サリィ・ポォはプリベンターの現場リーダーである。
発足からこっち、世界中を飛び回り、火種の処理に奔走してきた。
と言うか、プリベンターが出来る前、OZの動乱の時代から似たようなことをやってきている。
女の身でここまで濃い活動を続けてきた者は、この世界にも数える程しかいないであろうことは、おそらく間違いない。
まだ三十路も前で、二十代の大半をそんなことに費やしてきた彼女だが、それについての悔いは特には無い。
やりたいことをやっている、やるべきことをやってきた、という自覚と誇りがしっかりと心の中にあるからだ。
「とは言え」
彼女は眉間の辺りを右手の人差指でツンツンと小突きつつ、軽い溜め息をついた。
「どうしたものかしらね……」
神ならぬ身、如何に優秀であれ、全てを背負える程には彼女は大きな存在ではない。
提示された問題をどのように解決すればいいのか、どのように理解すればいいのか、そうそう判断つかないこともある。
無論、彼女は独りではない。
責任者であるレディ・アンをはじめ、プリベンターに集った人材は優秀である。
肩を組むことで、圧し掛かるモノの重さをいくらでも軽減出来る。
だが、しかし。
「新しい未知の合金と、そして……」
右手を額から離すと、サリィは机の上の書類に手を伸ばした。
つい先程、『客人』が彼女に手渡していったものだが、その中に記された文章は、聡明な彼女をして、俄かには信じ難いものだった。
「半永久機関……GNドライブ、か」
◆ ◆ ◆
人類は遥かな昔から、何を作るにしても、その肉体を道具にしてきた。
その過程で、「早く終わらせる為」「完成度を高める為」「より細かい工程を行う為」に『道具』を進化させた。
時代ごとの「限界」に阻まれつつ、一歩一歩、人類は自らの生活圏を拡大させ、文明を伸ばしてきたのだが、
その「限界」とは、すなわち「体力と精神が尽きた」、そして「道具を使ってもこれ以上出来なかった」の二つだった。
この二つを合理的に解決(限界を超えたものは労働とは言わない)する方法こそ、どの時代においても、貴賎の差なく、全ての人が求め続けてきた「夢」に他ならなかった。
そう、その夢への希求こそが、人類をここまで進歩させてきた糧だったのだ。
「新しいモノが次々生み出され、古いモノを駆逐し、時代を切り拓く」
壁にかかった時計を、サリィは見た。
ビリー・カタギリが作り上げた新型MS(ミカンスーツ)のテストから、皆が帰ってくるまで、あと少し。
「耐久性、持続性、精密性、そして安全性、どれが欠けても……」
ついこの前までは、『時代の最先端技術』は、文句無しにMS(モビルスーツ)であった。
中でも、《ガンダム》と名前が付けられた五機の機体は、破格の性能を持っていた。
今は、そのガンダムは無い。
役目を終えて、歴史の舞台から姿を消した。
そして、「兵器」としてのMS(モビルスーツ)も、公的には、地球上には残っていない。
メンバーがテストをしているMS(ミカンスーツ)が、おそらくは、現在の「技術のトップ」である……はずである。
「……次代に繋がる技術には成りえない」
MS(ミカンスーツ)に搭載したミカンエンジンは、ミカンの皮を燃料として動く。
これの改良次第では、柑橘類以外の作物でも代替出来る可能性がある。
しかも、目立った公害に繋がらない。
原子力に比べると安全性は格段に高く、太陽光エネルギー程に大仰な設備も必要としない。
課題は量産と出力のみ、とくれば、これは最早人類史上最大レベルの「技術革命」以外の何物でもないだろう。
農作物の食用外の用途拡大という意味でも、今後の人類社会における「世紀の大発明」に十分成り得る。
MS(ミカンスーツ)で得たデータを有効に使えば、人類の生活はかなりの進歩を見せるに違いない。
「ミカンエンジン、まさに天才の成せる技……」
製作者であるビリー・カタギリの才能を、サリィは疑問視していない。
工業分野の頂点と言われたレイフ・エイフマン教授を師匠に持ち、科学化学その他諸々の学問を修め、
ほぼ独力でMS(ミカンスーツ)とミカンエンジンを開発した。
それを天才と言わずして何と呼ぶか。
