00-W_土曜日氏_148

Last-modified: 2010-11-03 (水) 22:50:41
 

「全員揃っているわね?」
「ええ、全員います」
「では、始めましょうか」

 

 サリィ・ポォを筆頭に、プリベンターの現場勢は揃って、本部の会議室に詰めていた。
 会議室と言っても、本部を抱える政府議事堂の中央大会議室に比べれば遥かに小型、大会議室は千人を越える人員を修養出来るが、こちらはせいぜい、二十人も入るかどうかといったサイズ。
 もっとも、少数精鋭のプリベンターにとっては、これくらいの大きさが適当であるのもまた事実である。

 

「レポートは読んできてくれた?」
「一応は、な」
「熟読した」

 

 不意の『客人』の来訪があってから二日経っている。
 その『客人』がもたらした『情報』は、やはり一日では整理がつかないものだった。
 新型MS(ミカンスーツ)のテストから戻ってきたメンバーと、『客人』を交えて話し合ったものの、プリベンター側は俄かに信じることが出来なかったのだ。
 『客人』とは、マイスター運送の当代社長であるスメラギ・李・ノリエガ、従業員の刹那・F・セイエイ、人類革新重工のソーマ・ピーリスとアンドレイ・スミルノフ、JNNTVの報道アナウンサーの絹江・クロスロードの五人であり、『情報』とは、スメラギが持ってきた、マイスター運送創始者のイオリア・シュヘンベルグが『封印』したとあるシステムについてのもので、これがまた現代のテクノロジーを超越するシロモノで―――とまあ、正味の話、持ち込まれた方もたまたま居合わせた方も、メガンテいやもとい目が点になってしまうレベルの話だった。
 それに、パトリック・コーラサワーとその天敵のソーマ・ピーリスが同じ場にいるもんだから、だいたいにしてまともな話し合いになるわけがなく、最終的にソーマの中に眠るマリー・パーファシーが表に出てきて収拾するまで、グラハムはトンチンカンなことを言う、サリィの怒号が飛ぶ、アンドレイは困惑する、スメラギは呆れる、刹那は黙る、絹江は戸惑う、張五飛は鉄拳を繰り出す、ヒルデはフライパンを持ち出す、と、もう話し合いなのかそれともプロレスのバトルロイヤルなのか、判断付き難いドタバタに終始してしまったのだ。
 会議潰すにゃ反論はいらぬ、コーラ一人がいればいい、とは、サリィが改めて思った次第であるが、まあそれはともかく。

 

「読みはしたんだけど、その、こう、やっぱりピンとこないんだよな」

 

 足を組みかえて、デュオ・マックスウェルは頬を右手の人差指でポリポリとかきつつ呟いた。
 側に座るヒイロ・ユイも、カトル・ラバーバ・ウィナーも、彼の言葉に同意するように頷く。
 いや、三人だけではない。
 トロワ・バートンも、張五飛も、ヒルデ・シュバイカーも、ミレイナ・ヴァスティも、ジョシュア・エドワーズも……皆同じ思いだった。
 理屈としては理解出来るが、納得し難い、と。

 

「それは私だってそうよ」
「サリィさんもですか」
「だって……実物を目の前にしたわけじゃないし」
「だよな」

 

 GNドライブ。
 陽電子と光子を特殊な粒子―――GN粒子―――に変換し、さらにそれを電力に変換させる動力源。
 稼働の為の燃料を必要としない為、文字通りの半永久機関。
 作り上げる為には特定の環境と年月が必要であり、あくまで「現在地球上に」存在するのは理論だけ、である。
 ……と、いうことになっている。

 

「それに、イオリア・シュヘンベルグって三百年近く前の人物だろう」
「今もって地球上では実現し難いのに、そんな昔に理論だけでも完成させていたなんて……」
「そもそも完成と言わないだろう。実証出来ないのだから」
「科学的根拠はまったく無いわけではないですぅ。仮にこれが現実のものとなったら」
「……カタギリ博士のミカンエンジンなどぶっちぎってのエネルギー大革命になるな」
「現実のものになれば、ね」

