00-W_土曜日氏_67

Last-modified: 2009-02-01 (日) 19:28:29
 

『こちら巡視艇いばらのその、異常ありません』
『哨戒機ギ・レンGP01とGP02より連絡、漂流物を複数発見も対象に該当せず』
『無人探査潜水艇ビットA1号からY4号まで、反応なし』
「……了解、引き続き捜索をお願いします。ええ、とにかく今日いっぱいはね」

 

 サリィ・ポォは大きく溜め息をついた。
 先程から入る報告は全て空振りばかり、一向に期待させるような内容のものはない。
 溜め息ひとつで幸せひとつ逃げていくと言うが、プリベンターが新生してから果たして何度溜め息を漏らしたことか。
 自分の幸せはおそらくノシイカよりも薄くなってしまってるに違いない―――と三十路前にして彼女は思うのだった。

 

「ダメですか?」
「ええ」

 

 サリィの側に一人の少年が尋ねがてら寄ってきた。
 カトル・ラバーバ・ウィナー、まだ十代の半ば過ぎではあるが、世界でも指折りの名家であるウィナー一族の当主代理を勤める人間だ。
 紆余曲折を経て、今はこうしてプリベンターで他のガンダムパイロットたちと働いている。
 ウィナー家では立場上人を使う地位にいるので、プリベンターでも現場指揮官であるサリィのサポートをすることが多い。
 無論、パイロットとしての腕も一流で、今回の事件においてもおおいに活躍している。

 

「五飛とデュオがMS(ミカンスーツ)でまた出ると言ってますけど」
「……行かせて。ただし、地域標準時であと一時間後にはここに戻ってくるように」
「わかりました」

 

 カトルは頷くと、張五飛とデュオ・マックスウェルの二人にサリィの指示を伝えに身を返した。

 

「あの二人も落ち着かないようね」

 

 無理もないけど、と続けてサリィはまた溜め息をついた。
 今回の巨大カツオノエボシ事件、その正体を暴いたし、これ以上の跳梁も防ぐことが出来た。
 だが、肝心の犯人を捕まえることが出来ていない。
 それを成しえてようやく『解決』の判子を押せるのだが、さて。

 

「どうかしらね……」

 

 サリィの頭上を、二機のMS(ミカンスーツ)がそれぞれ逆の方向に分かれて飛翔していく。
 どちらが五飛でどちらがデュオかサリィからは判別つかなかったが、犯人かそれに繋がるものを見つけてきてくれたらありがたいところである。

 

「ふぅ」

 

 五飛とデュオの目を疑ってはいない。
 MS(ミカンスーツ)に搭載してあるレーダー類は技術の粋を集めた一級品でもある。
 だが、実のところサリィはあまり期待はしていなかった。
 もちろん、願望はあったが。

 

「二十四時間、か……」

 

 サリィは腕時計を見た。
 二十世紀にスイスのメーカーで作られた手巻き式の物で、芸術的価値はともかくそれなりに高価な腕時計だ。
 その針は、午後三時を少し回った辺りをさしているところで、つまりは昨日の海上での大立ち回りからあともう少しで一日経つ計算になるのだった。

 

          *          *          *

 

 昨日の今頃、海の上の空では三人のバカによる活劇が繰り広げられていた。
 いや、繰り広げる程長々とだったわけではないが、まぁそう表現しても差し支えなかろう。
 それだけの濃さは十分にあっただろうから。
 サリィ・ポォの重厚な袋小路作戦によって、偽装潜水艦巨大カツオノエボシ号は確実に逃げ道を塞がれていた。
 カツオノエボシ号(以後これで統一)を駆るやんちゃ悪人アリー・アル・サーシェスは追い詰められたことを知り、一つの賭けに出た。
 実装していながらもテストしていなかった飛空機能を使い、海の中から空へと脱出を図ったのだ。
 賭けというより半ば暴挙の類ではあったが、『冬ドナ』を見逃したという怒りが彼の背中を押した一因であるのは否めない。
 さて、海洋警備隊と連携したサリィの追い込み作戦は見事ではあったが、あくまで海の中限定でのもの。
 対象が巨大カツオノエボシに化けた人工の何かであると目算をつけ(ちなみにこれはコーラさんの何気ない一言がきっかけ)、偽装した潜水艦か深海艇であると仮定して立案したまでは見事であったものの、まさか対象がお空にダイブするとはサリィはさすがに思ってはいなかった。
 これはサリィがミスったと言うより、アリーがカツオノエボシ号につけた飛空機能が本来バカげたものであると言うべきであろう。
 そしてサリィが予備戦力(と、言うより嘘ついて厄介払い)として置いておいた飛行仕様のMS(ミカンスーツ)、コーラサワー機とグラハム機が出撃、空飛ぶカツオノエボシ号の行く手をカットすることに成功したのだから、まったく人生というやつはどこでどう転んでひっくり返るかわかったものではない。

