ZcrossC.E
第三話「これから」
「一通りお前さんの機体をチェックしたんだがな」
マッドが溜め息と共に吐き出した言葉のために、カミーユはまたも質問の応酬をする羽目になった。
「お前さんの機体、ありゃなんだ?
ありゃどうもバッテリー機じゃないみたいだし、かといってニュートロンジャマーキャンセラー(以降NJCと表記)を使ってるわけでもないみたいだし、コクピットだってあのよくわからない浮き椅子だ。よーく説明してもらわにゃあ、整備もおぼつかんぞ」
ここでのやりとりは省略させていただく。ただ、カミーユがバッテリーという単語に驚いたり、マッドが核融合炉という単語に腰を抜かしたりしたことは読者の皆様にも容易に想像ができるだろう。
「なるほどなぁ……するとあれか? エゥーゴってのはこの世界で最も進んだ技術を持ってるわけか?」
「ええと……そう、なるのかもしれないです」
マッドは思わず天を仰いだ。すると、見計らったようなタイミングで格納庫の内線用パネルにタリアの姿が映る。
「マッド、カミーユはそこに……あら、いたのね。ちょうどいいわ。カミーユ、私達の頼みを聞いて欲しいのだけど」
「……なんでしょう?」
「そう身構えないでちょうだい。ウチのシンと模擬戦をやって欲しいのよ。Zガンダムとあなたに、戦力としてどれだけ期待していいのかを明確にしておきたいから」
「シンと? 本人には確認は取れているんですか?」
「もちろん。後はあなた次第なのよ」
カミーユはZを見上げた。確かに、この世界でまた戦争に関わっていく可能性がある以上、この世界のMSの性能を知っておく必要があるのは間違いない。
「……わかりました。やります」
「ありがとう。じゃあ三十分後にその格納庫でね」
「了解です」
元々シンから提案されていた模擬戦だ。確認なんてとうの昔にしてあるに決まっている。カミーユは覚悟を決めた。そして、三十分後。
「接続完了。インパルス、Zガンダム、模擬戦プログラム、リンクします」
「エゥーゴの新型とザフトの新型か。面白い戦いが見られそうだ」
独りごちたレイに、ルナマリアがピクリと「アホ毛」を揺らす。彼女のこの一房の髪の毛は、まるで彼女の感情を表すアンテナのようだ。
「Zガンダムかあ……シン、苦戦しそう」
「実際苦戦するだろう。カミーユの腕はまだどの程度のものかわからないが、俺達が実戦で戦った可変機は奪取された三機のGだけだ。どうしても経験が足りん」
「それもそうだけど、エゥーゴのMS自体戦うのは初めてじゃない。それに、なんだかカミーユって不思議なのよね」
視線を模擬戦の様子が映しされようとしているモニターから外し、レイは目を瞬いた。不思議?とオウム返しに聞くと、ルナマリアは饒舌になる。
「そう。なんというか、あの目がね。吸い込まれそうっていうか、こっちの考えてることを見透かされそうっていうか……なんかとにかく不思議なのよ!」
レイは無言で目をモニターに戻した。アカデミーからの付き合いだ。彼女の扱いは心得ている。モニターの中では、ちょうど模擬戦が始まろうとしていた。
「あっ、ちょっとレイ、無視するの?!」
「考えをまとめてから喋ってくれ。それに、もう模擬戦が始まる」
「えっ、本当?!」
モニターの中、シンのインパルスが動く。Zの斜め上方まで飛び上がり、小手調べとばかりにビームライフルを連射する。
「仕掛けてくるか!」
僅かに体を捌き、ことごとくビームをかわすZ。跳躍に合わせてバーニアを吹かして飛び上がり、すぐさま変形する。ウェイブライダー……機体下部のフライングアーマーでショック・ウェーブに乗り、本体の推力と併せて凄まじい速度を実現する。
「前にみた、ZのMA形態か!でもそれだけの速度だ、小回りの方はさぁ!」
