00-W_土曜日氏_150

Last-modified: 2011-03-27 (日) 17:45:29
 

「ふいー、いい湯だったぜ!」

 

 男は全身から湯気を立ち上らせつつ、破顔した。
 纏っているのは、腰に巻いたバスタオル一丁と、額を覆う絞り手拭いのみ。

 

「湯上りにはやっぱりコレだろ、コレ!」

 

 そして男は更衣場に備え付けられている自動販売機で、『特選搾りたて牛乳』を選び、ガチャコンと音を立てて取りだし口に落ちてきたそのビンを掴むと、勢いよくフタを開け、ぐいぐいと一気に飲み干した。

 

「カーッ! サイッコーにイヤッフーだな、おい! お前ら!」
「……サイッコーにオヤジだな、お前」
「しかし、今時いたんですね、お風呂上りに牛乳を一気飲みする人って」
「しかも、タオルを捩じりハチマキにしてな」
「さらに、片手を腰に当てて」
「おまけに、胸を反らして不動ときている」

 

 男の名前はパトリック・コーラサワー(・マネキン)。
 そして彼に続いた声の持ち主は、かつてガンダムパイロットと呼ばれていた少年達。

 

「何だあ!? 何か文句あるのか? お前ら!」
「別にないが、まあ何と言うか、お約束過ぎる奴だと思ってな」
「そんなに大したもんか? 基本だろ、一応」
「基本ねえ……むしろそれが似合うのはお前より、入浴中も仮面をつけたままのあの男の方だと思うんだが」

 

 ここはアザディスタン、その首都の一角にあるホテルの中の大浴場。
 そう、プリベンターは今、トップのレディ・アンを除いた全員がこのホテルに集っているのだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 マイスター運送よりもたらされた、『究極の動力炉』GNドライブと、マイスター運送創設者であるイオリア・シュヘンベルグの『遺産』の情報。
 そしてそれに絡む『陰謀』を阻止するべく、プリベンターはアザディスタンにやって来た。

 

「アイツ、出てこないな」
「サウナにずっと入りっぱなしだ。かれこれ三時間以上になるな」

 

 コーラサワーと会話しているのは、少年達の一人、デュオ・マックスウェルである。
 で、デュオが言った『仮面をつけたままの男』、コーラサワーが言った『アイツ』とは、もう説明の必要もないと思うが、プリベンターのメンバーの一人、グラハム・エーカーのことに他ならない。

 

「倒れるぞ、そのうち」
「……すでに倒れた奴がいるがな」

 

 デュオの視線の先では、一人の男が寝そべっている。
 冷水をたっぷり浸したタオルを額に置き、うーうーと唸りながら扇風機に当たっているその男は、これまたプリベンターのメンバーの一人、ジョシュア・エドワーズ。
 こちらこそ本当にお約束なのだが、またしてもグラハムの『修行』(※耐久サウナ)に無理矢理つきあわされ、我慢出来ずに早々に脱落したのであった。
 長時間のサウナ利用は危険です、良い子は真似しないように。

 

「しかしまあ、立派な大浴場じゃねえか」
「……立派っちゃ立派だな、確かに」

 

 このホテルの大浴場は、男女合わせてサッカー場の面積程もある。
 と言うか、一つの階をまるまる浴場としており、無駄に広すぎとも言える。

 

「広い風呂は好きだぜ、俺は」
「泳げるからか」
「そうそう泳げるから……って違うわ! 気分の問題だ!」

 

 アザディスタンは、つい先頃までは、『ド』がつく程の貧乏国だった。
 石油資源は枯渇し、隣国との長い争いの果てに、国土も国民も消耗しきっていた。
 さらに国際的地位が無い為に、太陽光エネルギーの供給網から外され、レアメタルの鉱脈が発見されてさあこれから逆転の道へ、というところでOZの侵犯によって国は解体の憂き目を見た。

 

