00-W_土曜日氏_27

Last-modified: 2008-09-28 (日) 01:04:24
 

「はっはっは! あえて言わせてもらおう! スペシャル・グラハム=エーカーだとッ!」
「てめえええこらあああ、誰に勝手こいてスペシャルの冠使ってやがるううううっ!」

 

 互いに実力が伯仲した者同士ががっぷりよつでぶつかりあうのを見るのは、サッカーでも野球でもボクシングでも、果ては河原の喧嘩でも何とも心躍るものである。
 『竜虎相撃つ』とはよく言ったものだが、しかし、今バチバチにやりあっている二人はどうもオモムキが違ったりした。

 

「うおらああ、ミツアミおさげえええっ!」
「うわあ、こっちに来やがった」

 

 コーラサワーがデュオに食ってかかる。
 大口開けてがなる彼は、パワーエサを食ってモンスターにかぶりつくパッ○マンにさも似たり。

 

「ウソつきやがったなテメー、何が新人なんぞいないだコラ、ここにいるじゃねーかよぉ、こんのムカツくナルシー野郎がよおっ!」

 

 コーラサワーの指の先には、一人の青年がポーズを決めて立っている。
 アルマーニのスーツで上下をビシリと決め、ブロンズの髪も輝かに、人呼んで乙女座センチメンタリストのグラハム=エーカーその人である。

 

「あああ、バレちまった」
「ウソつく奴は閻魔に舌抜かれんだぞコラァ! 俺は認めねえぞ! ざけんな! パチンコ屋の新台入れ替えみてーに次から次に!」

 

 上機嫌で鼻歌なんぞ唄っているグラハムに対し、とことんコーラサワーはご機嫌斜め。
 まあ、新人はいないと嘘こかれて事実を一人知らなかったわけだから、怒るのも無理はないと思うのだが。

 

「落ち着きたまえ、戦場の息吹を心得ている者はそう簡単に取り乱さないものだ」
「ポエムってんじゃねーっ! 俺は認めねーぞゴルァ! スペシャルは俺様一人で十分なんだよ!」

 

 コーラサワーがイラツイている一番の理由は、嘘にだまくらかされていたことではなく、自分のおいしいポジションを脅かす人間が出てきたことに対する生物的危機感によるものだった。
 つまりはナワバリを荒らされるのがイヤだと言うか何と言うか。

 

「おいどうすんだよ五飛、バレちまったぞ」
「気にするな、俺は気に――」
「それでごまかすなよ! だいたい新人のことを出来るだけアイツに知らせるなって最初に言ったのお前だろ!」
「真正面から紹介したら揉めるのがわかってたからな」
「で、裏門から行って結局こうして大揉めになっているわけだがよ」

 

 パトリック=コーラサワーとグラハム=エーカー。
 どちらもナルシストでありマイペースであり脳みそお花畑な人間である。
 強いて言うなら、コーラサワーはより自信とノリと勢いに任せるタイプで、グラハムはよりおのれの美意識に殉ずるイプと言えようか。

 

「君のような余裕がない人間がプリベンターにいるとは、正直驚き桃の木山椒の木ブリキにタヌキに洗濯機だな」
「やって来い来い大巨神じゃねーっつーの! 格好つけやがってこの自意識過剰野郎!」
「私とて人の子だ、確かに自己愛が無いとはいわない。だが、君には敵わないと思う次第さ」
「回りクドイんだ! ハッキリクッキリ言えやコラーあ!」

 

 似た者にして水と油の二人。
 この場において完全に他のプリベンターのメンバーはカヤの外である。
 サリィは溜め息をついてコーヒーを飲みに喫茶店に行き、ヒルデに至っては鼻をひとつ鳴らすとファッション誌と饅頭持って応接室へと逃げてしまった。
 バカ同士のバカな争いはバカだけで勝手にやってくれ、ということなのだが、さて、こうなるとババを引くのはガンダムパイロットたちである。
 コーラサワーとグラハム、二人のバカの相手をせねばならない。

 