 

 産業革命以降、人類文明の進歩速度は格段に上がった。
 だがそれでも今なお、人類の生活圏は地球と太陽系内の一部に留まっている。
 言ってみれば、GNドライブはそれこそSFの世界の存在にほぼ等しい。

「そして、このGNドライブが必要とされるのは」
「……地球外生命体、異星文明との出会いにおいて重要となる、と」
「まったくの夢物語としか思えないけどな、ぶっちゃけ」

 

 人類は『幼年期の終わり』を未だに迎えていない。
 異星人という存在は、まだ見えぬ、謎のものである。

 

「つまり、人類という生命体が地球から、そして太陽系から、銀河系から飛び立ち、未知の生命体と触れ合う為にこそ」
「半永久機関と言えるGNドライブは必要である、ということだな」
「太陽光エネルギーの安定が図られ、ようやく化石燃料の『檻』から外に出ようとしている段階では……」
「ああ、やっぱり夢物語だよな」

 

 スメラギの提供を受け、レディ・アンとミレイナ・ヴァスティが纏めたレポートには、こう記されている。
 いつ何時、人類は外宇宙の脅威に晒されないとも限らない。
 だからこそ、人類はその種としての進化を速めるために、まず環境から整えなければならない。
 つまりは生命体としての生活レベルそのものを構築し直す必要があり、その為にこそ、GNドライブという動力源は重要なのだ、と。

 

「ミレイナ」
「はい、なんですぅ?」
「お前の両親はマイスター運送に勤めてるんだろ? 本当に何も聞いていなかったのか?」
「パパからもママからも何も聞いてないですぅ」
「ふうん、つまり知ってはいたけど、ミレイナに教えなかっただけなのか」
「それとも、教える程の話ではないと判断したのか」

 

 メンバーは黙り込んだ。
 GNドライブそのものの情報については、プリベンターの協力者であるビリー・カタギリにも、スメラギの了解の下、渡してある(なお、ビリーはスメラギと旧知である)。
 現在の『人類の中』ではトップクラスの頭脳を持つ彼に、この謎の動力源については当面任せるしかない。

 

「サリィ」
「なあに、五飛?」
「奴らは、マイスター運送は、全てを話したと思うか?」

 

 先程とは異なった空気の沈黙が、会議室を覆った。

 

「つまり……まだ隠していることがあると?」
「そんなあ、スメラギさんはそんな人じゃないですぅ」

 

 ミレイナが頬を膨らませて、五飛に反駁した。
 が、五飛は動じない。
 五飛はガンダムパイロットの中でも、最も洞察力に優れ、口調も鋭い。
 蓄えた知識こそミレイナの方が上かもしれないが、会話のコントロールにおいては、五飛に旗が揚がる。

 

「何より、何故この時に、プリベンターにこのような情報を持ってきたか、だ」
「……」
「奴らの話を信じるなら、少なくともマイスター運送は三百年間近く、イオリア・シュヘンベルグの『遺産』を守ってきたことになる」

 

 パン、と五飛はレポートの表紙を叩いた。
 彼が言いたいこと、言おうとしていることは、ここにいるメンバーのほとんどが薄々感づいていたことでもある。
「さっき話したように、まだ人類は真の『宇宙生活』というものを手に入れていない」
「でもですぅ、スメラギさんは……」
「さらに今後数百年、会社を存続させて秘匿することも出来たはずだ」
「それは、OZが壊滅し、一応地球圏に統一政府が出来たからであって、その、ですぅ……」
「曲がりなりにも人類が纏まったから、とミレイナは言いたいのだろうが、俺にはそうは思えない」
「うー……」

 

 五飛はレポートを机の上にポイと投げて置いた。

 

「五飛の言いたいことはわかります」
「そんな、カトルさんまでえ」
「いや、マイスター運送を悪者にしようとか、そういう話じゃないよ、ミレイナ」
「……」

 

 ここで、五飛とカトルに代わって、デュオが言葉を発した。

 

「こういうことだな。マイスター運送がこの情報の封印を解いたのは……」

 

