00-W_土曜日氏_135

Last-modified: 2010-03-04 (木) 20:49:20
 

 グラハム・エーカー。
 魂の名(自称)をミスター・ブシドー。
 一昔前のインディー団体の覆面レスラーみたいだ、などと言ってはイケナイ。
 本人は本気である。
 ドがつくまでに本気である。

 

 ブシドーとは言うものの、別に当人は日本人ではない。
 生まれも育ちも生粋のユニオンのアメリカ人である。
 金髪である。
 白人である。
 重ねて言う、日本人ではない。

 

「心頭滅却し六根清浄、義を見てセザールは勇無き也。喝ッ」

 

 ぶっちゃけて言うと、日本カブレである。
 サムライ好きである。
 どこでどう間違った異文化解釈をしたのかわからないが、彼の背中を押した神様は相当意地が悪いに違いない。

 

「キエエエエエエエエィ!」

 

 猿叫一閃、彼の朝は鍛練より始まる。
 六時に起床し、洗面と清めのうがいをした後、準備運動をきちんと行い、住居を出て、そのままジョギングへ。
 以前は読経かもしくは暗記した『葉隠』を全文口上しながら走っていたのだが、さすがに近所から苦情が出て、これは取りやめた。
 走る速度は本人は抑えているつもりだが、同じ時間帯に朝トレをしていた近くのハイスクールの陸上部の三倍の速さがあるという未確認情報がある。
 あくまで未確認であり、自己申告も他者申告もなされていないため、不明となっている。
 ちなみに、走る時は袴姿である。

 

 ジョギングより戻ると、次に木刀の素振りに入る。
 剣術についてはどの流派にも属しておらず、正式に教えを受けたことはない。
 もっとも、軍人だったわけで、修行に全てを捧げるわけにはいかなかったという事情は一応ある。
 まあそんなわけで、剣はほとんど自己流だが、それでも一定の理にかなった動きになってしまっているのが恐ろしいところではある。
 何しろ初めて乗ったMSで本来ならスペック上不可能なはずの空中可変を行ってしまうくらいであるからして、無茶も通せば道になる、ということを直感でわかっちゃっているのだ。
 信じるということはまったくもって怖いと言わざるを得ない。
 つまりは、『一流の修行家』と表現してもいいだろうか。
 まあ、正味の話、そんな人間は振り返ればロンリネス、振り返らなくてもロンリネスだが。

 

「うむ、良い汗をかいた。本日も身体は健全也」

 

 日本文化を好きになるのは別に良いし、多少の曲解は致し方ない部分もある。
 だがしかし、彼の現状については次の言葉によって全てが表現される。

 

「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」

 

 なお、彼の友人で、曾祖父が日本人のビリー・カタギリが武士化について諌めただの制止しただのという記録は無い。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「本日も快晴也。諸君、おはようというところだな」
「あれ、エーカーさんですぅ、おはようございますですぅ」
「ほう、これは珍しい。君がこの時間から本部にいるとはな」
「レディさんが遠方に出張で、今日は残留なんですぅ」

 

 出勤したグラハムを最初に出迎えたのは、レディ・アンの秘書を務める少女、ミレイナ・ヴァスティだった。
 普段はなかなか絡まない二人であるが、実際、特別仲が良いというわけでもない。
 グラハムは誰にでも「グラハム・エーカーな態度」だし(一応、相手が女性の場合、目上の場合は言葉遣いや態度は丁寧にはなるようである、礼儀として)、ミレイナはミレイナで、グラハムに深く絡んだら疲れるだけだということを十分理解している。
 ミレイナにしてみれば、自分の得意分野(オタク道)で攻めても、武士道バリヤーであらぬ方向へ弾き返されてしまうわけで、そこら辺りがパトリック・コーラサワーなどとは異なり、からかい易くも絡み易くもないのであろう。
 ちなみに、ミレイナは素顔状態のグラハムは「エーカーさん」、お面状態は「ブシドーさん」と呼び分けている。
 以前「サムライさん」とか呼んでいた記憶もあるが、まあそれは多分気のせいである。
 そういうことにしておいて欲しい。
 してもらえればありがたい。
 うん、いっそそんな記憶も事実も無かったということにしておこう。

 

「ようナルハム野郎、朝からご機嫌だな。脳味噌の中でディズ○ーランドでもオープンしたのか」
「仮にそうだとしても、君には関係の無いことだな」
「何なのこの朝の挨拶立体交差点は」

