~ジオン公国の光芒~_CSA ◆NXh03Plp3g氏_第25話

Last-modified: 2007-11-30 (金) 19:14:18

『皆様、わたくしはラクス・クラインです』

 商用テレビ帯のほぼ全てと軍用通信の一部が、一斉にその画面に置き換わった。
『つい先日、プラントのコロニー、アーモリー・シティが壊滅いたしました。原因はジオンの毒ガス攻撃によるものです』

「ちっ、何だよ」
 休暇を、入植以来の1Rのアパートで過ごしていたエンスルト・ラインハルト少佐は、画面が切り替わるなり、忌々しそうに呟いた。
 テレビのリモコンを操作したが、チャンネルを変えても変えても同じ映像だった。
「『なつかしの巨乳タレント名鑑』楽しみにしてたのに。しゃーねぇ。ビデオでも見るか」
 言って、テレビラックの高密度ディスクを漁り始める。
 プルルルルルル……プルルルルルル……
 電話が鳴る。携帯ではなく、有線の加入回線の方だった。
「もしもし……はっ、エンスルト・ラインハルトは自分であります!」
 エンスルトが受け答えしている間にも、クラインお得意の電波ジャックに犯されたテレビは、ラクスの主張を一方的に垂れ流していた。
『皆さん、このような非道なジオンを許してはなりません。
 もはや、犠牲を省みずとも、 彼らと雌雄を決しなければならない時が来たのです……』

機動戦士ガンダムSEED
 逆襲のシン ~ジオン公国の光芒~

 PHASE-25

「エンスルト・ラインハルト少佐、ただいま出頭いたしました!」
 トーマス1。大公宮廷、執務室。
 エンスルトが呼び出しに応じて出頭すると、アルテイシア本人に、エザリア、シン、イザークに加え、
レイ、クレハがそこに揃っていた。
 壁の大画面テレビは、相変わらずラクスの演説を流している。
「休暇中、お呼び出しして申し訳ありません」
 アルテイシアは開口一番、そう言った。
「いえ、軍人の休暇などあってないようなものですから!」
 敬礼したまま、エンスルトはそう答える。
「今から48時間前、あなた方がアーモリーでの作戦を終えた頃のことですが、プラント内部の協力者と、
 こちらの連絡員が接触しているところを、プラント軍に発見されました」
「内部の協力者? って、まさか……」
 敬礼を解きつつ、エンスルトはキョトンとして聞き返し、途中で気付いて、表情を険しくした。
「プラント側の協力者、ヘルベルト・フォン・ラインハルト殿は、我が方の連絡員を庇い
 単独でプラント軍モビルスーツと交戦、散華されたそうです」
 口元からも解る沈痛な様子で、アルテイシアは言った。
「ヘルベルトの兄貴が…………」
 険しい表情で、エンスルトは呟く。

「そいつって確か、ラクスの腹心のドム3バ……いや、ドム・トルーパー隊の1人だった人だろ? メサイア戦役で」
 シンは、記憶を辿るように、そのことを口に出す。
「それと、エンスルトと何か関係が?」
 シンは、アルテイシアとエンスルトの顔を交互に見つつ、そう訊ねた。
「ヘルベルトは、自分の再従兄です」
「あ…………」
 自分の感情を押し殺すように言うエンスルトに、シンは気まずそうな表情を仕掛ける。
「待てよ、エンスルトはナチュラルだろう?」
 気が付いて、訊き返した。
「コーディネィターとナチュラルに血縁がないという事はありませんよ、シン」
 その問いに対しては、アルテイシアが答えた。
「兄弟で長子がコーディネィター、それ以外はナチュラルという例もあります」
「自分の兄は、第1世代のコーディネィターですよ」
 アルテイシアの言葉に続けるように、エンスルトが言った。
「あ、そうか……」
 シンは、やっと納得した、というように言った。
 言われてみれば、件のキラ・ヤマトと、カガリ・ユラ・アスハも、キラはコーディネィターでカガリはナチュラルだ。
 もっとも、この姉弟はナチュラルのカガリが姉だと言うことだったが。

