00-W_土曜日氏_119

Last-modified: 2009-10-06 (火) 22:16:59
 

 都会に住んでいると、微妙に田舎というものに対しての憧れが沸く。
 街の喧騒とは無縁の、自然と共にある世界。
 木々を揺らす風の音を聞き、空に溢れる太陽と星と月の光に目を細め、
 川のせせらぎに素足を委ね、土の香りに心を癒す。

 

 ビバ、ネイチャー!
 守れ熱帯雨林、守れ綺麗な海!
 人間よ、今こそ自然に回帰せよ!

 

 ……えー、まぁ何というか、隣の芝生は青いみたいなもんで、勝手に幻想を作って有り難がっているだけだっちゅー話ではある。
 確かに都会と田舎の差というものは、現在でも厳然としてある。
 どちらにも良いところと悪いところ(つまりは住み易さ、暮らし易さ、過ごし易さのハナシ)があり、一方的に『桃源郷』として崇めたてまつるものでは決してない。
 それこそ、全人類が地球から離れて、コロニーで暮らすようにでもなれば違ってくるかもしれないが。

 

 かつてエライ人も言っていた、「オラこんな村嫌だ」と。
 で、何の話って、パトリック・コーラサワーのことである。
 彼は長年の恋を実らせ、元上司のカティ・マネキンと結婚した。
 そして、新婚旅行に出て、はや二ヶ月。
 カティと共に、世界中の自然豊かな地を中心に色々と巡っているとのことで、カティはともかく、コーラサワーに自然の良さの何たるかがわかるのだろうか、と真剣に悩んでしまうわけだが、ある意味彼も野生児っちゃ野生児なわけで、結構癒されちゃったりしているのかもしれない。
 しかし二ヶ月も休み、そんだけ職場から離れるのを許すなんてプリベンターって何て寛容的なんでしょう……とは思ってはイケナイ。
 ぶっちゃけ、通常業務においては、パトリック・コーラサワーの存在なんぞたいして役には立っていない。
 非常事態においてはかなりの活躍を残しているが、要人の護衛であったり、危険物の処理であったり、そんな地味(本当は地味でもないんだが)な仕事においては、ほとんどプラスになっていはいないのだ。
 本部に留守番で残される率の異様な高さこそが、それが事実であることを如実に物語っていると言える。
 普段は使わないがいざという時には、と考えると、何だかカバー付きの赤ボタンみたいな人間である、コーラサワー。
 ……ここで一瞬で『カバー付き赤ボタン』が想像出来た人は、結構アニメに毒されています。
 何かあれ、分類上では『男のロマン』の範疇らしいです。
 本当かどうかは知りませんが。

 
 

「よーう、スペシャル様が帰ってきたぞー!」

 
 

 そして今日、とうとうと言うか何と言うか、帰ってきちゃったのである。

 
 

「寂しかっただろ? このコーラサワー様がいなくて」

 
 

 新婚旅行から、プリベンターに。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「……ああ、おかえり」
「んー? 何だあ? みつあみおさげ、その冷めた態度」
「返事をしてやっただけでもありがたく思えよ」
「おいおい、このスペシャル様が帰ってきたんだ、紅白の幕に紙吹雪、ついでにくす玉のお出迎えがあってもいいだろ」
「何でそんなムダなことせにゃならん」
「ムダとは何だムダとは、それくらいしてシカルベキだろ!」
「俺は今、むしょうにお前を叱るべきかと考えてるよ」

 

 ああ、実に久しぶりである、コーラサワーとデュオ・マックスウェルの会話も。
 実年齢にして二十歳近く違っているのに、それを全く感じさせないこの漫才然としたやりとりは、プリベンターの名物の一つと断言してしまってもいいかもしれない。
 まぁ、何度でも何度でも(中略)何度でも言うが、デュオはそんなんで褒められても全く嬉しくないわけだが。

 

「まあ、いいや」
「いいのかよ」
「結婚した身としては、くだらねえことで喧嘩はしないもんだ。何せスペシャルだからな!」
「結婚とスペシャルとは全然関係ないな」

 

 デュオのツッコミを受け流す(と、言うか聞いてない)と、コーラサワーは大きな風呂敷包みをドサリと机の上に置いた。
 机には湯呑みの何も置かれていなかったので被害はなかったが、これがお茶の時間であったなら、きっとヒルデ・シュバイカーがキレてフライパンの一つや二つもコーラサワーに投げつけていたであろう。

 

