魔導少女リリカルなのはVivid‐SEED_17話

Last-modified: 2014-07-22 (火) 21:48:47

「俺は、アンタのこと認めてるけど、好きにはなれない・・・・・・ってか正直嫌いだ」
「・・・・・・今更」

 

本格的に戦闘を始める直前。
大刀『アロンダイト』を正眼に構え、菫色と白色を取り込み、二重の紅色の魔力翼を大きく広げたシンがそう言った。
状況とは不釣り合いな、何かを訴えるような、危機感を覚える鋭く剣呑な瞳で。

「知ってるよ。僕も君の性格とか、好きになれないとこがあるし・・・・・・でもだから、君は僕に遠慮しないでくれてるんでしょう?」
「そうだな。・・・・・・だからさ」

『シューペル‐ラケルタ』二刀を逆手に構え、赤色の粒子を吹き散らし、白色を滲ませた蒼色の魔力翼を大きく広げた僕に対して。静かに語りかけてきた。
どこかに興奮を隠して、努めて冷静でいようとする口調で、叩きつけるように。

「だからこれから俺は、アンタを殺すつもりでいくぞ。過去を清算する為にも」

戦いの最中だというのに動きを止めて。久方ぶりの静寂。
僕はシンの意図を悟った。
かつては僕をキラさんと呼んで、付き従ってくれた部下。一緒に木星圏に飛ばされてからは呼び捨てで、相棒となってくれた男。その底冷えするような声から意思を抽出するなんてね、容易いことだよ。殺すなんて言葉に驚きはない。
沢山の経験を経た末に、僕と対等になってくれたこの男が、僕を赦してくれていないことは重々承知している。それが嬉しくて、好意に甘えているのが僕だからだ。
またその嫌いが故の遠慮のなさで、僕を救ってくれたこともある男に、感謝とある種の疎ましさを感じているのも僕だからだ。
そしてシンも多分、似たような複雑な感情を僕に持っていて。伊達に5年間も付き合っちゃいない。
だからこそシンが何を言い出すのか、何を考えているのか、解る。

「いいよ。僕も墜とされた借りを返したい・・・・・・、・・・・・・でもどうするの? 非殺傷設定は解除できないでしょ?」
「わかってる。だから、条件を入れる。どうだ?」

罰ゲーム。
シンも僕も、いつか完全に決着をつけたかったんだ。たとえそれが魔法の戦闘でも。
だって、こんな機会は滅多にない。

 

キラ・ヤマト対シン・アスカ。
フリーダム対デスティニー。
4年ぶりの本気の戦い。
お互いが本調子で対等なら、これ以上ない絶好の、待ち望んだシチュエーション。

 

そこでシンは、この大切な戦いをよりヒートアップさせる為に、本気の本気宣言と罰ゲームを提案した。
非殺傷設定で安全を約束された魔法戦には刺激が足りないってのは、僕らの共通見解だし。不完全燃焼で終わりたくないのなら本心から必死になるのが一番だもの。

「いつも通りの提案だね」
「まぁな。・・・・・・内容は──」

トランプでもなんでもシンは罰ゲームを設定するのが好きだった。その子どもっぽさが、僕もまた好きで、だから大抵のことは受け入れようとした。今だってその想いは変わらないよ。
ダメ出しのソレがあれば蟠りもなく、本気の本気で戦えるって考えられるのが、大人になっても子どもっぽい今のシンなのだったら尚更。
息を大きく吸って、吐く。
俄然、やる気と気力が湧いてきた。こーなったらとことんだ。
さぁ、どうする?

 

「ホテル・ハスクヴァーナの展望レストランのフルコース、負けたら全員に奢りな」
「・・・・・・へ?」

 

全然子どもっぽくなかった!

「一度食ってみたかったんだよなぁ」

平然と平和に言ってのけた相棒の言葉に、唖然として言葉がでない。
いきなり俗っぽい話になったのもだけど、なによりそのスケールに度肝を抜かれた。
なぁにそれありえない。
ホテル・ハスクヴァーナとはミッドチルダ首都クラナガンを代表する超高級ホテルの一つで、展望レストランといったらもう食の頂点に位置する究極のレストランで有名だ。僕もテレビの特集で観たことある。誇張じゃなく涎出た。
なんといってもお肉が凄い。
見た瞬間我が目を疑うその様子、ラスボスでも住んでるのって突っ込みたくなる程の、そびえ立つ肉のタワーという店の看板は、モニター越しでもその存在感とお値段でもって僕を圧倒したのだ。
他にも色々と衝撃を受けたことは記憶に新しく、一緒に観てたシャンテちゃんと共に、アカンこれ開いちゃいかん扉なんやとガタガタ震えたものだ。
で、そのフルコース? ここの全員に? ・・・・・・コイツ、経済面で殺しにきやがった!?

「や、やめてよね!? 本気でそんなことしたら僕らに払えるわけがないだろ馬鹿ぁ!」
「アンタが奢りたくないっていうのなら、 俺に勝ってみせろ!!」
「正気なの!!?」
「いくぞッ!!!」
「こ、後悔させてやる! 絶対後悔させてやる!!」

安易に罰ゲームなんか賛同しなきゃよかった!!
シンはこういうのに限って有言実行で、絶対に言い出したら曲げない。実績がいくつもある。
もう時既に遅し。降って湧いた死活問題に、僕らは必死になって剣を振り回すことになったのだった。

何時になく、絶対に負けるわけにはいかなくなった。プライドとか戦闘目的とか全部スッポ抜けて、恐怖だけが心に居座る。
シン・・・・・・恐ろしい子!

