『私はクレハ、クレハ・バレル』
ディスプレィの中の少女は、そう言って、キラを睨むように目を細めた。
『キラ・ヤマト、貴方のクローン』
「僕の、クローン……」
一瞬、思考が止まってしまうキラ。
最高のコーディネィター。最強のMSパイロット、C.E.の聖剣伝説。数々の賞賛を浴びた、
スーパーコーディネィターという存在。唯一の成功例。
キラはそれを誇るつもりはなかった。だが、無意識には驕っていた。自分は唯一にして最強の存在だと。
だが、その前提は今、音を立てて崩れた。キラのクローン。もう1人の、“完成された”スーパーコーディネィター。
「はっ」
迫り来る刀身ビームの光に、我を取り戻す。
手甲を突き出しビームシールドを展開、ゲルググ・ハウントのビームサーベルがビームシールドと交錯し、激しく火花を散らした。
機動戦士ガンダムSEED
逆襲のシン ~ジオン公国の光芒~
PHASE-17
『ま、待って!』
ゲルググ・ハウントの斬撃から逃れながら、キラはクレハに呼びかけてくる。
『君は、そうだ、シンやフレイに利用されているんだ!』
「なにを!?」
クレハは、怒りというより、呆れた表情をした。その間も、ストライクフリーダムへの攻撃を止めない。
「自分こそラクス・クラインに利用されているだけのくせに!」
一度振り下ろされたゲルググ・ハウントのビームサーベルが、横に薙いで来る。キラはビームシールドで、刀身ビームを凌いだ。
『何を言ってるんだ、僕はラクスの想う、平和で自由な世界を作り出す為に……』
「平和!? この世の中が平和!?」
クレハは思わず、聞き返していた。
だんだんと活気を失っていく、研究所近くの南米の街。飢えこそしないが生きる意味を失い、退廃的に生きるオーブの人々。
そして、ローエングリンで焼き払われたガルナハンの街。
この世界の、何処が平和で自由なんだろう。
「自分の目で見るって言う事を知らないの? スーパーコーディネィターなのに! 貴方が私のオリジナルだなんて、私は情けないよっ!!」
『なんだって!?』
クレハが叫ぶと、キラは少し、声のトーンを上げた。
『君はシンやレイに、世界の悪いところばかりを見せられてきただけだ!』
ストライクフリーダムはラケルタを構え、ゲルググ・ハウントに向かって斬りこんできた。
しかし、胴体の部分を狙っていない。クレハは片方をシールドで受け止めると、それを力点にするかのように、
くるりと捻ってもう一方をかわした。
「そうやっていつも、自分に都合の悪い事には目を閉じるんだね! そして抹殺する為には自分の姉でも殺すの!?」
カガリ・ユラ・アスハ。キラにとっての双子の姉は、クレハにとっても姉にあたる。
「ラクス・クラインは貴方を否定しないから! ラクス・クラインは貴方にとって都合の良いことしか言わないから!」
『言うなぁぁぁぁっ!!』
キラの、ラケルタの扱いが変わった。本気でゲルググ・ハウントの胴を突いてきた。クレハは軽く舌なめずりして緊張を抑えつつ、
フルバーストされないよう腹部のイオンビーム・リボルバーカノンで牽制しながら、一旦間合いを取る。
「貴方は混迷する世界の中で戦うと言った。レイお兄さんの前でそう言った」
シールドとビームサーベルを、構えなおさせる。
「だから、私は戦いを終わらせる為に、貴方を、殺す」
クレハはSEEDを発動させた。
ゲルググ・ハウントは己自身が一振りの刀になったかのように、鋭い機動でストライクフリーダムに迫る。
ビームサーベルが振り下ろされる。キラがビームシールドで受け止める。そのまま握りをまわして突き出す。
キラは後ろにのけぞるようにして避けた。クレハは間合いを離されんと追い詰めつつ、強引に薙ごうとする。
キラはスラスターを吹かしてさらに間合いを取る。
「!」
一瞬早く、クレハの方が動いた。
腹部のビーム・リボルバーカノンが火を吹く。射撃しかけたカリドゥス複相砲をミシン掛けするように貫いた。
ズドォンッ
必殺の一撃は、またもクレハに一太刀浴びせることなく沈黙させられた。
「うわぁぁぁっ!」
ストライクフリーダムのコクピットを、カリドゥスの爆発が揺する。
