「地味じゃ」
ドクターJが言った。
「そうじゃな、地味じゃ」
隣にいるプロフェッサーGも言った。
その後ろにいる博士達も頷く。
ここはプリベンター本部のMS格納庫。
そして博士達の目の前にあるのは皆さんご存知、ビリー=カタギリ博士の傑作、プリベンター御用達のミカスーツ・ネーブルバレンシア。
「地味…ですか…」
たった今、博士達にMSの基本構造エトセトラを説明し終わったビリーは博士達の意外な感想に思わず言われた言葉をオウム返し。
「蜜柑を利用する、その斬新なアイディアと技術は良い。装甲はガンダニュウム合金を使っても構わんが、あいつ等が煩いだろうしな。宇宙用も基本的には今の技術を利用する方向で良いだろう。問題は、外観と付け加える機能だ」
「例えば?」
「羽じゃな」
ビリーの問いにプロフェッサーGが即答する。
「羽には同意する。だがお前さんの悪趣味なコウモリ羽には同意出来んな。デスサイズだけで十分じゃわい」
ドクターJがやれやれと肩をすくめた。
「何!?お前さんのガンダムなんてトンボ羽だったじゃないか」
「あれは可変機能に付属される造形美じゃ。そんな事も理解出来んとは……やはり可変機能は付けるべきじゃな」
「デスサイズの羽は造形美と防御面どちらにも優れる完璧な羽じゃ。そんな事もわからんとはこの老いぼれジジイが。可変機能なんて邪魔なだけじゃ」
「なんじゃと……?」
「まあまあ、お二方共落ち着いて」
睨み合いながら火花を散らすドクターJとプロフェッサーGをなだめながら、ビリーはコホンと咳払いした。
「他の方は?」
「オレンジ色が良い」
「はい?」
ドクトルSが顎に手をあてながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「冗談だよ。いや、勿論オレンジ色の方が目立って格好良いからいいんじゃが。いやね、仮に君の開発した蜜柑材を高濃度圧縮して発射する事が出来れば、弾数や威力はビームや実弾のそれには確実に劣るがガトリング砲を装備させる事が出来ると思ったんじゃよ。勿論、ブレード型に圧縮成型してギミック式のアーミーナイフもプラスでな」
「武器はそれで良しとしてシールドだな。サンドロックのフラッシュ機能を採用してはどうだろうか。暗黒の宇宙空間ではこれ以上ない効果を発揮するだろう。後、肩飾りは是非とも継承して貰いたいな。アレは究極の曲線美だ。なに、強度の面は心配しなさるな。サンドロック以上のモノを開発しよう」
H教授がクククと笑う。
それに続き老師Oも口を出す。
「私からは伸びる腕を提案しよう。やはり宇宙では遠距離攻撃に利がある。それとウイングゼロやトールギスに採用した巨大バーニア。アレはやはり採用し直すべきだろう」
「えー、皆さん」
自分勝手な事をズバズバ言う博士達の話をずっと黙って聞いていたビリーが、再び咳払いをして博士達の注目を集めた。
「分かっていると思いますが、僕達はあくまで作業用MSの延長を作る事を忘れてはいませんよね?今の話を聞く限りだと、エンジンパワーが桁外れに高くなってしまいます」
「勿論じゃ。しかし、それは1体に全てを凝縮した場合の話じゃろ?」
義手をガチャガチャと動かしながらドクターJはニカッと笑った。
その言葉で老人達の考えを理解したビリーは、ポンと手をならして同じくニカッと笑う。
その顔は恐ろしい程すがすがしかった。
「成る程、その手がありましたか!いやぁ流石博士達の考える事は違います。では早速、設計を始めましょう!」
不気味な笑い声を格納庫内に響かせながら6人の博士達は、MSの設計図を書き始めたのだった――――。
* * *
所変わって博士達の頭上、プリベンター本部。
「なぁ、カタギリ達はずっと格納庫に籠ってるが、本当に彼等に任せて大丈夫なのかね?」
グラハムが思い出したように書類から目を上げ言った。
今日のプリベンターは皆でデスクワークなのである。
「性格には問題があるが、才能は確かだ。問題無いだろう」
五飛がチェックし終わった書類を整理しながら答える。
一見すれば、何時もと変わり無いプリベンター達の日常風景だが、明らかにおかしな人物がいた。
パトリック=コーラサワーである。
