ガルナハン。ローエングリンゲート要塞。
『申し訳ありません、キラ。勝手なお願いだと言うのは承知しているのです』
モニターの中で、ラクス申し訳なさそうな顔で言う。
『しかし、ジオン公国軍のコーカサス占領を許せば、それだけ平和が遠のいてしまうのです』
「解ったよ、ラクス」
キラは、少し疲労感のある表情を無理に笑顔にし、モニターの中のラクスに答えた。
『他に親衛隊を動員しても結構です。……それと、そちらで親衛隊に合流する方がいますので、その方も参加させてください』
「心強いな。解った。僕のできる範囲内でできる限りのことをするよ」
キラが答える。
『閣下、あの事を元帥にお伝えしては』
モニターの向こう側で、ラクスに誰かが話しかけた。ハインリッヒ・ラインハルト大統領補佐官だ。
『そうですね』
答えてから、ラクスは、キラの方を見た。
『MS用核融合エンジンの試作機が、稼動試験に入っています』
「本当!?」
キラは目を円くして、反射的に聞き返した。
重要機密ゆえ、マイウス・シティーの関係者を除けば、大統領に近しい人間しか知りえない。
キラはその近しい人間の1人だったが、アプリリウス・シティーを離れ地上にいたため、知る方法がなかった。
『完成すれば、難航していたあの機体も完成できるでしょう』
ZGMF-X30F/Ps『ケルビックフリーダム』。
それはただストライクフリーダムの性能向上形というだけではない。それまでのマン・マシン・インターフェイスの概念を覆す、
新しいシステムが搭載される予定だ。残念な事にこのシステムはスーパーコーディネィターにしか使えない。
つまりキラにしか運用するとこが出来ない(彼らはまだクレハの出自を知らない)という事だが、
核分裂炉のハイパーデュートリオンではとても消費エネルギーを賄いきれないような性能を持つMSである。
完成すれば、文字通りの一騎当千、ワンマンアーミー、キラ・ヤマトの復活だ。
『ですから、今回だけ、今回だけは、辛い戦いになるでしょうが、何とかジオンを阻止してください』
「わかったよ、ラクス。とにかくやってみる」
キラはそう言って、顔を引き締めた。
キラは、フレイに関してはまだ悩んでいたが、当面、直接彼女を攻撃しなければならない事態はなさそうなので、
当面の戦闘に関しては腹をくくった。
個人的にフレイに未練はあるものの、ラクスの信念、描く理想を違える程ではなかった。
ラクスはいつも正しい。
通信を終えると、ほぼその直後に、コンコン、とドアがノックされた。
「どうぞ」
キラが言うと、部屋の扉が開き、1人の青年士官が入ってきた。年のころは18~20くらいか。
モンゴロイド系だが、身体はアングロサクスン系ほどの大柄で、隆々としている。
コーディネィターなのは明らかだ。
「ジーク・ナカムラであります。本日付でプラント国防軍地上軍より、ZAFT大統領武装親衛隊に移籍、
少尉を拝命いたしました!」
直立不動の体勢で、敬礼する。
キラも立ち上がり、返礼した。
「うん、よろしく頼む」
機動戦士ガンダムSEED
逆襲のシン ~ジオン公国の光芒~
PHASE-16
一方的な虐殺だった。
第一線ではない、警備部隊のロートル、ドム・トルーパーでは、ジオンの主力モビルスーツに太刀打ちできるはずがない。
ドム・トルーパーが残骸になるたび、歓声が上がる。
見るも無残な、一面の焼け野原。
ローエングリンに抉られた大地は、そのままの姿で風化を始めている。
それでも、生き残った人々は、そこに集まり、粗末なバラックを立てて、生活を再開していた。
先ほどまで、その人々をプラント国防軍のドム・トルーパーが威圧していたが、たった今、全てスクラップに変えられた。
民間人に被害を出さないよう、射撃武器は使うな、という命令など、ハンデにもならなかった。
黒い死神に変わり、ネイビーブルーのゲルググシリーズやネモ・ヴィステージを引き連れ、戦闘にたつ青いガンダム、インパルスII。
コクピットを開け、シンは荒野と化したそこを見ぐるりと見回し、そして叫んだ。
「ガルナハンよ、俺は帰ってきた!」
シンが叫び声を上げると、それまで、バラックの中に隠れていた人々も飛び出し、ジオンのMSの元に駆け寄ってきて、歓声を上げる。
「シン・アスカにアラーの加護を、ジオンに栄光を!」
「アラー・アクバル!」
皆腕を振り上げ、人数からは想像も出来ないような声が沸き起こる。
『っちょ、みんな、モビルスーツの足元は危ないって!』
インパルスIIの傍らにいたネモ・ヴィステージのコクピットハッチが開き、コニールが身を乗り出しつつ、外部スピーカーで怒鳴った。
だが、もはやそれだけでは収まりそうにない。
