魔導少女リリカルなのはVivid‐SEED_13話

Last-modified: 2014-07-10 (木) 23:31:14

押し倒されたのは、僕だった。

 

一瞬の間隙をつかれ、成す術なく身体の自由を奪われ、押し倒された。
華奢な見た目に似合わない握力で、僕の両腕を。乱れたシャツからチラリと覗く新雪のように白い大腿で、僕の腹を。見開かれた紅の瞳で、瑞々しい唇で、ただただ熱い吐息で、僕の思考を拘束する。

「フェイ、ト」

未だ太陽の昇らないカルナージの早朝、ホテル・アルピーノの談話室、ふわふわカーペットの上。
押し倒し、覆い被さられている二人は、互いに半裸のまま赤ら顔で見つめ合ってキッカリ5秒。そこでようやく僕の脳が、止まってた時間を少しづつ、ギギギと音を立てながらも再起動してくれた。・・・・・・わかったことは、この状況は、僕にとってはちっとも嬉しくないということだった。

「・・・・・・・・・・・・」

だってね、僕を押し倒している人物ってばね、シン・アスカ21歳なんだからね。

「・・・・・・・・・・・・」

うん、事故なんだ。これは。
僕の名誉の為にも彼の名誉の為にも言うけど、これは事故なんだ。
ただちょっと、昨夜は談話室で酒盛りして寝落ちしちゃって、それでまぁ朝が来たもんだから二人して酔っぱらったまま着替えようとして、それでシンが足を縺れさせて僕を巻き添えにした。それだけなんだ。たったそれだけのこと、不幸な事故。
これは特段問題じゃない。だから本当は、何事もなかったかのように着替えを続行できたはずなんだ。
それができなかったのは、僕とシンが状況に対して固まってしまったのは一重に、問題があるからだ。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

 

問題は。
この状態を、ちょうど通りかかったフェイト・T・ハラオウン23歳に絶賛目撃されちゃってるってことだよ。

 

これは誤解されるね? なんていうか、かつての銀髪オカッパみたいに同性愛者疑惑をウワサされちゃうパターンだよね?
なんたって半裸で赤ら顔な男二人が、人気のない場所で絡み合ってるんだよ? 端から見れば、マジでキスする五秒前って感じなんだよ?
いかんでしょ。
昨夜の酒盛りの原因であるところの、ブルーコスモスの復活とか、ラクスの本当の死因とか、そういうのよりずっと現実的で危機的なピンチ。窮地に立つ僕達。
あんまりな状況にフェイト含む三人は硬直し、空気が凍り、時間が永遠になったかのように錯覚する。──・・・・・・えぇい、今のうちに考えるんだ。むしろチャンスは今しかない、誤解をとく術を考える時間は。・・・・・・いや、そもそもフェイトが誤解するとは限らないじゃないか。僕達の関係も好みも知ってるし、そうだ、こんなことを考えること自体がフェイトに対して失礼じゃないか──

「あの、えーっと・・・・・・」
「!」
「!」

──しかし、そんな楽観的で甘々な思考は、不細工な飴細工のように容易く粉々に打ち砕された。
だって頭の回転も足も速い高機動型魔導師なフェイトさんはよりにもよって、もじもじしながら、頬を少し赤らめながら、

「お、お邪魔しましたーーーー!!」
「まってフェイト!?」
「どういうつもりだそれはぁーー!!?」

なんてことを宣って、全力で走り去ってしまったのだから。
後悔先に立たず、後の祭り。
命を燃やす時がきた。

 
 

『第十三話 試合開始!』

 
 

[で結局、今の今まで説得してたんですかフェイトを?]
「うん。・・・・・・ぁいや、誤解はすぐ解けたんだけどさ、精神的にクルものあるよ・・・・・・」
[あはは、御愁傷様です]

異世界旅行兼訓練合宿会2日目の朝、陸戦試合開始まであと1時間といったところ。それは朝食を終えた頃で、無事にフェイトと和解して少しした頃でもあって。
自分達の運の無さを嘆く僕は、宿泊ロッジ二階のテラスで、木製ベンチに座って遥か彼方の異次元ミッドチルダにいるユーノと通信中だった。
ミッドはだいたい14時ぐらいかな。少し遅めのお昼ごはんを食べたばかりだというユーノの、妙に哀愁を醸し出している顔が随分と印象的だ。ど、同情なんていらないんだからっ。