「だいたいあの乙女座には役割が決まるまで自宅待機って言ってあったろ、何で本部に来てるんだよ」
「俺に聞くな」
「勝手に来ちゃったんでしょうね、独自の理屈で」
「オペレーション・メテオに関わった俺達が言えた義理ではないかもしれないが、何とも迷惑な奴らだ」

 

 ぎゃあぎゃあと派手に口喧嘩をする二人を横眼で見つつ、腕組みをして首を捻るガンダムパイロット。
 とにかく、このままでは無事に落ち着きそうにもないコーラとハムなのだった。

 

          *          *          *

 

「よぉぉしいいだろうテメェこら、どっちがスペシャルか決めようじゃねえかあ」
「ふっ、私も男、戦いを拒否する理由はどこにもない。望むところだ」

 

 コーラサワーの起こした風をグラハムが自己流で受け流す展開で言い争いは続いていたが、とうとうここに至ってコーラサワーが実力に訴える手に出た。
 新人は認められないだの嘘つきやがってムカツくだの、そういったところから流れがえらく変わってきているが、これもまたコーラサワーのコーラサワーたる、そしてグラハムのグラハムたる由縁であろうか。

 

「で、どうする? 模擬戦でもやるかね?」
「ふん、模擬と名がついたら俺には絶対勝てねえよ、ナルシスト野郎が」
「ほう? えらく自信があるようだが」
「始めから勝つことがわかってちゃあお前にかわいそうってもんだ、だから条件は同等で勝負だ、コラ」

 

 殊勝なのかそうでないのかわからないコーラサワーの理論だが、これも彼の持ち味也。
 それに真っ向からついていくグラハムもさすがと言えようか。
 バカだけど。

 

「チキンレースで勝負ってのはどうだ、おい」
「ほう、チキンレース」

 

 チキンレースとは度胸試し競争のことである。
 負けた方がチキン=臆病者と呼ばれるのだが、その内容に定まったものはない。
 もっとも一般的なのは、設定されたゴールライン(壁であったり崖であったり)に、全力で走って(車なりバイクなり)どこまでギリギリ粘れるか(ブレーキを踏まずにいられるか)を競うものだろうか。
 ぶっちゃけ傍から見てると殴りあった方が早いような気もする競争だが、なんか男の魂を震わせるに足るものがあるのだろう。
 中には死んじゃう奴もいるので、やっぱりバカのする競争だとも思うわけだが。

 

「どうするのかね? 伝統的にデッドラインレースでもするのかな?」
「ふふふ、この俺がそこまで尊師、いや○原、いやいや浅はかだと思うか」

 

 何言ってるのかわからないコーラサワーだが、もしかすると本人もわかってないかもしれない。
これも勢いとノリ。

 

「名付けて、“ロープなしバンジージャンプ”だぁおらぁ!」
「ほう、ロープなし……か」
「やり方は簡単だ、今から議事堂の屋上に行って、そこからロープ結ばずにジャンプ! どこまで我慢できるか! より地面に近い位置にいる方が勝ちだ!」
「いいだろう! このグラハム・エーカー、逃げも隠れもしない! 売られた勝負は買わせてもらおう!」
「がっはっは! 後で吠え面かくなよナルシスト野郎が!」
「ふっふっふ! その言葉、バケツに水を倍に入れて返させてもらおう!」

 

 互いに高笑いをすると、コーラサワーとグラハムは勢いよく部屋を飛び出していく。
 それを呆然と見送るガンダムパイロット五人。

 

「……行ってしまいましたね」
「ああ、行ってしまったな」
「おい、いいのか五飛?」
「連中が勝手に決めて勝手にやることだ、俺は気にしない」
「しかし、バカは死んでも治らないという生きた天然色見本が二人もいるとはな」

 

 彼らは当然気づいていた。
 コーラサワーが提案したチキンレースが根本的に成り立ってないのを。
 つうか、小学校一年生でもわかるミスがそこにある。
 ロープを足に結んでいなきゃバンジージャンプになりえない。
 ただのスーサイドジャンプである。
 それに仮にロープをつけたとしても、どうやっても途中で止まれないし。

 

