プリベンターとは世界政府直属の情報組織である。
「火消しのプリベンター」という異称からもわかるように、その仕事は、紛争の火種を事前に消すことと、起こってしまった争いを最小限の影響に食い止めて終わらせることにある。
プリベンターのトップであるレディ・アンの執務室には、《死して屍拾う者なし》の額がかかっているが、まあ隠密同心的な組織だと思ってもらって問題ないであろう。
同組織に所属している者は組織の役割に比して少なく、実動部隊で七名しかいない。
下っ端の諜報員(旧トレーズ派の人たち)を含めればもっと数がいくだろうが、今のところは少数精鋭主義で仕事に臨んでいる。
メンバーはまずリーダーのプリベンター・ゴールドことレディ・アン。
現場の指揮官たるプリベンター・ウォーターのサリィ・ポォ。
張五飛、ヒイロ・ユイ、デュオ・マックスウェル、トロワ・バートン、ヒルデ・シュバイカーの七名……、
おっと失礼、あと、元AEUのMSパイロット、ムッシュグリゴリ・五所川原・ド・為五郎……っと、ではなく、スペシャルで模擬戦二千回無敗超エース(自称)のパトリック・コーラサワーを含めての八名が現主要構成員となっている。
いずれも激戦を潜り抜けてきた猛者中の猛者連で、まず現時点ではこれ以上の人材は望めないであろう。
若干一名、微妙な人材が混ざっているが、まあそれはそれとして右から左に流しておくのが吉ということにしておく。
「皆さん、おひさしぶりです」
「ようカトル! 何か月ぶりだ?」
「サンドロックたちと別れてからだいたい三か月、というところかな」
そして今日、八人目の新規メンバーがプリベンターにやってきた。
最後のガンダムパイロット、カトル・ラバーバ・ウィナーである。
「ヒイロもトロワも、元気そうで」
「カトルも無事息災のようで何よりだ」
「おかげさまで」
カトルはデュオ、ヒイロ、トロワに順番に握手を交わす。
死線をともに飛び越えてきた彼らの紐帯は強く、固い。
「ところでカトル」
「何か?」
「お前はどういう手段でここに呼びだされたんだ?」
デュオはカトルの肩をぽんぽんと叩きながら問い質す。
なんせヒイロをはじめ、デュオもトロワも五飛の外道チックな嘘に釣られてプリベンターに加入したわけで。
「どういうこと?」
「五飛の奴のことだよ、アイツのせいで俺たちここにいるんだから?」
「五飛のせい?」
「ああ、俺はMS解体依頼、ヒイロはリリーナのピンチ、トロワはサーカス団の営業取り消し。そんな嘘をつかれたんだよ」
こうしてまた顔を合わせられたことは嬉しいが、五飛の罠にかかってしまったことは口惜しい。
そんな思いがにじみ出るようなデュオの口調だが、肝心のカトルはきょとんとするばかり。
「いえ、僕は……ただ単に来いと言われただけで」
「へ?」
「何でも、同窓会でもしよう、とかで」
「ど、同窓会?」
「ええ、五飛もずいぶん丸くなったな、とは思ったけれど」
カトルの言葉に、デュオは目を丸くした。
ヒイロもトロワも同じくである。
「あんのトンチキ……カトルに対する態度と俺たちに対する態度、えらく差があるじゃねーか」
「それはそうだ」
「わっ! 五飛お前、いつ部屋に入ってきたんだ」
「たった今だ。それよりトンチキとはどういう意味だ。聞き捨てならん」
「聞き捨てならんのは俺たちの方だっつの。なんだよ、俺たちの時は卑劣な手段使ったくせに、なんでカトルだけ普通に呼んでるんだ?」
「簡単だ、カトルはひねくれた性格してないからだ」
傲然と胸を張って答える五飛。
自分は悪くない、と全身で語っているかのごとくである。
盗人猛々しいとはこのことだが、まぁどこぞのボクシング親子よりはよっぽどマシな姿勢なのかもしれない。
「何だよ、つーことは俺たちはひねくれてるってのか? お前に言われたくねーぞ!」
「ふん、普通に呼んでもお前たちは来ないだろう」
「あたりめーだ! 前も言ったろうが、俺たちは俺たちでやりたいことがあんだよ!」
「ダメだな。力ある者はそれに見合った仕事をして世間に貢献しなければならない。ガンダムで戦争に介入した俺たちにはその義務がある」
