「おい、なんだあれは」
「俺に訊かれても困る」
五飛がジョシュアを捕まえ、小声で問う。
二人の視線の先には、仮面を被った金髪の男。
言わずもがなあの男、背中越しに乙女座センチメンタルことグラハム・エーカー。
であるが、今日の彼はそれだけに留まらなかった。
酷く鮮やかな色彩の陣羽織に、腰には一振りの刀。アメリカ人とは思えぬというか、勘違いした外国人というか、とにかくトンチキというより他ない出で立ちで構えるエセ侍もといハムライの姿があるのだった。
「隊長のあの格好はなんなんだ。JAPANカブレ? SAMURAIハラキーリ?」
「違う。あれは単に変質者というんだ」
日系人のヒイロがすぐさま否定した。
あんな奇妙な格好の侍など歴史上のどんな文献を漁ろうとも存在しないのである。
無言でありながら妙な威圧感を漂わせるグラハムを、プリベンターの仲間たちは遠巻きに眺めるばかり。
そんな折、来訪者を告げる呼び鈴が鳴り響いた。
「ちょりーっす、《トリニティ運送》っす」
「お届け物でぇーっす」
青い髪のちゃらちゃらした雰囲気の青年と無駄にハイテンションの赤毛の少女が、大きな箱を台車に載せて玄関に立っていた。
「なあ、ここがプリベンター本部でいいんだろ?」
「いかにもそのとおりだが、何か」
社会人とも思えぬ青髪の青年の口振りに眉を顰めつつ五飛が応対に出ると、赤毛の少女が横から口を添える。
「あのねあのね、送り先がここだったからとりあえず持ってきたんだけど、荷主が未記入で不明なのよねー」
「なんだと?」
「こんな荷物受け取った記憶も記録もないんだけどぉ、いつの間にかコンテナの中に紛れてたの」
五飛は改めて眼前の箱を観察した。
約一メートル四方の、身を屈めれば人ひとりは余裕で納まりそうな大きな段ボール。
どこからどう見ても胡散臭いことこの上ない。
「んで、どうするよ。受け取んの、受け取んねえの?」
「少し待ってもらおう。上の判断を仰いで……」
「待ちたまへ!」
青髪と五飛の会話に変態仮面ハムライ・エーカーが割り込んだ。腰溜めに構え、刀の柄に手をやる。
「おい、何を……」
「キィエエエエエエエエエエイ!」
甲高い奇声を発しながら目にも止まらぬ早業で抜刀し、眼前の段ボール箱を縦横無尽に切り裂いた。
ただしバラバラに切り捨てたのは外箱のみ。
内部には一切の傷をつけずにいるのが、ハムライの腕が卓越していることを証明している。
が、今回ばかりは中身を切り伏せなかったことが裏目に出た。
箱の中に入っていたのは一人の青年だった。
中身が人であろうことは想像の範疇だったが、そこからの行動はろくでもないことだった。
「おっと、動いてはいかんよ。私のアルヴァアロン・プチが火を吹くぞ」
見るからに成金趣味な金メッキの拳銃を構え、その男は不適な笑みを浮かべた。
……本来なら、ここで少なくとも一瞬は場が硬直するはずだった。
プリベンターに名を連ねる彼らは揃って歴戦の勇士、たかが銃を向けられたところで怯みはしないが、迂闊に動けば事態はどう転ぶかわからない。下手をすれば運送屋の二人が人質に取られる可能性もある。
金ぴか銃を構えたその不審者をどう捕らえるか、それを判断するための間がわずかながらも必要なはずだったのだ。
が、そうそう上手く事が運ばないのが世の常である。
ある意味運が悪すぎるほどに丁度良いタイミングで、偶然ながらもその場に介入して来た者たちがいたのだ。
「ちわー、《マイスター運送》で……」
体格のいい生真面目そうな男と、ひょうきんな表情を浮かべた男。
ラッセ・アイオンとリヒテンダール・ツエーリ。
プリベンター馴染みの配送業者、マイスター運送の配送係であった。
ラッセは入り口を潜るなり視界に飛び込んだ光景を見て瞠目した。
そこからの彼の思考回路はこうなる。
銃を構える不審者、銃を向けられ動けない少年たち → 大人が子供を虐げている → 強者と弱者 → 弱者を守るのが俺の役目。
成金男を排除すべき敵と認識したラッセは、一呼吸もおかずに距離を詰め、そして。
「悪を倒せと人が呼ぶ。寒い国の力を借りて、いま必殺の! ス ー パ ー ウ リ ア ッ 上 ! 」
鍛え抜かれた上腕二等筋を相手の喉下に全力で叩きこんだ。
「ぬうっ、あの技は!」
「知っているのかリヒティ!?」
「うむ、あれが世に聞く『ザン○ュラのスーパーウリアッ上』! 一見ただのラリアットのようだが、前後の力の流れだけでなく上昇方向にも力を加えることで威力を倍増させるという究極奥義である!」
「ざ、『ザンギ○ラ』じゃとー!?」
「デュオ、リヒティ。二人ともキャラが変わっているぞ」
トロワの指摘で我に帰った二人は、気恥ずかしそうに頬を掻いた。
で。
「貴様は一体何が目的だったんだ」
後ろ手に拘束された成金男を見下ろして五飛が問う。
この男には見覚えがあった。自分の記憶に間違いがなければ、確かこいつは――
「ふっ、君たちを試したのだよ」
「何だと?」
