人は誰でも、自然と『因るべきもの』を求める。
血液型による性格診断、星座による運命判断、または出生地による人格、行動原理等々。
血液型にしても星座にしても、人類全てに適用するには、あまりに幅が狭すぎる。
出生地による差異なぞ、それぞれの土地で文化や言語が異なるのだから、当たり前のことに過ぎない。
だがそれでも、人は「俺ってA型だからぁ」「私、蟹座だしぃ」「わて、浪速の生まれやさかい」と、それらを『言い訳』に使う。
これは、どれ程の自信家であっても、逃れられない人間の性である。
「イヤッホーイ! 今日の運勢で、一月一日生まれはスペシャルハッピーだってよ!」
では、この男はどうか。
元AEU軍少尉にして、現プリベンターのメンバーである、彼は。
「こいつは朝から縁起がいいってもんだぜ」
「何言ってやがる、どこのテレビの目覚ましコーナーを見たか知らないが、あんなの気休め程度だろ」
「気休めとか言うなよ、せっかく人がいい気になってるのによ」
「あんなもん、いちいち気にかける方がおかしいだろ」
同僚のツッコミも、彼にとっては無意味である。
何故なら。
「バァカ、気にかけてなんかいねーよ」
「気にかけてるじゃねーか、大喜びしてるくせに」
「確かに喜んではいる。だがな、それは俺が一月一日生まれだからってんじゃねーぞ」
「? どういう意味だ」
彼は超の付く自信家なのである。
大切なことだから二度言う、バカと言ってもいいくらいに超の付く自信家、なのである。
「それは俺が俺だからだ、一月一日生まれが先に立つんじゃねえ、俺という存在の後に、一月一日生まれという事実と、そして」
「……」
「スペシャルハッピーだっていう運勢が続くんだよ!」
「成る程、スペシャルハッピーだよ。お前の性格と頭の中が」
……古来より、風習や俗習というものに誰しも人は捕らわれる。
そして、それらから後天的努力ではなく、先天的資質で解放されている人間を、こう呼ぶ。
すなわち、天才と。
ただ、パトリック・コーラサワーが天才であるか否かは、非常に議論の多かろうところではある。
◆ ◆ ◆
「はいはーいですぅ、と言うわけで、いつも晴れ晴れ、快晴少女ことミレイナ・ヴァスティの登場ですぅ」
「わ、何だよオデコ娘三号! いきなり出てくるなよ」
「今日はレディさんがお休みなので、私もお休みなんですぅ」
「へえ、レディ・アンが? 風邪でも珍しくひいたのか」
首を傾げるデュオ・マックスウェルだが、残念ながらそれはハズレである。
日々世界平和のために奔走するレディとはいえ、人間である以上休みは必要であり、また文明社会における一労働者としての立場から見れば、当然公休というものは存在するのだ。
まあ、何にしても働き過ぎっちゃ働き過ぎではある、レディ・アンは。
彼女自身の強い意志と真面目な性格もあるのだろうが、敬愛するトレーズ・クシュリナーダの影響も大きいと言えば大きい。
あの御仁、人間としてはかなりぶっ飛んでましたが、手抜きということをまずしない人だったので。
「何だかおもしろそうな話を皆さんしているということで、すぐさま駆けつけたですぅ」
「どういう耳してるんだよ、お前はダ○ボか」
「言っときますけど、耳が大きいからって聴力が良いとは限らないのが生き物ですぅ。……いや、そーいう話じゃないですぅ」
「どういう話なんだよ」
オデコ娘三号こと、ミレイナ・ヴァスティはレディ・アンの秘書を務めている。
反省府組織カタロンに転出した前任のシーリン・バフティヤールに負けず劣らず有能で、齢十四にして、各特殊技能を修めているという才女である。
見かけと口調でまったくそうは見えないが、まぁ才能を持った人間というのは得てしてそんなもんである。
ついでに言うと、ウルトラド級のオタクなので、迂闊にそっち方面に暴走させると、語りが止まらなくなるので要注意。
喋らせるとノンストップという意味では、この世界では東の横綱ビリー・カタギリと対をなす西の横綱と言えるだろう。
「性格の話ですぅ。スペシャルさんは何故にスペシャルさんなのか?」