 
 

『第十七話 決着と始動』

 
 

さて。
ここいらで、僕達の文字通り生命線であるシステムG.U.N.D.A.M.について僕の口からちゃんと説明しておこう。

 

デバイスが記録している情報・機能を魔力化して人工脳を形成、マイスターの有機脳及び神経と相互接続・同期する事によりマイスターの神経系を完全に制御する事が可能となるこのシステム。
だけど、実はこれはそんな単純なものじゃない。
そりゃ現象としては、使用者はMSに搭乗している状態と同一の感覚を会得し、肉体の状況に関係なく考えた通りに身体を操作する事ができるほか、デバイスが新たに得た情報を視聴覚情報として直接視ることが可能になったりするし。また、量子領域の拡大によって使用魔法の汎用性が上昇する機能も持つけれども。

 

最初にシンに伝えたそんな効果は、単なる副産物なんだ。

 

さっき、僕がストライクでなのはに接近戦に挑む直前にラウさんが溢してたけどね。
その実態は量子論と並行世界論を用いた、存在の複製及びコーディネイトによる一時的な自己強化魔法だ。これはユーノやヴィヴィオちゃんの変身魔法をヒントに、デュランダルさんとクロノが提唱、みんなで理論化した新しい魔法だ。
じゃあそんな小難しい理論を使って、何をしているのか?

 

簡単に言ってしまえば、妄想の実体化。

 

自身とユニゾン状態にあるデバイスが魔力にて形成した人工脳とはなにか。
それはマイスターの有機脳とリンカーコアの情報を元に、有機脳/量子場の内部で強く想起・整形した 『もしかしたら、確率的の問題で、どこかの並行世界に存在したかもしれない自身ではない自分』 というイメージにデバイスの機能・情報を融合させて形成した 『人格の存在しない、理想の自分が持っているであろう脳/量子場』 そのものだ。
これと相互接続することで、自身の理想を人工脳が演算処理し、それを自身の神経系に投影、肉体という器に再現させるといったことが可能となるわけだね。
この結果が、副産物の効果も発揮してるに過ぎない。
要は実体化した妄想による自己強化なのだから、イメージさえしっかりしていれば他人の魔法を再現したり流用したり、新しい魔法を創ったりすることができるわけで。
ただし、ただイメージがあれば良いわけでもなく、制御する強い力が必要になる。
何故なら、この強化方法は己の存在の上書きに、他ならないんだから。ちゃんと制御できないと別人格化や廃人化してしまう恐れがある。

 

だから僕らは、この合宿、この模擬戦に参加したんだ。
イメージの種となる素材と、力を制御する強さを求めて。
いずれは、殻に閉ざされたC.E.に侵入する鍵として使う為に。

 

あ、そうそうちなみにシステムG.U.N.D.A.M.の最大稼働時間は当初の2分からその10倍、20分まで延びてるよ。流石に複数人体制で腰を据えてやればこのぐらいはね?
まぁ当面の目標の連続24時間まではまだまだ遠いのだけれど。

 

◇◇◇

 

迫り来る。
恐ろしく重く疾い斬撃。シン・アスカが最も愛用し、幾多の敵を血祭りにあげた大刀アロンダイトの横薙ぎフルスイングが。
その側面を。僕は左脚を跳ね上げさせてサマーソルトとし、明後日の方向へ逸らした。更にクルリと一回転、魔法分類‐腰部二連魔力加速型射撃『クスィフィアス』でのカウンターを試みる。

「ぐゥ・・・・・・!?」
「ッ、はぁ!」

辛うじてシールド防御に成功したシン。しかし受け止めた魔力弾の勢いは衰えず、いや更に加速し、遂にはシールドもろともその身体を上空に吹き飛ばした。
レティクルやターゲットマーカーその他を備えた視界の中で、シンの上半身が大きくブレる、その隙を僕が見逃す筈がない。ストライク‐フリーダムの出力を限界まで引き上げ、今度は此方が急接近する番だった。一瞬で懐に潜り込み、全体重を乗せて、桃色の魔力刃を形成するサーベルを縦一閃。ボサボサ黒髪を狙う。
そして勿論、こんなものをそのまま喰らう彼じゃない。
逆手に持ち替えた左の大刀で、外側にいなされる。だけでなく、シンは流れに乗って身体を左に捻り、更に廻し、加速させた右脚で僕の顔面を狙ってきて――恐るべき身体制御能力だが、
しかし、

「クソ、当たれよ!」
「誰が・・・・・・!」

こちらも空振った縦一閃の勢いそのまま空中で深く鋭く前転、蹴りを回避した。ついで振るわれた神速の唐竹割りをサーベル二刀で弾き、弾き飛ばされる。
それでも、それは攻撃の手を緩める理由にはならず、僕は待機させていた特大『カリドゥス』を解放。当たれば勝負を決する程の魔力を込めて放った砲撃は、今度こそ確かな手応えと共に命中した──