 

 ……結果、カツオノエボシ号は大破した。
 視界を遮る煙幕とレーダー類を乱す撹乱幕をばら撒きつつ、カツオノエボシ号はアリーの命令一下、フルパワーのブーストで強引な突破を試みたのだが(最も陸地に近い逃走路が二機の向こう側だった)、心眼剣の極意をマスターしたグラハムによって艦体下部を割られ、さらに艦体上部をコーラサワーの必殺タックルによって壊されてボッカーンとあいなってしまったのだ。
 カツオノボエシ号、哀れ縦に真っ二つとなり、強制排出された中央部だけが空の彼方にバイバイキーンとなった次第だ。
 なお、グラハムがいつ心眼剣を習得したのか、電磁警棒でどうやって強固なカツオノエボシ号を切り裂いたのかについては、つっこんではいけない。
 また、本当にコーラサワーはタックルをかましたのかについても問い詰めてはいけない。
 前回までを読んでこられた諸兄にはわかるであろう、だいたいどういうことかは。

 

          *          *          *

 

「伝えてきました」
「ご苦労様」

 

 カトルが戻ってきた。
 その両手には、コーヒーの入った紙コップが握られている。

 

「どうぞ」
「ありがと」

 

 差し出された紙コップを受け取ると、サリィはそっと湯気を放つ漆黒の液体を喉へと流し込んだ。
 熱さが舌から食道、そして胃へと伝わっていくのがわかり、何となく落ち着いた気持ちに彼女はなった。

 

「ヒルデが淹れてくれたの?」
「ええ」

 

 カトルの言葉に、サリィは肩を少しだけすくめて笑った。
 わざわざ自前で水着を持ってきて結局それを披露する機会に恵まれなかったヒルデの胸中を思いやれば、可哀相でもあり微笑ましくもある。

 

「……彼らは、どうしてるの?」

 

 コーヒーを半分程飲み終えると、サリィはカトルに尋ねた。
 彼ら、というのは最早多くの説明を必要とするまい、今回の事件の“最殊勲者”たちのことである。

 

「エーカーさんはジョギングに行きました」
「そう、元気なことね」
「一日一度は走らないと隊長が悪い、じゃない体調が悪くなるんだとか」

 

 MS(どっちでも可)を操縦する技術に関しては、グラハム・エーカーという男はガンダムパイロットとほぼ同等であろう。
 伊達にユニオンの精鋭部隊MSWADで部隊指揮を勤めていたわけではない。
 が、彼の場合とにかく性格に問題があるというか、強度のマイペース人間であり、自己の興味外のことについてはとんと関与しないタチなのだった。
 今回も「敵を倒した」という事実に満足し、昨日の件以降まったく捜査にタッチしていない。

 

「コーラサワーさんは……」
「?」
「ええと、素直に寝てると思います、はい」

 

 カツオノエボシ号を破壊出来たのは、正確に言えばグラハムのみ手柄ではなく、コーラサワーとの共同のものになる。
 グラハムは確かに大きなダメージをカツオノエボシ号に与えたが、それだけではおそらく突破を許していたであろう。
 グラハムの真・両断剣(グラハムが適当に命名。多分後で変更されるに3000点)の直後に、コーラサワーのMS(ミカンスーツ)がカツオノエボシ号の上部に激突、それがカツオノエボシ号にとって致命傷となったのだ。

 

「しかし、打撲程度で済んだのが不思議ね」
「ええ、まあ」

 

 ブーストかけて突っ込んでくる、自身より遥かに質量の大きい金属の塊をぶつかったのだ。
 どれだけMS(ミカンスーツ)の対ショック機能が優れていたとしても、搭乗者が無事にすむわけがない。
 そう、すむわけがないのだが。

 

「何だかさっきから口調が曖昧ね、カトル」
「……そんなことないですよ」

 

 サリィのツッコミに、カトルは笑顔で答える。
 が、両の眉が若干ハの字型に下がっているところに、彼の気持ちが垣間見える。

 

「ならいいけど」
「ははは……」

 