突進してくるウェイブライダーに対して、インパルスは空中を横にスライドしながらビームライフルを撃つ。一定間隔でビームライフルを撃ち続けながら、シンはくるくるとインパルスを滑るように機動させた。
「この動き、ウェイブライダーの射角に入らないつもりか?しかもあのガンダムタイプ、なかなか素早い!」
しかし、命中弾はない。インパルスを追って加速したウェイブライダーが機首を上げ、高く高く飛び上がり、変形を解いた。
空中での高い機動性を失う代わりに手に入れたフレキシブルさと広い射角、そして格闘能力がインパルスを襲わんと、バーニアを吹かしたZがインパルスに急接近した。
「行くぞ!」
「来いっ!」
Zが頭部バルカンを撒いてインパルスを攪乱しつつ、ビームライフルを撃つ。機体を大きく左右に振ってビームをかわしつつインパルスが加速をかけ、ビームサーベルを抜いた。対するZはライフルを左手に持たせ、右手でサーベルを抜き合わせる。
「ろくに飛べないMSが、インパルスと空中戦をやる気かよ?!」
「電池式のMSで、Zと格闘戦ができるものか!」
両者が叫び、Zが核融合炉搭載機のパワーをもってインパルスを押す。力比べは不利と悟ったシンは前蹴りを繰り出して距離を取ろうと図るが、カミーユは二機のサーベルを基点にZのバーニアを吹かし、前宙でインパルスの蹴りをかわすと同時に背後を取った。
「何?!」
「この感じ……シミュレータ越しなのに彼の呼吸が伝わってきているのか?」
Zが背後を取ったとはいえ、前宙でインパルスを飛び越えてのことである。つまり、この瞬間は背中合わせ。虚を突いた分カミーユが有利なのは言うまでもないが。
「まだまだぁ!」
自分の中に芽生えた何かを確かめたくて、カミーユはシンに先手を取らせる。振り向きざまにサーベルを振るうインパルスの視界に、Zは存在しなかった。
「な、ど、どこだよ?!」
「見えた!」
「何?!」
Zは、インパルスの真下に位置していた。バーニアを一時的に全て切り、自由落下に身を任せて下方に潜り込んだのだ。
「そこだっ!」
Zの掲げたビームライフル。その銃口から一筋の光が伸び、インパルスの股間から頭までをまっすぐ貫いた。同時にモニターが暗転し、模擬戦の終了を告げる。Zのコクピットハッチを開くと、同じようにインパルスから這い出てきたシンが悔しそうに顔を歪めていた。
「……え、もう終わり?」
「~~っ!」
眼下のルナマリアがポツリと漏らしたその一言は、負けた直後のシンにはひどく辛辣だった。やれやれと額に手をやったレイは、Zのコクピットから降りてくるカミーユに歩み寄った。
「見事な腕前だ。クワトロ大佐といい、エゥーゴはよほどの英傑揃いなのだな?」
「そんなことは……」
ない、と言いかけて、カミーユは「こちらのエゥーゴ」の事を何も知らないのだということを思い出した。しかし、そこでインパルスから降りてきたシンが口を挟む。
「やめてくれよ、謙遜なんて。……俺が惨めになるだけじゃないか」
最後は小さく言い捨て、シンは格納庫から出て行った。直後のルナマリアとレイの、
「シンってば子供ねえ」
「シンは男だということだ」
というやりとりが、妙にカミーユの心に響いた。
ミネルバの一室。
見事な金髪を「その方が動きやすいから」という理由でショートカットにしているカガリ・ユラ・アスハ――婚約者には常々「もったいない」と詰られている――が、備え付けのコンソールパネルを繰り、艦長室を呼び出す。ややあって、げんなりした顔のタリアが応じた。
「――どうかなさいましたか」
「いや、今後のことについて話し合いたいのだが、今は大丈夫か?……というか、大丈夫か?」
ああ、とタリアが自らの失態を悟り、ビシリと凛々しい顔を作る。軍人ながら一つの艦を背負うとなると、こうも顔の筋肉を自在に扱えるようになるものか、と、カガリは妙な所で感心した。