[・・・・・・司書長、そろそろ]
[ああわかった──っと、シュテルそれはこっちのだから。・・・・・・じゃあ、僕は仕事に戻りますので]
「うん。クロノとレジアスさんにも宜しく。・・・・・・データの方も」
[わかってます。8時間後に、また]
「じゃあね」

お互いにグッと親指を立てながら通信終了。後でまた連絡する算段をつけて、男同士の友情を確認して、僕は通信モニターを閉じた。
・・・・・・無限書庫、今日はT-5969-35区画を探索予定だったな。シュテルがいれば心配はいらないけど、流石に負担が大きいか。一応こうして僕が休んでる分は後日休んでもらうケド、それはそれで別でちゃんとフォローした方がいいよね。

「さてと・・・・・・」

それもそれで別として。
グイっと伸びをしながら、遠方に広がる霧の海を眺めながら、頭を切り換える。確認する。
やることはいつだって沢山。とりあえずはユーノの報告待ちだけど、こっちはこっちでレポート作っとかないといけない。うまくレジアス・ゲイズ二等陸佐も動けてればいいけど・・・・・・そっちは望み薄か?
それならアレをこーして、あーして、なら接触してみるのも悪くない。でもそれは時期尚早だ。
うーん、よし。だったら今日のスケジュールはこうだ。完璧。

「キラ」
「フェイト。なのは、どうだって?」

そうした結論に至った直後に、ついさっきまで一人の人間としての名誉を賭けたデットヒートを繰り広げてた仲であるところのフェイトが、テラスにやってきた。
今日は随分色々とタイミングがいいなぁ彼女。ひょっとして狙ってたりするのかな。いやまさか。

「大丈夫だって、なのは。勿論ヴィヴィオも私も歓迎だ。部屋だって余ってるし」
「設計したのはフェイトだったっけ」
「土地が空いてたから欲張ってみたのが良かったね」

平常運転そのものの微笑でフェイトは言いながら、さも当たり前といった風情で僕の隣に腰掛けた。その時ふわっと舞った、朝の陽光を受けてキラキラ輝く黄金の長髪になんとなく、僕はくすぐったい気分になる。
今朝はお互い散々で不格好な鬼ごっこをしたクセに、今はもう素知らぬ顔で世間話に興じてる。もっと若かったらきっと二人とも、相手の顔も直視できなかったろうに。
そう思いながら僕は無意識に、今まさに僕とフェイトの話題の中心人物となっている少女を、カルナージの霧の中に求めていた。

「・・・・・・なら、あとは当人同士の話し合いになりそう? なんか丸投げっぽくなってゴメンね」
「ううん。最初はちょっと驚いたけど、頼ってくれて嬉しかったから」

ホテル・アルピーノの正面に広がる平原には今、この合宿の参加者全員が──僕とフェイトを除く──集っている。皆一様にトレーニングウェアで、各々準備運動をしていたり、作戦を確認してたり、楽しそうに雑談してたり。それもこれも、これから始まるチームバトルに備えるためだ。
そこに僕の探す少女、アインハルト・ストラトスがいた。シンとヴィヴィオちゃんと何かを話しているみたい。

「ならいいんだけど」
「あの娘のことは、私達に任せて。きっと大丈夫だから」
「うん。僕もシンも色々、手伝えることがあればやるよ」

今日の僕のスケジュール。その自由時間には、昨夜の温泉で思いついた、アインハルトちゃん高町家下宿計画の立案実行も含まれている。

 

◇◇◇

 

ちょっと強引かなとは思うけどね。
年頃で多感な時期の子どもが家に一人というのはやっぱり、ダメだと思うから。だから、ソレを知ってる人間が側にいるのが、僕は良いと思うんだ。
僕にはやっぱり、【守りたい】という想いがあるからね。

その考えに従えば、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンが適任だということは、必然といってもいいんじゃないかな。

