00-W_土曜日氏_15

Last-modified: 2008-09-17 (水) 17:45:40
 

 世界統合政府AEU自治区モラリア。

 

 かつては軍需産業を主導政策としておおいに栄えた国であったが、とある事件をきっかけに政府が主権を放棄、AEUに特殊自治区として組み込まれた地域である。
 そういった背景に目をつけたOZが、開発工場まで組み込んだ大規模な軍事基地を築いたものの、OZ崩壊を機に廃棄され、結果的に今は寂れたところになってしまっている。

 

「いやぁぁぁぁぁあっっっ、ほぉぉぉぉぉぉぉぅうううう!」

 

 で、そんな場所で喜々としてお仕事に励む奴がお一人。

 

「おおおう、あれも破壊ターゲットかあ? ならば俺の敵だーあああ!」

 

 跳ね散る金属片、舞い飛ぶアスファルト、太陽の光を乱反射するガラスのかけら。
 その中で作業用MSに乗って破壊活動、もとい処理活動にいそしんでいるのは――

 

「待ち焦がれたぜ、この瞬間! 出番があるってサイコーだぜこりゃあー!」

 

 元AEUエースパイロット、スペシャルで模擬戦二千回の男。
 性格に問題ある28歳パトリック・コーラサワーその人だった。

 

          *          *          *

 

「しっかし、うるさい奴だぜホント」
「退院できてうれしいんだろう。ほっておけ、あいつが頑張れば頑張る程おれたちの仕事は減って楽になる」
「でもいいんですか? ほっておくと手を出しちゃいけない発電ブロックまで壊しそうですよ」
「かまわないだろう。どうせ跡地に入ってくるのはナントカとかいう大企業だ」
「壊したら壊したで、政府が違約金をふんだくられるだけだ。俺たちの腹は痛まん」
「……プリベンターとしては、腹は痛まないけど胸が痛むわね、そうなると」

 

 現場指揮のサリィ・ポォ以下、ヒイロ、デュオ、トロワ、カトル、五飛は半ばあきれながらコーラサワーの“活躍”を眺めていた。
 ガンダムを側に置いて幾多の戦場を駆け抜けてきた彼らからすれば、人のいない軍事施設の解体など赤子の手を捻るより簡単であり、意義ある仕事とはいえ、心が躍るようなものではない。
 これはパイロットとして死線を潜ってきた彼らの拭い難い習性のようなもので、カトルのように好戦的と言えない人間でさえ、死がすぐ近くにあった戦場のスリルを時折懐かしく思うことがある。
 《マリーメイアの乱》の折、五飛がヒイロに言ったように「戦うことで充足を覚える」部分が人間を構成する因子の中に確かに組み込まれているのだ。
 強い敵を倒し生き残ることで得られる、魂を削る快感と自己嫌悪に似た憂鬱さ。
 それは、麻薬に似ており、一度パイロットを経験した者なら、死への恐怖と等価値の地平で感じるもので、戦いから離れた時、安息とともに物足りなさを強いてくるのだった。
 もっとも、戦いの残酷さもよく知る彼らであるから、再び戦争の色が世界に落ちないことを強く願ってはいるが……。

 

「ははは! 見てるかお前ら、スペシャルエース様が復帰したからにはもう安心だぜぇぇぇぇ!」

 

 ヒイロやコーラサワーが乗っているのは、リーオーを改修した作業用MSである。
 戦闘用のOSがインプットされていないため、銃器を持てはしても扱うことは出来なくなっている。
 パワーも反応速度もリーオーのそれより意図的に下げられており、言わば『人型をしたブルドーザー』といったところだろうか。
 ガンダムを操っていたヒイロたちからしてみれば、玩具も同然のものだ。

 

「次ィ! 次々ィ! ははははは、ギッタギタにしてやるよぉー!」
「楽しそうだな、オイ」
「ああ、見ている方が痛々しくなるほどにな」

 

 壁に飛び蹴りをかまし、鉄骨を圧し折り、コンクリートを剥がす。
 コーラサワーの作業用MSの踊りっぷりは、どこか積み木を嬉しそうに壊す幼い男の子のそれに近かった。

 

