『……只今ソレスタルホテルの前から中継を御送りしております。最上階のスイートルームに犯人は立て篭もっている様子です』
お茶の間にのっぴきならぬニュースが届けられたのは、丁度昼休みの時間も終わろうかという午後一時過ぎだった。
OZの残党が、世界政府議事堂に程近いホテルを武装占拠したのだ。
戦争が終わって平穏な毎日を取り戻して以降、初めてと言っていい程の大きな事件であると言えた。
「……で、相手は何人だ?」
「それ程多くはないみたいね。せいぜい十数人てところかしら」
「要求は何なんです?」
「OZの再結成と旧権の復帰。はっきり言ってまともにとりあうレベルの話じゃないわ」
さて、こういう時こそ我らがプリベンターの出番である。
と言うか、本来のお仕事はこのような事件が起こるのを未然に防ぐのが彼らの仕事であるのだが、この相手はどうやら小物中の小物らしく、レディ・アンの情報リストの優先順位も下のランクに当たる程度で、ぶっちゃけた話『完全に視界の外にあったバカ共』だった。
逆に言えば、それがゆえに隙を突かれた格好になったわけだ。
しかも御膝元で騒動を起こされた形なので、レディ・アンとしては情けない話だが、事件が解決した後で、おそらく怠慢ということで何らかの叱責を政府から食らうことになるだろう。
「現在、犯人たちはホテルの従業員を何名か人質にとって、最上階のスイートルームに籠城中ね」
「一番高い部屋に陣取ってるってか、かーっ、贅沢な奴らだねえ」
「一応、要人も使うということで扉や壁は頑丈な造りになっているからな。そうした理由もあるんだろう」
「人質がいる以上、警察も迂闊に突入は出来んな。交渉は?」
「政府直属のネゴシエイターがコンタクトしたみたいだけど、まったく通じなくて空振りみたい」
「デキム・バートンの時もそうでした。頭が固くなって、自分たちが正しいと思いこんでる人はどこにでもいるもんですね」
起きてしまった事件に速やかに介入し、被害を拡大させずに解決するのもまた、プリベンターのやるべきことである。
なまじ今回は、小さな蟻に噛まれるのに似たものとは言え、自分たちの油断のせいで起きてしまった事件なのだからなおさらとっとと片付けねばならない。
「……そう言えばあのオバカはどうした?」
「えーとね、現場にいるとうるさいから、あそこに」
サリィ・ポォが指差した方を、皆視線を向けた。
そこは、ソレスタルホテルの真正面、ビーイングビルの一番てっぺんのアンテナの先だった。
「……何してるんだ?」
「あそこはスイートルームの上の位置になるから、そこから双眼鏡で中を見張ってろって言っといたのよ」
「それでバカ正直に上るか、しかし」
「ほら、猿とナントカは高いところが好きだって言うでしょ」
「だけど、狙撃されませんか? 完全に的ですよ」
「撃たれたらその時だな、カトル。立派な葬式を出してやればいい」
「テロリストに罪がひとつ追加されるだけのことだ」
なかなかヒドイ言葉だが、正味の話、側にいられると面倒だから厄介払いをしただけのことである。
コーラサワーの性格からして、こういった揉め事は血が騒いで何をしだすかわからないから、まあそれも正解であろう。
* * * *
「で、どうするんだ?」
「エアコンを使って睡眠ガスを流そうかと思ってるんだけど」
「え? 空調制御室は無事なんですか?」
「……テロリスト失格だな。人質を取っただけで上手く事が運ぶと思っているのか」
「いやトロワ、もしかするとこれは単純に暴発事故じゃないのか」
「ふん、レディ・アンの網にもかからなかった小魚だ。十分にあり得るな。酒か薬でもキメて勢いだけで実行したんだろう」
ガンダムパイロット他、サリィも含めてプリベンターは優秀な工作員だったという過去を持つ。
そんな彼らなので、相手の手際もよくわかるのだ。
「じゃあ、今やっている交渉が終わったらヒルデと私は空調制御室へ、それ以外はスタンガンを持ってフロアへ……」
サリィが迅速に、かつ的確に指示を出す。
実際、彼らが本気を出せば文字通りあっという間に解決してしまうだろう。
「は ー っ は っ は っ は っ は ー ! ひ ゃ ー っ ほ ー !」
……いや、彼らが本気を“出せれば”の話であるが。
そんなの超越して物事を蹴っ飛ばす奴がいるわけで。