 

 次いで声をかけたのはパトリック・コーラサワー。
 ご存知、不死身にして幸せの男である。

 

「珍しいじゃねーか、こうやってちゃんと出勤してくるのは。まだ勤労意欲ってやつが残ってたのか?」
「聞き捨てならんな、私は一度たりとも職務放棄した覚えはない」
「いや、最近は顔を出したと思ったらすぐにあのポニテ博士のところに行くじゃねーか」
「我が愛機『カラタチ』の完成が待ちきれないのでな」
「二人とも微妙に会話がドッジボールだな」

 

 合い間にてツッコミを入れているのは、もうすっかりその役割が板についてしまったデュオ・マックスウェルである。
 別にグラハムとコーラサワーの異次元会話を無視したっていいのだが、そうすると逆に精神衛生上よろしくないので、仕方なしにツッコんで空気の修正を図っている。
 これはもう、性分であるとしか言いようがない。
 他のガンダムパイロットはグラハムとコーラサワーを強引なりともスルーすることが出来るが、デュオはそうではないのだ。

 

「本来なれば終日側にいて、その生誕を見届けたいのだが」
「ならとっとと行ってこいよ、今日は特に目立って仕事がないらしいぞ」
「肝心のカタギリが不在なのだ。知人に会う約束があるとのことだ」
「あー、ポニテ博士がいなきゃ完成には近づかないな、確かに」

 

 新型MS(ミカンスーツ)の完成が待ちきれないのは、別にグラハムに限った話ではない。
 コーラサワーだってガンダムパイロットだって同じである。
 グラハムがビリー・カタギリの研究所に通い詰めなのは、彼が際立って我慢弱い男だからに他ならない。

 

「スペシャルさん、別に仕事が無いわけじゃないですぅ」
「だって出動がないだろ」
「その気があるのなら、いくらでも書類の仕事を回してあげるですぅ」
「そんなつまらねー仕事は別にしたくない」
「社会人としてあるまじき発言ですぅ」

 

 プリベンターにおいて、書類関係の仕事は、責任者であるレディ・アンと、現場リーダーのサリィ・ポォ、そしてレディの秘書であるミレイナが主に扱っている。
 デュオだってヒイロ・ユイだって張五飛だって、やらなきゃならない時は書類仕事もする。
 だが、コーラサワーやグラハムにはあまり回ってこない。
 単純に得手不得手の問題である。

 

 パイロットとしての能力は、グラハムもコーラサワーも折り紙つきである。
 何しろユニオン軍とAEU軍において、共にエースと呼ばれる存在だった。
 普段の行いを見ていると甚だ怪しいが、実際そうだったのだから仕方がない。
 操縦技術については、おそらく二人ともこの世界の二十傑には入るであろう。

 

「カラタチが完成した暁には、不逞な悪人共は私が一刀両断にしてくれよう」
「お前だけにいい格好させるか、悪人は俺が倒すってんだよ」
「はいはいプリベンター全員でかかるのが基本だぜ。暴走は厳禁だからな」
「私がいつ暴走をした?」
「俺がいつ暴走をしたってんだ?」
「わあ、サリィさんが聞いたら怒り爆発な発言ですぅ」

 

 プリベンターは、日常の業務とは別に、とある人物の尻尾をつかむべく情報を集めている。
 その人物の名前はアリー・アル・サーシェス、別名ゲイリー・ビアッジ。
 プリベンターの前に幾度も立ちはだかってきた強敵である。
 特にアザディスタンの一件では、コーラサワーを除くプリベンターのメンバー全員が彼に煮え湯を飲まされている。

 

「受けた屈辱は必ず返す。サムライとして」
「次もまた俺が倒してやるよ、このスペシャルエースの俺には誰も勝てねえ」

 

 新型MS(ミカンスーツ)の完成は近い。
 そして、プリベンターの反撃の日も近い。

 

「一騎討ちにて、絶対に倒す。私にも矜持というものがある」
「キョウジだかドモンだかツマヨウジだか知らないが、奴は俺が倒すって言ってるだろ」
「だーかーら、プリベンター全員で当たるって」
「どれだけ言っても無駄ですぅ、この二人」

 

 近い……はずである。
 多分。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――

 

 

【あとがき】
 コンバンハ。
 年度末が近く仕事が立て込むので、ペースがちょっとズレていくかもしれませんサヨウナラ。

 
 

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