椅子に座って頭を垂れ、放心した姿は、青筋入れてどよよ~んとした、いかにもな効果音と背景が良く似合いそうだ。
だがそんな彼に何も聞かないプリベンター達。
『触らぬ神に祟りなし』ならぬ『突っ込まないコーラサワーに害は無し』である。
でもそんな状況をむず痒く思っている人物がいた。
「あー、コーラサワー。どうした?」
デュオである。
元来ツッコミ属性の彼は何時もと様子のおかしい、まぁ、いつもコーラサワーはおかしいが…兎に角さっきから彼が気になって気になって仕方がなかったのだ。
そしてとうとう痺れを切らして突っ込んだというわけである。
「聞いてくれるか三つ編みぃ」
ガバッと顔を上げたコーラサワーの瞳には少し涙の滴が輝いている。
今にも泣きそうなコーラサワーに驚きつつもデュオはコクコクと首を縦に降った。
他のプリベンター達も先程と変わらず仕事を続けているが、やはりコーラサワーが気になるらしく耳はデュオ達の会話に傾けている。
「ミカン博士がな…」
「え?」
コーラサワーの口から発せられたビリーの名前にデュオは思わず声に出してしまった。
コーラサワーの事だから、凹んでいるのはどうせ女性関係、カティ=マネキンとの事だと思っていたからだ。
そこに出てきた男性名。驚くのも無理は無い。
「ミカン博士が、パイスーも作り直すって言ってたんだよ」
パイスー。
言わずもがなパイロットスーツの略称。
因みに今日もコーラサワーは旧AEU時代のパイスーを着用している。
「…それがどうしたんだよ?」
デュオには、正式にはその場に居た全員だが、コーラサワーの言っている意味が分からなかった。
「それが?パイスーが変わっちまう事がそれで済まされるのかよ!?俺がこのパイスーにどれだけ思い入れがあると思ってるんだよ、お前!」
「知らねぇよ、そんなの。てか、お前毎日パイスー着てるよな」
「デートと寝るとき以外は何時もパイスーだぞ」
パイスーにここまで気持ちを入れ込んでいるのは全世界探してもコーラサワーぐらいだろう。
パイスー職人だってそんな長時間パイスー着てない。
「おいおい、ちょっと待て。てことはそのパイスー相当汚いって事だよな…なんかそう思うと臭いが気になってきた…」
鼻を摘まみながらジリジリとコーラサワーから離れるデュオ。
「なんだとーう!このパイスーには俺の汗と涙がしっかり染み込んでるけど、ちゃんと毎日フ○ブリーズして陰干ししてるんだぞ」
そういってジリジリと離れるデュオにジリジリと近づくコーラサワー。
勿論今日もコーラサワーはデスクワークなんてしてない。
いや、させてもらえませんの間違い。
「ギャー臭い臭い近寄るなぁ!誰でも良いからリ○ッシュー」
「だーかーらー、俺のパイスーは臭くないって言ってんだろ!ほれ嗅いでみろよ」
「うわっ、止めろ。それ以上近づくな!」
「デュオ、煩いですよ。そんな大袈裟に騒がなくても…」
デュオを叱るカトルだが、自分はチェックが必要な書類を持ってちゃっかり安全な場所―-この場合コーラサワーより風上の場所――に移動している。
「そうだデュオ、責任は自分でとれ」
同じく風上に避難したトロワが投げて寄越したのは、何処にあったのか布マスクとファブ○ーズ。
「任務は完璧に遂行しろ」
無表情のまま風上に立ち、布マスクも装着済のヒイロがモゴモゴと声援を送る。
「あーもーお前等ぁ!俺にばっかり貧乏クジを引かせるなー!!」
デュオの叫びはプリベンター本部に虚しく響くだけだった。
「だから俺のパイスーは臭くないっつーの!」
この後、デュオが嫌々コーラサワーからパイスーを脱がしたのだが、コーラサワーのパイスーからは何とも言えない、持ち帰るの忘れた体育着と、牛乳拭いた雑巾の香りが混ざったような臭いがしたそうだ。
肝心のコーラサワー本人は、鼻が麻痺して臭いが分かっていなかっていなかったようだが。
勿論、脱がされたパイスーは、そのままゴミ袋に入れられ不燃ゴミとして処分された。
コーラサワーが男泣きしたのは言うまでもない。
こうして、新パイスーが出来るまでの間、コーラサワーも他のプリベンターと同じくプリベンターの制服を着ることとなったのだった。
(つづく)