「だけど、感慨深いものがあります」
「カトル……」
「僕の父も、まさかここまで復興が速いとは思ってなかった、と言ってましたから」

 

 世界が統一され、新政府が生まれ、アザディスタンは特殊自治区となった。
 そして、レアメタルの他に、観光を国家財源の柱に据えることで、短い期間で潤いを取り戻しつつある。

 

「あの姫さん、結構やり手だったんだなー」
「とてもそうは見えんけどな」

 

 その中心となったのが、元アザディスタンの第一皇女、マリナ・イスマイールである。
 OZの台頭以前から、王家の人間として外交と内政に飛びまわっていたのだが、その頃はどうにも「理想のみが先走りがち」であり、太陽光エネルギー問題においても、国内の民族・宗教紛争においても、とかく頼りなさげな人物であった。
 OZによって一時はその身柄を拘束されるも、その解体時に解放され、アザディスタンに戻り、再び国政の主の座に返り咲いた。
 それも、自らが積極的に望んだからではなく、「誰も責任を負える人間がいない」という理由で、担ぎ出されたのだが……。
 なお、シーリンがマリナから離れ(嫌気がさしたわけではなく、統一政府の内側に入ることで、マリナをサポートしようとしたらしい)、カトル・ラバーバ・ウィナーの父がアザディスタンへの支援を厚くしたのは、この過程中のことになる。

 

「もともと凄く責任感の強い方ですし……」
「経営の才能もあったんだろうな」

 

 マリナが採った近隣協調、積極復興路線は何だかんだで実を結び、アザディスタンは物心両面で、平和と豊かさを、徐々に取り戻しつつある。

 

「これだけデカいホテルが建てられるようになったんだ、すげーよな、あの姉ちゃん」
「……ホテルは国の金で建ってるわけじゃないけどな」

 

 自治区外からの企業誘致が上手くいったおかげ、というわけである。

 

「つうか、とっとと着換えろよ。いつまでバスタオル一丁でいるつもりなんだよ」
「バーカ、この格好が気持ち良いんだろうが」
「……嫁さんと一緒にいる時でもそうなのかよ」

 

 嫁さんとは、コーラサワーの妻であるカティ・マネキンのことである。
 プリベンターのメンバーではないので、もちろん同行していない。

 

「まさか。女性と一緒の時はちゃんと然るべき格好に決まってるだろ」
「あー、そう」
「女性と一緒で風呂上り、なんてのはもう状況が限られるだろ。雰囲気ぶち壊しなことするかよ」
「そのナリが雰囲気ぶち壊しってことは一応認めるんだな」
「これはこれで気持ち良い、でも女性と一緒ならこの後もっと気持ち良いからな」
「サイテーだな、お前」
「最低言うな、当然のことだ。……あ、言っとくけど、結婚前の話だからな! 今はそうするの、嫁さんだけだからな!」
「わかっとるわ! いいから早く何か着ろ!」

 

 ガンダムパイロット達は、もう既に全員着替えが終わっている。
 ドライヤーもかけ終わり、何時だって浴場からの引き上げが可能である(しかし、デュオとトロワは髪を乾かすのが大変そうな気がする)。

 

「わーったよ。……で、あそこでぶっ倒れているバカはどうすんだよ」
「いざとなったら医務室行きだな。まあ、当面は寝かしておけよ」
「風邪、ひかねえかな」
「そう思うんだったら、お前が担いで部屋に連れ戻してやったらいいだろ」
「嫌に決まってるだろ、何で男を抱えていかなきゃなんないんだよ」

 

 哀れ、ジョシュア。

 

「で、夕飯は何だって言ってた? あの姫の姉ちゃん」
「……カニでないことは確かだな」

 

 本格的な調査は明日からすることになっている。
 今日は、その意気を養う為に、合成、もとい豪勢なディナーがプリベンターに振る舞われるのだ。

 