「新婚旅行のお土産があるんだよ、一人ひとりに」
「ほー、お前としちゃなかなかの心がけだな」
「当たり前だろ、何てったってスペシャルだぞ」

 

 だから何がスペシャルだ、とデュオは喉まで出かかったツッコミを飲み込んだ。
 せっかくくれるというのだから、そこはありがたく貰っておけば良い。
 文句や苦情は、受け取った後に言えばいいのだ。
 どうやらデュオ以外の面子も同じ考えのようで、特に抵抗もなく、コーラサワーからお土産を受け取る雰囲気になっている。
 もっとも、その目は全く輝いてはいなかったが。
 いや、若干一名、オタクの彗星ことツインロール・ミレイナ・ヴァスティがワクワクした表情になっている。
 これはおそらく、生来の純真さ(?)と、コーラサワーとの付き合いが他のメンバーより短いことが理由であろう。
 まだ14歳、お土産というものにまだまだ期待を抱く年齢では、あるっちゃある。

 
 

「よし、ちんちくりんにはこれだ」
「何だこれは」
「ジャージだ」
「ジャージ?」
「ああ、だってお前、いつでもそんな涼しそうな格好しているからな」

 

 ヒイロ・ユイにコーラサワーが手渡したのは、ジャージだった。
 色は青で、模様の一つも入っておらず、良く言えば実用性に富み、悪く言えばダッサダサのイモジャーである。
 多分これを着たからって、S.A.S.と追いかけっこしても負けないくらいにもの凄い速さで走れたりはしないであろう。

 
 

「で、坊っちゃんにはこれ」
「……何です?」
「カモンキャットってんだ。金運上昇のお守りらしいぞ」
「ああ、招き猫ですか」
「坊っちゃん家の商売が上手くいくように、ってな」

 

 カトル・ラバーバ・ウィナーにコーラサワーが手渡したのは、招き猫の置き物だった。
 三毛猫の柄で、腹に抱えた小判には『千万両』の文字が書かれている。
 ウィナー家は十分お金持ちで、経営も安定しており、今更招き猫に頼らなければならないことは全くないのだが。

 
 

「前髪にはこれだ」
「……?」
「プロレスラーのマスクだ」
「マスク?」
「ああ、これを着けてサーカスに出たらきっとウケるぞ」

 

 トロワ・バートンにコーラサワーが手渡したのは、プロレスラーの覆面だった。
 額の部分に『M』の文字が縫いこまれており、誰がどう見たってミル・マスカ○スの覆面そのものである。
 トロワがサーカス時代にピエロのマスクを着けていたことからこれを選んだのだろうが、ぶっちゃけ大きく場外にファウルと言わざるを得ない。

 
 

「みつあみおさげにはこれ」
「何、この紐」
「ドラゴンの髭だ」
「……竜の髭?」
「それでおさげを縛れば、ハゲにならないらしいぞ」

 

 デュオ・マックスウェルのコーラサワーが手渡したのは、一本のだった。
 どこからどう見ても、竜の髭には全く思えない、チンケなものである。
 デュオは別に水を被ると女になるわけでもないのだが、どこでどう考えたらこんなお土産にしようと思いつくのか、この男は。

 
 

「五飛には、こいつ」
「……プラモデル?」
「ああ、何だかマニア垂涎の逸品らしいぞ」
「ガン……ガ○?」
「300年も昔のもので、当時でもなかなか手に入らなかったとかナントカ」

 

 張五飛にコーラサワーが手渡したのは、『モビル○ォース ガ○ガル』と名前のついたプラモデルだった。
 箱絵がまたシュール極まりなく、ご立派に背中にウイングを背負っているが、とても強そうには見えなかったり。
 確かに五飛はグラハムに感化されて以来、プラモデルに興味を持ってはいるが、別にここまで深いマニアではない。

 
 

「オデコ姉ちゃんズには、まとめてドーンとプレゼント!」
「……何よ、これ」
「私、いらない」
「わー、でもある意味、ネタグッズとしてはありがたいですぅ」

 

 サリィ・ポォには『精神根性注入』と書かれた肩叩き棒
 ヒルデには『お江戸』と書かれたペナントとミニ提灯
 ミレイナには東京タワーと大阪城の置き物
 コーラサワーが彼女らに手渡したのは、ベッタベタ、お土産の定番中の定番のシロモノばかりだった。
 何かもう、考えるのすら箒、もとい放棄しているように思えてならない。

 
 

