00-W_土曜日氏_118

Last-modified: 2009-09-28 (月) 18:45:47
 

 女数人寄ると喧しい。
 ……とは、よく言われることである。
 実際その通りで、ちょっと街に繰り出してみても、喫茶店でも本屋でも、若かろうとそうでなかろうと、女性が集まっていれば、とにかく何かおしゃべりをしている。
 まぁ男性だって数人集まれば騒がしいわけだし、別に女性に限ったことではないのだが。
 それに、十人くらい集まってずっと無言の女性の集団なんぞ、気色悪くて仕方無いであろう。

 

「いいお天気ですわね」
「このような日は、お茶が実においしいこと」

 

 さて、ここにも女性、しかも若い女性が数人集まっている。
 揃って『お嬢様』と呼ばれて差し支えない御身分であり、社会に与える影響力も、決して小さくない方々である。

 

「風が強いのが少し残念ですけれど」
「それにしても、この杏のパイはとても美味ですね」

 

 で、お嬢様方ってどいつらのことやねん。
 そう思われた読者諸兄は、おそらく皆無であろうと推測する。
 だって、この物語でお嬢様って言ったら、もう限られてますもん。

 

「それは、新しく出来たお店で買い求めたものよ、マリーメイア」

 

 統一政府の外務次官を勤める、リリーナ・ピースクラフト(ドーリアン)。

 

「新しいお店が出来たなんて初耳ですわ、どうして私を誘ってくれなかったのです?」

 

 故トレーズ・クシュリナーダの娘で、現在はレディ・アンの元で養育を受けているマリーメイア・クシュリナーダ。

 

「いけませんわリリーナ様、貴女は政府にとって大切な存在。軽々しく外出などをされては……ね」

 

 プリベンターの隠れスポンサーの一人、生き方と眉毛が逞しいドロシー・カタロニア。

 

「何なら私に声をかけてくれればよろしかったのに。私の護衛は無双ですから」

 

 世界的名家である王家の現当主にて、名うての投資家でもある王留美。
 今日は四人、ティー・タイムを共にしているのだった。
 リリーナの家のテラスで。

 
 

 リリーナ・ピースクラフト。
 ドロシー・カタロニア。
 マリーメイア・クシュリナーダ。
 王留美。

 

 何というか、揃いも揃ったりな面子である、と言わざるを得ない。
 単純に家柄という面から見ても、サンクキングダムのお姫様に、ロームフェラ財団代表のデルマイユ侯の孫娘、その遠縁で“あの”トレーズの子、社交界だけでなく経済界でも大きな影響を持つ王家の当主と、ロイヤルストレートフラッシュと表現するべきかそれとも九蓮宝燈か、はたまた三連単特大万馬券かといった感じである。

 

「こうして皆とお茶を飲める時間が持てることを、感謝しないといけませんわね」

 

 白磁のティーカップを実に上品に持ち上げると、リリーナは微笑んだ。
 ちなみに言っておくと、もちろん彼女たちが飲んでいるのは紅茶、しかも超高級茶葉であるのでよろしく。
 プリベンターの粗茶とは違うのだよ、プリベンターの粗茶とは。

 

「誰に感謝を? まさか、神に?」

 

 王留美はリリーナの言葉に、質問で返した。
 この発言、顔も声もやや柔らかく、挑発をしていると言うより、彼女の素と言うべきであろう。
 超セレブとして社交界では、望む望まないに関わらず、表情を変えていかなければならない。
 挑発をするならもっとそれらしい表情を、彼女はいくらでも作れる。
 このリリーナへの態度は、この場では彼女が自分を取り繕っていないことを示している。
 本来なら実の兄が王家を継ぐはずだったものの、その兄が所謂運営や経営等の才に恵まれず、
 結果、そちら方面に非凡な才能を発揮した彼女に当主のお鉢が回ってきた。
 そしてその兄は、自らの非力を悔い、一人のボディーガードとして彼女の側に付き続けている。
 そんな複雑な家庭環境、そして王家の代表というプレッシャー、さらに、ままならぬ世界に対する一種の絶望感、これらが留美を蝕むのは半ば当然であり、事実、彼女は一時自棄になりかけた。
 だが、そんな折、彼女を暴発の危機から救ったのが、リリーナ・ピースクラフトだった。
 完全平和主義はとても素直に受け入れられるものではなかったが、何より、リリーナの真摯な態度に打たれた。
 自分より過酷な運命に翻弄されながら、決して諦めることなく、心の輝きを保ち続ける少女。
 自分に無いものを見つけた王留美は、リリーナに近づくことで、精神のバランスを取り戻した。
 無論、その感情は決して単純なものではないが。