その場にいるマリア搭載の2個小隊8機が出来る事は、他の部隊から応援要請がかからないことを祈りつつ、MSを棒立ちにさせておくことだけだった。
幸いにして、事前の防衛戦を突破されたプラント軍は、ローエングリンゲートへ向けて退却を始めた。
とは言っても、宇宙軍のようなほうほうの体での潰走ではない。
Ωインフィニティを殿の盾としつつ、Δフリーダムの中距離射撃でジオン軍のMS部隊を牽制する。
ジオン側も深追い無用は心得ており、Δフリーダムの有効射程範囲ギリギリから、ドッペルホルンで応射する。精密さは期待していない。
しかし、意外な伏兵となったのが、Ωインフィニティの装備するファトゥムだ。正面戦力同士での睨み合いのさなかに、飛来してきては、
ゲルググ・イェーガーやネモ・ヴィステージに少なくない損害を出させた。
しかし、全体的にはジオン側がじわりと圧しつつ、ローエングリンゲートにつながる渓谷の入り口で、ジオンの追撃が停止。
プラント地上軍は射撃を続けつつ、ガルナハン要塞に撤収して行った。
「機関は停止させないで。『D兵器』、ローエングリンゲート方角に向けて出力25%で照射継続。『マチュア』と『ダルシン』も同様に」
マリアの艦橋で、アビーがそう、指示を出す。チーフオペレーターのマーシェが、僚艦に伝える。
「どひー、やーっと解放してもらったよ」
よろよろ~っとした感じで、艦橋に入り込んできたのは、コニールだった。
「シンは?」
艦長席をくるりと回して、アビーがコニールに訊ねる。
「まだつかまってる。もうしばらく帰れそうにない。ってんで、あたしが報告代理」
「なるほどね」
アビーもいくらか、疲れたような、呆れたような表情をした。
「艦長、輸送隊が到着しました」
マーシェの声が、2人のグダグダしかけた雰囲気に割り込んできた。
「『マチュア』に搭載のはず。搭乗員割り当ても終わっているはずよ。確認して」
「予備のモビルスーツ?」
コニールは少しだけ訝しげに思い、指示を出すアビーのコンソールを脇から操作して、マリア下面の外部カメラを表示させる。
そのひとつに、それが映った。
イスラエル軍のMSトレーラーに搭載されているが、シートを剥がされたそれは、まさしくジオン仕様のゲルググシリーズだった。
いや、良く見ると若干違う。
「なんか、下品なデザインだな」
コニールの、第一見の感想はそれだった。
「現在、ジオン軍はガルナハンの市街地と、この要塞の間に割り込むように展開しています」
ガルナハン要塞の守りに駆けつけた、ZAFT大統領武装親衛隊、独立第2挺団長ドワイト・アイゼンバッハ少将が、キラに地図を見せて説明した。
「…………街を守ってるみたいだね」
キラはポツリ、と、漏らすように言った。
「あの街はテロリストの巣窟だったと、基地司令官から聞き及んでおりますが」
アイゼンバッハは、至極真剣な表情と口調で言う。
「うん、モビルスーツまで隠し持ってたんだ。しかも凄腕のパイロットの」
キラは2年前、現地部隊の手には負えない過激派モビルスーツがいると聞かされ、この地に来た。
そして、とても量産機のものとは思えない動きで、ドム・トルーパーを次々と撃破するウィンダムを、ドラグーンで仕留めた。
街は燃え盛っていた。テロリストは根こそぎにされ、生き残りもプラント国防軍の監視下に置かれたと、キラは聞かされていた。
「平和の敵を庇うなんて、許せないけどな」
「はぁ」
アイゼンバッハは、キラの言葉に、少し違和感を覚えた。いつものキラなら、ラクス大統領に敵対する者がいると聞けば、
「許せないじゃない」と、強いトーンで言う。だが、今回は、かなりそれが弱い。
オーブ上空での出来事が効いているのだろうか。と、アイゼンバッハは思った。
「こちらは少数精鋭、夜襲をかけまして、軍艦3隻を破壊することを第1目標とする、これでいかがでしょうか?」
「うん、僕もそれで良いと思う。ここにはECM用のニュートロンジャマーもあるしね」
レーダーさえ使えなければ、夜襲は数ある機動兵器の中でもモビルスーツが最も得意とするところだ。
「早速、今夜実行しよう。実行は明けて〇二〇〇。それでどうかな」
「異存ありません」
おべっかではなく、アイゼンバッハは同意した。
「じゃあ、その方向で。参加するものは全員、できる限り睡眠をとっておくように」
「ハッ」
アイゼンバッハは敬礼すると、命令を部下に伝える為に出て行く。そして、キラも、自身が休む為、将官用の仮眠室に入った。
だが、遮光カーテンを下ろし、ベッドに潜り込んでも、なかなか休まらない。
────シンが来ていないはずがない。どうやってインパルスIIに勝つ?