「ナルハム野郎にはこいつだ」
「む、私にもあるのか」
「ほらよ、これだ」
「何と、ぬいぐるみとは……しかし、赤備えの兜とな!」
「サムライかぶれのお前にはピッタリだろ」

 

 グラハム・エーカー(今日はブシドーモードではありません)にコーラサワーが手渡したのは、赤い兜を被った猫のぬいぐるみ。
 どっからどう見ても彦根城のアレである。
 それ以外のナニモノでもない。

 

「ふむ、猫のぬいぐるみにすら兜とは、やはりモノノフの文化は未だに息づいているという証拠であるな!」
「喜んでくれて何よりってもんだ」
「うむっ、気に入ったぞ。グラハム・エーカー、素直に礼を言う!」

 

 もう武士と関係しているなら何でもいいのかよ、とツッコミを入れたくなるが、まぁ当人が喜んでいるからヨシとしておくのが吉なのであろう。
 山奥の滝に打たれて修行してきた割には、何か成長の欠片もない気もせんでもないが、おそらくは精神よりも技方面に磨きがかかったんでしょう、このお方は。
 多分、次の戦闘辺りに新技が出るよ、回転剣舞六連とかそんなの。

 
 

「えーと、それでアラスカ野にはだな」
「え、俺にもくれるのか?」
「ああ、そのつもりだったんだけどよ」
「ん?」
「悪い、買って帰るの忘れた」
「ええええー!?」
「でもそれじゃ悪いと思ってな、ほい」
「……何、これ」
「ここに来る前に角のコンビニに寄ったんだけどな、そこで買ったオニギリだ。お前、鮭が好きだったろ」

 

 アラスカ野ことジョシュア・エドワーズにコーラサワーが手渡したのは、コンビニのオニギリ
 もうお土産でも何でもない、ひたすらに哀れなり、ジョシュア。

 
 

「あと、レディ・アンにも買ってきたぜ。目尻のシワを取る化粧水
「お前、ぶっ殺されるぞ」
「何か出張中でいないそーじゃねーか、彼女。仕方ないからオデコ娘三号、お前に預けるから渡しといてくれ」
「絶対イヤですぅ、そんな、キレたヒーローに真正面から突っ込むザコボスみたいなことしたくないですぅ」
「まーそう言うなよ。あ、そーだオデコ娘二号、お茶の準備してくれ」
「何でよ」
「一応、食いモンもお土産で買ってきたんだよ。ほい、クサヤにイカの塩辛、海苔佃煮、奈良漬け、千枚漬け、水茄子の浅漬け
「お菓子じゃねーのかよ!」
「ご飯の友、って感じですね」
「ヒイロ、トロワ、取りあえず一発殴っておくか?」
「五飛、お前は右からいけ。俺は左からいく」
「なら俺は腹にしておこう」
「じゃあ私はせっかくだから、この精神根性注入棒で後頭部にしておこうかしら」
「ふむ、この緩やかな表情の中に潜むサムライとしての輝き……良きぬいぐるみだ、部屋の神棚に飾らせてもらおう!」
「……ああ、鮭うめぇ、うめぇよ……シクシク」

 

 パトリック・コーラサワーが帰ってきて、一気に賑やかになるプリベンター。
 この男が、良くも悪しくも、ムードメーカーであるのは間違いない。

 

「お土産はモノだけじゃねーんだ、あのな、南の島でちょっとした盗掘騒ぎがあってだな」
「聞きたくねーよ、お前の土産話なんて誰も」

 

 何はともあれ、彼は戻ってきた。
 結婚しても全く変わらない、以前と同じままで。

 

「まあ聞けよ、ちょっと忘れものしちゃってよ、港に行くのが遅れたんだが、その間に……」
「ヒルデ、キッチンの棚に煎餅が残ってたはずだ、それを出してくれ」
「お茶は玄米茶でいい? デュオ」
「おい、聞けよ!」
「聞かねえよ!」

 
 

 そして、第三部の本当の幕が、今、上がる。
 実に、騒々しく。

 
 

 ……なお、コーラサワーが買ってきたお土産だが、ギリギリまでお土産そのもののことを忘れており、最後に立ち寄った経済特区東京の空港で一気に買い集めたものである。
 カティ・マネキンからレディ・アン経由でプリベンターにその情報がもたらされた時、一悶着起こるのだが、それはまた、別の話。

 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅がまた始まる―――

 

 

【あとがき】
 コンバンハ。
 本当の幕が、とか大見得切った割にはなんも考えていませんサヨウナラ。

 
 

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