 数瞬、沈黙が場を支配した。
 そして、デュオは息をつくと、言葉を継ぎ足した。

 

「自分たちだけでは守りきれなくなる、という事態が近付きつつあるとマイスター運送が判断したからだ」
「それも、イオリア・シュヘンベルグの意図したところと違う使い方をされる、という懸念の下に」

 

 ミレイナはもう、何も言わなかった。
 再々度、会議室は静寂に満たされた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ところで」

 

 すっかり冷めてしまったお茶(今日は緑茶)を淹れ替え、皆が喉を潤したところで、デュオは改めて口を開いた。
 言葉の先は、とある人物二人である。
 デュオの眼光が先程の話し合いとは全く異なったものになっているが、それに気づいた者はこの場に―――って、いないわけがなかった。
 とうの二人を除いて。
 そもそも、デュオ本人も隠そうとすらしていない。

 

「ず―――――――――っと黙りこくってたけど、御両人は何か意見はないのかよ」

 

 二人とは、もう紹介の必要があるのかないのかあるのかやっぱりないのかわからないが、そう、プリベンターが誇る二大巨頭(敢えて何のかは記さない)、“スペシャルなエース”ことパトリック・コーラサワーと、“ミスター・ブシドー”ことグラハム・エーカーのことである。

 

「んあ? 俺に聞いてるのか?」
「何だ、私に聞いているのか?」
「他に誰がいるってんだよ」

 

 デュオが言ったようにこの二人、この会議が始まってから、ウンともスンともオッペケペーとも、喋っていない。
 コーラサワーもグラハムも、目を瞑って腕を組んでじっと座っていただけである。

 

「そうだなあ」

 

 上着の襟元をぐいっと指で緩めると、コーラサワーはしばし空中に視線を走らせた。
 そして、のっそりと言葉を紡いだ。

 

「よくわからん」
「やっぱりか!」

 

 コーラサワーとグラハムを除く、場の半数がジト目になり、さらに半数は溜め息をついた。
 予想していた答だったが、予想通りに言われると、それはそれで何かイヤなもんである。

 

「だいたい、レポート読んだのかよ?」
「読んでない!」
「きっぱり言うな」
「嫁さんには読んでもらったけどな。興味があるって一晩中ずっと読みふけってた」
「……お前、機密だぞこれ」
「はあ? 嫁さんが外部にバラすわけないだろ、疑うんじゃねーよ」
「つうか本来ならこれで一発クビだ」

 

 コーラサワーの嫁さんとは、カティ・マネキンのことである。
 かつては『AEUの天才戦術予報士』と言われた女性で、今は一線から退いている。
 確かに彼女なら、外部にホイホイとこの話を漏らすようなことはしないだろうが、それにしてもコーラサワー、危機管理がまったくなってない。
 カティ・マネキンと出会う前は、軍の内部にしろ外部にしろ、数々の女性と浮き名を流した彼が、よくぞ情報漏洩の疑いをかけられなかったもんである。

 

「で、あんたは?」
「私か?」

 

 デュオは矛先をグラハムに移した。
 なお、今日は仮面はオフで、通常の“グラハム・エーカー”モードである。
 仮面を着けるか着けないか、彼のその日の気分で変わる。
 まあどっちにしろそれで性格が変わったりすることはないのだが。

 

「取りあえずは読んだ」
「ほう」

 

 この辺りは、流石にコーラサワーとグラハムの性格の差が出ている。
 行動こそはウルトラマイペースだが、グラハムはグラハムなりに真面目なのだ。

 

「で、どう思った」
「そうだな……」
「?」
「敵が来れば、これを討つ! 武人の本懐これにあり!」
「何処をどう読んだらそういう結論になるんだよ、おい!」

 

 もう一度言う。
 グラハムは“グラハムなりに”真面目なのだ。
 一般人の真面目とは、ちょーとだけ違う。

 

「GNドライブの現実的な問題は知らん。そちらは盟友の分野だ」
「ああ、カタギリ博士ね」
「私としては、異星人が邪な考えで地球を侵略するのなら、これと戦い駆逐する! それ以外にない!」
「ウルト○マンかよ、あんた」