 実はカトル、嘘をついている。
 嘘をついているというか、サリィに報告していないことがある。
 パトリック・コーラサワーのことについて。
 我らが英雄(ひでおじゃないよえいゆうだよ)パトリック・コーラサワーは、
 カツオノエボシ号を退治した後、機体もろとも真下の海に落下した。
 後方から追いついたデュオとカトルのMS(ミカンスーツ)によってすぐさま救助され、ただちに陸の病院へと送られた。
 なお、五飛がコーラサワーの救助に関わらなかったのは、煙幕の向こうに消えたカツオノエボシ号の本体を追ったためで、決してコーラさんが嫌いだったからではない。
 そこんとこよろしく。
 で、重態かもしくは危篤状態に陥っているのではと思われたコーラさんだが、何のことはありゃせん、いつもの不死身性を発揮して全身にいくつかの打撲傷を負ったのみ。
 医師も首を270度くらい回って傾げる神秘のコーラパワー、もうあとちょっとで人外の域と言ってもまったく過言ではないであろう。
 そいで無事を確認した後、デュオは捜査に戻り、サリィが現地本部(あの旅館ね)に戻ってくるまでカトルが付き添うことになったわけだが、さてさて、カトルがついっと席を外した数分の間にコーラさん、検温に来た看護婦を捕まえてたり。
 カトルが戻ってきた時には普通にコーラさんと看護婦は談笑しているだけだったが、看護婦のうなじがやや汗で濡れていたのと、ナース服の裾が乱れ気味だったことを一応付記しておく。

 

「しかも一人だけじゃないし……」
「何か言った? カトル」
「いいえ、別に何も」

 

 サリィが帰ってくるまでの数時間、カトルが連絡や何やかやで席を外す度に次々と色んな看護婦と“仲良く”なっていくコーラさん。
 さすがに病室の空気が桃色になってきたので、嫌が応でもカトルも気付くってなわけで。

 

「やれやれ」

 

 カトルもひとつ、溜め息をついた。
 グラハムとコーラサワーが悪い人だとは、彼は思わない。
 ただ、個性的な人だとは思う。
 それも極端に個性的な。

 

「タイムアップ……。捜査権を海洋警備隊に委譲、一時撤収……ね」

 

 サリィの声に、カトルは思わず彼女の腕時計を覗き込んだ。
 針は四時半、昨日巨大カツオノエボシがコーラサワーとグラハムによって討ち取られてから丸一日経ったことを示していた。

 

          *          *          *

 

「ボスゥー、ここ何処何ですか?」
「知らん」
「ボスゥー、お腹空きましたあ」
「知らん」
「ボスゥー、クイズVガンダムヘキサゴンが始まる時間ですう」
「知らんつーとるだろうが!」

 

 さて。
 偽装潜水艦カツオノエボシ号の主にして、今回の事件の主犯アリー・アル・サーシェスは。

 

「でも全員無事でよかったです」
「機関部も含めて操艦施設を本体中央に集めておいて正解だったわけですね」
「まあ、資金がなかったから窮屈に収めただけなんスけど」
「怪我の功名だよなー」
「お前ら、黙って歩け!」

 

 御覧の通り部下ともども無事であった。
 憎まれっ子世になんとやら。

 

「いいか、人と出会ったらまず笑顔だ、そして手を振ってニイハオと言え」
「何でですかボス」
「多分、ここが中華域のどっかだと思うからだよ」

 

 怪我の功名かそれともはたまた単なる偶然か。
 船体上下部を切られて中央部だけになったことで軽くなり、ブーストによる勢いがさらについて本来飛ぶ距離よりも遥か遠くにバイバイキーンしてしまったのだった。
 逆側から力がかかってんだから勢いは減るだろ物理的におかしいんじゃ、などと言わないはい絶対言わないヘキサゴン。

 

「ボスゥー、暗くて何も見えませんよお」
「愚痴るんじゃねーって何度も言ってるだろ! 黙って進め! 道は切り拓いて作るもんだ!」

 

 闇に覆われた密林の中、とぼけた悪人ご一行様は進む。
 明日に向かってエンヤコラと。

 

          *          *          *

 

「うむっ! 仕事を終えた後のランニングは一際気持ちがいいというものだ! 快い哉!」

 

 グラハム・エーカー。

 

「おらおら、泣きごと言ってねえでひたすら歩けぎっちょおおん!」

 

 アリー・アル・サーシェス。

 

「イヤッフー! こんなに手厚い看護受けたら色々回復しちまうぜー!」

 

 パトリック・コーラサワー。

 

 三人の本当の決着はまだまだ先になりそうである。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――

 

 

【あとがき】
 変則でコンバンハ。
 そろそろコーラさんたち00キャラを四年歳を取らせにゃならんところですがさてどうしたサヨウナラ。

 
 

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