「当たってよ!!」
「ざけんなッ!!」

──つもりだったんだけど、これもまた空振りに終わってしまって。
突如、シンが菫色の影となって、飛散したのだ。
驚くには見慣れたパターン。鋭い殺気を感じ取る前に、リアカメラで視認。
落下エネルギーに逆らわず加速、急降下──背後下方から放出された二種の紅が入り乱れる魔力砲をギリギリで回避したと同時、『パルマ‐フィオキーナ』で突っ込んできたシンを一本背負いで迎撃する。

「いけ、ドラグーン!」
≪射出≫

・・・・・・流石に速いと、16基の『ドラグーン』を追加射出しながら思う。
お互いの移動速度や反応速度の数値を加味しても、その体感速度はかつてのMS・デスティニーのそれを、遥かに凌駕していた。加えてこの存在を転写した残像、大振りで直線的ながらも距離というファクターをものともしない攻撃魔法。それらを自由自在に使いこなす判断能力と制御能力。
間違いなく今のシン・アスカは、このキラ・ヤマトにとっての最強の敵だった。
それでいい。なら僕も君にとっての最強の敵でいよう。

「・・・・・・フレイ、ラクス。防御頼む」
“りょーかいよ”
“任されましたわ”

けどまぁぶっちゃけ、状況はじり貧だったりする。
ヴィヴィオちゃんとアインハルトちゃんの、なのはとフェイトの。僕とシンの、各々の1対1が始まってから2分が経過した今。
他のみんなはジリジリとチャンスを伺っている時間帯だというのに。

 

なのに僕らの正真正銘の一騎討ちは、はやくも千日手の様相を呈していた。

 

俗にいうクライマックスはとうに通り過ぎていた。
自分で言うのもなんだけど、僕らはかなり高レベルな戦いをしてるのに、手を替え品を替えあらゆる方法で攻撃しても結局意味を為さなくて。
なんかこう、そんな筈はないのに全力で暖簾に腕押しをしているような錯覚。映像記録用の実況解説の買って出たセインさんがどんなこと言っているか、ちょっと気になるね。

「ラウさん!!」
“ふん。・・・・・・だが、レイと戦ってやるのもまた、一興か・・・・・・!”
≪ドラグーン・プロヴィデンス‐シフト≫

シンが4つ放った紅白の、直径10mの誘導制御型回転魔力刃『フラッシュ‐エッジ』に為す術なく細切れにされていた『ドラグーン』に変化。巨大化し、白い尾をひいて加速、突撃かまして逆に魔力刃4つを粉砕。更に魔力弾をばら蒔きながら、シンから距離を置いて360°包囲、時間差で曲線的に突撃する。
だけど、やはりそこまで。
顕現させたガトリングキャノンとマイクロミサイルによる、デスティニーらしからぬ豪快盛大な弾幕に全て粉砕される。ならばと負けじと僕も一点集約型一斉砲撃『フルブラスト‐ファランクス』で圧倒。前進。
再三再四の近接戦に移項する。

「でぇぇぃやァッ!」
「づぁあ!!」

袈裟懸けに振り抜かれたアロンダイトに、その隙を埋めるべくして繰り出された『パルマ‐フィオキーナ』は宙返りを打って回避。中途、後方から弧を描いて奇襲してくる回転魔力刃6つはライフルで潰す。
ついで、突き出されたアロンダイトの側面をライフルの柄で殴って、お返しにサーベルの居合い。続けて回転踵落としと『バラエーナ』の高速連携に持ち込むが結局全部、シンのトンでも回避の末に急上昇で逃げられてしまって。
またまた射撃戦へ。
この近接戦のやりとりだけで、時間にしてたったの5秒。こんな攻防を休みなくキリなく繰り返して、2分がたった。頭から煙出そう。

(粘る・・・・・・実力はまだ僕のが上だけど、流石に)

敵が上をいくなら此方は更に上へと続くシーソーゲーム。それでまだ、無傷。
相手を殺す気概で、技能の全てを尽くして躰を動かしても、お互いのHPはほとんど変動しない、そんな2分で。
もしかしたら、体力より先に集中力が切れるかもね。

「いい加減、やられろ!」
≪カリドゥス&バラエーナ・バーティカルブラスト≫
「冗談だろぉ!?」
≪アロンダイト・アンビテクストラトス‐フォーム。シュトゥルム‐ヴィンデ・リプロダクション≫

超高速飛行で縺れ合いながら同時射出した、高速で山なりの『バラエーナ』と低速で真っ直ぐの『カリドゥス』による挟撃はこれもまた、二刀連結したアロンダイトに凪ぎ払われる。
間髪置かずに赤の粒子を撒き散らしながら、蒼の翼を広げて後退。菫の残像を四方八方に顕しながら、紅の翼を爆発させて突貫するシンを躱して。刹那、二刀流7連続剣技をお見舞い。

「ッステラ、マユ!!」
≪ラケーテン‐ハンマー・リプロダクション≫
「!」
≪レイ‐ストーム・リプロダクション≫

技のキレも反応速度も、未だ微塵も落ちちゃいない。
でも。
更に更にと、これからも剣と砲に新たな役割を与えていくぐらいには、まだまだ決着は遠くて。
あからさまに、終わりの見えない焦りが、二人揃って顔に表れていた。
そしてもう一つ、懸念すべき問題があるのもわすれちゃいけない。

