♪コーラとカティが夢の国
森の小さな教会で 結婚式をあげました
照れてないコーラに 客たちが
くちづけせよと はやしたて
ガ ッ と コーラはいきました
新 橋 色の 塗装をされた
イナクトたちが しゃしゃり出て
サンバに合わせて 模擬りだす
まあるい まあるい ダブルオー
愛の粒子で 微笑んで
不死身は幸せになりました♪
(元ネタ:てんとう○のサンバ)
アザディスタンにおけるイザコザは終わった。
マリナをアリーにさらわせるのを忘れていたような気がするし、ビリーが現地にすでに来ていたのも忘れていたようにも思うが、気のせいであろうということにしておく。
過去は変えられない。
変えるとタイムパトロールが時空間を越えてやってくる。
「ふわあああああ」
「欠伸をするな」
「いやだってよ、暇だしよ」
プリベンターには平穏な時が戻ってきた。
いや、アリーの足取りを追ったり、背後関係を調べたりと色々しなけりゃならんことがあるのだが、かと言ってコーラサワーやガンダムパイロットが無暗に動いても解決はしない。
保安局やその他の関係機関に協力を仰ぎ、情報が揃ってからでないと動けない。
天気も波も知らずに釣りに出かけても釣果は得られないのだ。
「暇って……それでいいのか」
「何が」
かくして、コーラサワーとデュオ・マックスウェルの身内漫才が繰り広げられることになるのだが、ちょっと以前とは状況が違っていた。
何故なら。
「お前、結婚するんだろうが。やらにゃならんことがたくさんあるんじゃないのか」
そう、パトリック・コーラサワー推定34歳。
とうとう彼は、長年の想いを結実させ、愛しい人とゴールインすることになったのであった。
◆ ◆ ◆
「いやぁ~、何? 語らせたい? 俺に言わせたい? いやぁ参ったなあ」
「マイってるのはお前の頭だ」
「式を挙げる六月までまだ間があるけど、式場の下見に新居の打ち合わせに、いやぁもう楽しくて楽しくて」
「聞いてないな、おい」
パトリック・コーラサワー、彼のお相手は誰かと今更問うまでもなかろう。
かつての彼の上司であり、現在は歌手として活動しているカティ・マネキンその人である。
なお、ここでの最終軍歴はAEU軍大佐とさせてもらうので、以後そのようによろしく。
「紆余曲折、千変万化、七転八倒の末に結ばれるんだ、ああ、俺って何て幸せなんだろう」
「四文字熟語が完璧に間違ってるな」
「ある意味あってるかもしれませんよ、デュオ」
ポソリ、とカトル・ラバーバ・ウィナーがデュオの耳元で呟く。
彼の手には湯呑みが握られているが、今日のプリベンターのお茶は宇治の高級茶葉である。
レディ・アンが何かの式典に出た時にお土産として貰ってきたものだそうな。
どんな式典だ、とツッコミを入れないでもらえれば幸いである。
「しかし、コイツが結婚ねえ……」
デュオは眉を寄せると、ずずずいとお茶を啜った。
ちょっとぬるくはなっていたが、さすがに高級だけあって香りと味わいが違うのが、彼にもわかる。
「よく出来たな。つうかよく結婚してくれたな」
カティ・マネキンが天才と呼ばれた戦術予報士で優秀な部隊指揮官だった、というのは昔取った杵柄とやらで情報としては知っている。
だが、その人となりまでは詳しくはわからない。
パトリック・コーラサワーと一緒になろうというのだから、相当な人物であることは想像がつくのだが。
「タデ食う虫も、と言うとさすがに失礼になるのかね」
「大佐はなぁ、美人で頭が良くて、スタイル良くて美しい髪で、厳しいけれど優しくて、あったかくて……」
軍人としては腕は確かだが猪突傾向で時々作戦無視、
私生活ではプレイボーイとして流した浮き名は数知れず、ひたすらにマイペースで素直なために周囲との軋轢も多い。
そんなコーラサワーと結婚するというのだから。
「傑物だな、マネキン大佐」
「あったり前だ!」
色恋は算数ではない。
そちら方面の経験が少ないデュオでも、それくらいはわかる。
間に計算式が成立せずとも、答が出ればそれが事実であり真実なのだ。
少なくとも、目の前ではしゃいでいる男は幸せそうだし、相手のカティ・マネキンも幸せなのであろう。
「ならばよし、か。出来ればこれで少しはおとなしくなって欲しいもんだ」
「好きな人と結ばれる。人生においてこれ以上に大きなイベントがあるか? ないだろ? ないよな?」
「知らんよ」
「お前も結婚したらいいんじゃねーか? いいぞぉ結婚は!」
「……十代半ばの人間に結婚を勧めてどうする」
「歳は関係ねーだろ? そーだろ?」
「そもそも一人で出来るか」
死ぬのは一人で出来るが結婚は一人では出来ない。
そう言ったのは誰だったっけか、と考えつつ、デュオは茶をすすった。
