ZcrossC.E ◆ycBHgYNLCA 氏_第02話

Last-modified: 2009-10-03 (土) 20:21:39

「カミーユ・ビダンね。所属は?」
「その前に、こちらから質問してもいいでしょうか?」

 

ミネルバ艦長タリア・グラディスは鋭い視線を向ける。舐められている、と感じたのだろうか。

 

「今質問……いえ、尋問しているのはこちらなのよ」
「僕はあなたがたの質問に一つ答えました。僕からも一つ質問させて下さい」

 

ミネルバ、艦長室。医務室で一通りの検診を受けたカミーユは、異常なしと判断され、今はこの艦長室で事情聴取を受けていた。

 

「……いいでしょう。あなたには我々のゲストを助けてもらった恩もあるわ。こちらが一つ質問をする度に、あなたも一つ質問をする。それでいいわね?」
「はい」

 

頷いたカミーユは、タリアの軍服をじっと見つめる。その視線を思春期の少年特有のものと思ったのか、タリアは一つ咳払いをした。

 

「あ、すいません……あの、あなたがたは確か、『ザフト』だと仰ってましたが、ザフトというのはどこの国の軍なのですか?」
「……は?」

 

反応を返したのはタリアではなく、彼女の副官であるアーサー・トラインである。

 

「……それはどういう意味かしら?」
「? 文字通りの意味ですが……?」

 

タリアとアーサーが顔を見合わせた。わざわざ質問をさせろ、と言ってこの質問である。二人が不信感を募らせるのも無理はなかった。
「ザフトというのは、プラントの義勇軍よ」
「……プラントというのは?」
「は?!」

 

これもアーサーだ。しかし、タリアは顔には出さず、ただルールを確認するのみだった。

 

「質問はお互い一つずつ。わかってるわね?」
「……はい」
「なら、あなたの所属は?」
「……」

 

カミーユは考え込んだ。

 

(ここでエゥーゴの名前を出しても、恐らく分かってもらえないのではないか?
そして、わからないことが多すぎる。ザフトが何かと聞いたら、今度はプラントが何か分からない)

 

カミーユは、基本的な情報の量が違う、と感じた。しかし、嘘を吐くのもあまり賢い手段ではない。

 

「僕は……僕は、エゥーゴの者です。中尉待遇を受けていました」

 

結局、嘘は言わなかった。ザフトが分からない、プラントも分からないとなると、もしかすると向こうもこちらの言うことを分からないのではないかという憶測があったからだ。

 

「あら、あなたエゥーゴなの? じゃあエゥーゴから出向してくる予定のパイロットってあなた?」

 

しかし、その憶測はあっさりと否定された。

 
 
 
 

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第二話「相違点」

 
 

「エゥーゴを知っているんですか?!」
「あら、ご挨拶ね。エゥーゴのことなんてもう民間人でも知ってるわよ?……その反応からして、出向してくる予定だったのはあなたじゃなかったみたいね」

 

妙だ。
自分は全くと言っていいほど相手のことを知らないのに、相手はこちらの組織を知っている。第一、なぜ自分は地球にいるのだ。地球に降下した辺りのことは覚えているが、ティターンズとの戦いは地球軌道上のものではなかったはずだ。
そして、仲間は、戦いは、シロッコはどうなった?

 

「あなた、色々と聞きたいことがありそうね?」

 

はっ、としてタリアの顔を見る。その顔は厳しいながら、どこか笑っているように見えた。女というやつは、時としてニュータイプなんかよりもよほど鋭い時がある。

 

「ええ」
「では、お互いいくつか聞きたいことをまとめて聞きましょう。その方が効率もいいでしょうし」
「あ、ありがとうございます」
「勘違いしないでちょうだい。私は早く面倒事を片付けたいだけよ」

 

うっすらと笑うタリアに、カミーユは感謝した。そもそも、いきなり拘束されなかった時点で結構運がいいのかもしれない。

 

