黒い波動_第01話後編

Last-modified: 2007-11-18 (日) 15:44:05

 通路から聞こえていた大声が聞こえなくなってから少しして、クロノとリーゼ達が戻って来た。三人は何やら楽しそうに話している。さっきエイミィに聞いた話だと、三人は師弟の関係にあったそうだ。
 あのクロノの師匠ということは相当強いのだろう。彼、シンもきっと腕の立つ魔導師になるに違いない。
「あれ?」
 さっきの模擬戦のことを彼に聞いてみようと思ったのだけれど、肝心の彼が来ない。
「クロノ。彼はどこに行ったの?」
「ああ、そう…ん、あいつ?そういえばいないな」
「あら、どこに行ったのかしら」
「んー、トイレにでも行ったんじゃない」
 三人とも気付いてなかったらしい。
 どこに行ったかは分からないがすぐに戻ってくるだろうし、待つことにしよう。
「そうだ、クロノ」
「ん、何だ?」
 クロノがエイミィさんの渡したドリンクを飲みながらこちらに振り向く。
「彼と戦ってどう?」
 クロノがどういう評価を下したのか気になる。
「そうだな。正直、強いよ。当然まだまだ拙い部分、というか不安定な部分があるけど。上手く行けば僕達に並ぶ魔導師になる……かもしれない」
「ほお」
「へえ」
 クロノの言葉に周りの皆も驚いている。こんなに評価するなんて、少なくとも認めているところはあるらしい。戦闘中の会話からは辛目の評価が出てくるかと思っていたのに。
「この反応は何なんだ?」
 クロノはクロノで皆の反応に不満を抱いたらしい。すこしムッとした顔をする。
 それを見て皆は笑い、その反応にクロノはまた怒るのだった。

789 名前:黒い波動[sage] 投稿日:2007/01/24(水) 19:05:31 ID:???
「さすがに遅いねぇ」
 あれから二十分。さすがに遅い。心配だ。迷子になってしまったのだろうか?
「こりゃあれかな」
「はあ、まったく世話の焼ける弟子ね」
 リーゼ達は何か心当たりがあるらしい。それに、理由は分からないけど嬉しそうに感じられる。何なのだろう?
「あの、あれって?」
「んふふ、知りたーい?」
 ロッテの方が擦り寄ってくる。
「その、知りたいです」
「どうしようかなぁ、多分あそこにいるだろうけど、ねえ、アリア」
 む、何だか嫌な感じだ。知っているのなら教えてくれればいいのに。そうすれば私が……いや、私が迎えに行く必要はないか。いや、でも、やっぱり。
「ロッテ。あまり遊ばないの。フェイトちゃん、と呼んでいいかしら?よければ迎えに行ってきてくれない?きっと不貞腐れていると思うから」
「あ、はい。別にいいですけど」
 アリアから教えてもらった場所。そこに彼はいるらしい。不貞腐れている、というのが気になったが、任されたからには連れてこよう。
「あ、フェイト、一人で行っちゃダメだよ。あいつに何を、むがっむがー」
 アルフが何か言っていたが、きっとまた彼の悪口だろう。普段はそんなことしないのに。よほど第一印象が悪かったらしい。でも気にしていたりはするし、話せば案外仲良くなるのは早いかもしれない。
「すぐに戻ります」
 私は部屋から出るとその場所に向かった。知らず知らずのうちに、歩みが駆け足になっていることにも気付かずに。
 そして、私が気付かなかったもう一つのこと。それは部屋に残った皆(クロノとアルフ以外)が、揃いも揃って笑いをかみ殺していたことだった。

