「突然だけど、新メンバーが二人、やってくることになったわ」
サリィ・ポォが唐突すぎる程の唐突な発言をしたのは、プリベンターの朝の定例ミーティングの最後のことだった。
ちなみに、定例ミーティングと言っても、おはようの挨拶と今日一日の予定確認だけの内容なのだが。
「いきなりだな」
「話の都合上ね」
「……便利な言葉ですね」
あきれ顔になるカトルだったが、驚きはしなかった。
前々からプリベンターの活動をより確かなものにするためには、現場戦力の増強が必要だと思われていたからだ。
一流の工作員にして一流のMSパイロット揃いのプリベンターに、何をいまさら補充人員かという向きもないことはないのだが、そこはそれ、話の都合上。
「どんな奴なんだ?」
五飛がちらりと視線を横に飛ばしながら尋ねた。
五飛の目の先には、誰も座っていない席がひとつある。
誰の椅子かと言えば、例のプリベンター・バカ君のものである。
朝のミーティングの時間に堂々とトイレに行ってたりなんかするわけだが、別に彼がいてもいなくてもミーティングを始めてしまう辺り、彼のこの組織での扱いが垣間見えて実に微笑ましい。
「一人は元パイロットで、戦略戦術論に長けていて所属していた軍ではエースだった人よ」
「……エースと聞くと何故か不安になるんだが」
五人のガンダムパイロットの脳裏に、自称スペシャルエースな男の稚気たっぷりな笑顔が浮かびあがる。
本来ならとても名誉ある呼称なのに、すっかりここのところ懐疑的になってしまっているヒイロたちである。
「大丈夫だと……思うわ。レディ・アンのレポートには特におかしなところはなかったし」
「信用ならん」
ま、そりゃそうだ。
「で、もう一人は?」
「もう一人は女性。レディ・アンの古い友人で、実務面での支援をお願いするそうよ」
「まともな奴なんだろうな」
「……大丈夫だと、思うわ」
レディ・アンのレポートには、という部分はあえて省いて答えるサリィ・ポォなのだった。
* * *
「すいません、プリベンター本部はここですか?」
朝のミーティングから十分程経った後、不意にプリベンター本部の呼び鈴が鳴った。
世界政府議事堂の一室にある特務機関なのに呼び鈴、とは深く考えないでいただきたい。
これも話の都合上。
「はーい、どちらさま?」
「もしかして例の新人か?」
「さぁ……こんなに早く来るとは聞いてないけど」
サリィは首を傾げながら、ドアを開けた。
そこに立っていたのは、二人の若い男だった。
「どうも、マイスター運送のものですが」
「……お届けものだ」
深い緑の髪の長身の青年と、黒い髪のやや小柄な少年。
二人は【マイスター運送】と小さく胸に入ったツナギを着て、とても大きな箱を抱えていた。
「刹那、お客さんの前ではきちんとした言葉を使わないと。……すいません、まだ彼は見習いなんですよ」
「……愛想を売るのは苦手だ、アレルヤ」
「そういう問題じゃないと思うけどね。ああ、すいません、あの、受取確認のハンコ貰えますか?」
二人は箱を床に置いた。
実に人でも入っているかといったくらいに、大きな箱だった。
「……」
「あの、ハンコを」
「あ、ああそうね」
サリィはハンコを取り出すと、ポンと押した。
「確かに。どうも有難うございました」
「……」
「? 何か不都合がありましたか? ああ、彼のことなら後で強く言っておきますので」
「いえ、その」
「はい?」
「出番、これだけ?」
「……? 何のことかわかりませんが、もう一人の僕が『これだけだぜアレルヤ!』と言ってます」
はい、アレルヤと刹那の出番はこれだけです。
今のところ全然話に絡めるつもりありませんので、あしからず。
* * *
マイスター運送の二人はプリベンター本部から去った。
そして、箱だけが皆の前に残った。
「何、これ?」
「私にもわからないわよ」
「差出人は……どこにも書いてませんね」
実に奇妙な箱だった。