          *          *          *

 

「みんな、処理作業中止! MSの動力を止めて降りてきて!」

 

 サリィ・ポォの緊張した声が現場に響いたのは、“処理”を開始してから二時間程経った頃だった。

 

「どうした?」
「何があったんですか? サリィさん」

 

 五人のガンダムパイロットはサリィの言葉に従ってそれぞれのMSをストップさせ、コクピットから出た。
 戦場経験の豊富な彼らは、聞き流していい時と真剣になるべき時を肌で覚えている。
 サリィの口調に、五人は等しく感じ取ったのだ。
 今は軽口なぞを叩いていい場面ではない、ということを。

 

「どうしたっての?」
「目の前にあるA3ブロックなんだけど、あそこはどうやら浮上式の迎撃ミサイルシステムがあるみたい」
「迎撃……? 基地を廃棄する際にシステムは切られているんじゃないのか?」
「それが、さっき念のために回線を繋いで調べてみたんだけど、ここだけどうやらミスか何かでそのままになってるみたい」
「え? じゃあ生きてるんですか、システムが」
「そういうことになるな」
「オート機能なら近づいただけでシステムが起動するぞ」
「やれやれ、夜逃げする時はきちんと後始末してから出ていけってんだ。言うだろ、『立つ鳥跡を濁さず』ってね」

 

 五人の言葉を受け、デュオはポリポリと頭をかきながらモラリアの先人たちに悪態をついた。
 おかげで俺たちが苦労するじゃねーか、という表情がありありと顔に浮かんでいる。

 

「で、どうする?」
「……発電ブロックを壊しましょう。電力が止まれば、システムもダウンするはずよ」
「え、それよりシステム管理室を押さえてプログラムを強制終了させればいいんじゃないですか?」
「このブロックはそれでいいかもしれないけど、もしかしたら他にも同じように“生きてる”ところがあるかもしれないわ」
「なるほど、元から断つわけか」
「ええ、発電ブロックを潰せば、全てを無力化出来る。破壊厳禁とかはこの際言ってられないわ、現場の判断よ」
「なら丁度いい、あのプリベンター・バカにやらせろ。大喜びでぶっ壊すぞ」
「それもそうね、なら今すぐ……」

 

 サリィはコーラサワーを呼びだそうとインカムをセットした。
 そして『電力ブロックを壊せ』と指示――

 
 

「はーっはっはっはっは!」

 
 

 ――を出そうとした直前、六人の頭上に大音響が轟いた。

 

「話は聞かせてもらったぜ、お前らぁ!」
「な、何だ?」
「あんのバカ、マイクを最大音量にしやがって!」

 

 肩をいからせ、ガションガションと六人に向かって歩いてくるコーラサワー(の乗る作業用MS)。

 

「ふははは、俺の集音性能を舐めるんじゃねえぜ」
「……MSの、じゃなくて?」
「へっ、とにかく全ては俺に任せておけってこった!」

 

 コクピットを開けて半身を乗り出すと、コーラサワーは拳をドンと自分の胸に叩きつけた。
やる人がやれば実に頼もしい行為なのだろうが、彼がやると逆に不安をかきたてられる仕草になるから不思議である。

 

「な、なら事は早いわ、いますぐ電力ブロックを……って、どっち行ってるのよ!」
「お、おいおい、そっちは逆だぜ、A3ブロックじゃねーかっ!」
「とち狂ったか、あいつ」

 

 コーラサワーの作業MSは助走をつけると、電力ブロックではなく迎撃システムのあるA3ブロック目掛けて一直線に突っ込んでいく。

 

「ふははは、観念しろ迎撃システムッ! このスペシャル様が真っ向から相手してやる!」

 

 自信満々のコーラサワー28歳独身。
 しかしどこまでも自分にだけ得な性格と言えよう。
 根拠のない自信が心臓の奥から無限に湧いてくるのだから、他人に褒められるということを必要としない。
 まあ、テレビ画面通して見てる分には楽しいが、生で目の前にするともうウザイを通り越してひたすらイタイが。