「つまり、バカはひっくり返してもバカってことを言いたいわけだな」
「おいコラみつあみおさげ、誰がバカだってんだよ」
「お前だ」
パトリック・コーラサワーとデュオ、そしてミレイナの年齢差は実に二十近い。
時々忘れそうになるが、これはレッキとした事実である。
「だけど性格診断ってったって、ここにいる面子はコイツのことはよく知ってるぞ」
「はいはーい、そこで登場、『会話式性格診断ソフト・本性君一号』ですぅ」
「ホンショークン?」
ノートパソコンを一台引っ張ってくると、ミレイナはそれを立ち上げ、さらにソフトも起動させた。
彼女の説明によると、これは「画面の中の疑似人格と会話をすることにより、会話した人間の性格を診断する」というソフトなのだという。
似たようなソフトは三百年も前からあるが、これはその正統たる進化版であるとのこと。
「はい、この画面の中のちょっとイケてる男の子が本性君ですぅ」
「おお、凄いな。まるで生きてるみたいだ」
「肌や髪の質感までちゃんとモデリングされてるですぅ。一見は普通の人間とまったく変わりないですぅ」
「軍用のナビで似たようなのがあったが、あれと同じか?」
「その従弟みたいなもんではありますぅ。ちなみに本性君は歳は十六歳、やや内気だけど芯は強い男の子ですぅ」
「?」
「そして妹さんがいて、名前をアリノちゃんていうですぅ」
「アリノ?」
「ありのまま、のアリノですぅ。これがまた美少女で、性格はお兄ちゃん子でツンデレ気味、世の中の仮想少女好きの男たちのハートを鷲掴みに」
「あー、そっち方面の話はいいから、どうすんだこれ?」
ミレイナの暴走を未然に防ぎ、コーラサワーは話の軌道を元に戻した。
ここら辺り、彼一流の本能ではある。
「えーとですね、まず本性君が音声で質問をしてきますぅ。それにどう答えるかで、性格を診断するですぅ」
「えらく単純だな」
「もちろん、質問と回答の数が多ければ多い程、内容が深ければ深い程、より細かい診断が出来るという寸法ですぅ」
「面倒臭いもんだ。まぁいいや、とっとと始めろ」
すっかりやる気になっているコーラサワー。
ミレイナに上手く能勢電鉄、じゃない乗せられた感じはあるが、元来首をつっこみたがる気質ではあるので、
こういう目新しい(性格診断ソフトそのものは目新しくも何ともないが)ものにはホイホイと食いついちゃうのだ。
「じゃあ本性君の質問はランダムにしときますぅ。……はい、じゃあ本性君、スペシャルさんに質問してくださいですぅ」
ミレイナはノートパソコンをコーラサワーの前に持っていった。
本性君とコーラサワーが正対するような形になっている。
『僕には、気になっている子がいます』
「おおう、こいつ喋ったぞ」
「そんなところにいちいち驚かないで欲しいですぅ。ささ、本性君の話を聞いてあげて下さいですぅ」
『彼女は学校のクラスメイトで、とても明るい子で皆の人気者です』
「こいつ、学生なのか?」
「だから、本性君と会話して下さいですぅ」
『成績も良くて、スポーツも出来て、正直僕なんかとじゃ釣り合いがとれない程のいい子なんです』
「発音も正確だな」
「だーかーら、そこは問題じゃないんですぅ」
『だけど、この気持ちを抑えきれない。大好きなんです。どうしたらいいでしょうか』
「……」
「……」
『……』
「……」
「……」
『……』
「……え?」
「え、じゃないですぅ。本性君困ってるじゃないですかぁ、ほら、スペシャルさん、答えてあげるですぅ!」
「答えるったってよ……」
コーラサワーは額をポリポリとかいた。
そして、咳払いをし、口を開いて一言。
「告れ!」
「告れ、じゃないですーぅ!」
瞬間、彼の後頭部にハリセンがヒット。
スパカーン、という実に気持ちの良い音が部屋に鳴り響く。
空洞系とでも言えばいいのだろうか。
透き通って揺らめき跳ね返る、そんな感じの音だった。
「のわっ!? 何すんだオデコ娘三号! いきなり後ろからはたくな!」
「本性君の質問に色々と質問返ししたり具体的な提案をしたりして会話を続けないと意味ないぞですぅ!」