ダンボールなのは間違いないのだが、中身や差出人を記したものがどこにも見当たらなかったのだ。
「まさか、爆弾じゃねーだろな」
「……議事堂に入る時に非破壊検査が入るはずだから、そんなことないと思うけど」
「とりあえず開けないことには話にならない。トロワ、お前が開けろ」
「断る」
「ならヒイロだ」
「嫌だ」
「ならカトル」
「……五飛、自分で開けて下さいよ」
それぞれに権利を譲り合うガンダムパイロットたち。
なんと麗しい友情だろうか。
違う気もするが気にしない。
これも話の都合上。
「いい加減あのバカがトイレから戻ってくるだろ、あいつに開けさせろよ」
「情けないわねー、箱を開ける開けないくらいでバタバタと。仮にもガンダムに乗ってた人間が……」
ヒルデが溜息をついた、いや、ガンダムという単語を発したまさにその瞬間。
箱が、内部から開いた。
というより、弾けた。
「ガーンダームーッ!」
「うわあ!」
思わず後方に数歩飛び退るガンダムパイロットたち。
それぞれに身構えたのは、さすがに訓練のタマモノといった感じか。
「ガンダム! うーんガンダム! 素晴らしい響き!」
箱の中から飛び出てきたのは、何と本当に人間。
ブロンドに近い栗色の髪をした、なかなかに整った顔立ちの若い男である。
「ガンダムパイロットたちとともに働くことができようとは、ふふふ、乙女座でセンチメンタルな私には運命を感じずにはいられない!」
グレーのスーツに身を包んだその男は、自分の言葉に酔うかのように目を閉じて肩を震わせる。
おそらく感動しているのであろうが、正味の話、完全に変人にしか見えない。
「あ、あ、あんた誰だ!」
デュオが誰何の呼びかけを行う。
中腰になっているのは怯えているせいではなく、返答次第ではすぐにでも飛びかかれるようにするためだ。
「ああこれは失礼、私の名前はグラハム・エーカー。今日からここでお世話になる者だ」
「お世話ぁ!?」
「……男ってことは、コイツが例のエース様か」
「また、おかしな奴が増えるのか……」
一気に脱力するガンダムパイロット、そしてサリィにヒルデ。
しかし、本当にエースと呼ばれるような男はどうしてこうもちょっとネジが緩んだ奴が多いのか。
彼らの前に現れるのが、たまたまそういった奴ばかりなのか、それともエースに選ばれる奴は変人ばかりなのか。
乙女座でもなくセンチメンタルでもない人間にはさっぱりとわからない。
「簡単ながら名前以外にも自己紹介をしておこう。元ユニオンに所属しており、ユニオンフラッグを駆って戦場を」
「いや、そんなことは後回しでいいから」
「む、では何か他に気になることでも?」
「何で、箱に入って宅配便でここに来たんだ?」
グラハムは即答しなかった。
そして十数秒、溜めに溜めて、笑顔で一言。
「話の都合上、だな」
「またかよ!」
いやほんと、これも話の都合上。
* * *
「あの、ちょっとよろしいかしら?」
「おわあ!」
不意の背後から声をかけられて、またまたガンダムパイロットは飛び退った。
どうも今日は、彼らにとって厄日であるらしい。
「こ、こ、今度は誰だあ!」
「あら、誰とはご挨拶ね」
その人物は、皮肉っぽい微笑みを浮かべながら、一同を見回した。
「出迎えの言葉ひとつもないなんて、これはどうしたことかしら? 手を貸せと言われたからせっかく来てあげたのに」
それは、女性だった。
ややツリ気味の目に、堅苦しそうなメガネをかけている。
サリィとそれほど変わらない背丈で、見た目はなかなかに美人であるといえた。
歳の頃はサリィと同じかそれより少し上、行ってて二十代半ばから後半といった印象である。
「先程から見てたけど、たかが箱ひとつにオロオロして、これが世界の平和を守る組織とはとても思えないのだけれど?」
「うわ、きっついわこのねーちゃん」
理知的な響きの声なのだが、内容な実に辛辣で容赦ないものだった。
タイマンで口喧嘩したら、おそらく語彙が豊富なデュオでも勝てないであろう。
