えた輝きが散る。
クロノの腕の強烈な硬度は、レヴァンティンの鞘。

「クッ……!」

レヴァンティンの切っ先が突き出される。
首をひねる。
クロノの頬が裂けた。
血。
その飛び散った赤の向こう。
シグナムの向こう。
空の一角。
光が開く。

「!!! あ、あの馬鹿!!」

声が荒くなる。荒くなるしかない。
散々言った。
「君が敵の目的だ」と。
それも聞かずに、やってきた。
やってきてしまった。

「シグナム!」

黒い6枚の翼。
十字杖。
シグナムと名を呼ぶのは、盾の守護獣を従えた最後の夜天の王。

何がおかしいか、クルーゼは自分でもよく分らなかった。
本人でさえそうなのだから、周囲で浮かんでいるなのはやアルフらに至ってはぎょっとしてしまった事だろう。

笑った。
クルーゼは笑った。
自分を殺した男がキレイサッパリと自分の事を忘た事実に、腹を抱えんばかりに笑った。

何がおかしかったのか、分らない。
ただ、笑わずにはいられなかった。
自分を殺した相手を前に何故怒りがわいてこないのか、自分の笑い声を聞きながらクルーゼの冷静な部分が自問するが、それも数秒で何がおかしいのか分らない愉快さにかき消された。

随分と唐突に、そして長々と笑い続けていたクルーゼに、その場にいたリリィさえも身動きできずに硬直してしまっていた。

「そうか…記憶喪失……」

ひとしきり笑った後に、クルーゼがぽつりと口にする。
それに答える様に様にキラの赤い翼が一つ羽ばたいた。

「教えてください! 僕は誰なんですか! 僕はあなたを知っていますよね!」
「邪魔だ。どきたまえ」

クルーゼに従うように、フォトンスフィアが数個、虚空から姿を現す。ざわりと、戦いの風が吹く。
その風を受けるのはリリィ。空を四つんばに構える姿は猛獣の如くである。

「クルーゼさん!」
「フォトンランサー」

もうキラに対して興味を失くしたように冷めた態度と声。
フォトンランサーが数条、空を走った。
やはり、機敏な動きでリリィはそれらをかわすが、偶然か狙ってかある一条はキラへと走って行った。
緩慢な動きで空を流れるだけのキラに勿論かわす術などない。
驚愕にキラはこわばるが、その前に今まで黙して動かなかったなのはが滑り込んではフォトンランサーを防いだ。

「ク、クルーゼさん!?」
「何するんですか!?」

キラとなのはの声を後方へと置き去りにしながら、クルーゼはプレシアの鞭とフォトンランサーを操りながらリリィへ攻撃を加えていく。アルフも状況がよく飲み込めないながらも、リリィを確保するという最優先事項に集中する。

「あんた、いったいなんなのさ。あの子は敵なのかい?」
「クックックッ……君は勘が良い。しかし、話をするのはあれを捉えてから、という約束だろう」
「さてはヤな性格だね、あんた」

ヤな性格であれ、その動きは唸るものがある。
アルフの動きに上手く連携してリリィの姿勢を崩していく砲撃や鞭は、クルーゼが抜群の支援能力を有する証明だろう。
クルーゼの攻撃はアルフを戦いやすくし、リリィを戦いにくくするものばかりだ。
指揮や全体を見渡す眼を養われているのが遠目からのなのはでも良く分かる。

それでも、リリィを捕らえられるレベルのコンビネ-ションには及ばない。
そもそも近接タイプのアルフはリリィに地力で劣り、クルーゼはどうも魔法のバリエーションが少ない。

まあ、バリアブレイクを乗せたストレートを簡単に避けられたアルフが舌打ちをした

(これは……無理か?)

アルフが展開するシールドを踏んで逃げるリリィを、苦虫を噛み潰したような顔で見送るアルフの目に桜色が映った。
アクセルシューターだ。
クルーゼの凶行に茫然としていたなのはの、ようやくの参戦である。
ここで、一気にアルフは攻めた。
リリィがまた空を踏んでアルフから距離を取ろうとすると、その行く手を防ぐのは金色と桜色の光。
阻んでくるフォトンランサー、さらにはアクセルシューターさえその爪で切り裂いていく驚くべき反射と反応をリリィは見せるが、その足踏みがアルフを追い付かせる結果となる。
鋭いアルフのフックが、リリィの仮面に叩き込まれようと振るわれた。
どうにか、首をひねったリリィだが仮面から零れた髪の毛が数本アルフの拳に触れたのに背筋に冷たいものが走る。
もうあと4手5手で、アルフの拳に捕らえられる事を直感したのだ。

「!!」

そんなリリィが、驚いた様子でクロノがいる空へ目を向けた。
驚きは相当なようで、足さえ止まってしまいフォトンランサーの一条がリリィの右肩を射抜いた。

「なに!?」

牽制程度のフォトンランサーの命中に、逆にクルーゼが声を上げてしまう。
さらにアルフが体重を乗せた渾身の拳をリリィの繰り出した。
しかしアルフの突きが捉えたのは、リリィの影。
もうすでにリリィは動きだしていた。
明らかに全速で、クロノがいる方角へと飛んでいくではないか。

「逃がしゃしないよ!」

それを追うアルフ。
クルーゼも、一拍を置いてそれに倣った。

残されたのは、なのはとキラ。
そのなのはへと、エイミィからの通信が入ったのはすぐだった。

『なのはちゃん、大変! はやてちゃんが……はやてちゃんがクロノ君の所に! このままじゃ一斉に狙われちゃうよ!』