「と、言うわけでだ」
「……ふああ」
「何かもう慣れてきましたね、これ」
プリベンターは今日も暇だった。
昨日も一昨日も暇だった。
一週間前も暇だった。
二週間前も暇だった。
三週間前も暇だった。
なに、仕事がないのを嘆くことはない。
プリベンターの暇は世界の平和の証明だから。
つうかこんな重い展開でコーラさんが出てこれるかってんだよ、イヤッフー!
モラリア八里はイナクトでも越すが
越すに越されぬタクラマカンに
空が曇れば粒子雨
大地に落ちれば笑い雨
どうせ出番はありゃあせぬ
かわって晴らそうコーラの涙
二期の苦しみ御終い人
◆ ◆ ◆
「しかし、どう変わったっていうんだ? このMS(ミカンスーツ)はよ」
「まあ確かにな。動かしてみないと」
暇だ暇だと言うけれど、何もすることがまるっきり無いわけではない。
所謂OZの後始末を始めとする派手なお仕事がここんところご無沙汰なのは確かではある。
が、日常の業務は普通にある。
「トロワ、どうだ?」
「……パワーそのものは上がっているようだな。ヒイロは?」
「今起動した、問題ない」
で、今日は別の大事なお仕事がある日。
「蜜柑エンジンMkⅡ……単純計算でも前のものより1.5倍は出力が上がっているはずだけどねぇ」
すなわち、MS(ミカンスーツ)のパワーアップ。
どないやねんMS(これはモビルスーツ)を世界中からなくすんちゃうんかいワレー、それで何でプリベンターだけトンチ聞かせて人型ロボ持っとんねん、オマケにパワーアップってどーいうこっちゃねーんかましたろかーと突っ込まれるかもしれない。
正味の話、理想を語るのは口だけ動かせば済む。
が、理想を守る、また達成するためにはどうしたって力が必要なのだ。
種を植えても実がならなければ意味がない。
恒久なる完全平和の実現、そのためにプリベンターは敢えて泥を被る必要がある。
まぁそんな組織に何でコーラさんみたいな人がいるのかって話もあるが、ほれ、偏らずに多種多様な人材を抱えることは大切ってことでひとつよろしく。
「まだMS(ミカンスーツ)のボディの新型は出来ていないからね、今日はエンジンのテストだけってことで」
市井の科学者、ビリー・カタギリ。
科学全般を知識として脳に収め、蜜柑の皮を燃料にして動くエンジンを開発した、文字通りの天才である。
ファッションセンスがちょこっと奇抜なのは、これもまた天才ゆえということであろう。
感性の違い、個性なのだ。
多分。
◆ ◆ ◆
「カタギリ、動かすだけでいいのか?」
「そうだぜポニテ博士、ここはひとつバーンと模擬戦でもしてだな」
グラハム・エーカー氏とパトリック・コーラサワー氏はちょっと今回エイフマン、じゃないご不満の様子。
どうやら、『MS(ミカンスーツ)を動かす』だけというのが気に入らないらしい。
まったく、我慢弱い二人である。
つーか自分の興味を優先させ過ぎだお前ら。
「エンジンとボディのマッチングを行ってないからねえ、無理をさせ過ぎると安全が保証出来ないんだよ」
「何と情けない! 無理とは押し通すためにあるのだぞカタギリ!」
「模擬戦二千回不敗の俺に保障なんぞ必要ないぜ! 何せスペシャルエースだからな!」
無茶苦茶を言う二人。
まぁぶっちゃけこの二人ならエンジンが壊れようが暴走しようが絶対に大丈夫だろうけど。
なお、このコーラさんを始めグラハムもガンダムパイロットもすでにMS(ミカンスーツ)に搭乗済み。
ポニテのおっさんとは通信で話をしています。
「と言うか、この新型エンジンは結構危ないものなのか?」
「ええとこの声はデュオ君だったね。いやあ、爆発したりなんかはしないよ、蜜柑だもの」
「でも、マッチングがどうとかって」
「パッケージとしては未完成ってことさ。エンジンにはちゃんとそれに見合ったボディを用意しないとね」
「すいません、博士」
「ん? 今度はカトル君かい?」
「あの、前はミカンエンジンでしたよね? 何で今回は漢字何ですか?」
カトル、どーでもいい質問。
とは言え、彼は基本が真面目な性格であるからして、気になってしまったのであろう。
こういう「何故か気になる」のって結構身近にありますな、いつも行ってる食堂の味噌汁の味が変わっていたり、幼馴染の娘が急に髪型を変えていたり。
個人的な思い出ですが、小さな町工場が実家の近くにあったんですが、昨日までは普通に社長さんが事務所にいたのに次の日機材だけ残して誰もいなくなっていたことがありまして、あれえ今日は日曜日じゃないのにおかしいなあなんて思って、ひょいと窓から覗いたららダンボールとかが床に散乱していて、壁のカレンダーは昨日じゃなくて一週間前で止まっていたりして。
工場の名前がガ○ー精機っていうんですが、ああ○トーだけにソロモンに帰っていっちゃったのかなんて思ったりして、ええと何の話でしたっけ。
「別に深い意味はないよ、漢字の方がハイカラかな? って思っただけだし」
「そ、そうなんですか」
カトル、コクピットの中で脱力。
そして思う、MkⅡってのも多分似たような理由からつけたんだろうなあ、と。
ま、これはガンダムだからお約束っちゃお約束なんですけどね、MkⅡは。
別にこの新型エンジン、黒くはないですけど。
「うむっ! いいぞカタギリ、漢字はいい! 感じがいい!」
「ああ、下手なシャレでも褒めてくれて嬉しいよグラハム。だけど僕としては名前じゃなくて性能を褒めてほしいねえ」
ごもっとも。
おっと、サリィ・ポォがカタギリの横で額を押さえているが、これは多分頭痛を堪えているのであろう。
「よし! アラスカ野! あそこの丘まで競走すっぞ!」
「え!? 何で俺?」
「いいから行くんだよ! イーヤッホーウ!」
「待て! 待てと言った! 私を置いていくのは許さん!」
ああ、バカが行く。
この無鉄砲さが続く限り、いずれバカが逝くになりそうだけど。
「アホだ、やはり完璧にアホだ」
「どうします? 止めますか?」
「放っておけカトル、走るだけなら大事にはならないだろう」
「走るだけで終わればいいが」
「なに、いざとなれば全員で止めるだけだ」
丘に向かってガションガションと走っていく三人、じゃない三機のMS(ミカンスーツ)。
夕陽でも被さっていれば、さぞかし笑える光景になったことであろう。
「はっはっは、あんまり無茶しないでおくれよ。穏やかじゃないねえ」
「……はあ」
カタギリ博士、止める気なし。
サリィはひとつ大きく溜め息をついた。
相変わらず勝手なコーラサワーとグラハムに、そして全然科学者らしい威厳のないカタギリに。
プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は穏やかじゃないねえ―――
【あとがき】
ああ顧問コンバンハ。
あああ顧問顧問サヨウナラ。