「はあ、何でこんなことしてんだろ」
 俺はあの後、走ってここまで来た。すれ違う人たちが驚いていたが、そんなことに構っている余裕はなかった。
「……」
 勢いに任せて逃げてきたはいいけど、冷静になってくるとこの状況は正直困る。今さら戻るのも負けたような気がするし、だからと言ってこのままって訳にもいかない。
(クロノ、か)
 正直強かった。どんなにこっちが攻撃しても、結局一度も攻撃は通らなかった。
(先を読め、か)
 自分では読んでいるつもりだった。だが、今回は初手から外された。その後、立て直せた気でいて、その実踊らされていただけだった。そう。どこかでズレてしまい、そこからあっという間にやられてしまう。
(俺って戦闘の才能ないのかな。そもそもそんな戦い方、前までは……って、前までって何だよ。そんなの失くなっちまったのに)
 ふう、記憶か。俺を診てくれた妙な医者が言っていたことを思い出す。覚えてはいないが体に刻まれた記憶があるはず、と。特別な想いはたとえ忘れたとしても決して忘れないものだ。そして、それが記憶を蘇らす鍵になる、と嬉しそうに語っていた。
(……ふう、記憶の鍵か。そんなもの本当にあるのかよ)
 気分が下にどんどん落ちていく。うじうじしていても仕方ないと分かっていても、どうすることもできない。
(これじゃ、ここに来た頃に逆戻りだな)
 そう。あの頃もこれと似たようなことをしていた。リーゼ達との訓練中に、あいつらと喧嘩になって、ぶちのめされて、こんな感じで逃げてきたのだ。格好悪いと思いながらも、俺は謝ることができなかった。それでこんな感じで座り込んでいたら、リーゼ達が来て
「シン……さん?」
(まあ、さん付けではなかったがこんな感じで迎え……ん?)
 聞き慣れない声。見上げると、そこにはリーゼ達ではなく、あの金髪の少女が息を切らしながらこちらに微笑みかけていた。

791 名前:黒い波動[sage] 投稿日:2007/01/24(水) 19:07:45 ID:???
 アリアに教えてもらった場所。それはこの建物の中庭だった。もっと正確に言うと、日の当たらない大きな樹の陰。その木の根元に座って拗ねているはず、と。
 そこまで正確に分かるものなのかと思いながらそれに該当する場所に来たら、本当にそこにいた。
(あの二人、さすが師匠ってことなのかな?)
 まあ、驚くのは後にしよう。今はシンと話す方が先決だ。
「あの、ここ良いですか?」
 そう聞いてみると、向こうは驚いたようにこちらを見上げていたが、特に拒みはしなかったので座らせてもらうことにした。
 しかしいざ話そうとなると、どういけばいいか迷う。こんなときなのはならどうするだろう。きっとうまく相手の悩みを聞きだして慰めてあげられるのだろう。
(……いや、私には私なりのやり方がある)
 そう。なのはのやり方を参考にはしても真似をしてはいけない。誰かの真似事じゃ相手は心を開かないだろうから。
「その、元気出してください」
 とりあえず最初は定番の言葉に任せて、その後は流れでいく作戦にしてみた。きっと何とかなるだろう。
「……」
「皆さん、シンさんの戦闘を褒めていましたよ」
 この言葉にシンは反応を示した。こちらに視線を向けて
「えっと、君は……」
「フェイトです。フェイト・テスタロッサ」
「あ、ああ。じゃあ、フェイト。リーゼ達何か言っていたか?」
 自分の師匠の言葉が気になるのだろう。私は彼を待っている間にリーゼ達が何を話していたのかを思い出す。主に、最近のこととか、今晩の献立とか、みんなで今晩は泊まろうとか。
今思うとシン関係の事柄はあまり喋っていなかったような……むしろ他の皆からの評価の聞き役に回っていた気がする。それでシンの技能が褒められると笑顔になり、問題点を指摘されると真剣な表情で何かを考えていた。
 私はそのことを伝えると、シンは少し嬉しそうに笑った。
(あ……)
 何でだろう。この人の笑顔は何だかとても子供っぽいっと思ってしまった。笑顔だけじゃない。この人のことが何故か気になっていた理由。
下手をすればなのはの方が大人っぽく思えてしまう。
 この人は笑ったり、怒ったり、落ち込んだり、感情がはっきりしているんだ。以前の私とは正反対。少し、羨ましいと感じた。
 そう。だから……