「そして、シン・アスカ、それにクレハ・バレル」
 アルテイシアは言い、シンに正面から向き直り、それから、クレハにも視線を向ける。
「その彼の犠牲により、持ち帰られたデータから、判明したことがあります」
 やや俯きがちに、深刻そうにアルテイシアは言う。
「?」
 シンと、クレハは、一瞬キョトンとする。
「キラ・ヤマトは生きています」
「なっ!?」
「!?」
 シンは驚きに思わず声を上げ、クレハはまんまるく目を見開いた。いや、2人だけではない。
その場にいた全員のうち、アルテイシア本人とエザリア以外、全員が驚愕の姿勢を見せた。

「バカな! キラ・ヤマトの死亡は自分達が確認した! そうでしょう母上!?」
 イザークは興奮して、思わず場所もわきまえず、エザリアに母上と問いただしてしまう。
 アルテイシアはリモコンを操作する。
 繰り返し流されるラクスの放送が消え、代わりに、1体のモビルスーツのフレーム画像が現れた。
「こいつは……“新型フリーダム”!」
 それを見て、シンが言う。
「ZGMF-X30F『ケルビックフリーダム』です。大出力のジェネレーターに頼った艦艇並みの大火力を持つ……」
 アルテイシアが説明をする。
「しかし、その最大の特徴は、精神感応操縦システム『エンゲージ』です」
「精神……感応……」
 レイが呟くように反芻した。

「延髄の部分から神経作用を拾うことで、搭乗者の物理的動作を介することなく操縦を行うものです。
 さすがに、複雑なMSの操縦全てを任せられるほどのものではないようですが、
 武装選択やドラグーンの操縦などの手間は省けます」
「それで、あんなに重たい機体なのに反応が素早いのか!!」
 イザークが戦慄したように言った。
「ただ、このシステムは神経に重い負担をかける上、事前に搭乗者の神経伝達パターンの、詳細なデータが必要なのです」
「え?」
 シンとイザークが、揃ってアルテイシアを見た。
「『スキャナ』というシステムを使用し、搭乗時の神経伝達パターンと、精神状態を読み取っておく必要があります」
「まさか……」
 シンは嫌な予感がした。喉がカラカラに渇く。さらにおぞましいものが出てくる気配が、脳裏に蠢いた。

「『スキャナ』の行使は、使用対象者の脳髄から小脳、つまり神経の基幹部分にかけて、致命的な刺激を強います」
 シンと、イザークの表情が、凍りつくように戦慄した。
 2人の脳裏に、“キラの死体”の、凄惨な表情がフラッシュバックする。
「つまり、『エンゲージ』を使用するためには、遺伝子レベルのみならず、高度に近似した存在による
 『スキャナ』でのデータ収集が欠かせないわけです」
「つまり、スーパーコーディネィターにしか扱えない、というわけですね? 殿下」
 レイが、アルテイシアに続けるように言った。
 その隣で、クレハが一瞬、ビクッとする。
「その通りです。遺伝子の不確定要素を極力排除した存在にしか、扱えない」
 アルテイシアは頷き、肯定の答えを出した。
「そして、“本来の”搭乗者と、ほぼ同じ神経伝達パターンを持つ“サンプル”が必要になる……
 これも、スーパーコーディネィターでなければ出来ない……」
「事実上、キラ・ヤマト専用機、か」
 レイが呟くように言う。
「なんて事だ!」
 イザークが、不機嫌そうに声を上げた。
「プラントの遺伝子技術を、このような形で使うとは……!」
「イザークやエザリア閣下には申し訳ないが、彼ら遺伝子工学の技術者に元々そんなモラルは期待できない。
 彼らがそれほどの人徳者であれば、俺はここに存在していない」
 レイが、険しい表情で言う。
「そうか……そうだったな」
 抑え込むように言い、ギリ、とイザークは歯を鳴らした。床を蹴飛ばしかける。

「それじゃあ、あの俺がぶった斬った“新型フリーダム”は、サンプル収集の為の、先行機ってこと……!?」
 シンが、戦慄した表情で言う。
 アルテイシアは、肯定で返した。
「次に出てくるのが、正真正銘の『ケルビックフリーダム』という事です」
 沈黙。
 ゴクリ、と喉を鳴らす音が聞こえる。