「え、えーと、どちらさん?」
「あら、これは失敬。名前はシーリン・バフティヤール、今日からこちらで事務を手伝わせてもらうことになる者よ」
「え、じゃあレディ・アンの友人って……」
「友人……ふん、友人ねえ」
シーリンは中指でメガネのズレを修正すると、鼻先でフッと笑った。
感じの悪い行為なのだが、容姿が美しいせいか、それほど厭味に思えないところがちょっと逆に怖い。
「ま、そういうことにしておきましょうか」
「うわあ、過去に何があったかすごく気になるけど絶対聞けないですね、これ」
冷や汗を流しつつ、妙に冷静に分析するカトル。
たくさんの姉に囲まれて育った彼にしてみれば、何かしらピピッと感じ取るものがあったのかもしれない。
「ではよろしく、サリィ・ポォとガンダムパイロットの皆さん。そしてグラハム氏とやらも……話の都合上で、ね」
「ははは、お手柔らかにお願いしたいものだ、話の都合上」
真正面から視線をぶつけ合うグラハムとシーリン。
口は笑っているが、目は全く笑ってない。
「見える、俺にも見えるぞ、二人の間に一瞬稲妻が走ったのを」
「いや、何でこの二人、いきなり『相性最悪です』みたいな雰囲気を醸し出してるんだ?」
はい、それも話の都合上都合上。
* * *
「いやあ、助かったぜ少年! スペシャルにサンクスするぜ!」
「そんな、お礼なんていいですよコーラサワーさん。僕の方こそ謝らないといけないところなんですから」
「いーや、恩は恩だ、そこらへんはキッチリしとかねーとな!」
で、我らがコーラサワーさんが何をしているのかと言うと。
実はまだトイレの中にいたりするのだった。
「紙がねぇとわかった時はどうしようかと思ったぜ!」
「ごめんなさい、早朝の第一回目の清掃でトイレットペーパーの補充をするはずだったんですけど」
コーラサワーさん、朝の大きなタイムでトイレに入ったのだが、何と出すものを出したあとで紙がロールから切れていることに気付いたのだった。
これはもう人生最大級のピンチなのだが、カミはカミでも、カミサマが彼を見捨てはしなかった。
善い神様では絶対ありえないだろうが、何と清掃員が忘れ物のモップを取りに偶然トイレに戻ってきたのだ。
いや、普段からいらんことはしておくものである。
天の邪鬼な神様がどこで恩恵を施してくれるかわかったものではない。
「それにしても少年、まだ若いがこんな朝早くから働いてるのか? スペシャルに感心だな!」
「これも仕事ですから」
少年はニコリと笑った。
褐色の肌に薄い銀の髪、遠目から見れば少女にも思えるかもしれないほどの線が細いが、瞳に宿る光は強く、言葉づかいも丁寧で発音もハッキリしている。
性格と育ちの良さが伺え、コーラサワーといろんな意味で対照的である。
「少年! 名はなんつーんだ?」
「ロラン・セアックといいます」
「そうか、で、時に少年!」
「何でしょう?」
「出番、これだけか?」
「……何のことかわかりませんけど、多分今回のこれ一回きりだと思います」
「そうか、で、もうひとつ聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「はい?」
「あっちの世界でこれから俺の出番、増えると思うか?」
「……さあ、よくわかりませんけど、多分後一回きりということはないと思います。話の都合上」
「だな! 俺もそう思う! そう思わないとやってられねーもんな!」
ガハハ、と笑うパトリック・コーラサワー28歳。
彼はまだ知らない、あっちの世界で自分よりもずっと出番を多く貰っている人間二人が、こっちの世界でも出番を奪うが如くプリベンターにやってきたのを。
プリベンターと新参二人とパトリック・コーラサワーの心の旅は続く――
【あとがき】
深夜にコンバンハ。
全員無理矢理出しましたが乙女座と眼鏡は本当に継続して出していいのかいや正直キツイです仕事あるので寝ますサヨウナラ。