「ん?どうしたんだい?」
 私がじっと見ているのに気が付いたのか、不思議そうに訊ねてくる。
「あ、すみません」
「いや、別に謝る必要は……むしろ俺が謝らなくちゃな」
「え?」
「今更だけどさ、あの時はごめんな。その、裸、でさ」
「あ……」
 うっかり忘れていたけど、そんな感じの出会いをしていたんだった。シンの視線が明後日の方を向いている。彼もきっと恥ずかしいに違いない。
「その、あれは事故ですし。気にしないでください」
 そして私も当然恥ずかしい。思い出しただけで顔が……違う、こんなことを考えている場合じゃない。
「いや、でも」
「そんなことないです」
「だけど」
「いえ、そんな」
「…………」
「……くく、ははははははは」「ふふっ」
 おかしなやり取りに、どちらからともなく笑い出す。
「ふふ。すみません。何だか面白くて。あれは事故でしたし、本当にもう気にしていませんから」
「はは、分かった。ごめんな、フェイト」
 そう言ってシンは、私の頭に手を置き撫でる。
「あ」
「っと、悪い」
 シンは慌てて手を引っ込めて、その手を見つめている。戸惑いながらも何かを懐かしむように。
 私はすぐには動けないでいた。いきなりで驚いたということもあったが、何より
(手、大きい)
 さっきは子供っぽいと思ったが、こうされるとやっぱり年上なんだなと思わされる。
「……ぉ兄、ちゃん」
「え?」
「あ、すみません」
 私はいきなり何を言い出すんだろう。
 シンは私のことを呆然と見ている。
 当然だ。いきなり他人からお兄ちゃんなどと呼ばれて戸惑わない人などいないだろう。
「……ユ?」
「え?」
「あ、いや、何でもないんだ」
 そう言ったシンは先ほどより明らかに戸惑っているようだった。
(やっぱり失礼だったよね)
 何で自分があんなことを言ってしまったのか。それは分かっている。とても簡単な理由。頭を撫でられるという行為が、母さんを、リニスを思い出させた。そう、家族のことを。だから、シンは私の中で兄というポジションに結びついたのだろう。
「……」
 沈黙が続く。居た堪れない空気になってしまった。だけど、シンはそんな空気の中で再びゆっくりと、私の頭に手を伸ばし
「あ」
「嫌かい?」
「いえ、嫌ではないです」
「そう」
 そう言ってシンは、優しく私の頭を撫で続けた。

 目の前の少女が誰かに重なる。
 その誰かは舞い散る紅葉の中を走っていた。俺も追いかけているのだが、どうにも追いつくことができない。走りながら、その誰かは溢れるような笑顔でこちらを振り返り
「お兄ちゃん」
 そう俺に呼びかけた。
(この子は、俺の妹なのか?)
 今までにない、はっきりとした記憶のイメージ。
 俺におとなしく頭を撫でられているフェイトが、その子と重なるのだ。容姿が似ているわけじゃない。だが。
「ぉ兄ちゃん」
 兄と呼ばれた時、遠い記憶が俺にその子を強く焼き付けた。
「ん?」
 ふと、こちらに向けられたいくつもの視線に気付く。
「……」
 おそらくここに勤めている者であろう数人が、こちらをちらちらと見ていた。
 今の状況を整理する。
 木陰で少女の頭を撫で続ける男が一人。
(これは……ちょっと怪しいな)
 俺は少し名残惜しさを感じつつも、フェイトから手を離す。
「あ」
 フェイトもフェイトで残念そうな顔を向ける。
(って、さすがに自意識過剰か)
 フェイトは何か言いたげにこちらを見ている。
 そうだった。彼女が来た理由。
「……戻るか、皆のとこに」
「え、そ、そうですね。戻りましょう」
 フェイトが少しうろたえていたことが気になったが、今は置いておこう。
俺はまだ多少抵抗感はあったが、フェイトが呼びに来てくれたのだ。駄々を捏ねるわけにもいかない。
 俺たちは歩きながら、互いについて簡単に自己紹介をした。面白い子だな、と思う。俺はこの子に少なからず興味が湧いてきていた。
「ところでさ、フェイトも魔導師なのか?」
「はい。私も魔導師ですけど、それが?」
「その、強いのか?」
「そうですね……一概には言えないですけど、平均的な力量よりは上かと思います」
「そっか」
 言葉を濁してうやむやな回答をしたようだが、こういう奴は決まって強い。強いのなら適任だな。頼んでみる価値はあるだろう。
「あのさ、頼みがあるんだけど」
「何ですか?」
 俺はついさっき思いついた頼み事をフェイトに伝える。フェイトは驚いていたようだが、その頼みを快く引き受けてくれたのだった。