今この無人世界カルナージにいる者の9割が、家族との問題を抱える、または抱えていた人間なのだという。出自が特殊だとか、家族の誰かがいないとか、天涯孤独だとか、深い確執があったとか。少なくともここにいる大人は全員そういったものを経験しているんだって。
その中でも僕は、なのはとフェイトの二人は、肉親に振り向いてもらえない哀しさと淋しさを特に強く体験した人間だと思ってる。体験し理解していると確信している。

 

だってそれは、今の彼女たちの行動原理の一柱だから。

 

伊達に2ヵ月以上もなのはとフェイトと共に過ごしてはいないよ。なのはに魔法を、フェイトに法務を教えてもらって、ヴィヴィオちゃんの格闘技の練習に付き合っていれば解る。
哀しさと淋しさと弱さを知っているから、彼女らはかくも強く美しい。僕はそれを知っている。

 

そんな人間ならば。

 

古代ベルカに名を馳せた覇王家の末裔、『覇王イングヴァルト』の直系子孫であり、その記憶を断片として有しているアインハルト・ストラトスという人間。真正古流ベルカ格闘武術覇王流の後継者として、哀しさと淋しさと弱さに直面しながらも真っ直ぐに【強さ】を求める少女を、受け止められると思ったんだ。
彼女の望み、覇王流の強さの証明。【覇王がどの古代ベルカの王達よりも強いことを証明したい】という悲願に、正しく向き合えて手伝えるとも思うしね。
その上で、少女の少女たる部分を引き出してくれるんじゃないかって期待もある。闘い以外の道もあるんだよって。
そして今、彼女の中には【強くなりたい】という願いの他にもう一つ、【ありのままの自分を受けとめてくれるヴィヴィオと共に】という欲求があることも、僕は教えてもらった。

これらを総合して僕は、少女は高町家にいるのが一番良いと判断した。

これが【守る】というものだ。なにも外敵と戦うことだけが守るということじゃない。ミッドチルダ次元航空武装隊所属、デュランダル率いる対悪性魔法生物部機動八課は手段の一つにすぎない。
守るというのは、誰かの望む未来の為に、よかれと思う道の為にサポートをし、時に選択肢を与え、フォローすることだ。これが僕のよかれと思う道なんだから。

 

だからこうした事情を、ちょっと強引っぽいけど今朝の騒動の後にフェイトを通じて、高町家家主たるなのはに提案してみた。四人で会議もしてみた。そして今、なのはからOKを貰えたわけなのだった。
高町家はみんな許容量が凄いなぁ。

 

◇◇◇

 

≪ストライクフリーダム、戦闘ステータスで起動完了。システム‐オールグリーン。クロスミラージュとのリンク良好≫
「うん。・・・・・・ティアナ、見えてる?」
「ええ、バッチリよ。レーダー、センサー共に感度良好。向こう側までハッキリ見えるわ」

僕が所属する、ティアナ率いる赤組のミーティングが終わって、僕はティアナとチームの頭としての最終確認をしている傍ら、心は別の方向に向いていた。
いや、仕方ないじゃない?
だってさ、ミーティングの真っ最中から、もんの凄く身体を顔をカチコチに固めていく女性を見つけたら、ねぇ? 碧銀の長髪と光彩異色の瞳が特徴的な『女性』。つまりは大人モードに変身したアインハルトちゃんなんだけど。赤組の前衛は絶賛緊張中で、戦闘開始時間が迫るにつれて酷くなっていくんだよ。
あんなんじゃおちおち、昨夜なのは達に診てもらったOSの最終チェックもできやしない。
中学1年生の小柄でスレンダーな身体を魔法で18歳ぐらいなスラッとしたナイスバディにしたとしても、かっこよさが3割増になったとしても、中身が変わってないというのはちょっとした安心感を覚たけどね。

(身体は変わっても心は、か)

アインハルトちゃんをああまで緊張をさせた理由は多分、彼女の今までの経験そのものだから。あえて悪い言い方をすれば、閉じた世界ばかりに生きてたから。井の中の蛙っていうか。
それでいきなり、管理局有数の実力者が集った戦場に赴くとなると。彼女が心から望んでいた真の強者との大規模な戦闘、7対7のチームバトルに参加するとなると。

その緊張はいかほどのものか。

(こんな時に、僕もああできればいいんだけど)