「えええ? だって好きなんだろ、じゃあとっとと告白した方がいいだろ!」
「だーかーらー、スペシャルさんは私の説明をきちんと聞いていたのかですぅ!」
「質問返しも提案もあるか! 好きなら告白! それ以外に解決策なんぞねえ!」
何だかこのやりとりだけで十分コーラサワーという人間がわかる気もする。
脊髄反射的な即断即決主義こそが、コーラサワーの生きる道なのであろう。
デュオっぽく言うとつまりバカ、すなわちバカ。
「何時頃から好きになったのかとか、彼女のどういう部分が特に好きとか、色々あるですぅ!」
「そんなもん聞いたってしょうがないだろうが! 好きなもんは好きなんだろ!? 他に何があんだよ!」
「ほら画面を見て下さいですぅ! 本性君、ちょっとあきれてるですぅ!」
本性君、困ったような苦笑のような、微妙な表情。
側でこっそり様子をうかがっていたデュオが、「本当の人間みたいだな」と感心している。
確かに表情操作のプログラムは凄いが、問題はそこではない。
コーラサワーがまともに答えてくれないので、本性君、先に進めないだけである。
いつまでたってもコマンドが入力されないようなもん、と言えばわかり易いか。
そう言えば大昔、『ド○クエ2』が発売された頃、戦闘画面でずーっとボタンを押さずにほったらかしておくと、突然「何時まで待たせるんですか、コマンドは怒りますよ!」と画面に表示されるという都市伝説(?)が流行ったことがあって、これはおそらく、かの有名クソゲー『た○しの挑戦状』において、宝の地図を表示させるために一定時間ボタンを押さずに放置しなければならない、という恐るべき仕様が下敷きになってい―――脱線失礼。
「いやっ、その回答は正当にして正答! 男児たるもの、何事も快刀乱麻でないといかん!」
「サムライさんは出てこなくていいですぅ!」
ここでいきなり、ミスター・ブシドーことグラハム・エーカーが乱入。
この男もこういう手合いにはついつい介入してしまう困ったちゃんである。
ある意味いっちょかみ。
ちなみに、ミレイナは彼のことを“サムライさん”と呼ぶ。
スペシャルさんにサムライさん、もう何がなんだか。
「一押し二押し三に押し! 四と五が無くて六に押し! 恋路もまた戦いなら、ここで退いては名が廃るというものだろう!」
「お、おお。何だかよくわからんがそういうこった! 即告白! フラれた時のことは考えるな!」
「古人曰く、負けた時のことを考えて戦う奴があるか! やらねばならん時には男はただ行動あるのみ!」
「やらねばならんならいっそヤッちゃえってんだ! デキたらそん時だ!」
「お二人とも本当に軍人だったのかですぅ!? 戦術とか戦略とか端から無いも同然じゃないかですぅ!」
ああもう無茶苦茶。
パトリック・コーラサワーやグラハム・エーカーの人生相談はそもそも成立し得ないのだろうか。
「だいたいだな、俺だって結婚するまで数年間ずっと求愛してきたんだぞ。態度に現わさなきゃ伝わらないだろうが!」
「その通り! 全てを投げ打ってこそ、まさしく愛! 想い通じるその日まで、追いかけまわすがよかろう!」
「あーもう、わけわかんないですぅー!」
三人の狂態を、やや離れた場所からデュオは見ていた。
彼以外には誰もいない。
最初は何だ何だと見物に張五飛やヒルデ・シュバイカー辺りが顔を覗かせていたのだが、結局はいつも通りのローリングストーン急勾配コロコロなやりとりに、とっとと見切りをつけてどこかへ行ってしまった。
「やれやれ」
デュオは溜め息をひとつつくと、件の本性君が暇そうにしているであろう、ノートパソコンの画面に視線を移した。
「ありゃ?」
が、画面は暗かった。
そして、そこには小さな文字でお知らせの一文が。
―――エラー報告・このプログラムは予期せぬ事態に遭遇したため停止します―――
プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――
【あとがき】
ぷ○らの解除は当分先になりそうですねコンバンハ。
とりあえず今週の土日は法事のため、次回はまた少し先になりますサヨウナラ。