「あ、あの……」
 おずおず……と、クレハが手を上げた。
 全員が、一気にクレハに注視する。
「その『エンゲージ』を、ミーアに搭載する方法はないんでしょうか?」
「クレハ!?」
 シンが、驚いたように声を出す。
「同じスーパーコーディネィターですし、私でしたらキラと同じ条件で、孫クローンが作成可能ですし……」
 困ったような苦笑をしつつ、クレハは提案の言葉を続ける。
「駄目だ!」
「奴らと同じに堕ちてどうする!?」
 シンとイザークが、荒い言葉で否定する。
「で、でも、それ以外に、方法が……」
「まて、クレハ」
 怪気炎を上げる2人を手で制しつつ、ため息混じりに、レイが言った。
「そもそも、今からミーアを『エンゲージ』機に改修したとして、機体自体の調整、
 孫クローンの作成と記憶操作、『スキャナ』の使用、どれだけ時間がかかる?」
「あ…………」
 クレハは、反射的に口に手を当てる。
「その前に奴は、“キラ・ヤマト”は出てきてしまう」
「そ、そうですね」
 クレハは気まずそうに、赤面して軽く俯いた。

「…………例えどんな化け物になろうと」
 低い声で、シンが静かに言う。一同が、シンの方を向いた。
「キラは、必ず俺が倒す。倒してみせる」
「ふむ」
 それを聞いて、イザークは不敵な笑みを浮かべる。
「それなら、もし貴様が失敗したら、俺がそれを参考にして奴と戦おう」
「イザーク……」
 シンは、イザークの表情を見つめる。イザークは不敵な笑みのまま、自らの顎を触れた。
「俺も奴には貸しがいくらもある。貴様ほどではないがな」
 イザークはそう、言い切った。

「……しかし、そうなると」
 話題を変えるように、レイが切り出した。
「マナオスのラボから、スーパーコーディネィターの資料を持ち去ったのは、彼らだったのですね?」
 レイは、アルテイシアに訊ねるように言う。
「そうです。ラクス・クラインの命により、スーパーコーディネィターに関する技術の引き上げ(サルベージ)を図ったのです」
 アルテイシアは頷き、そう答えた。
「でも、それなら、どうしてクレハを連れて行かなかったんだ?」
 シンが、首を捻るようにして言う。
「最大の理由は、クレハが性位相クローンということにあるのだろう」

 コーディネィト技術のもっとも初歩的なものが、性位相転換である。
 性染色体のみを男性のXYから女性のXXへ、あるいはその逆へと入れ替える。
 受精卵の段階であれば比較的簡単だし、リスクも少ない。
「ただ単にキラ・ヤマトに似た女性だと割り切って連れ去らなかったか、あるいは知っていても、
 ラクス・クラインの目的に合致しないから放って置いた、か」
 レイはそう、手振りを交えて説明した。
「知っていて連れて行かなかった、て。あり得るのかよ」
「シン・アスカ、人間1人養って育てるのに、どれだけの費用がかかるかご存知ですか?」
 シンの呆れたような言葉に、エザリアが応えるように訊き返した。
「え?」
 シンは、間抜けた表情で聞き返す。
「彼らの目的はあくまで“キラ・ヤマト”に関する研究で、そのために予算を割り当てられていたのでしょう。
 ラボは親プラントの影響圏に置かれていた訳ですし、余分に追加予算などせびる位なら、
 放置しておいても問題はないと計算したのかもしれない」
「で、予想に反して、レイが見つけて、ここに連れて来てしまったと」
 イザークが、エザリアに続けるように言った。
「そもそも、レイ自身MIAで、俺達だってその居所は知らなかったんだからな。予測しなかったとしても無理はない」
「そういうことだ、第一、キラとほぼ同一の遺伝子を持つ女性だぞ。そんなものをつれて帰ったら……」
 レイが言いかけ、そして、