「オデコ姉ちゃんたちはもう風呂からあがったかな」
「確かめてこいよ」
「よっしゃ、ちょっと言って来る」
「おいコラ待て、本気で行くな!」
「まるっきり覗きと同じだな」
「確実にフライパンが飛んできますね」

 

 女風呂には、現場リーダーのサリィ・ポォと、雑務担当のヒルデ・シュバイカー、レディ・アンの秘書のミレイナ・ヴァスティがいる。
 まだ湯船の中にしろ、着替え中にしろ、そこに入っていったら間違いなく半殺し確定である。
 なお、マイスター運送の面々や、人類革新重工の二人、そして報道記者の絹江・クロスロードは、後日合流する予定になっている。

 

「まだかー、って聞きにいくだけだろ」
「それがマズイってんだよ、それに、他の客もいるんだぞ」
「お前が確かめてこいって言ったんだろ、みつあみおさげ」
「普通行かないだろ、冗談と思うだろ?」
「思わねえなあ」

 

 会話だけなら何とも天然臭バリバリなコーラサワーだが、これは、プリベンターの女性陣を異性としてあまり気にしていないが為でもあろう。
 かつては多くの女性と浮き名を流したレディ・キラーなコーラサワーだが、カティ・マネキンと出会ってからはとにかく彼女一筋であり、他の女性は目に入らなくなっている。
 無論、美人にはちゃんと相応の評価を与えたりはするが、恋愛やら性的欲求の対象からは外れてしまっているのだ。
 浮気の危険性ゼロ、という意味では、案外良い夫なのかもしれない。
 それ以外は知らないが。

 

「とにかくやめとけ」
「わーったよ。なら、部屋に戻るか」
「夕食まで……あと一時間くらいありますね」
「マリナ・イスマイール、来ると言っていたな」
「ああ、そう言っていた」

 

 ヒイロ・ユイとトロワ・バートンは目を見合わせた。
 その横で、ムスッとした表情で、張五飛が頷く。

 

「はは、ははは……」

 

 その行為の意味を正確に察し、カトルは頬をかきつつ、苦笑した。
 マリナ・イスマイールは少年愛とまではいかないが、ややショタコン傾向にあり、ガンダムパイロット達にえらくご執心なのだ。
 「紛争に巻き込まれずに少女時代にマトモに恋愛出来ていたら」とは、彼女をよく知る、マスード・ラフマディ師の言葉である。

 

「大丈夫ですよ。……多分」
「そう願いたいな」

 

 アザディスタンにプリベンターが到着した時、マリナはガンダムパイロット達に抱きつかんばかりの勢いだった。
 色々と仕事がある為に、結局出迎えのみで、その場は別れたが、もし仕事がたてこんでなければ、間違いなくこのホテルまで同行していたことであろう。
 つうか、ちゃんと仕事を優先した辺り、十分に彼女はエライ。

 

「美味いメシ、楽しみだな、オイ」
「言っとくが、観光で来たんじゃねーからな」
「わかってるっての。イヤッフ♪」
「こりゃダメだ」
「何時ぞやの密漁事件の時と同じか、コイツは」

 

 浴衣姿(コーラサワーが何処からか持ってきた)の三十代妻持ち・元AEUのエースの背中を見つつ、ガンダムパイロット達は眉根を寄せて、一様に溜め息をついた。
 デュオは呆れたように。
 カトルは困ったように微笑みつつ。
 ヒイロは聞こえないように小さく。
 トロワは首を左右に振って。
 五飛は何時でもぶん殴れるよう、拳をさすりながら。

 
 
 

 なお、ジョシュア・エドワーズとグラハム・エーカーが宴に合流するのは、これから実に三時間後のことになる。
 その頃には料理が冷めきってしまっていたのは言うまでもない。
 で、グラハムが全然そんなことを気にせず「これも修行!」とバクバク胃袋に収めまくったのも言うまでもない。
 さらに、半裸で長時間放置されたジョシュアが食事出来る状態になかったのも、言うまでもない。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の宴は続く―――

 
 

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