ドアの向こうから、「スペシャルさんにも春が来たですぅ」「頭は前からずっと春だけどね」という、ミレイナ・ヴァスティとヒルデ・シュバイカーの会話が耳に届いてきたが、敢えて同調もツッコミもせず、聞き流すことにした彼だった。
◆ ◆ ◆
「やあやあ、お久しぶりだね、皆」
「おお、カタギリではないか。来るなら連絡を寄こせ」
コーラサワーのおノロケが一段落した頃、プリベンターにいきなりの来客があった。
世紀の天才、ポニテの異才、ビリー・カタギリ。
ファッションセンスは斜め上だが、世界でも最高級の脳みそを持つ科学者である。
「いやあグラハム、最初はそうしようと思ったんだけどね」
「ふむ、理由があるのだな。我々を驚かせようとでも思ったか」
「うん、そんなところかな」
「よし、まあ入れ。入口で立ち話も何だ」
「あ、じゃあ僕がお茶を用意しますね」
「やあやあカトル君、おかまいなく」
ミカンの皮を燃料として動くミカンエンジン。
究極に近いエコドライブを開発した彼であるが、それを搭載したMS(ミカンスーツ)の製造者でもある。
世界から戦闘用のMS(これはモビルスーツ)が姿を消した現在、このMS(ミカンスーツ)が最強の人型兵器ということになる。
無論、プリベンターのタテマエ上、あくまで紛争が起きないための『予防の道具』ということにはなっているが。
「しかし突然だなカタギリ博士。……もしかして」
「流出経路がわかったのか?」
張五飛とヒイロ・ユイが息をまくようにビリーに尋ねる。
先日のアザディスタンの一件において、本来ならプリベンターとビリー・カタギリ以外に持ち得ないミカンエンジンを、あのアリー・アル・サーシェスが使っていた。
しかも、どの系統とも取れない謎のMS(これもミカンスーツ)に乗せて。
「いや、そちらはまだわかっていないんだ」
ごめんね、と二人に頭を下げるビリー。
アザディスタンの事件直後から、彼は独自に捜査を進めている。
自分以外の誰かがミカンエンジンを開発していたとは考え難く、そうなるとやはりハッキングされてデータを盗まれたという以外にない。
彼の研究所のPCには何重にもトラップと防壁が仕掛けられており、そう簡単には侵入出来ないのだが、それを突破されてパクられた、というのが現状では一番の推測になっている。
「ヤラれたとしても、僕の知らないうちに、しかも痕跡も残さずだからねぇ……」
「相当な腕のハッカー?」
「うーん、そして、相当に強力な攻性システムを持っているコンピュータを使っているか」
もうちょっと調べてみるよ、と言うと、ビリーは白衣のポケット(彼はいつでもどこでも白衣です)からホロ・ソフトを取り出した。
ホロ・ソフトとはホログラムを収めた小型の装置で、別にホロだからといってわっちが飛び出てくるわけではないのであしからず。
「今日来たのはこの件なんだ、やっと蜜柑エンジンMkⅡを搭載したMS(ミカンスーツ)の目途がたったんだよ」
蜜柑エンジンMkⅡ、すなわちミカンエンジンの改良発展型である。
カタカナが何故漢字に変わっているのかは、ビリー曰くハイカラだからとのこと。
しかし、ハイカラって死語ですな。
「おおっ、ついにかカタギリ!」
「ああ、ネーブルバレンシアよりも当然パワーアップしているよ」
別にソンナコト・アルケーに対抗するためにビリーは作っていたわけではない。
が、結果的に強い剣に抗するには強い盾を、となってしまった感じがある。
仮にアルケーのミカンエンジンがビリーを出しぬいて奪われたものなら何ともやりきれない話になってしまうが、現実としてあの分離式球体武装ハッサクを操るアルケーに立ち向かうには、やはりそれに負けないだけの強さを持つ機体が必要になってくるのだ。
「もちろん私の注文通りなのだろうな、カタギリ!?」
「ああ、出来るだけ君の希望に添えたと自負してるけどね……あ、その机の上に映像を出してもいいかな」
「かまわん! かまわんと言った!」
「はい、これがグラハム・エーカー専用のMS(ミカンスーツ)だよ」
「おおおおおお、おおおおおおおおおっ」
机の上に現れた立体映像、それを見てグラハム・エーカー(今日は素顔である)は奮えた。
「フラッグの面影を残しつつ、全体的にサムライのイメージ……! 完璧だ、完璧だと言ったカタギリ!」
「お褒めにあずかって光栄だねえ。あ、名称は『カラタチ』だよ」
「うむっ! 爽やかなる名前だ!」
グラハム・エーカー専用MS(ミカンスーツ)、カラタチ。
すらりとしたフラッグのスタイルを踏襲しつつ、鎧武者風のアーマーパーツがいかにもな感じ。
色もグラハムのパーソナルカラーと言ってもいい黒を基調とし、ところどころに緑と橙色で装飾されている。
「残念ながら可変機能は無理だったけどね。えーと、次はヒイロ君のだね、はい」
「む……」
カラタチに替わって、次に映し出されたのは、まるで千切った蜜柑の皮を重ねたような背部ウィングを持ったMS。