「「「危なくてアスラン・ザラをプラントに入れられない」」」

 レイの言葉に、シンとイザークがハモった。
 エザリアが呆れたように目を細める。クレハはどこかおろおろしたようにしている。
 アルテイシアは無言でリモコンを操作した。再び、テレビの画面がラクスの独演に変わる。
『皆さん、このような非道なジオンを許してはなりません。もはや、犠牲を省みずとも、
 彼らと雌雄を決しなければならない時が来たのです……』

 ラクスは、真剣かつ、訴えかけるような表情で、テレビ越しに呼びかけてくる。24歳。
 かつての儚さを伴った可憐さは幾分趣を変えたが、事情を知らぬ一般人から見れば、充分以上に魅力的で、
その言葉には訴えかけるものがあるだろう。
「裸の王様、だな」
「本当に俺達が毒ガスを使ったと思ってやがるのか!」
 シンが呟くように言い、イザークは忌々しそうに吐き捨てる。
「素敵に末期的な独裁国家ですね」
 アルテイシアまでもが、皮肉交じりに言う。
「ヒトラーの尻尾、か」
 レイが呟く。
「いいえ? レイ・ザ・バレル。それは違いますよ」
 レイの呟きを、アルテイシアは否定するように言った。
「え?」
「アドルフ・ヒトラーは、確かに典型的な独裁者のように言われますが、彼は元々、選挙で選ばれた、
 正当なドイツ指導者だったんですよ?」
「…………」
 アルテイシアの言葉に、全員が揃って、テレビの中のラクス・クラインを見る。

「同時期の独裁者には、もっと凄いのがいますよ。前任者レーニンのおぼえがめでたくなかった為に、
 レーニンが病に倒れると、政敵を合法・非合法問わず排除し、強引に最高指導者になりあがった。
 それでも飽き足らず、自分の政権の障害になりそうなものは、片っ端から粛清した。
 政治的野心の放棄を宣言して外国に亡命した人間まで、暗殺者を放って殺害したほどです」
「…………まるで誰かさんだな」
 イザークは、苦い顔でテレビを見る。
「何で、あんなのに加担してしまったんだ、俺は」
 イザークの表情に、かつてのラクスを想う色はない。忌々しげに、苦い顔をしている。
「時には流れというものがありますから。その彼も、在任中は、祖国を戦勝に導いた英雄といわれていましたから。もっとも……」
 アルテイシアは、忌むべき悪魔の名を口にするように言う。
「ヨシフ・スターリン。彼に殺害された人間は、戦死者よりはるかに多い。
 オーブと日本をまるまる飲み込んで、お釣りがきます」
「……………………」

 方法に問題があったとは言え、プラント独立の礎を作ったといえるパトリック・ザラを一方的に犯罪者と断じ、
自らを暗殺しようとしたというギルバート・デュランダルを状況証拠もろくにないまま糾弾し、
挙句に主観的に政策が気に入らないという理由で殺害し、その後に成り代わった。

 何百、何千の兵士の命を巻き添えに。
 
 それと何処が違う?

「ここまで来ると、考えていたような“勝ち逃げ”というわけには行きませんね」
「俺はやる。自分で蒔いた種だ。あの蝙蝠ハゲのように、これ以上放置などという真似は俺には出来ん」
 アルテイシアの言葉に、イザークが言う。
「仕方ありませんね」
 エザリアは、事務的な口調で言った。
「俺には、ここで引き返すという選択肢は用意されていない」
 レイも、口調では淡々と言う。
「私は……彼を止めます。それが私が、ここにいる理由です」
 クレハは、決意したように頷く仕種をしながら言った。
「俺もやりますよ。このままじゃ、死んでもあの世で目覚めが悪いったりゃありゃしない」
 エンスルトは素の持ち味か、冗談めかして言った。
 そしてアルテイシアは、シンの方を向く。

「俺は戦う。キラ・ヤマトを倒す」
 ラクス・クラインの最強の剣を折る。ジオン・アルテイシア・ダイクンの最強の剣が折る。
 シンはそう言った。
 アルテイシアは不敵に笑い、そして表情を引き締めた。
「ジオン公国軍全軍に通達。5日以内に、護衛艦以上の全艦艇を稼働臨戦状態に」
「ハッ」
 軍人5人は、一斉に敬礼した。

「あちらが望むのなら、受けて立ちましょう。決戦を」

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