まあ、何で在野なんだよどっかの企業か大学で働いて社会に貢献しろよ、というツッコミが髪の毛三本程にサリィの中にあるが。
しかし、とある『客人』が語った半永久機関は、規模そのものがミカンエンジンとは異なった。
簡単に言うなら、段違い、レベルが全く別次元という具合だ。
何しろ、極端な話をすれば、燃料切れによるガス欠というものがない。
そして得られるパワーがとにかく東大、じゃねえや強大。
ミカンエンジンでさえ、現在の主流である太陽光エネルギーをぶっちぎるくらいに優秀なのに、それを更に上回ってしまうというのだから、W杯で勝利国を連続で当てるタコ以上に、簡単には信じられない。
「もうボチボチ、ですぅ」
と、ヒョコッという感じで、サリィの前に一人の少女が現れた。
ツインロールパンナちゃんこと、ミレイナ・ヴァスティだ。
十代も半ばという若さの彼女だが、この歳でレディ・アンの秘書に抜擢され、前任のシーリン・バフティヤールに勝るとも劣らない働きを見せる、相当な才女である。
「そうね、ボチボチね」
「で、どうするんですぅ?」
「どうするも何も……現状では、動くしかないわね」
「信じたんですかあ? アレを」
「信じると言うより、信じざるを得ない、かしらね」
『客人』が自分のところに来た理由というのを、サリィは把握している。
すなわち、レディ・アンが事態の深刻性、重要性を見抜き、門を開いたということだ。
そうでなければ、サリィに直接『客人』は来ない。
至るまでに、追い返されているはずなのだ。
「ミレイナはどうなの?」
「信じて良いかわからない、ってところですぅ」
「まあ、普通はそうよね」
ミレイナの素直さに、サリィはクスリと笑った。
信じろという方が、確かにおかしいのだから。
現物でも見れば、また違ってくるのだろうが……。
「でも、今は別のことが気にかかってるですぅ」
「別のこと?」
「皆さんが理解出来るですかねえ、と」
「……うーん」
サリィとミレイナは、『客人』から説明を受けたが、それでもまだ完全に信じるには至ってはいない。
果たして、外出テスト組が「オッケー納得!」となるだろうか。
ガンダムパイロットはまだ良いとして(それでもおそらく信じはすまい、彼らなりの態度で疑問を示すはずである)、何よりの問題は、模擬戦二千回不敗のスペシャルと、ワンマン武士道アーミーの二人である。
「会わせるおつもりなんですかあ?」
「そりゃあ、会わせるわよ。出ないと話が前に進まないじゃない」
「えー、でも絶対こじれると思うですぅ」
「こじれるでしょうね」
「うー、不安ですぅ」
GNドライブの情報を持ってきた『客人』は、まだ面識が薄い分大丈夫だろうと、サリィは踏んでいる。
だが、別の『客人』はどうか。
コーラサワーにとって天敵とも言える人物が何しろいるのだ。
それに、マスコミ関係の人間もいる。
「荒れたら困るですぅ。お茶の湯呑み、買い替えたばかりだから、何かのはずみで割れちゃったりしたら勿体ないですぅ」
「最悪の場合、席を外してもらうしかないわね」
「それがいいかもですぅ。どーせスペシャルさんとブシドーさんには理解出来ないと思うですぅ」
「まあ……そうでしょうね」
サリィはまたまた溜め息をついた。
形的にはスペシャルことパトリック・コーラサワーも、ブシドーことグラハム・エーカーも、サリィの部下ということになっているので、命令というやり方で強引に話を纏めることは出来る(まあ完全には出来ないだろうが)。
だが、事が事だけに、理解しないままに出動をさせる、というのも危険ではある。
「じゃあミレイナ、応接室の『客人』達に声をかけてきて。あと、お茶も淹れ換えておいて」
「はーいですぅ」
踵を返したミレイナの背中に視線を送りつつ、サリィは思った。
まあ、なるようにしかならないわね、と。
そして、ミレイナがドアを開けた瞬間、騒がしい連中の騒がしい声が、サリィの耳に聞こえてきた。
帰還を知らせる、声が。
プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――
【あとがき】
コンバンハ。
忙しェ――――――――――――ッということで次回までサヨウナラ。