言葉は生まれた時には、意味を持たない。
それが他人の誰かの耳に届いた時に、はじめて言葉は『意味を持った音声、文字』になる。
ただし、生まれた意味はあくまで発した本人の意思と、聞いた人間の解釈によって『その場、その時で』のみ立つのでもない。
広く、そして時を経て伝わる程に、その瞬間に成立した内容と乖離していくことがある。
例えば、情けは人の為ならず、という諺がある。
これは、『親切はしておけ、必ず自分に返ってくるから』という意味であるが、全く正反対に『情けをかけるのは、その人の為にとって良くない』という風に誤解している人が現代では多い。
これは、その顕著な例であろう。
だが、『生まれた』からには、言葉は生き物でもある。
情けは人の為にはならない、という意味が本来の意味を押しのけて横行し続ければ、いずれら抜き言葉のように『新たな言葉』として定着していってしまう可能性もある。
また一方で、『沈黙は金、雄弁は銀』のように、どこを出典と為すかで意味が逆になる言葉もある。
どういう風に理解するかは、結局は個人の判断による―――よってしまう、のだ。
そして、プリベンターのパトリック・コーラサワー氏の言葉は。
「何するんだよナルハム野郎! このバカヤロー!」
「莫迦とは何か莫迦とは、そのように下劣な言葉をぶつけられる謂われは私には無い!」
「バカだからバカだってんだ! バカヤロー!」
どこまでもわかりやすく、曲解も誤解もしようが無い程に一直線なのであった。
◆ ◆ ◆
さて、パトリック・コーラサワーと、グラハム・“ブシドー”・エーカーは只今喧嘩の真っ最中。
事の発端はまったくもってアホらしい限りなのだが、MS(ミカンスーツ)の疑似模擬戦(つまりはシミュレーション)のにおいて、グラハム機がコーラサワー機を後方からぶんなぐっちゃったことによる。
ちなみに、両機は味方同士という設定である。
「俺が仕留めるって言ってるだろーが! 何でしゃしゃり出てくるんだよ!」
「今回の指揮官は私という決まりのはずだ! 指揮官の命に背いて突出する味方など、敵よりもタチが悪い!」
「ワンマンアーミーのお前に言われたかねーよ!」
コーラサワーが指揮官役であるグラハムの命令に背いて、機体を前に出し過ぎたのは事実である。
だが、『盗人にも一分の理』ではないが、ある意味コーラサワーの指摘も間違っちゃいない感じもする。
ほれ、何せグラハムさんはブシドーですから。
これだけで00を視聴していた諸兄にはわかってもらえると思います。
「私が斬り込むから、そちらには援護と陽動を命じたはずだ!」
「前衛は俺だ、俺が直接やった方がいいに決まってる!」
「笑止! 露払いに幾ら程の価値があらんか! 敵を撹乱し、その後に本陣の強撃をもって叩く方が効率的なり!」
「またお前、サムライになってるぞ口調が!」
世紀の天才ビリー・カタギリ博士の新型MS(ミカンスーツ)はすでに完成はしている。
しかし、微調整が必要な上に、各個人の操縦の癖を慣らすこともしていないので、本番にはまだ使えない。
実際にプリベンターのメンバーが乗って動かすのには、もう少し時間がかかるといったところである。
それ故に、シミュレーション・マシンを使った模擬戦が、訓練の主な内容になっている。
旧式となってしまったMS(ミカンスーツ)のネーブルバレンシアは、靴下臭い臭い君ことアリー・アル・サーシェスとの一戦に受けた傷はすでに修復されているものの、ぶっちゃけた話、乗り込んでガチャコンガチャコンとナマで実戦形式の訓練をする場所がない。
プリベンターの立場が立場だけに、そうそう何度も軍用跡地も公的空き地も借りれないのである。
「所詮、模擬戦のエースは模擬戦のエースに過ぎん! 大言壮語は誰にでも出来る!」
「何だあ、俺がウソっぱちのエースだってのか!」
「二千回も模擬戦に勝利したとて、実戦に敗れればそれまでのこと!」
旧AEU軍、ユニオン軍においての二人のエースパイロットとしての格を比べれば、これは明らかにグラハムの方が上である。
階級においても、部隊指揮の経験にしても、個人の戦歴についても、どれもグラハムはコーラサワーを上回る。
「バカヤロー! 模擬戦に二千回、まずは勝ってから偉そうにしやがれ!」
「道場剣術など役に立たん! 型をこなしても、本番で活かさねば絵に描いた餅と同様!」
いくら模試の出来が良くても、本番で結果が出なければ意味がないのは、軍人に限らない。