≪警告。魔力残量、危険域に突入≫
≪同じく。ペースダウンを推奨します≫
「できるわけっ」
「ない、だろ!」

単純に、魔力量の問題。
元々ね、僕らの保有魔力量はすんごく少ない。
その上、主力であるところの『ルプス‐ライフル』や発射台誘導制御型射撃『ドラグーン』が射出する通常魔力弾は使いものにならない。菫色の霧に遮られちゃって通らないんだよ。これはシンも同様で、主力の『フォトン‐ライフル』は赤色の粒子で掻き消せるわけ。共にジャブ封印ってのは痛い。
故に砲撃魔法をバカスカ使うことになって、魔力がドンドン磨り減っていった。
システムG.U.N.D.A.M.を駆動し、SEEDを覚醒させたことで常よりずっと色々な事ができるようになったって解放感も、魔力消費速度を加速させたのかも。
いくら複数のリンカーコアを使い潰せるからっていっても、こんな超ハイペースじゃあ。
このままじゃ引き分けで終わってしまう。

 

切実に、この戦況を変えるナニかが欲しかった。

 

そう思った矢先、均衡は崩れる。

 

“ごめんキラ、アインハルト! ・・・・・・やられちゃった”
「・・・・・・フェイト、駄目だったの!?」
“でもなんとか100代までは削った。あと、お願い”
“・・・・・・わかりました。任せてください──くっ!”

ここにきてフェイトが墜ちた。
元々が手負いでHPも魔力も乏しく、寧ろここまで粘れたのが奇跡的だったけど流石に限界だったか。・・・・・・これで2対3。
HPが100代じゃなのはも迂闊に行動出来ないだろうし、きっとこっちの決闘に水を刺す気もないだろうけど、警戒するに越したことはない。

“お疲れ様、フェイト”
“うん。私はもうリタイアだけど、頑張って”
“・・・・・・わかった”

それに、・・・・・・尚悪いことにアインハルトちゃんとヴィヴィオちゃんの戦いも思ったより長引いているみたいだ。
観た感じはアインハルトちゃんのが優勢だけど、やっぱりヴィヴィオちゃんが粘る粘る。実力差からして無いと思うけど、もしかしたら、もしかしたらかもしれない。

「勝負を決めるよ、フリーダム」
≪了解≫

悪い方向だけど、戦況は確かに変わった。
なら僕は、フェイトの分も背負って、二人を討たなければならないと思った。
だって、頼まれちゃったもの。

(フェイトの頼みなら、無茶しないとなぁ)

 

この戦いが始まる前は、他人の戦果なんてどうでもいいと思ってた。
強い人と、こうまで強くなった君と戦い、経験値を積み、研鑽しあうことで強く──己の能力を自由自在に制御できる強さを得られるのなら。
人の気持ちに共感したり、手伝いたいと思うことはあるけど。
赤組と青組の戦いを大事に思い、参加者達の想いを大事に思うけど。
ただ存分に戦って結果を待つのみだった。僕は僕ができること、したいことをするだけで、利用できるものなら何でも利用するだけで。
だからフェイトとなのはの戦いも、ヴィヴィオちゃんとアインハルトちゃんの戦いも、その結果には興味がなかった。
けれど現金なもので、フェイトの悔しそうな声を聴いて、頼まれたらもっと頑張ろうと思った。
本当はフェイトだけじゃない、みんな悔しそうだったんだ。それを間近で認識しただけのこと。
だけど、それでもだ。
思ったからには頑張ろう。
勝つにしろ負けるにしろ、いずれにせよ、引き分けで終わるのは嫌だし。三回ある模擬戦の一回目で、これから何度もチャンスがあったとしてもだ。
だから、うん、一回ぐらい無茶してみよう。

 

「・・・・・・はッ!!」
「な・・・・・・に!?」

ガ、ギィィン!! と甲高く不快な金属音を立てて。
突進してきたシンのアロンダイトを1本、へし折った。
数えきれない程の敵を討ってきた、僕の得意技。最高速の突撃から繰り出される、躰を90°近く倒したまま水平にサーベルを2回、右から左、左から右へ振るう連続剣。
フリーダムのもう一つの代名詞、高速切り抜けをアロンダイトの両側面にほぼ同時に当てて、中程から両断したんだ。

「舐め、るなぁ!!」
≪パルマ‐フィオキーナ・エクスプロージョン‐バレット≫
「・・・・・・!? ん・・・・・・!」
≪シュペール‐ラケルタ2番破損。修復不可≫
「上等!!」

切り抜け、離脱する直前に、左のサーベルが内側からの圧力によって柄ごと木端微塵に破裂した。サーベルの魔力刃に魔力を流し込んでから、炸裂させたようだった。
やっぱり対応してきた!