「また病院に連絡か」
「あれほど入院と退院を繰り返す奴も珍しいだろうな」
「ここんとこ連続だぞ」

 

 ハナからコーラサワーが死ぬと思っていないガンダムパイロットたち。
 ここまで来ると、実力はともかくその生命力だけは彼らも評価する気になっているようである。

 

「あ」
「どうした、カトル」
「今、窓の外を何か落ちていきましたよ」
「……飛んだか」

 

 五人は窓を開けると、揃って下を覗き込んだ。
 いかなる悲惨な状況であろうとも、コーラサワーもグラハムも同じプリベンターの仲間である。
 事の顛末を見届ける義務が、彼らにはあった。

 

「しかし、本当にダイブしやがったぜ」
「どっちもスペシャルだな、スペシャル・バカだ」

 

 もうもうと上がる土埃と砂煙、それらが風に吹かれて薄まるにつれ、下界の状態が五人の目に明らかになっていく。
 そこにあったのは、二つの穴。
 どっちがコーラサワーかグラハムかはわからないが、確実にその中には彼ら二人がいることであろう。

 

「また穴か」
「おい、あの穴の修理費はプリベンター持ちじゃないだろうな」
「知らん、下で伸びてるだろうあの二人に払わせろ」

 

 ここまで来ると薄情とも言える反応を見せるガンダムパイロットたちだが、まあそこはそれ、ノリと勢いゆえ。

 

「う、おおおおお、ひ、ひ、ひゃっほぉぉぉおおお! あいていていて、スペ、スペシャルうぅぅぅ!」
「お!?」

 

 ガンダムパイロットたちから見て右側の穴から、ガバリと一人、飛び出してきた。
 ひゃっほぉでわかると思うが、パトリック=コーラサワー28歳である。

 

「ふ、ふはふは、俺の勝ちだな! ナルシストやろ、あいててて」

 

 コーラサワーは血まみれながら、大声を出せるほどにピンピンしていた。
 やれドカチンハンマーで殴られても、ロケットマンになって成層圏まで行こうとも、サンタになってクレーターあけようとも、本来ならとっくに神に御許に召されてもおかしくないダメージを苦にもせずにリターンしてきただけのことはある。

 

「あいてて、わははははいて、見たかあ、俺がスペシャルだコラ、あいてて」

 

 グラハムが落ちている(と思われる)穴を覗きこみながら、勝ち誇るコーラサワー。
 チキンレースではなくダメージレースになっているが、もちろんそんなことを気にする彼ではない。
 ま、とにかくコーラサワー対グラハムの一回戦はコーラサワーの勝利(?)。
 勝因は単純に体力勝負になったから。
 グラハムの極意がねちっこいくらいの粘りにあれば、コーラサワーの本領はまさに不死身さにある。
 模擬戦では無敵だとコーラサワーは言ったが、ラウンド&ポイント制になればおそらくコーラサワーはグラハムに最終的に押し切られるだろう。
 だが、ラストマンスタンディング制になれば間違いなくコーラサワーが体力にモノを言わせて寄り切る。
 マイペース似た者同士の、これが決定的にな違いと言えば言えた。

 

「俺だあああ、俺がスペシャルだああああ、あいててええええええ」

 

「どうする? 五飛」
「あの乙女座は当分入院だな。コーラサワーも手当くらい必要だろう。手配をしておく」
「コーラサワーに負けたというより、バカさに負けた感じだな」
「理不尽ですね」
「バカだからな。しかしこれで当分乙女座は離脱だ。本編と逆になるわけだな」

 

 五飛は例の病院に連絡すべく、電話を取った。
 そして思った、入院するのがコーラサワーではないと知ったら、あの看護婦さて喜ぶだろうか、と。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く――

 

 

【あとがき】
 今回はもうギッチョンとグラハムスペシャルの回でしたコンバンハ。
 あれだけネタやられたらグラハムを使わざるをえませんがそれでもスペシャルはコーラサワーの専売特許なんだよということでサヨウナラ。

 
 
 
 
 

 さて、とうとう「なんじゃこりゃ」から年内に出番がなかった件について。

 
 

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