そんな緊張しまくりのガチガチ少女のフォローを買って出たのが、同じく赤組の前衛を任された赤髪金瞳のノーヴェ・ナカジマさん。今や青組所属のスバルの妹分であるところの、頼れる姉御肌なアタッカー。
そもそも、アインハルトちゃんをここのメンバーに、ヴィヴィオちゃんに引き合わせたのがノーヴェさんなんだよね。その自負があるのか、彼女は誰よりも少女に気をかけてる。少女も一番頼りにしてるのが彼女だしね。

「大丈夫でしょうか、そんな我儘。それに・・・・・・」
「あたしも前衛にいるんだ。心配するなアインハルト。バックアップはしっかりいるし、問題ねーからよ」
「ノーヴェさん・・・・・・」
「まずはやりたいようにやってみろって。ティアナの指示に支障をきたさない程度なら誰も咎めたりしねー」
「・・・・・・はい。わかりました」

ようやく、アインハルトちゃんの緊張が抜けたようだ。
うーん、流石。アインハルトちゃんの無駄な固さが抜けて、戦闘者としての自然体に移行していく。僕なんかじゃこうはいかない。
ノーヴェさんの「してやったり」なウインクに、僕は頭を軽く下げて応えた。

「一件落着のようね」
「うん。ってか、やっぱティアナもだったんだ」
「当たり前じゃないの。さ、調整はこんなところかしら?」
「あぁ待って。最後にここ少し弄るから・・・・・・」

赤組のコンディションが整えられていく。フェイトは言わずもがな、キャロちゃんもコロナちゃんも問題ないようだ。

そんなこんなで、着々と戦闘開始時間が迫ってくるのだった。

 

◇◇◇

 

[準備はいいかい皆の衆!]
[悔いは無いよう頑張って♪]
[それじゃあ張り切っていってみよう!!]
[戦闘、開始~~!!!]

そんなこんなで遂に。
ゴワ~~ン!! って銅鑼の盛大な音と、実況解説役のセインさんとメガーヌ・アルピーノさんのちょっとユルい声と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。

この合宿最大のイベントが始まる。

「エアッ、ライナー!!」

真っ先にノーヴェさんが先天固有技能『エア‐ライナー』を発動。展開された魔法陣状テンプレートから幾帯のも黄色い『道』が飛び出し、バトルフィールドを飾っていく。リボンのようなそれは、機動補助用の魔法だ。
同時にストライクフリーダムのセンサーが遠方に同種の魔力反応を捉える。やはりスバルの『ウイング‐ロード』で、流石に姉妹。やる事は同じだ。

「GOッ!」
「よし、行こう」
「遅れんなよ!」
「はいっ!! ・・・・・・コロナさん、リオさんの相手をお願いしても?」
「はい。お任せくださいッ!」

空を飛べない陸戦魔導師は『エア‐ライナー』や『ウイング‐ロード』を足掛かりに、赤組は全員全力前進。エリア中央の確保に急ぐ。
デバイス・ストライクフリーダムを駈る僕も遅れず、ハイマット・モードで蒼空を蹴飛ばした。

 

さて、ここで確認しておこう。
これは、赤組と青組に分かれた、7対7のライフポイント制チームバトル。
バトルフィールドは一辺50kmの正方形で、西部劇をイメージしたのか二階建てレンガ造りの建造物が敷き詰められている。つまり魔導師の戦場としては広めで、障害物だらけということ。赤組は東側端から、青組は西側端からスタートする。
そして、フィールド中央部には三十階相当の建造物が、一種の要塞のように乱立している。隠れるもよし、盾にするもよしとデザインされたビル群だね。だからこのステージでは先に中央を制し、拠点にした方が有利になる。隠れる場所はある方がいい。
模擬とはいえ、本気の本気で敵を倒す気概で臨むこの戦い。そう、この戦い――いや、この合宿はみんな強くなることを、あらゆる困難な状況をクリアする強さを得る為のものだから。だから、両チームがあの中央区を重要視するのは当然だった。

 

だからこそのスタートダッシュ。

(ここで一気に差をつける!)