 

「退避、退避ッ! みんな、とにかく後方に下がって!」
「……起動したらミサイルでハチの巣だな、あのバカ」
「作業用MSは空を飛べないんですよ!? 運動性もないんですよ!? 木端微塵ですよ!」
「いっそ後腐れなくていいかもしれんな」
「殉職したら盛大な葬式を営んでやろう」
「って、とにかく逃げろーっ!」

 

 全速力でブロックから離れるサリィたち六人。
 彼らと逆の方向にコーラサワーは突撃し、そして。

 

「ダメ!? やっぱりシステムが起動した!」

 

 走りながらも携帯型パソコンで回線をチェックしていたサリィが叫んだ。
 事実、A3ブロックでは地面が左右に割れ、ミサイルシステムが地下からゴゴゴゴと浮きあがってきていた。

 

「ふはははは! かかってこいやミサイルども! この俺が真っ向からしょ、う……ぶ……?」

 

 ミサイルシステムは完全にコーラサワーの目の前に姿を現した。
 A3ブロックすべてを埋め尽くす形で。

 

「な、な、な、なんじゃーこりゃーっ!」

 

 驚愕のコーラサワー。
 無理もない、浮上式のミサイルシステムというところから、規模はよくて数基だと思いこんでいたところにこの衝撃の事実。
 一匹くらい捕まってるかな、とゴキブリホイホイを覗いたら、中がぎっちりゴキブリ鮨詰めになっていたようなもんである。

 

「ざ、ざ、ざけんなコラーァァァア!」

 

 オバカなコーラサワーさんでも、衆寡敵せずという原則はわかっている。
 壁に体当たりする勇気と無鉄砲さを持っている彼とはいえ、さすがに見えてる針山にフライングボディアタックを仕掛ける程、愚かではない。
 くるりと作業用MSを反転させると、脱兎の如くシステムからの逃走を図る。

 

「こんなの模擬戦のプログラムにもなかったぞバカヤローッ!」

 

 いくら悪態をつけど、システムは入力された命令を忠実に(そして無情に)実行するのみ。
 A3ブロック全てのミサイルが、コーラサワーの作業用MSを狙うべき的として容赦なく発射される。

 

「うわわ、うわ、うわあわわわわわっ、ボケッ、カスッ、ドアホーッ!」

 

 パワーペダルをベタ踏みし、コーラサワーはMSをフル速度で走らせる。
 こんな時でも口が悪いのは、さすがと言っていいのか悪いのか。

 

「ざけんじゃ、ねぇぇぇぇぇえええええええええ!」

 

 獲物を狙う蛇のように飛ぶ誘導ミサイル。
 地面をガションガションと走って逃げる作業用MS。
 そして。

 
 

「うわ、うわ、うわ、うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁ……」

 
 

 閃光が、弾けた――

 

          *          *          *

 

1「A5、B6、B13、C8、D16……これらのブロックの残存建築物はゼロ」
「A7、こちらヒイロだ。ハンガーのようだが、MSで破壊する必要を認めない。瓦礫の山だ」
「トロワ・バートン、B1ブロック。同じくだ」
「E1、カトルです。ヘリの発着所ですけど、ミサイルの着弾による陥没があります。完全に使用は不可能な状態です」
「五飛だ。D9は焼け野原だ。廃棄物処理場があったようだが、もう確認できん」
「へいへいB7はデュオ・マックスウェル、MS工場だけどこっちも同様だね、作業用MSよりパワーショベルとトラックが必要だぜ」

 

 OZの遺した軍事基地、そこは“軍事基地があったところ”になっていた。
 あちこちの地面に空いた大穴と、ボロボロになった建築物が事の顛末を如実に物語っている。

 

「しかし……何というかこりゃ。結果的に手間が省けることになったな」
「瓢箪から駒だ」
「転んでもただでは起きないって、こういうことを言うんでしょうか」
「ちょっと違うと思うぞ、カトル」

 

 作業用MSを使って、処理活動を行う必要すらなくなった元基地。
 どうしてこうなったかというと、それはもう我らがパトリック・コーラサワー君の大活躍があったために他ならない。