「おおおぉ!!」
「だぁりゃ!!」

繰り出せば7割近い撃破率を誇るこの高速切り抜けを、シン相手に今まで封印してきた理由がこれだ。
あまりにも有名になりすぎて、慣れ親しんだ動作を研究されてしまっているんだ。フェイント等を織り混ぜて、繰り出せれば当たることは判っていても、その後が心配で。そんなわけで今まで使えなくて、やったらやったで案の定対応されて。
こうなったらもう僕もシンも、後には退けなくなるだろう。
でも、もうそれでいい!
ここでシンを倒してキッチリ奢って貰って、なのはも倒す!

「シッ!」
「ぐぁっ!? んの野郎!!」
「かは・・・・・・ぁ!」

安全マージンなんて考えず、捨て身で攻撃を繰り返す。
逆手に持った桃色サーベルでの横薙ぎを、もう一本のアロンダイトの逆袈裟斬りを躱しつつシンの胴に当てた。僕にとっての、初めてのクリーンヒット。
その代償は、顔面へのシンの右ストレートだった。彼にとっての、初めてのクリーンヒット。

≪クスィフィアス・ショットキャノン≫
「こいつもぉ!」
「もってけぇ!」
≪ケルベロス・ホーミング‐バレット≫

怯まず『クスィフィアス』を発射、シンを弾き飛ばして前進。真っ正面から『ケルベロス』を貰って『バラエーナ』で仕返しして。
しまいにはクロスカウンターまで決めてしまった。痛みこそ無いけど、深く響く衝撃に目が眩む。
けど怯んではいられない。すかさず繰り出されたアッパーカットで額を切りながら、今度は渾身のボディーブローをブチ込んでやる。
血で紅く染まった視界のなか、シンの躰が「く」の字に折れた。

“うーわ、なんて泥臭い”
“でも、そんなキラも素敵ですわ”
“よっしゃ、やっちまえキラぁ!”

フレイとラクスとトールが思い思いに感想を溢しているけど、構っている余裕はない。
無茶をして活路を拓くのなら、ここで畳み掛けなくてどうする!
シンの体勢が大きく崩れている今が、チャンスなんだ!

「ぜりゃァァ!!」
「ッご、ばぁ!?」

追撃の飛び込み蹴りを、鳩尾にヒットさせる。これで完全にシンは無防備になった。──勝てる!
あとはもう必中の距離、この『カリドゥス』さえ当てれば──

 

≪ミラージュ‐コロイド解除、開始≫

 

──ぞわりと、どうしようもなく鋭く巨大な殺気が予感となって、僕を貫いた。
どっと汗が吹き出し、シンを目の前にしながら思わず、その方向を注視する。それは生存本能だ。
そして、視る。

「──・・・・・・あれ、は」

ぐんにゃりと、シンの遥か後方、歪んだ遠方の風景を。
そこは、バトルフィールドの西側、青組の本陣があった場所だった。そこは、先刻フェイトとの戦闘を終えた、なのはがいる場所だった。
ゆらゆらと大空が徐々に薄れて崩れて、代わりに、巨大な光が出現する。東の、朝8時の太陽に負けないぐらいの輝きが顕れる。
直径およそ20m。蒼と桜で構成された巨大な魔力塊。
直感する。
あれは最初の砲撃戦で使われた、僕となのはの魔力だ。いつのまに・・・・・・いや、最初からそのつもりで収集していたんだ。今まで隠していたのは・・・・・・多分本当は、ティアナのを相殺した後に、撃ち込むつもりだったのか。

「スターライト‐ブレイカー……なの!?」

無情に、それは発射された。
球体だった魔力塊に指向性が与えられて、直上に真っ直ぐと。まるで光の柱だった。
その様に、大陸間弾道ミサイルを想起する。きっと、いや間違いなく僕を狙って。
なのはが撃ったの──・・・・・・ん、違う。彼女の気配は感じない。多分、隠蔽していた『ミラージュ‐コロイド』を介してシンが撃ったんだ。

「余所見してんじゃ、ねぇ!!!」
≪パルマ‐フィオキーナ・インパルス‐バレット≫
「しまっ、あぁ!?」

 

僕からすれば、不意打ちだった。
一瞬、何が起きたのか、把握しきれなかった。

 

意識と視界が暗転し、次に凄まじい痛感が全身を襲った。痛いと神経が悲鳴を上げて、システムが無情に処理する。実際の僕はただ、混乱するだけで。
攻撃を受けた。直撃は防いだ筈。身動きができない。
何が? 確かめないと。
視界の回復を最優先に。

“キラ、キラ! 大丈夫ですか?”
「・・・・・・っ、ラク、ス」
“よかった、意識はありますわね。ともかく今は退避をしなくては”

現在地は・・・・・・地上、ガレキ群の中にいる。いや、正確には埋もれている。ラウさん曰くどうやら、建物に頭から突っ込んだらしい。そうか、パルマでシールドごと吹っ飛ばされて。・・・・・・くそ油断した。あんな古典的な方法なんかに。
・・・・・・けど、これはもう駄目だ。HPは残り127で、ギリギリ戦闘不能は免れたけど。

 

蒼と桜の魔力塊が、もう目の前までに迫っている。
これは、もうどうしようもない。

 