で、ビルの天辺に追いやったくらいで、そいつがおとなしくするわけもなく。
「な、何だぁ!?」
「軍事調練用の超強力拡声器だわ! 誰よ、こんなのここで使ってるの!」
「……こんなことするのは、あのバカくらいしかいないと思うぞ」
そう、そのバカことパトリック・コーラサワー君である。
バカ君、アンテナにしがみつきながら、拡声器片手に大音声。
「お ら あ ! 覚 悟 し や が れ ! テ ロ リ ス ト ど も が あ !」
すっかり頭の怪我も完治して、元気いっぱいのコーラサワー28歳。
高いビルの上、さらにアンテナを抱っこという不安定な格好ながら、まったく声が震えていない。
風も強いし、おそらく揺れもあるだろうに、この辺りはさすがスペシャルと言う他ない。
何か違う気もするが。
「て め え ら 悪 人 に 人 権 は ね え ! よ っ て こ の ス ペ シ ャ ル エ ー ス が 成 敗 し て や る !」
気持ちの良いくらいにクソバカな理屈であるが、彼にとってはこれがスリランカ、いや正論なのだ。
コーラサワー、映画やマンガに必ず一人はいる“猪ポジション”な男である。
「あのバカ、何するつもりだ!?」
「ちょ、やめなさい!貴方はおとなしくしてて!これは私たちが片付けるから!」
サリィが血相変えて怒鳴り散らすも、彼女の手元に拡声器はないので、遥か上空のコーラサワーに届くはずもなく。
「人 質 の 諸 君 ! 傷 は 深 い ぞ が っ く り し ろ ! 泥 船 に 乗 っ た つ も り で 待 っ て や が れ !」
「……何言ってんだ、アイツ」
「無茶苦茶ですね」
無茶苦茶でも何でも、それをするのがコーラサワーという男である。
アンテナにしがみついたまま、器用に上半身の衣服を取り去ると、何とその背中には。
「は ー っ は は は ! パ ー ソ ナ ル ジ ェ ッ ト だ ! こ れ で 今 か ら そ っ ち に 突 撃 だ コ ラ ア ァ !」
ぶっちゃけ、ロケットマン。
なんともSFチックな代物である。
「あんのバカ、まさかあそこから飛んでスイートルームに突入する気か?」
「アホだ、正真正銘のアホだ。狙いがつくと思ってるのか」
「見当違いの方向に飛んで、また大怪我するのがオチだな」
「ちょっと!冷静に分析しないで!下手なことされたら、人質が危ないのよ!?」
サリィとしては慌てる他にない。
コーラサワーの独断専行でもし被害が出ようもんなら、プリベンターの存在価値そのものが問われかねない。
「急いで! 彼が飛ぶ前に、ガスを流して正面から突入するわよ!」
「なあ、サリィ」
「何よデュオ!? 急ぎなさい!」
「もう飛んでるぞ、あいつ」
「えええええー!?」
そう、飛んでいた。
まるで南斗孤鷲拳のシンのように、十字の格好でビルのアンテナから空中へダイブ。
フライング・コーラサワー。
飛んで飛んで飛んで、ロケットロケットロケット点火。
「オ ラ ァ い く ぜ え え ぁれ ぉ ぅ っ」
そして―――
「……飛んでったな」
「ええ、さらに高いところに」
「横じゃなく、上に行ったか」
「強すぎたんだな、ジェットのパワーが」
パトリック・コーラサワー、スイートルームのガラス窓ではなく、白い雲と突き破って遥か天空の彼方へとハイフライ。
「成層圏まで行ったかな」
もう、ガンダムパイロットの目にはコーラサワーの姿は映っていなかった。
ただただ、青い空と白い雲が、彼らの視界にあるだけである。
「……サリィ」
「……なあに? 五飛」
「急いだ方がいいか? 突入」
「そうね、今やってる交渉が終わったら、私とヒルデは空調制御室へ。他のメンバーはスタンガンを持ってフロアへ。ゆっくりとでいいわ」
「了解した」
* * * *
一時間後。
世間を一時騒がせたOZの残党によるソレスタルホテル占拠事件はプリベンターの活躍によって解決した。
ちなみに、パトリック・コーラサワーがジェット備え付けのパラシュートを使って大地に帰還したのは、それからさらに十時間後のことになる。
プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く――
【あとがき】
中日にコンバンワ。
そうだ! 出番がないならこっちで好き勝手に動かしちゃえばいいんだでサヨウナラ。