「詳しくはわたくしがご説明致しますわ!」
不意にどこかから、若い女の声が響いた。だがそれらしい人影は周囲にない。
すると、デュオがある一点を凝視して、リヒティに訊ねかけた。
「……なあ、そこにある箱はなんだ?」
彼が示すのは、ラッセとリヒティが台車に乗せて運んできた、約一メートル四方の段ボール箱。
サイズは成金男が入っていたのとほぼ変わらず。その箱がガタガタと揺れている。
「いやー、送り先は間違いなくここなんだけど、荷主不明だから運ぶべきか否かで迷ってたんすよ」
「こんな荷物は受け取った記憶も記録もないんだが、またあんたらの悪戯の可能性もあるかと思ってとりあえず持ってきた」
「くだらん、そんな悪戯などするわけが……」
「実際しただろうあんた。前科があるのを忘れたか」
「……ああ、本気で忘れていた」
『前科』というのは、コーラサワーを段ボール箱に詰めて適当に放流した過去のことである。
当時散々振り回されたラッセは未だにそのことを根に持っていた。
ともあれ、今はこの箱を開けなければ話が進まない。
受領書に押印してから再びハムライに段ボール箱を切り裂かせると、中から現れたのは中華服の青年とチャイナドレスを身に纏った可憐な少女であった。
「ご無沙汰ね。張五飛」
「王留美?」
プリベンター第三のスポンサーとして名を上げた資産家の令嬢、王留美(ワン・リューミン)とその付き人の紅龍(ホンロン)である。
そして後ろ手に縛られている男の名はアレハンドロ・コーナー。
世界政府においても相当の発言力を持つ有力者の一人だ。
そんな大層な連中が何故奇妙な登場の仕方をするのかといえば。
「あら、だって箱から出てきたら皆さん驚いてくれるかと思って」
「驚く以前に呆れる」
「面白かったでしょ?」
「いや全く」
「もう、相変わらず付き合い悪いのね。まあ構いませんわ、そんな堅いところもあなたの魅力なのでしょうし」
留美は悪戯っぽく微笑んだ。
並みの男ならばその笑顔だけでとろけてしまいそうな魅力的な微笑みだったが、何分回りにいるのは一筋縄ではいかない連中ばかりの上、段ボールの中からという非常にシュールなシチュエーションが彼女の武器を完全に中和させていた。
軽く咳払いをして、話を本筋へと戻す。
「で、お前たちは一体何が目的でここへ来た」
「あなた方を試しに」
「なんだと?」
「あなた方が本当に世界を変革させるに相応しい力を持っているのか否か、それを確かめに参りましたの。
結果次第でプリベンターへの資金援助を継続するか取りやめるか決めさせて頂こうかと」
涼しい顔で説明する王留美。だが、そこへ恐る恐るカトルが口を差し挟んだ。
「あのー、勘違いされているようなんで言わせて頂きますけど」
「何かしら。手短に頼みますわカトル・ラバーバ・ウィナー」
「僕たち、世界の変革なんて考えてませんから。
むしろ今の平和を維持するための組織ですからね。プリベンターは」
「……」
「このタイミングで変革なんて唱えたら、それこそクーデターになりかねませんし」
「……」
留美はまず紅龍と顔を見合わせ、次いでアレハンドロと視線を交し合った。
ふぅ、とひとまず溜息をつき。
「それでは御機嫌よう」
「いずれまた会おう、プリベンター諸君!」
留美とアレハンドロは紅龍に両脇で抱えられ、捨て台詞を残してそそくさと建物から飛び出して行ったのだった。
* * *
嵐が過ぎ去った本部では、プリベンター隊員も二つの運送屋もただただ唖然と立ち尽くすばかり。
「……人に手間かけさせるだけかけさせてさ、さっさと逃げちゃうなんて。なんだったのよあれ」
赤毛が不満そうに唇を尖らせた。
「まあ、いいだろう。仕事に戻るぞ」
五飛が手を上げると、立ち尽くしていた連中も我に帰ってそれぞれの持ち場に戻っていく。
「ああもう、室内で篝火焚くなよハム公!」
「ところで五飛、コーラサワーさんは?」
「俺に訊くな。ジョシュア、お前は何か聞いているか」
「俺に訊かれても困る。けど大方仕事サボって女といちゃついてんじゃ……」
そのとき急に、表から甲高いタイヤのスリップ音と鈍い衝突音が窓を揺るがせた。
何事かと全員が立ち上がり窓辺に駆け寄る。外に目をやれば、
「アッー!? 急に飛び出してくんなよあんたら、危ねえだろうが!」
新橋色のスポーツカーから降りて文句を口にするコーラサワーと、車体の前方で地面に伏す王留美ら三人の姿があった。
様子から見て、本部を飛び出して行った三人がタイミングよく戻ってきたコーラサワーの車に撥ね飛ばされたのだろう。
「……とりあえず、オチがついたってことでいいんですかね」
「おいおい、そんなことより放っといていいのかよ?」
「死なれちゃ困るから救急車の手配はしときましょ。けど後は知らないわ、もう勝手にして」
疲れたように額を押さえるサリィの言葉に、仲間たちは頷いて、何事もなかったかのように日常に戻っていった。
触らぬ神に祟りなし、である。