「……」
「……」
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「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
さて、これは別に手抜きをしているわけではない。
第三の犠牲者トロワ・バートンと、張五飛が向かい合ってソファに座っているのだが、どちらもまったく言葉を発さないのだ。
どちらも寡黙なイメージがあるが、実際にWを見た人ならわかるように、案外この二人、喋る時は喋り過ぎるくらいに喋る奴らである。
そんな二人がずっと黙ったままなのは、もちろん理由があるわけだが、ぶっちゃけトロワがマジ怒りしているからです。
「おい、五飛」
「なんだ」
こういう時突破口を開くのはいつもデュオと決まっている。
実に損な役回りだが、下手に社交性に富んでいるとババを引きやすいという生きた見本と言えるだろう。
「トロワ、めっちゃ怒ってるじゃねーか」
「みたいだな」
「みたいだな、じゃねー。お前、今度はどんな手を使ったんだ」
「たいしたことじゃあない」
「たいしたことじゃなければあんなに怒るかよ」
ヒソヒソと声を小さくして五飛に問い質すデュオ。
自分の時もとんでもない手段を使われただけに、トロワを巻きこんだ方法がどうしても気になってしまう。
「営業停止だ」
「は?」
「出頭しなければサーカス団の営業許可を取り消す。そう連絡してやった」
「……お前、アホか」
「失礼なことを言うな。怒るぞ」
「失礼なのはお前のやり方だろーがっ!」
サーカス団は言わばトロワの「帰る場所」であり、彼にとって大事なもの。
曲芸の相方を務めるキャスリン・ブルームやサーカス団を率いる団長などは、彼の大切な家族なのだ。
その職場を奪おうというのだから、五飛の一本釣りも相当エゲツナイところまできている。
そもそも、トロワは過去の経歴や工作員としての完璧なまでの技量から冷徹な人間と思われがちだが、実際は五人のガンダムパイロットの中でもっとも温厚でつきあいの良い人物である。
その彼がここまで怒りをあらわにしているのだから、その心中たるや溶岩グツグツに違いない。
「……五飛」
いい加減黙っているのに飽きたのか、それともデュオと五飛のコソコソ話に触発されたのか。
ここでとうとうトロワが口を開いた。
彼がこのプリベンター本部にやってきてから、実に五時間たっての初めてのセリフである。
「覚えておくぞ」
言葉は短いが、それだけに怒りの深さが感じられる。
そして、そんなトロワに対して五飛の返した答といえば。
「忘れろ。俺は忘れた」
「……五飛、お前それで全部片付くと思ってないだろうな」
ツッコンだのはデュオではなくヒイロだった。
五飛のあまりな態度に、さすがにあきれたらしい。
なお、サリィ・ポォはさっきから全く五飛たちの会話の輪に入っていこうとしない。
ヒルデと一緒にミ○タードー○ツのフレンチショコラで優雅にティータイムに突入している。
好き好んで地雷の荒野に飛び込む奴はいないので、無責任だが賢明な行為といえるだろう。
* * *
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
はい、ここで皆さんおまちかねのパトリック・コーラサワー君の登場です。
ワンパターンと言うなかれ。
「どやっさああああああっ!」
ヒイロの時はドア、デュオの時は窓を蹴破って部屋に突撃してきた彼だが、今度はまた別のところ、なんと壁をぶち破って入るという大技でやってきた。
ちなみにここの壁は建物の性質上鉄球がぶつかってもそう簡単に壊れない構造になっているのだが、さすがにスペシャルで二千回な人間は違う。
というか人間かどうかすら怪しくなってきている気もするが、まあそれはそれとして。
「おらあサリィに五飛! まぁた新人って、プリベンターはバイトでもってる三流店舗かバーロー!」
おそらく額から壁にぶつかったのであろう、見事なまでに大きなタンコブができているが、当然というかまったくコーラサワーは気にした様子はない。
「ああん? 今度はてめぇかこの前髪野郎! 物理上ありえねえ髪型してんじゃねえdrftgyふじこlp」
トロワに詰め寄って怒鳴ろうとしたコーラサワーだったが、それはかなわなかった。
一瞬早くトロワが背後に回り込み、首筋に強烈な手刀を叩きこんだからだ。
哀れ、白目を向いてその場に昏倒するコーラサワー28歳独身。
ご自慢の「スペシャルで! 模擬戦で! 二千回で! 超エース!」を出すことなく気絶である。
「……五飛」
「なんだ」
「誰だ、このタンコブ男は」
「プリベンターのメンバーで、ムッシュグリゴリ・五所川原・ド・為五郎だ」
本人の意識が無いのをいいことに、五飛大ウソこきまくり。
意地悪もここまでくれば、いっそあっぱれというほかない。
「変わった名前だな」
「それが自慢らしい」
もう、サリィもヒルデもデュオもヒイロもつっこまなかった。
つっこむ気すらおこらなかった。