「じゃあ、質問してもいいでしょうか」
「どうぞ」
「まず、プラントというのは?」
「コロニー群とその周辺宙域を国土とする国家よ」
「近年新しく独立した国家でしょうか?」
「独立運動は以前から行われていたわ。正式に独立したのは、二年前のヤキン・ドゥーエ戦役……プラントと地球連合各国の全面戦争が終結して、ユニウス条約が締結されてからね」
「(連合?)二年前……。二年前というと、86年でいいんでしょうか?」
「…………今は73年よ。だから二年前なら71年の出来事ということになるわ」
「な、73年?!ユニバーサル・センチュリー73年ですか?! 何かの間違いじゃ……」
「ユニバーサル・センチュリー? 今はコズミック・イラよ。ユニバーサル・センチュリーなんて聞いたこともないわ……」

 

ようやく、タリアも「何かがおかしい」と思い始めた。ここで、攻守ならぬ聞き手と話し手が交代する。

 

「あなた、何年生まれ? どこで生まれたの?」
「U.C70生まれです。地球で生まれて、サイド7に移住しました」
「サイド7?」
「地球連邦政府管理下のコロニーです」
「地球『連邦』? 地球連合ではなくて?」
「ええ、連合ではなく、連邦です」
「あなた、エゥーゴ所属と言ったわね」
「はい」
「…………エゥーゴの代表者は?」
「クワトロ・バジーナ大尉です」
「クワトロ・バジーナ『大尉』? クワトロ・バジーナ大佐ではなくて?」
「大佐?……僕の知っているクワトロ・バジーナ大尉とは同姓同名の別人なのでしょうか?」

 

本当に妙だ。エゥーゴに関する部分だけは知識を共有しているかと思いきや、代表者の階級がまるで違う。下手に共通点があるから質が悪い。カミーユもタリアも、押し黙って考え込んでしまった。

 

「……カミーユ君、君はどうしてあんな所に?」

 

割り込んだのはアーサー・トラインだ。カミーユは一瞬虚を突かれたような顔になったが、徐々にその眉間に皺を寄せる。

 

「え?………………すいません。自分でもわからないんです。気付いたらあの場所にいたようで」
「そうか……。なんだか、まるで君は別の世界からやって来たみたいだなあ」

 

はっ、と、二人が一斉にアーサーを振り向いた。突拍子もない話だが、妙な説得力がある。答えを求める二人は、アーサーのこの説に飛びついた。

 

「別の世界……辻褄が合わなくもないわ」
「はい。もしかすると、エゥーゴの他にもこの世界と僕の世界には共通点があるのかもしれない」

 

その可能性を提示したアーサーでさえ冗談半分だったのに、聞いた二人は本気もいいところだ。アーサーの「パラレルワールド説」は完全に産みの親の手を離れ、二人の継母によって立派に育て上げられた。

 

「いいこと、アーサー。カミーユが別の世界から来たということを知っているのは私達三人だけよ。このことは内密にしてちょうだい」
「りょ、了解しました……」
「それと、エゥーゴにカミーユの身元の照会を。何かわかるかもしれないわ」
「はっ、了解しました」

 

何だか気の抜けたアーサーがあたふたと艦長室を出て行くと、タリアは改めてカミーユに向き直った。

 

「さて、この世界の我々ザフトとエゥーゴの関係を説明しておく必要があるわね?」
「はい、お願いします」
「よろしい。……そうね、エゥーゴは現時点では我々と協力体制にあるわ。エゥーゴの方から、我々の方にMSとパイロットを出向させるって言ってくるくらいにはね」

 

なるほど、と頷いたカミーユは、クワトロのことを思い起こした。この世界のエゥーゴも、やはり「Anti・Earth・Union・Government」であることには変わりないらしい。
もしもこの世界のクワトロ・バジーナが自分の知っているクワトロ・バジーナなら、その目的は同じはずだ。地球にしがみつく人類を宇宙に進出させ、新たな段階に引き上げる。そしてそのために、地球連合に反目している。
だからこそ、地球連合と緊張状態になっているプラントの義勇軍であるザフトに援助を申し出たりもしているのだ。
と、そこで、艦長室のドアがノックされた。そこからアーサーが再び現れ、怪訝そうな表情で口を開く

 

「艦長、エゥーゴにカミーユ君の身元を照会しました」
「そう、結果は?」
「……カミーユ・ビダンはエゥーゴのMSパイロットであり、かねてからの約束通りにザフトに対して派遣された。彼の身分はエゥーゴにおいて保証されるものであり、ザフトにおいてもそのように扱われたし。……だそうです」
「クワトロ大佐…………何を考えているのかしら? カミーユ、そういうことらしいから、あなたの身分に関して心配する必要はなくなったわ。ただ、あなた自身はどうする?」