 

「皆に、です」

 

 そして、そんな王留美にあっさりと答えるリリーナ。
 この辺りは、さすがに彼女らしい言葉である。
 完全平和主義を説くリリーナにとって、感謝とは、日常における全てのものにするべきことなのだろう。
 世の中に対して若干冷めた目線を持っているドロシーや留美では、ここまで『純粋に』、ここまで『気高く』はなれない。
 世間知らずの理想家と批判を受ける一方、強烈に、半ば信仰に近い支持を受けたりと、リリーナの現在の評価が極端なのは、完全平和主義の中身云々より、こういった彼女の徹底された人間性に寄るところが大きい。

 

「ならば、私たちはリリーナ様に感謝すべきですわね」

 

 切れ長の目をさらに薄くすると、今度はドロシーがリリーナに語りかけた。
 この個性的過ぎる眉毛を持つ少女は、この面子の中では最もリリーナと縁が深い。
 リリーナを尊敬しているが、その半面、どこかリリーナを観察し、また色々とけしかけようと画策している部分もある。
 まぁこれでもゼロシステムをほぼ一発で使いこなしちゃったりと、単純な『才能』だけで言えば、この中ではおそらく最強ではあろう。
 もっとも、昔ならともかく、今は進んでそちら方面の才能を開放したりはしないだろうが。

 

「私に? どうして、ドロシー」
「それは決まっていますわ、世界が平和なのも、リリーナ様が頑張っておられるからですもの」

 

 これ、この物言い。
 皮肉、ヨイショ、挑発、その他様々にも取れるこの言葉遣いこそが、ドロシー・カタロニアの真骨頂。
 その半面、他者がリリーナに対して非礼(と、彼女が判断した)な態度を取ると怒るのだから、まったく素直じゃないのだ、この娘は。
 まぁそれでもベタベタした親友っぷりは彼女の柄ではないので、こういった付き合い方が彼女が出来る最大限の『友達としての態度』ではあるのだろう。
 事あるごとに「リリーナ様の一番の親友はこの私」「リリーナ様の一番の理解者」と主張したがるので、本音としてはもっと距離を縮めたいのかもしれない。

 

「でも、それだと政府に勤める人間全ても同じことじゃなくて?」

 

 ここでさらに横合いから、鼻で嗤うかのようにマリーメイア・クシュリナーダが口を挟んだ。
 この中では最年少、未だ10歳にもならない、文字通りの少女だが、
 祖父デキム・バートンが幼い頃より洗脳教育を施してきたため、知識面でも精神面でも並の大人では太刀打ち出来ないものを持っている。
 言葉遣いこそは丁寧だが、態度がどこか尊大なのは、その名残である。
 現在はレディ・アンの元ですくすくと成長しており、もしプリベンターが組織として続くようなら、いずれレディ・アンに代わってその代表の役に就くことになる可能性もある。
 もちろん、マリーメイア自身がそう望めば、だが。

 

「リリーナ様は特別よ、マリーメイア・クシュリナーダ」
「そういった特別扱いこそが、リリーナさんが最も嫌うものじゃないかしら?」
「特別かそうではないかは、個人個人の考え方によるものだわ。また、意味合いも変わってくる。リリーナにだって特別な人がいるかもしれなくてよ?」

 

 ドロシーは「様」、マリーメイアは「さん」、留美は敬称無し。
 呼び方がこのように違う三人だが、大きく共通する点が一つある。

 

 それは、「リリーナに会ったことで、人生が変わった」ことである。

 

 王留美は先述の通り、全てを投げ捨てる直前にリリーナに出会ったことで、再び『王留美』としての人生に立ち戻ることが出来た。
 ドロシーは戦争を憎むが故に暴走しかけたが、リリーナに出会ったことで、争いを更なる争いで打ち消すことの無意味さを悟った。
 マリーメイアはトレーズの娘という拠り所を持って世界を征服しようとしたが、リリーナに出会ったことで、デキムの傀儡に過ぎないことを知った。
 それぞれ経緯は違うし、リリーナの方に明確に「この人を救おう」という意思があったわけでもない。
 ただリリーナはリリーナとして彼女たちに接し、その結果、彼女たちが悪夢から目覚めた。