何より、もう戦闘行動に使える魔力が無かった。さっきのパルマでほぼ全てを削りとられてしまったんだ。魔力がなければ、本当に何もできない。SEEDの維持にも魔力が必要で、けどそれすらできないくらいに。
打つ手がない。ハイパーデュートリオンの魔力回復も間に合わない。
・・・・・・僕は、また、負けたのか。
なのはに続いて、シンにまで──

「ッキラさん! 大丈夫ですか!?」
「──え、アイン、ハルトちゃん!? なんで・・・・・・」

 

そこに、何故か。

 

ツインテールにした碧銀の長髪を振り乱して、バリアジャケットを少しボロボロにしたアインハルトちゃんが、駆け寄ってきた。どうして、ヴィヴィオちゃんはどうしたの?
諦観に浸る間もなく湧いた無言の疑問が届いたのか、少女はガレキに埋もれた僕を引っ張り出そうとしながら、報告する。
僕を助けるつもりなのか? 駄目だよ、それは。

「西の方で発動する魔法を視たんです、ヴィヴィオさんと。それで中断して退避していたら・・・・・・!」

僕が落ちてきた、と。なるほど。運が良いのか悪いのか・・・・・・かなり運が悪いんだろうなぁ。
見れば、僕をぶっ飛ばした張本人であるシンの豹が、やけに印象的だった。勝ち誇るわけでもなく、唖然としていて、ハラハラとしていて。多分頭に血が昇ってたんだろう、アインハルトちゃんを巻き込んでしまうことになるとは夢にも思ってなかったに違いない。
まったく、後でお仕置きだ。

「駄目だ、君は逃げて」
「! なんで、ですか」
「今ならまだ間に合う。共倒れになっちゃ駄目だ」

首を捻って天を仰いで、蒼と桜のエネルギー体を確認する。
焦る。
もう10秒もすれば、僕らに命中する。着弾すれば、かなりの広範囲が破壊圏内になる。確実に防御の上から叩き落とされるだろう。
ガレキの撤去と僕の救出を並行して行うこの少女が、巻き込まれるなんてことは・・・・・・!
このまま少しずつ、少しずつと僕を引き摺り出そうとしていたら本当に間に合わなくなる。けどまだ、僕を諦めて走れば余裕はあるんだ。まだ逃げられる。
どうしても間に合わないなら、上空で待機しているシンが『ヴォワチュール‐リュミエール』で助けてくれる。

「認めたくないけど、こうなった時点で僕は負けたんだよ・・・・・・! 君はまだ・・・・・・!」
「嫌ですっ」
「なんで? 僕を助けて、それでも生き残る術があるの!?」
「ありません・・・・・・。旋衝破でもアレには通用しないでしょう・・・・・・でも・・・・・・!」

初めて、少女に声を荒げて。それでもアインハルトちゃんは、ビクリとしながらも作業を止めなくて。胸が張り裂けそうになる。
ガレキの足場は不安定だ。凄い体術やパワーを持っていたとしても、女の子一人で僕を助けるには、時間がどうしたって足りないんだよ。ずるずると、少しずつ。
魔法で吹き飛ばそうにも、非物理破壊設定を解除しない限り、この純粋な物理存在であるガレキにダメージは通らない。
僕一人を捨て置いて、ヴィヴィオちゃんの為にも君は生きなきゃ。僕なんかの為に使う時間じゃないだろう。
この娘が、この娘達が試合にかけている気持ちを知っているからこそ、そう思う。
僕はもう負けたんだよ!

「確かにヴィヴィオさんとの戦いは大事です。あの子は、私の恩人のような人でもあるんですからッ」
「だったら・・・・・・!」

わからない、どうしてそこまで必死に、かたくなになる?
この状況は僕のミスのせいなのに、どうして?

 

「それでも、だったら、キラさんだって私の恩人になります!」
「!!!!」

 

そこで漸く僕は、ガレキの山から這いずり出た。アインハルトちゃんが勢い余って、尻餅をつく。
着弾まで3秒。
それでも、瑠璃と紫晶の瞳の輝きは強まる一方だった。

「私はッ」

予想以上の、それは強さだった。

「やりたいようにやってみろって、言われて! そうしているだけなんです!!」

叫んで、その瞬間。
彼女自身に、ただ魅入って。時間が止まったような気さえした。
そして不覚にも、泣きそうになった。
恩人と言ったのか、この娘が、僕を?
それは一体どういうことなんだろう。僕はただ、その時々に自分勝手に利己的にやりたいことをやっただけで。助けたことはあっても、それは僕じゃなくてもよかったし、恩人と呼べるものではないと。
いつまでたってもそんな恐怖に打ち克てない、そう自覚している僕をそういってくれるの? 無力で、助けられてばかりなのに。
僕はなにもかもを隠したままなのに。
だったら僕は、思っていた以上に、なんて酷い奴なんだろう。

「・・・・・・・・・・・・」

着弾まで1秒。
どうしたって、離脱は間に合わないタイミングだった。
そのまま、恩人と言ってくれた娘を、巻き添えにして。守れなくて。
終わり?
これで?
一人ならまだしも。
そんな結末に巻き込んでしまって、それでいいの?

 

いいのか?

 

いいわけが、ないだろう!!!!