「うさんくせー政治家みたいな口のききかたしてんじゃないっての! 俺は絶対忘れないからな、今度の件は!」
「しつこい奴だ。俺は忘れた、だからお前たちも忘れろ」
「居直るな!」
五飛とデュオのかけあい漫才は続く。
ここ最近、顔を合わせればこんな感じでやりあっているが、いくら詰っても五飛は平然としているので、勝負にすらなっていない。
ちなみに、ヒイロとトロワはもう五飛を責めるのはやめた。
いくら言っても無駄だと悟ったというか、いくらやっても柳に風で体力の浪費だ、と見切ったのだ。
恐るべし、張五飛。
「……ははは、デュオも五飛も相変わらずですね」
二人のやりとりを見て、カトルは笑った。
いや、笑うしかなかった。
何となく裏の事情が見えてきたので。
* * *
「む、待てデュオ」
「何だよ」
「もうすぐ奴が来る」
「奴?」
「奴だ」
デュオの語尾に、ドドドドドというもの凄い音が重なる。
「お、おい、揺れてないか?」
「揺れてるな」
「五飛、デュオ? 奴って誰です? 何のことだい?」
「すぐにわかる」
ドドドド、という音は次第に近くなってくる。
そしてドガン、というさらに大きな音が炸裂、部屋がぐらりと揺れて――
「……静かになったぞ」
「ふん、さすがに無理だったか」
「無理?」
「いや、そこの壁なんだがな」
ヒイロの時はドア、デュオの時は窓、トロワの時は壁と、「奴」はそれらを破壊して部屋へと入ってきた。
「たぶんまた壁を破って入ってくると思ったから、ちょっと細工をしておいた」
「さ、細工?」
「壁をガンダニュウム合金で補強した」
ご存じ、ガンダニュウム合金とはガンダムタイプに使用された新素材である。
生半可な武器なら簡単にはじき返してしまう、この世界の現時点で最高の合金だと言えるだろう。
「ガ、ガン……」
「生身では破れなかったようだな」
「破ることが出来たら人間じゃないだろ……」
あきれかえるデュオ。
まあ無理もない。
誰が人ひとりを対象、しかも破壊されないためにガンダニュウム合金を使って壁を強化するというのか。
「あのう……五飛?」
「なんだカトル」
「だから、奴って誰?」
「ああ、そうだな……なら今から見に行くか? ドアの向こうで転がっているだろうしな」
「転がってるだけならいいけどな」
デュオのツッコミを無視して、五飛はドアに向かって歩き出した。
それにカトルもついていく。
あと数歩でドアノブに手が届くという、というまさにその瞬間。
「う、う……ゴラァ……五、飛……また新人てどういう、げふっ、こと、だぁがあぁ……」
ドアがギギギッと開き、ずりずりと血まみれの人間が這いながら部屋の中へと。
「ひいいいい!」
カトルは震えた。
臆病という言葉とは縁遠い彼だが、さすがに怖かった。
目の前のえげつない光景に、「くるーきっとくるー」という歌が自然に頭の中で沸きおこる。
「て、てめぇか、この……げふっ」
パトリック・コーラサワー28歳独身、トロワの時に引き続き、お得意の「スペシャルで! 模擬戦で! 二千回で! 超エース!」を口にすることなく失神。
「おお、生きてたな」
「生きてた、じゃねーだろ。あれだけ大きな音がしたんだぞ、何で動けんだよ」
「……あれは、死ぬ程痛いぞ」
「ははは」
淡々と事実を口にする五飛、あきれ返るデュオ、笑えない冗談を飛ばすヒイロ、乾いた声で笑うトロワ。
四者四様だが、心の奥底では少しだけコーラサワーの耐久力に感心していたりもする。
ガンダニュウム合金の壁に真正面から激突して、血まみれと気絶だけで済むとは、何というスペシャルぶりか。
「え、えーと、あの」
「ん?」
「そ、それで五飛……こ、この人は?」
「ああ、コイツはな」
五飛はニヤリと笑った。
「プリベンターのメンバーで、パトリック・コーラサワーだ」
物凄く意地悪な表情で。
【あとがき】
ついに揃ったガンダムパイロット。
新生プリベンターの活躍が今、始まる。
ではパトリック・コーラサワーがアニメ本編に再登場するまでサヨウナラ。