 

「何にせよ、奴のおかげで仕事は大幅に短縮された」
「手柄と言っていいのかしらね、これは」

 

 迎撃システムが生きたままのブロックに突っ込んでいったコーラサワーは、本来なら『究極の天然オバカ』『KYの極地』として糾弾されてしかるべきである。
 しかし、何が幸いするかわからないのがこの世のおもしろさと言えようか、起動したミサイルシステムがコーラサワーの作業用MSのみを狙うべき的としてくれたために、軍事基地の一気解体が成せられたのだ。

 

「だけど俺はちょっと感心したぞ」
「何がだ、デュオ?」
「いや、模擬戦二千回もまんざら伊達じゃないってことさ」
「うむ……確かに見事ではあったな」
「ですね、あの避けっぷりは神技ですよ。とても僕なんかじゃ真似できません」
「それも飛べない作業用MSだからな」
「こどもの頃テレビで見たアニメを思い出したわ。ああやってミサイルを避けるの、何とかサーカスって言うんじゃなかったかしら」

 

 責めるどころか、反対にコーラサワーを褒める六人。
 これは決して皮肉でも嘘でもない、心からの賛辞である。

 

「悪運も相当強いな、あれは。なるほど、スペシャルってか?」
「それだけは認めてやってもいい」
「まあな」

 

 誘導ミサイルはことごとくが、コーラサワーを狙って飛んだ。
 そして彼は基地中を走りまくり、それを全てかわしきった。
 操縦技術うんぬんではとても語ることのできない悪魔的な“逃げっぷり”と“避けっぷり”、邪念を寄せずひたすら回避に努めたとしても、とてもとても余人が成し得ることではない。
 カトルが語ったように、例えガンダムパイロットでさけも無理であろう。
 何せ作業用MS、空は飛べないしレスポンスは戦闘用レベルにないしパワーもスピードもない。
 それで迫りくるミサイル全部から逃げきれたのだから、もう恐ろしいを越えてあほらしいのレベルである。
 さらにご丁寧に基地の全ブロックを走りまわってくれたので、ミサイル誤爆で解体の手間まで省いてくれたとあっては。

 

「アイツならビームが発射された後でも避けられると思うね、俺は」
「なら今度試してみろ」
「……その機会はトロワに譲るとするわ」
「俺もいらない。謹んで五飛に託す」
「知らん。カトル、お前がやれ」
「何で僕が!?」
「はいはい、無駄口叩いてないで! トラックの通路を確保したら、あとは解体屋に引き継ぐわよ!」

 

 和気藹藹(?)と瓦礫の撤去作業へと移行するガンダムパイロットと、それを指揮するサリィ。
 で、我らがAEU、もとい英雄のパトリック・スペシャル・コーラサワーさんはと言えば。

 

「へ、へへ……見ひゃか、スペひゃるでもぎゅしぇんにしぇん、かいむ……ゲホッ、ちぇきのエェーシュにょ、ちきゃら……」

 

 基地の外、プリベンターのトレーラーの屋根の上で太陽の光を浴びながら、精魂尽きた状態で仰向けに。
 頬はこけ、瞳に精気はなく、肌は土気色だが、お得意の台詞を吐けるだけの気力はまだ残っているようである。
 もっとも、完全に絞りカスな気力ではあろうが。

 

「ひ……ひゃっ、ほ、ぉぉぉ、おおお、ぉぉう……げほ、げへげひ、げほげほぉぉ、げぼ……」

 
 

 頑張れコーラサワー、戦えプリベンター・バカ。
 本編に次々現れる正統な敵役キャラたちに負けるな!
 ライバルポジションなぞ端から無視しろ!
 そんなもんは乙女座や傷親父、アリなんとかにくれてやれ!
 ラストマンスタンディングだ、生き残れば勝ちだ!
 お前はお前の道を行け!

 

「げほ、げほげほげほぉぉぉ……う、げっ」

 

 

【あとがき】
 放送日の夜にコンバンワ。
 スタッフは完全に狙ってやってますなあの扱い、ということでサヨウナラ。

 
 

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