 

 ツッコミを入れてはいるものの、二人の回答はデュオの十分に想定内だった。
 つうか、これで二人に口から「GNドライブとは云々」と具体的な意見が出てきたら、それこそ夢物語でサイエンス・フィクションである。

 

「そもそも、GNドライブは闘うためのものじゃなくて、人類が外宇宙の知的生命体と『会話』する為に必要なもんだって話だぞ」
「ちょっと待てみつあみおさげ、どうやってエンジンで話すんだよ。ブオーンブオーンとか言うのか?」

 

 腋から、もとい脇からコーラサワーが口を挟む。

 

「……お前、マジでレポート読んでないな」
「褒めるなよ」
「褒めてねぇよ!」

 

 外宇宙の知的生命体と対等に会話するためには、まずそのレベルまで人類が宇宙に進出しなければならない。
 そう成る為に、GNドライブという現時点では究極とも言える動力源が必要である、というのが、滅茶苦茶簡単に言って、イオリアの思想なのだ。

 

「まあ、難しいことはよくわかんねえよ」
「威張るなよ」
「つうか、俺達がやることって、こうやって考えることなのか?」
「え?」

 

 コーラサワーは目の前のレポートを丸めると、ペシ、と机を叩いた。
 レポートを上げると、そこには潰された小さなハエの死骸がひとつ、あった。

 

「オデコ姉ちゃん一号は、もう決めてんだろ?」
「……どういうこと?」
「あのボインの姉ちゃんの運送会社がどういう思惑か知らないけど、こうしてプリベンターに接触してきたってことはよ」
「……」
「つまりは、俺達の力が必要とされているってこったろ?」
「……」
「なら、俺達がやることって一つじゃねーか?」
「……」

 

 デュオは突っ込まなかった。
 いや、場の誰も突っ込めなかった。
 まず行動ありき。
 今はそういう時ではないのか―――と、コーラサワーは言う。
 深く考えてのものでは、当然ない。
 彼一流の直感的な発言であるに過ぎない。
 だが、それは、無形の大きな説得力を伴っていた。

 

「どうせ、メガネの姉ちゃんは『行け』って言うって」
「私もそう思う。不本意だがこの男に同意する」

 

 グラハムもまた、口を開いた。

 

「マイスター運送とやらが、まだ隠していることがあるというなら、それはそれで良い。いずれ聞き出せばよいことだ」
「……」
「場合によれば、向こうの方からこちらにさらに歩み寄ってくることもあるだろう」
「……」
「何百年も隠してきた情報をこちらに提供したのは、彼らがそうせざるを得なかったのだと考えると、ここは応えることこそが義であると考える」
「簡単に言うけれど、単に利用されるだけかもしれないわよ」
「懸念ばかりでは機を逸する。丁か半か、賽の眼は振られなければわからない。今は向こうの波に乗るべきだ」
「……頭より身体を動かせ、と?」
「然り。急場においては長考は無用の足枷、既にレディ・アン女史から指令が出ているのではないか?」
「……」

 

 サリィは皆の視線が自分に集中するのを感じた。
 その視線が意味するのは、唯一つだ。
 グラハムの問いの答は、如何なるものであるか、という。

 

「……ふぅ」

 

 サリィはお茶を口に含み、喉の奥に流し込むと、小さく溜め息をついた。
 彼女の脳内には、今朝、レディ・アンから下された一つの命令がある。

 
 

『マイスター運送の創設の場であり、イオリア・シュヘンベルグの研究所があったアザディスタンに、プリベンター全員で明日、調査の為に出立せよ』という命令が。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――

 

 

【あとがき】
 遅れてすいませんコンバンハ。
 何とか仕事も一息つける状況になりました、まぁ明日からまた怒涛の残業が待ち構えているわけですが。
 今ならELSと同化してもいいかな、なんぞと思ったりしなかった(ry

 

で、映画のキャラクター(デカルトとかミーナとか)はどうしましょサヨウナラ。

 
 

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