クスフィアス3を射撃位置に起こす。直後、左側のクスフィアスを、ゲルググ・ハウントのビームサーベルの切っ先が破壊した。
『何が、C.E.の聖剣伝説だ!』
クレハが叫ぶ。
右側のクスフィアスを射撃する。弾体は伸ばされたゲルググ・ハウントの右手の掌を打ち抜いた。
だが、そのままゲルググ・ハウントは残骸になりかけた右手をクスフィアスの銃身に引っ掛けた。
「なっ!?」
キラが驚くが早いか、クレハはストライクフリーダムにシールドを押し付けると、ゲルググ・ハウントの右手で、
クスフィアスの銃身を引き千切った。
「うわぁぁぁぁっ!」
キラは悲鳴を上げる。悪あがきに31mm機関砲を撃ちかける。だが、そんなものはゲルググ・ハウントの通常装甲部すら傷つけられない。
『貴方も同じ目にあってみるといいんだ!』
右手ごと撃ちぬかれたビームサーベルに代えて、『グラディウス』レーザーヒートソードを左手に持たせる。
右の二の腕でストライクフリーダムの胴にシールドを押し付けると、その首元にグラディウスの切っ先を突き立てた。
バチバチ、バシュウンッ!!
ストライクフリーダムの首間接で火花が散り、小爆発と共に、頭部のVPSがダウン、ツインアイの輝きも失われた。機関砲も沈黙する。
怒りに燃えるクレハの意思を代弁するかのように、ゲルググ・ハウントの不気味に輝くモノアイがその視界を満たした瞬間、
ストライクフリーダムのメインカメラは落ちた。
「あぁぁぁぁっ、助けて、アスラン、ラクス、カガリーッ!!」
恐怖に耐え切れず、キラがその叫び声を上げた時、クレハの頭に更なる激情が走った。
カガリに助けを求めようとしたのだ。
クレハはグラディウスを構えなおさせると、ストライクフリーダムの首を完全に跳ね落とした。
「消えろ! 失敗作!」
キラにそう怒鳴り、自機のシールドごと、ストライクフリーダムを踏みつけるように、地に向かって蹴飛ばした。
「!」
ストライクフリーダムが地面に叩きつけられるとか思った瞬間、Δフリーダムの1機が、それを捉まえ、
抱きかかえるようにして飛び去っていった。
『撤収だ、撤収!!』
アイゼンバッハが、通信で怒鳴る。ZAFT大統領武装親衛隊のΔフリーダムは、撤退にかかった。
リゲルグ・アイアスの、両肩のビームの閃光が瞬く。Δフリーダムはさらに数を減らしていく。
『閣下、ヤマト閣下!!』
通信に、青年の声が響いてくる。自失しかけていたキラは、何とか我に返った。
「この声……ジーク、かい?」
『はい!』
「君が、助けてくれたのか?」
『敵から離れたところを、お救いしただけですが……』
「いいよ……ありがとう」
キラは、安堵の声を出しつつ、そう言った。
「ねぇ、ジーク?」
『はっ、何でありますか?』
「君は、何のために……」
────戦うの? と、キラが問いかけた時。
ズゥゥゥズゥゥ……ズゥゥン……っ
大気を通して、不気味な振動と轟音が、ストライクフリーダムにも伝わってきた。
「な、なに!? 今の、なにがあったの!?」
キラは不安に駆られ、ジークに向かって問いかける。
『ああ……そんな……なんてことだ……』
通信から帰ってきたのは、自失状態のジークの呟き。
「どうなったのさ!」
『し、失礼しました、ですが……ああ……ローエングリンゲートが、撃たれました。敵の陽電子砲で……
撤退中の挺団も巻き添えに……ローエングリンゲートの被害は甚大です……挺団の生き残りは確認できず……
私と、閣下だけです……畜生!』
「そんな、ジーク! みんなを助けなきゃ!」
キラは慌てて、そう言ったが、ジークは通信ディスプレィの中で、首を横に振った。
『だめです。あそこに戻っても、死にに行くようなものです……私は構いませんが、閣下はそういうわけに行きません。
このまま、北方へ離脱します』
「うっ……」
ジークに諭され、うめき声を上げる。
どちらにしろ、武装のほとんどと、頭部を失ったストライクフリーダムには、もはや何も出来ない。ジーク1人に、死んで来いとは言えない。
「うわっ……あぁぁぁっ……ぁぁぁぁぁっ!!」
『閣下……』
ジークは沈痛な面持ちで、顔を軽く伏せた。