敵である青組──シン、ヴィヴィオ、なのは、スバル、エリオ、ルーテシア、リオ──は総合的に、攻撃と防御には優れるけど、速度が厄介なタイプは少ない。赤組はその逆だ。

“フェイト!”
“うん。高速砲に気をつけて”
“わかってる・・・・・・後衛のシンが不気味だ。そっちにも注意しないと”

フェイトと念話で通信、僕を空戦魔導士たらしめる背の蒼い八枚の魔力翼にめいいっぱい魔力を注ぐ。足で走る赤組のみんな──アインハルト、ノーヴェ、ティアナ、キャロ、コロナ──を追い越し、速度も高度も上げて一躍ツートップへ。
赤組も青組も拠点が欲しいのが解ってるからこそ、こっちはあえて素直に取りにいって、アドバンテージをチラつかせて出方を診る。こっちに中央を制圧されないように青組も抵抗するだろうから、少しでも赤組の足を乱そうとして、なにかをする筈だ。それがティアナ司令をはじめとする赤組の見解。
何が来る? なのはの主砲、直射型純魔力砲撃『ディバイン‐バスター』か。シンの遠距離の要、二連直射型純魔力砲撃『ケルベロス』か。ただ高速で直進するだけの今の僕とフェイトは、あの二人からすれば狙い易い的でしかない。
誰が誰にどんな魔法を使ってくるのか、或いは使わないのか。それでおのずと青組の戦略が見えてくる。これはお互いの司令官による駆け引き。
さぁ、僕を狙ってこい!

「きた・・・・・・!」
≪警報。前方に大規模魔法陣の展開を確認・・・・・・魔力反応多数。識別中≫

遥か遠くでチカリと、光が瞬いた。よく見えなくとも、この距離でも判る。間違いなくこのプレッシャー、なのはの砲撃。その感覚を補正するように、ストライクフリーダムとリンクしたティアナのデバイス‐クロスミラージュが電子音声を奏でた。

「この反応は・・・・・・」
「なのはさんね! よし、散開してフォーメーションCに──」
≪識別、ストレイト‐バスター・クラスターモードと断定。着弾まで73。
続けて第二波、第三波の発射を確認。ストレイト‐バスター・クラスターモード、着弾まで81及び96≫
「──ぃ!?」
「・・・・・・嘘、でしょ!?」

奏でられたものは、レクイエムと言っても過言じゃなかったのは、いったいどういうことなんだろうね?

 

『ストレイト‐バスター・クラスターモード』。

 

なのはが保有する高威力の誘導制御型砲撃『エクセリオン‐バスター』を応用し、反応炸裂効果を更に高めた『ストレイト‐バスター』のバリエーション、拡散性反応炸裂型超長距離空間爆撃用砲撃。
敵対象を伝播して連鎖爆発する特性を有する弾丸を、榴散弾のようにブチまけることで広域空間を殲滅する、高威力高性能の高位魔法だ。例えるなら炸裂範囲が半径50mにも達するミサイルの雨霰みたいなもので、確かに対複数に有効な魔法だけど──ありえない!
戦略的価値から言えば、あの「星を軽くぶっ壊す」の異名を持つ集束型砲撃『スターライト‐ブレイカー』に匹敵するモノ。確かに普通の戦いなら、イの一番に遠距離から制圧砲撃をぶっぱなすのも道理だ。でも、魔導士の魔法は質量兵器と違って、飛行も防御も攻撃も全て個人の持つ魔力で賄うもの。だから、こういう魔導士の戦いでいきなり高位魔法を使うのはセオリーじゃない。弾数という概念が無いんだから、すぐ息切れしてしまうんだ。

(なのはは大丈夫なのか? まさか捨て石になるワケじゃないよね)

・・・・・・こんなの、いくらなんでも消費魔力とリスクが大きすぎる筈。僕らの予想を大きく飛び越した、締めの必殺技にも等しいソレをいきなり三連発なんて。いくら莫大な魔力保有量を誇るからって、全然なのはらしくもない。いや、絶対にしない戦術・・・・・・違和感しかない。一体何故?