 

「リリーナ様に特別な人……?」
「リリーナさんに特別な人……」
「……リリーナに特別な人」

 

 ドロシー、マリーメイア、留美はリリーナに視線を集めた。
 これが漫画なら、彼女らが首を動かす時に、間違いなく『ギギギ』という擬音が付いていたことであろう。

 

「えっ!?」

 

 同時に三人から意味ありげな目線を突き付けられて、リリーナは驚いた。
 手にしていたティーカップがガチャンという音を立ててソーサーとキスをするが、幸いに割れることはなかった。
 もしヒビでも入っていたら、リリーナの執事であるパーガンが悲しんだことであろう。
 この白磁のティーカップ、かつてピースクラフト家からドーリアン家に贈られたもので、リリーナにとってもパーガンにとっても大切なものだからだ。

 

「リリーナ様、皆まで言わずともわかっていますわ」
「まずは、リリーナさんのお兄さんであるミリアルドさん」
「そしてもう一人は……」

 

 三人の目が、すっと細くなる。
 社会的立場はどうあれ、彼女らはまだ若い女の子。
 自分だけではなく、他人の色恋も気になる落とし頃、じゃないお年頃なのだ。

 

「ヒイロ、ですね」

 

 で、ぽんと答えちゃうリリーナ。
 確かに最初驚きはした。
 したが、ここで赤面してシドロモドロしちゃったりしないのがリリーナというもの。
 そんな少女漫画のお約束的展開、この人に通用したりしませんとも。

 

「……あっさりですね、リリーナ様」
「お熱いことですわ」
「ここまで素直に認められると、こちらとしても何を言っていいかわからないわね」

 

 プリベンターに所属しているヒイロ・ユイとリリーナの間には、色々と簡単には語りつくせないことがあった。
 だが、今は『恋人』と軽々しく呼べるような関係ではないものの、心は確かに繋がっている。
 張五飛がリリーナの危機(嘘情報)を世界に流した時、行方を晦ましていたヒイロは早速姿を現した。
 そして世界を裏から守ることはリリーナを守ることに繋がると判断し、プリベンターに加入した。
 リリーナはリリーナで、ヒイロの想いをありがたく思いつつも、ヒイロが任務で危険な目に合わないか常に心配でしょうがない。
 そんな二人の関係を、デュオ・マックスェルはこう表現したものだ。
「触れようと思えば触れられる程近くに居る癖に、言葉一つ交わすのにわざわざ地球を一周遠回りしている」と。
 なお、現在絶賛新婚旅行中の某人も二人について語っているが、
「面倒臭いんだな。俺に相談すりゃ一発で解決だぜ」とのたまい、ヒイロから無視されたことを付記しておく。
さらにこの後某人は「一発で解決ってのはつまりベッドでいっぱ」と続けて、ヒルデ・シュバイカーとサリィ・ポォによってフライパンで後頭部と顔面をクロスボンバーされ、昏倒しているが、これは余談に過ぎるかもしれない。

 

「ヒイロ……」

 

 憂いを瞳に忍ばせて、リリーナは空に浮かぶ雲を見上げた。
 プリベンターは今日、出動中。
 一般の人々からは見えないところで、世界を守っている。
 プリベンターが世界から必要とされなくなる時、それこそが、ヒイロ・ユイが解放される時。
 それを目指して、完全平和主義をリリーナは推し進めていかなければならない。
 その道中が、いかに厳しいものであろうとも。
 掲げた旗は、例え破れても、降ろすわけにはいかない。

 

「さぁ、そろそろ中に戻りましょう、本当に風が強くなってきましたわ」
「そうですね、リリーナさんは大事な体、風邪をひいては」
「私はそろそろお暇しようかしら。この後、新設のマスドライバー関係で話し合いがあるので」

 

 三人に促されて、リリーナは腰を上げた。
 そして、もう一度空を見上げた。
 先程と同じ場所、そこにはもう、さっきあった雲は無かった。
 風に吹き散らされて。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーは来週やっと出番ですよ―――

 

 

【あとがき】
 コンバンハ。
 とある理由でこの面子には某王女様は入れませんでした、まぁ後々ほにゃららサヨウナラ。

 
 

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