 

「カミーユ・ビダンはエゥーゴのMSパイロットであり、かねてからの約束通りにザフトに派遣された」ということは、カミーユはMSパイロットとしてザフトに派遣されたということだ。
それはつまり、「MSパイロットとして働かないのであればお前の身分は保証しない」と言っているに等しい。もう一度生きてクワトロに会うことができたら、再び空手の腕前を披露しなければなるまい。

 

「……僕をエゥーゴから派遣されたカミーユ・ビダンとして扱っていただけますか?」
「いいのね?」
「はい……」

 

他に選択肢はありませんから、という言葉を飲み込んで、カミーユは頷いた。

 

「そう。じゃあうちのパイロット達をお願いね」
「はい…………えっ?」

 

含みのある笑みを漏らしたタリアは、カミーユのパイロットスーツの胸を悪戯っぽく突つく。

 

「そもそもエゥーゴにパイロットの派遣を要請したのはね、クワトロ大佐の前大戦……ヤキン・ドゥーエ戦役での八面六臂の戦いぶりを見て、ザフト上層部がダメもとでエゥーゴの戦い方を教えてくれないかって頼んでみたのが始まりなのよ。つまり……」
「俺に戦い方を教えろっていうんですか?!プロの軍人に?!」
「あら、ザフトは義勇軍よ?」
「~~!」

 

思わず素が出たカミーユだったが、タリアの台詞のある部分が引っかかった。

 

(ヤキン・ドゥーエ戦役は二年前の戦争だって言ってたはずだ。なら、二年前の時点で既にこの世界にはクワトロ・バジーナ大佐がいた……?)

 
 

「エゥーゴからザフトに出向してきたカミーユ・ビダンです。よろしく」
「俺、シン・アスカです。カミーユ、さんはエゥーゴだったんですね。じゃああのMAはエゥーゴの新型?」
「そんなとこだよ。それとあれはMAじゃなくて可変タイプのMSだ。……それから、敬語はいいよ。歳だって同じくらいだろ?」
「私、ルナマリア・ホーク!よろしくねっ」
「レイ・ザ・バレルだ。よろしく頼む」

 

ミネルバの休憩所でパイロット達と握手を交わすカミーユは、赤服を着ていた。
「出向してきた以上はザフトの一員として」というタリアの弁と、パイロットスーツ一つでこちらの世界に来たカミーユには服がなかったというのが理由だが、どうにもしっくり来ない服だ、というのがカミーユの感想だ。

 

「エゥーゴの新型かあ。ねえカミーユ、後でコクピット見せてよ!」
「え?」
「ルナマリア、あまりカミーユを困らせるな」

 

ミネルバのパイロット達はカミーユの予想以上に仲が良かった。なんでも士官学校時代からの友人同士らしい。

 

「カミーユ、後で模擬戦やらないか?お互いの戦い方は知っておいた方がいいだろ?」
「ああ、そうだな……」

 

同年代の人間はファやカツしかいなかったエゥーゴと違い、ミネルバは実に若者が多い。無理に大人を演じる必要もなく、慣れればここは居心地がいいかもしれない、と、カミーユは感じた。

 

「カミーユ! カミーユ・ビダンはいるか!」

 

シンの申し出を検討するカミーユの思考を遮って、大声が休憩所に響いた。カミーユをコクピットから引っ張り出した男だ。

 

「俺はマッド・エイブスってんだ。ミネルバの整備班長をやってる。お前さんの機体の整備について色々聞きたいから、ちょっと格納庫まで来てくれ」
「わかりました。……じゃあ、シン、ルナマリア、レイ、また後で」

 

マッドの後に続いて休憩所を去るカミーユは、マッドの節くれだった指を見つめた。いかにも職人と言わんばかりのその指が、機体を任せるという、自分の信頼を預けるに等しい行為を肯定してくれる。

 

「そういやお前さん、あの機体はなんて名前なんだ?」
「え……ああ、Zです」
「ゼータ?」

 

はい、と頷いたカミーユ。

 

「Zガンダム」