「申し訳ありません代表。では私が代表のお部屋まで参じますので、しばらくお待ちを……」
「いや、それには及ばない。私がそちらに行こう」
内線を切って部屋を出る。軍艦の狭い廊下をアスランを伴って歩いていく。幸い、タリアは艦長室にほど近い個室を用意してくれていたので、迷子になる心配はなさそうだ。
「なあ、アスラン」
「どうした?」
「……私はやっぱり、政治家として以前に問題があるのだな。いくら女傑を気取ってみせたところで、中身はゲリラをやっていた頃と変わらない私なんだ」
「……シン・アスカのことか」
ユニウスセブン破砕作業の前後に、カガリはシンから辛辣な批判を受けていた。それに上手く反論できなかったこと、そして彼を激怒させたような不用意な発言。それはカガリが言ったように、政治家として以前の問題だった。
「君はまだ十代なんだぞ?人として、ましてや政治家として未熟なのは当たり前じゃあないか。そういう批判も受け入れて、成長していけばいい」
「……しかし」
「さあ、そんな顔はやめるんだ。君はオーブの代表首長、カガリ・ユラ・アスハなのだろ? この艦のクルーやグラディス艦長にそんな顔は見せられないはずだ」
カガリは恨みがましい目でアスランを睨みつけたが、アスランは涼しい顔で受け流す。それからカガリは一つ溜め息を吐き、先ほどのタリアに倣って凛々しい表情を作り上げてみせた。
「……これでいいのだろ?」
「はい、代表」
アスランとのやりとりに、睦ごとのようなどこかむずがゆいものを感じながら、カガリは艦長室のドアをノックした。
「どうぞ」
「失礼する」
お決まりのやりとりを経て、カガリは艦長室に入った。
「艦長、早速で申し訳ないが、今後の予定について、軍規に差し支えない範囲で教えていただけるだろうか」
「我々はオーブまで代表をお送りした後、カーペンタリア基地に向かう予定です」
「そうか……ならば、オーブに到着の際には、我々に可能な限りの補給と修理をさせていただく。アーモリーワンから今に至るまでに受けた損害は、軽いものではないだろう?」
「ええ……」
「それと、外部との通信はできるか?」
「いえ、粉塵の濃度が酷く……」
「そうか……」
ひとしきりオーブ代表首長としての用件を済ませたところで、「カガリ・ユラ・アスハ」が顔を出す。それは、彼女がずっと案じていたことのためであった。
「我々オーブは、プラントとの友好関係をこれからも継続していきたいと願っている。しかし、今回のユニウスセブンの件で、地球連合各国がどういう動きに出るかはまだわからない」
「代表、それは……」
話の行き先を察したアスランが待ったをかけるも、カガリはお構いなしだ。タリアに至っては元よりそんなつもりはさらさらない。
「最悪の場合、地球連合軍とオーブ軍がオーブ国境付近でミネルバを挟み撃ち、なんてこともあり得るだろう。もちろんそうならないよう努力はするつもりだが、何しろ我が国の閣僚は連合寄りの者が多い。もしもそうなってしまった時は……」
「……そうなってしまった時は?」
アスランの喉が鳴る音が妙に大きく響く。カガリが含み笑いをした。
「我が軍の者ではない、正義の味方気取りの誰かがきっと貴艦を助けに参上するだろう」
しばらくの間タリアは呆然としていたが、やがてカガリの意図するところに気付き、苦笑いした。
「その正義感の味方気取りの誰かさんは、きっと代表にそっくりでいらっしゃるのですね」
「かもしれん。何しろそんな馬鹿なんて我が国には私以外にはそうはいないからな。だが、一回馬鹿をやれば誰しも学習する。同じ馬鹿を二度も繰り返しはしないだろう」
アスランは憂鬱な気分になった。この艦を取り巻く今後の展開があまりに簡単に予想できたからだ。確かにカガリには、アスランを助けられたという借りがある。しかし、先のことを考えれば、今回の話はあまり賢明とは言えなかった。