 

「く、そおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」
≪ヴォワチュール‐リュミエール、最大展開します≫

時間が止まるなんて、錯覚だ。一瞬が永遠だなんて、ありふれた喩えだ。時間は有限だから、確実に進んでるから。
それでも抗うのなら。
回避も防御も迎撃も不可能。時間と魔力と技量が足りないのなら。
だったら、こうする。
可能性に縋らずに、全力を尽くすだけだ。

光の翼『ヴォワチュール‐リュミエール』を前面に、直径30mの壁のように展開。量子レベルの微細な粒子で構成された膜を、なけなしの魔力を振り絞って円状に維持を。
一般的に光圧や電磁波を用いた惑星間推進システムと認知されている『ヴォワチュール‐リュミエール』の真髄は、量子膜と光の能動制御だ。スラスター機能は実際のところ、オマケでしかない。なんたって量子と光、人類が認知できる最強の存在二種を制御できるってことは、使い方さえマスターすれば時空だってコントロールすることができるってことだ。
ならばこんな魔力ぐらい、直接的な防御力がなくても受け止めることが出来る筈だ。
両手を天に高く掲げて。巨大な量子の膜で。
受け止めて、逸らす!

 

着弾。

 

蒼い光の壁に接触した魔力塊は、ほんの少し、わずかに速度を落とす。壁が有効である証だった。
けど止まらない。
真っ直ぐ落ちてくる。
まだ足りない。

「ぐ・・・・・・」

解りきっていたことだ。だから次の手を、最後の最後までは諦めたくないから、出来ることは全部試す。
両腕にかかる凄まじい痛みに堪えながら。意識して、意識を、全身に満たして。
システムG.U.N.D.A.M.を使う。僕達の生命線を。

 

魔力塊が完全に停止する。

 

イメージは、アインハルト・ストラトス。
模擬戦の序盤で『ストレイト‐バスター・クラスターモード』をはたきまくった『旋衝破』のイメージを思い出す。あの時の衝撃、得心、鮮烈をトレース、量子膜に再現させてやる。
僕が、彼女の技を体得できた世界がある。その世界の僕が『己』ならば、できない道理はない。信じろ。
魔力を介さずに魔法に直接干渉するあの手を、己そのものへと!

「くそ・・・・・・!」

そこまでしても、駄目なのか。
届かない。
止まっただけじゃ駄目だ。拮抗しているだけじゃ駄目だ。これじゃ、僕の魔力がなくなったと同時に落ちてくるだけ。
制御能力の限界、力の限界、僕の限界。
逸らせない!
一人じゃやっぱり、駄目なの!?

 

「チク、ショウッ!!!!」
「二人なら、やれます!!」

 

めいいっぱいに、腹の底から叫ぶ。
同時に、暖かい何かが、明滅して消えかかっていた蒼い量子膜に触れて。
そして、

 


……
………

 

仰向けに大の字で倒れていた。
どこまでも抜けた、雲一つない深い蒼穹が遠く近くにあって。無心に暫く眺めて。
いつのまにとか、どうしてのかどうでもよくて。
こうしてのんびりとした心持ちでいるのは何時以来だろうと、それだけが心を占めていた。なんか、重力が揺りかごのように心地好くて、このままずっとこうしていたかった。

「よう、キラ」
「・・・・・・シン。どうなったの?」

そんな良い気分も、視界のはしっこにでかでかと、シンの顔がひょっこり出てきたことで終わった。胡座をかいて、どうやら覗きこんでいるらしい。やめい気持ち悪い。
無性に殴りたくなった。躰が重くて叶わないのが怨めしい。
そこまで考えて、ようやっと今が模擬戦の最中だということに気がついた。
まだ視界の隅にHP表示が残ってるってことは、戦闘は続いているってことだ。どうなったんだ?

「やられたよ。俺もなのはも、アンタらが投げ返してくれたせいで撃墜」
「じゃあ」
「んでアンタも戦闘不能な。今生き残ったヴィヴィオとアインハルトの戦闘が終わった」
「それって」

しっかり確認してみれば僕のHPは残り2だった。いや2って。
訊くとどうやら僕は、量子膜に干渉してきたアインハルトちゃんと共に、魔力塊を分割して投げ飛ばした後に気絶したようだった。だいたい1分ぐらいらしい。
そーいえばそんなことがあったような気がするなぁ。正直記憶は曖昧だし実感はないし。ってかそれよりもだ。
僕は、守れたのか?

「今終わったって。勝ったのは?」
「今に判るよ」

すっかりいつもの生意気で挑戦的で、黄昏を宿した瞳のままで。
ボロボロなシンは肩を竦めて、大きくやれやれと首を振った。
その瞬間、視界隅にあったHP表示が消えて、

 

[はい、戦闘終了~~!!!]
[試合時間27分18秒、生存者なぁし!]
[第一回戦は引き分けで~~す! みなさんお疲れさまでした~~!!]