そう始まったシンに対する思考は、やがて彼にまつわるいろいろな事象へ飛んでいく。
────どうして、カガリを巻き込むの。
────どうして、フレイのそばにいるの。
────どうして、戦い続ける、の?
May・14・C.E.79、未明────
ローエングリンゲートの要塞から、ストライクフリーダムを含む、武装親衛隊独立第2挺団43機は、高度を上げて、前線を飛び越えようとしていた。
マリア艦内。
アラートが鳴り響き、通路をバタバタと乗員が行き交う。
「ローエングリンゲートから敵影です」
アビーが艦橋に駆け込むと、男性のオペレーターが声をかけてきた。
「数は?」
「40から50」
「『D兵器』、出力を100%に。敵の詳細を見るわ」
『D兵器』の出力が上げられる。すると、それまでぼやけていたレーダーのフリップが、ハッキリしたものになっていった。
『D兵器』────正式名称、DARDF-01ニュートロンジャマーキラー。特定の方向において、ニュートロンジャマーの効果を相殺する能力を持つ。
何よりいやらしいのは、照射されているニュートロンジャマーそのものには何の影響もないということだ。
「パターン出ました。ZGMF-220DΔフリーダムが42、それと……ZGMF-X20A、ストライクフリーダム、です」
息を飲むかのようなオペレーターの言葉に、アビーは矢継ぎ早に指示を出す。
「コンディションレッド、状況100のSで発令。『マチュア』を叩き起こして! 急いで!」
オーブ上空での(ジオンにとって)偶発戦では、クレハという、開戦前には想定されていなかった要素により、
ストライクフリーダムを撃退したが、ジオン軍内部に、ストライクフリーダムに対するコンプレックスが無かったわけではない。
むしろ、インフィニットジャスティスとは異なり、その高機動制と、1機のMSとしては圧倒的な火力をどう対処するかは、最大の問題といってよかった。
しかも、今回はプラント国防軍ではない。ストライクフリーダムの引き連れるΔフリーダム、明らかにZAFT大統領武装親衛隊だ。
キラやアスラン、シン並みとは行かないまでも、抜きん出た精鋭が集められているのはハッキリしている。
「!?」
ジオンが防衛陣地を形成している近くまで来た時、キラはその異変に気付いた。
正面からスラスターの輝点が、こちらへ向かってくる。しかも1個や2個ではない。
「気付かれた!?」
渓谷内に警戒哨部隊でもいたか。
だが、キラは慌てない。それは想定の内だった。
「展開して! 一気に片付ける!」
ストライクフリーダムを中心に、Δフリーダムが、ハイマットモードに移行しつつ、傘のように広がる陣形を取る。
そして、一斉に強烈なフルバーストが、向かってくるゲルググシリーズの群れに向かって吐き出された。
爆発が、ジオンのMS部隊を包み込む。
優位な体勢からの、圧倒的火力による先制攻撃。これこそ、キラが最も得意とする戦い方だ。
これを回避する術はない。しかも、今はそれを“面”で放った。爆煙がジオンMSの姿を遮るほどの、強烈な爆発が当りに巻き起こった。
「やった、か……?」
Δフリーダムのコクピットで、ジークが呟く。これまで、幾度も敗北を見せられてきたジークも、さすがに今度は、圧勝を信じて疑わなかった。
「あ、あはは……そうだよ、フリーダムは強いんだ……簡単に負けるはずないじゃない!?」
キラが、恍惚の表情で勝利を宣言した、次の瞬間。
薄れ掛けた爆煙の向こうから、無数のビームが、雨霰とΔフリーダムの群れに降り注いだ。
「なっ!?」