≪数53、着弾まで55≫
「考えてる時間はないか・・・・・・ティアナ!」

翼を広げて制動をかけ、同じくブレーキをかけたフェイトと共に一旦、悪夢のような光景に足を止めて顔を引き攣らせていたティアナ達のもとに集った。このまま進撃して突っ込んでも良い事はないからね。ただの自滅だよそれは。
にしても出方を診たらまさかこんなのとは。向こうの思惑としては、こっちの足を完全に止めたいといったところでしょ。わかったところでどうしようもないんだから、まんまと引っ掛かった形になる。

「なに!?」
「予想外だけど、想定内な筈だ。ここは僕が抑える。みんなは魔力を温存して」
「・・・・・・わかった。任せるわ」

とにかくここは第二のリンカーコアとも呼ばれる、魔力を無尽蔵に回復できるハイパーデュートリオンを所持してる僕の出番だ。キツいけど、あの魔法には回避も防御もほぼ無意味で、有無を言わさず一網打尽にされる。個人戦ならともかく、着弾前に撃ち落とすしかない。みんなが各々に迎撃したら、こっちもすぐに息切れになってしまうかもしれないから。
もとより、回避が厳しい場合のプランは準備していたんだ。だったら。

「よし・・・・・・フリーダム、バースト・モードにシフト。魔力資質は同時平行運用で続行。マルチロック‐モニター展開」
≪展開。ターゲットマルチロック。ルプス‐ライフル、ピクウス、クスィフィアス、バラエーナ、カリドゥスを速射優先で展開・・・・・・完了≫

着弾まであと37。目視可能距離。
恐るべきスピードで迫る、ひどく鮮やかな桜色の炸裂弾を53つ視認。両手のライフル、両腰、両肩、腹部に蒼の環状魔法陣を展開する。
脚を大地に預けて、距離再算出。
此方の射程と、予測される炸裂弾の攻撃範囲から計算した迎撃に最適な距離を探索、連鎖反応による爆破も視野に入れて設定。慎重に高速にロックしていく。同時に後方を視て、赤組全員が僕の影に隠れている事を確認した

久しぶりだけど大丈夫、いつもやってたことだ。フリーダムでアークエンジェルを、大切なものを護る時、一度に沢山攻撃する時はいつもこれ。何回やったか数え切れない程、やった。
あとはトリガーを引くだけ。

「フルブラスト‐シュトゥルム・・・・・・いけぇッ!」
≪斉射≫

発射、斉射、連射、乱射。
機動力と防御力を捨てて砲撃能力に特化したバースト・モードでの面制圧射撃。フリーダムの代名詞、全火器一斉発射による精密狙撃、フルバーストだ。
九つの魔法陣から連続的に発射された五種類の蒼い弾丸は、穹を穿ち、寸分違わず桜色の弾丸に吸い込まれていって、

 

天が蒼と桜に染め上げられた。

 

「・・・・・・次!」

迎撃成功。
命中弾は全て相殺し、そうでないものは虚しく周辺の建物を破壊するに留まるはずだ。
ちなみにこの『フルブラスト‐シュトゥルム』ってのは、シャンテちゃんが命名した魔法だ。やってる事はただの一斉射による面制圧なんだけど。ついでに一点制圧は『フルブラスト‐ファランクス』っていう。格好つけられるトコならトコトン格好つけるべしってのが、シャンテちゃん曰く魔導士の基本らしい。本当かなぁ?

≪第四波の発射を確認≫
「なんでそんなに魔力が持つんだ!?」

マズイな。さっきの『フルブラスト‐シュトゥルム』で消費した魔力量。僕の保有魔力量。ハイパーデュートリオンの回復速度。なのはの波状攻撃。
もし。
もしも、このまま状況が変わらなかったら。なのはの魔力に余裕がまだあって、このままどんどん砲撃してくるつもりなのなら。
第六波で、僕の魔力が尽きる。

≪報告。接近するユニット反応4、クォーターラインを通過≫
「な!?」
「速いね・・・・・・こっちは動けないから、このままじゃどんどん追い込まれる・・・・・・・・・・・・!」