 

派手なファンファーレを掻き鳴らして、セインさんとメガーヌさんの明るいアナウンスが戦場に響いた。あんだけ戦ってたったの30分弱、詐欺じゃないのか?
それに結局全員リタイア、引き分けなのか。なんか肩透かしだよ。
ああ、でも、なんか。

「・・・・・・そっか、守れたんだ・・・・・・」
「・・・・・・悪い。あんな風に終わらせる気はなかった」
「いいよ。なんかスッキリした気分なんだ。あれもあれで良かったかな」
「あん?」

うん、スッキリした。
そりゃーシンとの決着をつけられなかったのも、二人の少女の戦いを視れなかったのも残念だよ。結局僕ってばシンとなのはとしか戦ってないし、できればヴィヴィオちゃんと戦いたかったけど。
そうだとしても、なんか後悔とかなくて。充実してるんだ。
まだまだ、僕らは未熟で先は長いから、まだまだ今を生きていけるんだと自然に思う。
これは、この結果でしか得られない感情なのだから。

「で、さ。奢りの件、あれどうするの?」
「・・・・・・折半でどうだ」
「了解、副隊長殿。・・・・・・次はちゃんと白黒つけよ」
「おう」

 

さてさて、じゃあ張り切って今を、二戦目三戦目も頑張りますか。

 

◇◇◇

 

その後の戦闘は正直、詳細はよく憶えていなかったりする。
第二試合は勿論内容も展開も変わり、マッチアップ相手も変わっていって。僕もスバルやヴィヴィオちゃんと戦った。けどいかんせん内容は地味だったかなぁ。
それとは対称的に、メンバーをトレードした第三試合もかなり盛り上がったっけ。
特にキャロちゃんの巨大ドラゴンVSリオちゃんの巨大ゴーレムの怪獣決戦や、僕となのはの超飽和砲撃、シンとフェイトの超速コンビネーションとか。そうそう、ヴィヴィオちゃんとアインハルトちゃんのコンビプレーなんてものもあった。
とにかくバリエーションに富んだ熱く激しい戦闘だったと記憶してるよ。

 

そんなこんなで、異世界旅行兼訓練合宿会2日目のイベントは全てつつがなく消費されて。
来る、夜19時。
僕達は、一つの事件に巻き込まれることになる。

 

「そう、じゃあ一緒に住むことになったんだ」
「はい! この合宿も楽しいですけど、家に帰るのも楽しみになりましたっ」

男女別にきっちり入浴を終えて、夜ご飯もしっかり食べて、休息と団欒の時間。
僕はヴィヴィオちゃんと共に、ホテル・アルピーノ近くを流れる小川に向かって歩いていた。木々生い茂る漆黒の森を二人、雲一つない満月の穹に導かれてゆっくりと。
なんでもメガーヌさんが秘密裏に、沢山の巨大スイカを冷やしてくれているとかなんとか。その回収を手伝ってくれと、お使いを頼まれたわけだ。

「~~♪」

小路に点々と設置された暖色の灯りと、蒼白い星明かり、深く優しい影のコントラストでいつもよりも鮮やかに栄える金髪と瞳。見方によっては妖艶ともとれる、幻想的な光の舞だ。
まぁ尤も。
今にもスキップし出しそうな足取りと、ピョコピョコ跳ねるツーサイドアップが相まって、嬉しげに細められたその翆と紅の輝きは愛らしい以外にないのだけれど。
随分と上機嫌そうでなにより。

「転ばないでよ?」
「大丈夫ですよー」

まぁ、実際、嬉しくて仕方ないんだろう。
アインハルトちゃんが高町家に下宿することになったのも、一緒に公式の大きい大会に出場することになったのも。ノーヴェが本格的に少女らの師匠になることになったのも。
幼い少女には嬉しいことだらけだ。
その輪に加われることもまた、僕には嬉しかった。
もっともっと頑張りたくなる。
よぉしじゃあ僕も、ある一つのニュースを教えてあげるとしようかな。
ヴィヴィオちゃんにはとっておき、なのはには内緒な一大ニュースを──

 

≪報告。クロノ氏から緊急秘匿暗号メールが届きました≫

 

「──な、クロノ!?」
「緊急、秘匿暗号・・・・・・!」

幸せの時間は、いつだって唐突に、無残に破られる。
突然フリーダムが発した電子音声に、僕とヴィヴィオちゃんは硬直した。その意味することに、青ざめる。だって尋常ではないのだ、それは。
緊急秘匿暗号メールを、時空管理局の提督から直接? 知り合いだからとかそういう問題じゃなくてそれって、とんでもなくヤバい事態があったってことなんじゃないか。一体なにが・・・・・・?

「・・・・・・開けてみないとわからないか・・・・・・フリーダム」
≪了解。出力します≫

そして僕は恐る恐る、考えても仕方ないとメールを開封する。
すぐ近くに一般人の少女がいることも忘れて、冷や汗を垂らしながら。
再びの破滅の予感を、必死に否定しながら。

 
 

届いたメールの内容は要約すると、次のようになる。
「第9無人世界グリューエン軌道拘置所が、ネオ・ブルーコスモスを名乗る武装テロ組織からの襲撃を受けている。救援求む」

 

これが、僕達を巻き込んだ一連の事件の始まり。
新暦75年に終息した後にも世界に大きな影響を与えている、全次元世界規模の同時多発テロを実行した『JS事件』の首謀者、グリューエン軌道拘置所に収監されているジェイル・スカリエッティ奪取を狙ったテロニズム。

 

ここから急激に僕らの世界が加速する。
僕らだけの、長い長い一週間が始まる。

 
 

──────続く

 
 

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