キラが驚愕の声を上げるが早いか、煙を引き裂き、ジオンのモビルスーツは何事もなかったかのように向かってくる。
「嘘だろ……そんなっ!!」
ソリディウス・フルゴール級のビームシールドでさえ受け止めきれないフルバーストを真正面から受けたはずなのに、目だった外傷ひとつない。
いや、それは存在するのだ。しかもそれ自体は、メサイア戦役の時代からある。
「うわぁぁぁっ!」
恐慌状態に陥った誰かが、フルバーストを乱射する。そして、キラは見た。ジオンのMSが輝く盾を生み出し、フルバーストを凌いだのを。
『あれは、陽電子リフレクター!』
アイゼンバッハが叫ぶのが聞こえた。その単語はキラも知っている。
だが、消費エネルギーが多すぎ、MSの動力源ではとてもまかえなる代物ではなかった。
ザムザザーやゲルズゲーなどの、モビルアーマーの中でも大型の部類に属する物でなければ装備できなかった。
MSではデストロイがあるにはあったが、MSとしては巨大で、その性格はそれ以外のMSと異なりすぎる。
だが、ジオンはそれを、20m級の通常のMSに収めたのだ。
『避けられないなら、防ぐしかない』。これが、ジオン公国軍が出した、キラ・ヤマト対策だったのである。
ZGMF-1210F『リゲルグ・アイアス』。当初はゲルググシリーズやネモ・ヴィステージにストライカーパックとして
搭載することを目論んでいたが、核融合炉エンジンコンポーネントの発電機容量増大と、MS全体としてのコンポーネントの
一部変更が必要になったため、固定装備の機体として製造せざるを得なくなった。
ゲルググ・イェーガーをベースに、両肩と、スカートを切り取って突き出た股間に、陽電子リフレクター照射装置を付けている。
そして、背中に240mm重金属イオンビーム・リボルバーカノン。ゲルググ・ハウントの腹部に搭載している物と口径こそ同じだが、
コイルガンの銃身を倍に延長、加速用のコイルを増段している。
シリンダーが回転し、ビーム兵器とは思えない発射速度で次々に射撃してくる。Δフリーダムの数機が、貫かれて爆散した。
「くそぉっ」
キラは『シュペールラケルタ』を構える。恐慌状態に陥り、リゲルグ・アイアスの砲火に追われる部下を、助けなければ。
幸いにして、重装備・重量級となったリゲルグ・アイアスは、機動性はドム・ハイマニューバより若干上、程度でしかなかった。
ストライクフリーダムは、ガルナハンに向かう前の修理の際、ドラグーンは撤去しておいた。
大気圏内ではあまり効率的ではないし、軽量化を優先した。
背後に回りこんで斬りかかる。ひと薙ぎでスラスターをなぎ払う。リゲルグ・アイアスは大地に叩きつけられた。
「うわぁぁぁっ!」
刀を返す勢いで、別のリゲルグ・アイアスに切りつける。重金属イオンビーム砲を斬りおとし、更にもう片側のラケルタで、
ビームランスを握る右の二の腕を斬り落とす。
「はぁぁっ!」
3機目のリゲルグ・アイアスに斬りつけようとした時。
『このぉっ!』
バチバチバチバチッ
ラケルタの刀身ビームを、ナツメ型の、ゲルググ・ハウントのアンチビームシールドが 受け止めた。
「君は……まさか……っ」
部分的に真新しくなっている装甲。背負っているのはエールストライカーだが、キラにはそのゲルググ・ハウントの主が誰なのか、確信した。
『今度こそ、決着をつけよう』
通信モニターのディスプレィに、姿を現した。
「君は……いったい、君はいったいなんなんだ!?」
妙な感覚を覚えつつ、キラは問いただした。
『私はクレハ、クレハ・バレル』
ディスプレィの中のクレハは、目を細めた。
『キラ・ヤマト、貴方のクローン』