くそ、この感覚・・・・・・一人はヴィヴィオちゃんか。ということは、接近している四人はヴィヴィオ、スバル、エリオ、リオ。青組の前衛だ。
それにしても、なんでもう陸戦型がクォーターライン──12.5km地点──を突破してるんだ? 空を飛んでないのにいくらなんでも速過ぎる。本格的に不味い状況になってきた。
ストレイト‐バスター・クラスターモードの第二波を迎撃、第五波確認。これじゃ本当に迎撃が追い付かない。それに、相殺しなかった弾が周囲に降り注いでいるから、みんな動くことも儘ならない。僕らの周囲は莫大な量の桜色が輝いて、ガリガリゴリゴリとレンガ造りの建物が削られて、粉々になっていく。巻き込まれたくないなぁ。
最悪の状況は、このなのはの捨て身とも取れる砲撃に乗じてヴィヴィオちゃんとスバル、エリオ君、リオちゃんが一方的に此処まで攻めてくることだ。最初から誤算しまくりだよ。まさかこんな作戦を立ててくるなんてさ、油断してた。
もしここにシンが混じっていたら──
・・・・・・シン?

 

閃きが、電撃のように脳を駆け抜けた。

 

「ティアナ! そっちでシンの位置を確認できる!?」
「シンの!? ・・・・・・ええ、見つけた! なのはさんの近くに待機してるみたいだけど・・・・・・・・・・・・妙に魔力反応が大きい」
「っ、それだ!!」

キャロちゃんの支援魔法を受けながら第三波を迎撃。それと同時に得た朗報に思わず笑みが溢れる。
現状を打破できる、唯一の手掛かりなんだから。

(ずっと疑問だった)

何故、高速接近戦闘を得意とするシン・アスカが、青組の後衛という不自然なポジションだったのかが。最初は砲撃支援でもするのかと思ったけど、それは違った。
青組の、シンの狙いは。

「この無茶な砲撃、青組の速さ。シンの仕業かもしれない」
「・・・・・・なるほど、そういう事。狙いはどっちも一緒ってことね、やっぱり」

どうやら向こうの方が一枚上手だったみたいだ。
スピード自慢の赤組相手に対抗するべく、パワー自慢の青組が採った、確実に拠点を先取する為の作戦。
なるほど、シンが後衛に回るわけだ。なのはの側にいないと意味が無いもの。
ティアナもそれを一瞬で理解して、すぐに指示を出す。

「こういう時は焦った方が負ける・・・・・・でも、このままじゃジリ貧ね。フェイトさんとキラは先行して二人を引き離して。他は左右に散開しつつ後退。厳しいかもしれないけど・・・・・・」

消極的な指示だ。でもこの状況じゃ他にどうしようもない。ひとまず拠点の先取は諦めて、青組にくれてやって、後々に奪還する為の楔を用意する。今はとにかく──

 

「待ってください」

 

──と、今まで沈黙を保っていたアインハルトちゃんから待ったコールが。
なんだ、どうしたんだ?

「私達に、考えがあります」

 


……
………

 

「・・・・・・なるほど、いい考えね。それならあっちに一矢報いることができる」
「だが、リスクも大きい。そこは大丈夫なんだな、アインハルト、コロナ」
「はい!」
「承知の上です」
「なら行きましょう。時間がないよっ」

アインハルトちゃんとコロナちゃんの提案は、九死に一生スペシャル的な作戦は、緊急時という状況もあって赤組のみんなに快く受け入れられた。
なら、僕も全力で応えるべきだよね。てか子どもの柔軟な頭は素直に羨ましい。やっぱり子ども達は最高だ。

「フリーダム、ディアクティブ・モードにシフト。ハイパーデュートリオン全開」
≪了解、・・・・・・移行完了≫
「ストライク、パーフェクト・モードでシステム起動。エール‐ブースター展開」
≪ストライク、戦闘ステータスで起動完了。システム‐オールグリーン。エール‐ブースター展開≫

なのはの砲撃は既に第五波も迎撃した。第六波が来る前に行動開始しないとだ。
急げ急げ急げ。一瞬たりとも時間は無駄にできない。

「準備完了・・・・・・アインハルトちゃん!」
「はい、お願いします!」

戦闘開始から5分経過。
さぁ、彼女達の作戦でここから巻き返すよ。進撃を再開しよう。赤組の逆転劇を始めよう。

 

覚悟してね、シン、なのは!
そして、ヴィヴィオちゃん。これから君が一番待ってる人を、君のもとへ届けにいくから!

 
 

──────続く

 
 

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