だがしかし、かつてガンダムパイロットたちが検証したように、『模擬戦を二千回“も”やってきた』ことがコーラサワーにとって大きいのもまた事実ではある。
普通、一回の入試のために、二千回も模擬試験は受けはしない。
予選ギリギリ通過で金メダルを一度獲得するのと、予選まで無敗で本番メダル無しでは前者に価値があるが、予選が二千回戦だったら、普通は出来ない的な意味ではそれこそ後者に価値がある。
「とにかく! ちゃんと私の指示に従ってもらおう!」
「従わせたいなら、まともな命令出せ! 後ろからぶん殴るな!」
「まともな命令? 出したではないか!」
「私のために血路を開け、ってのがまともな命令かー!」
「私は我慢弱く、落ち着きが無く、センチメンタルな男なのだっ!」
「意味がわからねーっ!」
惚れている惚れていないの差こそあったが、本編でカティ・マネキンの作戦にきちんと従っていたのはコーラサワーであり、ブシドーグラハムではない。
一期でも、一話のお披露目会から、タクラマカンや宇宙でのCB追撃戦でも、コーラサワーはAEUもしくは合同軍の一員として作戦内で動いていた。
しかし、グラハム氏は振り返るに、エクシアに会い出向いて行ったり、道理を無理で押し通したり、エクシアと一騎打ちしたいが為に魔改造フラッグが出来るまで決戦に参加しなかったりと、後のワンマンアーミーっぷりを如何なく発揮しており、この辺りでは軍人としての節度はまだコーラサワーが守っていたことになる。
まあ、一期はオーバーフラッグスの隊長として、二期はライセンサーとしてある程度独自行動を許されていたという背景もあるっちゃあるが。
「……ふあああ」
「よう、欠伸なんかして暇そうだな」
さて、疑似模擬戦は三人一組同士のバトルである。
コーラサワーとグラハムと、あともう一人がいるわけだが、その人物とは。
「止めなくていいのか? アラスカ野さんよ」
「その呼び方、やめてくれ……」
アラスカ野こと、ジョシュア・エドワーズであった。
そして、彼と会話をしているのは、ガンダムパイロットのデュオ・マックスウェルである。
三人一組であるからには、当然、デュオとジョシュアは味方同士ではない。
「で、どうする? 俺たちはやっちゃってもいいんだけどさ」
「さすがにそれはちょっと」
「まあ、三対一って状況も訓練としては悪くないぜ?」
デュオのチームは、他にヒイロ・ユイと張五飛がいる。
武断派二人、今はコーラサワーとグラハムの同士打ちを見学中だが(疑似空間内でも、現実でも)、隊長役のデュオが一つ号令をかければ、容赦無くコーラサワーとグラハムに襲いかかるであろう。
「いや、勝負にならないな」
「へえ、えらく強気だな。俺たち三人を一人で相手すると?」
「いや、勝てるわきゃない、ってことだが。こっちが」
「……なあ、アンタ、もう少し自信なり何なり持った方がいいんじゃないのか?」
シミュレーターの後ろ側、正確に言えばグラハムとコーラサワーのシミュレーターの後ろでは、額に怒筋をいくつか浮かび上がらせたサリィ・ポォが身体を震わせて腕を組んでいる。
あと数分、いや一分程で我慢の限界が訪れるのは確実というところである。
「多少強引でなければ敵は倒せんのだ!」
「多少どころか相当強引だろうが、お前!」
「それはそちらも同じであろう!」
「俺のどこが強引だってんだ! 俺はちゃんとエースらしい戦い方を考えてるぞ!」
「喝ッ! どの口がッ! オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ、毘沙門天の前に平伏せッ!」
「何がだ! お前こそ俺の前に平伏せ!」
パトリック・コーラサワーとグラハム・エーカー。
二人の放つ言葉は、常に基準が自分である。
そこに、他者の解釈による意味など入り込む余地は無い。
コーラサワー語は一直線、グラハム語は超魔球、どちらも、簡単に捕手が受け取れない球である。
まあ、好んで撃ち返そうとする打者なぞ端からいないが。
「ならばッ、ここで決着をつけるか? 私はそれでも一向に構わんッ!」
「おうよ、望むところだぜ!」
サリィ火山、噴火十秒前。
危険を察知して、デュオたちはそそくさとシミュレーターから退散する。
「ならば、来いッ!」
「おうさー! スペシャル様を舐めるんじゃねー!」
「あなたたちいいいいいいいいいいいッ!」
プリベンターは今日も平和です。
ええ、本当に。
【あとがき】
規制解除されたようですコンバンハ。
今後投下出来ない週があったら、規制に巻き込まれたか急病かパソコンぶっ壊れたかのどれかです多分サヨウナラ。