キラは泣いた。声を上げて泣いた。涙を流し、子供のように泣いた。誰の目もはばからなかった。
翌日。
SPと、随員としてイザーク・ジュール准将を引き連れたアルテイシアは、ジオン占領下のタブリーズを訪れていた。
イラン・イスラム共和国は、政府は対イスラエル・反ジオンで周囲のイスラム国家と歩調をあわせたものの、
その実、国民は政府の外交政策にかなりの不満を持っていた。
理由は、これらの国家の中でイランだけがシーアの国家であったことと、反シオニズムでプラントに擦り寄ったはいいが、
コーディネィター国家であるプラントは基本的に神という物を認めず、神の存在を頂く宗教を否定していることだ。
タブリーズ周辺、そしてガルナハンを占領すると、イラン国民はジオン軍を解放軍として受け入れた。
そして、イラン北部地域はA.D.1979年以来のイスラム共和制を放棄し、新たにイラン民国を興すと申し出てきたのである。
ジオンとしても、恒久的にイランを占領するつもりはなかったので、この交渉に乗った。
「分断という事態には、ならなそうですな」
行政区議をしていたハーシェミー・モサデックは、アルテイシアと雑談するように、そう切り出した。
イラン民国が建国されれば、彼が初代暫定大統領になる予定だった。
「テヘランでも、それに南部でも市民の蜂起が始まりました。やがて我々がそれを終息させるでしょう」
「前々から準備していた、ということですね?」
口元で微笑みつつ、アルテイシアは訊ねる。
「ええ、前々から準備していましたよ。2世紀は前から……」
「は?」
しみじみというモサデックの言葉に、アルテイシアは思わず聞き返す。
「まぁ、その話はよしましょう。今から考えなければならないのは、過去ではなく未来のことだ」
「それは同意します。ですが閣下、会談は午後からの予定だったのでは?
急ぐ予定がおあり出したら、別に構いはしませんが……」
アルテイシアは、怪訝そうに訊ねる。
「いえ。ぜひ殿下にお会いしたいという人物がおられまして。今はそちらをご紹介に」
そう言うと、モサデックは視線を、部屋の扉の方に移した。
「入っていただいてくれ」
モサデックの部下が、部屋の扉を開ける。すると、1人の、初老の、しかしがっしりした体つきの男性が、
一礼して入ってきた。モサデックよりも年かさだろうか。
「ご紹介します。マシュハド・ハーメネイー導師です」
「よろしくお願いします、殿下」
マシュハド導師が手を差し出したのを、アルテイシアは握り返した。
「閣下」
握手を交わしてから、アルテイシアはモサデックに向かって訊ねる。
「ジオンがイラン民国政府の樹立・運営の援助をするに当っては、三権の宗教からの独立を条件にさせていただいたはずですが……」
「ええ、それとは別件です」
「別件?」
アルテイシアが首を捻りかけると、マシュハドは切り出した。
「SEEDという存在をご存知ですか?」
「!」
アルテイシアの、そして随員のイザークの顔色が変わる。
SEED。ヤキン・ドゥーエ戦役、メサイア戦役、そして今回のジオン独立戦争に至るまで、それを語るには欠かせないキーワードだ。
「どうやら、最初からご説明する必要はなさそうですね」
マシュハドは口元で微笑んだ。
それから、SEEDの基本的知識に関してやり取りをする。発動中、五感が常人をはるかに超えて研ぎ澄まされること、
空間認識能力が飛躍的に高まること、運動能力も一時的に向上すること。
「ですがこのSEED、場合によっては、人類に対する諸刃の剣ともなりかねません」
「と、言いますと?」
アルテイシアは、軽く驚いたように、マシュハドに聞き返した。
「SEEDは人の成長を奪います。特にその発動が若年になればなるほど、SEED持つ者の精神的成長は止まってしまう。
力に頼るようになってしまうのです」
マシュハドの言葉に、アルテイシアはしばし、逡巡した。
確かに、その傾向はある。キラ・ヤマト、アスラン・ザラ、ラクス・クライン。力を正義とし、
手に入れた強大な力を思うままに振るう彼らの精神は、とても既に成年に達した人間の物とは思えない。
だが、それはたまたま彼らがSEED持ちだっただけではないのか?