見方によっては、天使の羽っぽくも見えないこともない。
「さすが顔も形もまんまと言うわけにもいかないからね、ある程度は僕の色が入ってるよ」
「いや、充分だ。感謝する、カタギリ博士」
素直に礼を言うヒイロ。
言葉少なだが、普段は寡黙な彼であるから、これは最大限の謝意であろう。
「名前は『タンゼロ』」
「タ、タンゼロ?」
「そう、タンゼロ。さて、一気に行くかい」
バッ、と映像が広がると、今度は四体のMS(ミカンスーツ)が皆の眼前の現れる。
それぞれ、かつてガンダムパイロットが駆っていた機体に、どことなく似ている。
女性に気は利かないが、メカになるととことんツボをついてくるビリー・カタギリである。
「デュオ君のはこれ、『マンダリン』」
「ほお」
「カトル君のはこれ、『シトロン』」
「わあ」
「トロワ君のはこれ、『タンジェリン』」
「ふむ」
「五飛君のはこれ、『バンペイユ』」
「むう」
「武装はネーブルバレンシアと変わってないけどね。要望があればいずれ応えさせてもらうよ」
基本構造はどれも同じなれど、外観は全て異なる。
この製作を蜜柑エンジンMkⅡと並行して進めていたのだから、さてさてビリーは仕事が早い。
やはり天才である、この男。
「しかし、カタギリ博士」
「何だい、デュオ君」
「名前、どうにかならないか?」
静かにケチをつけるデュオ。
逆に言えば、それ以外は特に不満はないということである。
まぁでも、そりゃ何ぞ言いたくもなろう、この名称では。
「いやあ、最初は『トリファシア』とか『ヘスペレスーサ』とか『アタランティア』とか考えていたんだけどね」
「はあ」
「長くて呼びにくいしねぇ」
トリファシアとかが何か、はそれぞれ柑橘類を調べてもらいたし。
響きはそれっぽいけど、何かねえ、ダサカッコイイ路線の方がやっぱりいいよね。
「気に入らないかい? なら『デコポン』とか『ブンタン』とか『カボス』とか候補はまだあるけど」
「……マンダリンでいい」
デュオ、あっさり折れる。
まあ所詮名前は名前、中身がそれで変わることはない。
多少操縦者の士気に影響するが、それもまた試練であろう。
住めば都、呼べば名前、いずれしっくりくるはずである。
うむ、仮にこれに「ガンダム」をくっつけてみて、ガンダムタンゼロ、ガンダムマンダリン、ガンダムシトロン、タンジェリンガンダム、バンペイユガンダム。
悪くない……と思う、きっと。
多分。
おそらく。
「ポニテ博士!」
と、ここで我らがコーラサワー氏が介入。
この流れで行けば、次はもちろん彼の機体となる。
「やあコーラサワー君。今度カティ・マネキンと結婚するそうだねえ」
ビリー・カタギリとカティ・マネキンは同じ大学の出身である。
それぞれの分野で類まれなる才能の持ち主と目されており、これにリーサ・クジョウこと現スメラギ・李・ノリエガを加えた三人は『隠し砦の三天才』と呼ばれていた。
何が隠し砦なのかはまあ、さておき。
「いやぁ羨ましいなあ、僕も結婚したいね、早く」
「いや、つーかポニテ博士、俺、俺のMS(ミカンスーツ)は?」
「あるよ、ちゃんとある。一応イナクトとジンクスをベースにしてみたんだけど」
ピ、とビリーがホロ・ソフトを操作すると、四体のMS(ミカンスーツ)が消え、そこには一体の鮮やかな薄緑色の機体が現れた。
「はい、コーラサワー君の機体、『シークヮサー』だ」
「シー…く、わ、サー?」
「やあ、これが結婚祝いになるのかねえ」
「シーク、ワ、ワ、サーサー? えーと、どう発音すりゃいいんだ?」
「シークヮサー、だよ」
「……」
「何となくだけど、コーラサワーと響きが似ているねえ」
「し、シークゥ、ア、ワァ、サー?」
「そして次はジョシュア君の……あれ? おかしいな、データを入れ忘れたかな」
首を捻るビリー。
そしてその横で、首と舌を思いっきり捻るコーラサワー。
どうやらシークヮサーをどう音声にすればいいか悩んでいる様子。
フランス人なんだからその辺りは華麗に発音してもらいたいものだが、どうもそうはいかないらしい。
「しィーキュ? シークぁ? あ? おえ?」
「悩むなよ……もうシーク『ワ』サーでいいだろうが」
慰め成分が二割程混ざったツッコミを、デュオは入れた。
ガンダムパイロットも、グラハムもコーラサワーも、ビリー・カタギリ博士には感謝しなければならないだろう。
だが、胸の奥にモノがつっかえたような感覚がどうしても残るデュオなのだった。
プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅はまだまだ続く―――
【あとがき】
コンバンハ。
終わりましたね、そして結婚でしたね、嬉しさで胸がいっぱいですサヨウナラ。
……さて、いつまでこの話を続けよたものやら。