 模擬戦のあった日の夜。
 この日、俺の家はとても騒がしかった。
 その理由は
「何でお前まで来るんだ?」
「僕だって来たくて来たわけじゃない!皆が来るっていう雰囲気の中で、一人だけ抜けられるか」
「ほらほら、喧嘩しないの。ごめんなさいね、シン君。クロノッたら照れているのね」
「にゃはは、クロ助は小さい頃から照れ屋さんだったもんねぇ」
「誰がだ!」
「シン君ごめんねー。でもクロノも悪い奴じゃないんだよ?」
「もう、シン。せめて食事中はおとなしくしていられないの?」
「俺じゃなくてこいつが!」
「フェイトー、これ好きだったよね?食べる?」
「ありがとう。アルフにはこれ分けてあげるね」
 俺とフェイトが皆のもとに戻ったあと、突然告げられた言葉。
「今日はシンの家でお泊り会だから、よろしくぅ!」
「は?」
 フェイトやリンディさん達は、今日は疲労が溜まっていて近場のホテルに泊まることになっていた。じゃあ、それならシンの家に泊まろうとロッテが言い出し、盛り上がってしまったらしい。
 クロノは裁判の資料が、とか訳の分からないことを言っていたが軽く無視され、俺は俺で皆に迷惑をかけたわけで拒むこともできず、こうして今に至る。
 疲れているからという理由はどこかに消え、ただの夕食の時間は宴会の時間になってしまっている。いや、パーティーと言った方が相応しいか?まあ、とにかく騒いでいる。主にロッテとエイミィという女が中心だが。
 まあ、一人寂しくよりはずっといいのだが、これはいつも以上に片づけが大変だな。仕方ない、今はそのことは忘れよう。
 食事が終わった後も騒ぎは続いた。俺はその最中にリーゼ達にフェイトにした頼み事の件について話し、ロッテはそれに賛成し、アリアも微妙な表情だったが一応賛成してくれた。
 そして、その話しを聞いていたリンディさんも勧めてくれて、クロノも協力しようと言っていた。ただ一人、フェイトの使い魔であるアルフだけが反対していたが、当の主人に説得され渋々了承していた。
 その後も騒ぎは続き、夜は更けて日付が変わった頃、ようやくお開きとなった。

「ふう」
 俺は部屋に散乱したゴミの片付けを中断して一息つくことにした。あらかた片付け終わったし、後は朝に片付けようかと考え始めていた。
「シン」
「ん?」
 声の方に振り向くと、そこにはアリアが一人立っていた。
「どうしたんだよ?まだ寝てなかったのか?」
「いや、そのだな、言い忘れていたことがあってね」
「……」
 言い忘れていたこと。瞬時に模擬戦の評価のことと結びつく。まだ問題点があったのだろうか?
「そう身構えないでもいいじゃない」
 俺の反応に不満を見せつつも、アリアは笑顔で
「よく頑張ったわね。君は私の自慢の弟子よ。これからも精進することを忘れないように」
 と告げ、俺の胸を小突いてきた。
「え?」
「忘れるな。君は私の弟子なんだからね」
 そう言い残し、アリアは自分の寝床に戻っていった。
「自慢の弟子だ、ってことは」
 それは明確な
「はは、ははは」
 俺を認めた言葉じゃないのか?
「はははははは」
 笑いが込み上げてくる。その言葉が嬉しかった。
 こうして、求めていた言葉を最後に、今日という日が終わったのだった。

「いいのかよ?管理局と完全に敵対することになるんだぞ」
「そうだ、よく考えることだ。半端な覚悟では我らの足枷になるだけだ」
「いえ、決めましたから」
「……そうか」
「はい。僕は、僕ははやてちゃんを助けたい」
 この日、月が照らすこの場所で、僕は一つの誓いを掲げた。
 そう、たとえ何が立ちはだかろうとも、絶対にあの子を救ってみせる、と。