「そうではない者もいます」
アルテイシアは言う。シンを想像した。まだまだ子供っぽく、感情的なところもあるが、成長はしている。
特に、自分と出会ってから。良い意味でも、悪い意味でも。
「私もそれは否定しません。ですが、そちらのほうが例外です」
だが、マシュハドはそれをあっさりと否定した。
「このままSEEDを持つものが増え続ければどうなるか。力を持ちながらその活用の仕方を知らず、
かといって他者にそれを求めることもしない人間が、社会を動かすようになったら」
最悪だ。マシュハドの言葉に、アルテイシアは思わず付け加えかけた。
人類は持つものと持たざるものとに二分化され、そして前者が絶対的強者となる。国家の理性は崩壊し、
民主主義は否定され、社会は中世以前の様相を呈するだろう。──否、今、既にそうなりかけている。
「そう、つい先日まで、私はそのことを危惧し続けていました」
「先日まで?」
アルテイシアは、またオウム返しに訊ねてしまった。
「はい」
マシュハドは頷いた。
「彼らは、第1世代のSEEDと言いましょうか、不完全な存在だったのです。であるがゆえに、他者を顧みることが出来なかった」
「はぁ……」
アルテイシアには、まだマシュハドの真意が計り知れなかった。
「ですが、私は見たのです。より完成されたSEEDを持つものを。SEEDの恩恵を他者にまで振りまくことの出来る者を」
マシュハドは大仰に手振りで示し、そう言った。
「イスラームに殉ずる私がこの言葉を言うのはおかしいかもしれません。ですが、彼女が現れたのは、
まさにアラーの御意思としか思えませんでした。そう、聖母、という言葉。これは、彼女のために用意されていたのです」
マシュハドは興奮したように、まくし立てる。
「それは……もしかして……」
より完成されたSEEDを持つ者。アルテイシアには1人だけ心当たりがあった。
「オーブでの戦いで、現れたあの女性パイロットです。名前は確か……」
「クレハ・バレル」
アルテイシアは答えた。
「クレハ・バレル少尉。当時は准尉でした」
ガルナハン陥落────
シンドバッド作戦は第3段階、コーカサス地方の“面”での制圧にかかった。
ここにジオンが突出することにより、ユーラシア連邦はヨーロッパ連邦への干渉にすることが大きく制限される。
ヨーロッパ連邦は独自の勢力圏を確たるものとし、これまで親プラントだったアフリカへの干渉も可能となる。
中東では親プラントの最大勢力だったイランが脱落、対イスラエル・反ジオン勢力は、ヨーロッパ連邦(トルコ)、
イスラエル、アフガニスタンの親ジオン国家によって包囲され、大きく力を減じた。
ジオン独立戦争と総括されるこの大戦において、L1会戦に続く激戦期は、後に『ジオンの壁戦争』と名付けられる。
そして、この成就により、プラントによる地上支配が、ついに根元からぐらつき始めた────