第三話 通り雨
「ユウスケ!」
聞き覚えの無い声で呼び留められたユウスケは、慣れない松葉杖に悪戦苦闘しながら振り返った。
いつもならなんて事はない動作が難しくて、ユウスケは軽く舌打ちをした。
声の先には幼い自分からの悪友であるジロー・アマダがいた。その脇には彼の姉のカズミとその友人のミホがいた。
「ジロー、お前、無事だったのか!」
入院先の病院で見たニュースでは、ジローの住んでいた地区はMS戦闘に巻き込まれて壊滅したと言っていた。
自分の足の事よりもジローやカズミの事が気掛かりで、ユウスケは欝屈した毎日を過ごしていた。
今日から始まる学校もユウスケの気持ちを晴らしてはくれず、未来に希望が持てなかった。
だがしかし。
ジロー達は笑顔で此方へと駆けてくる。ユウスケは嬉し涙を溢しそうになったものの、泣いてしまったら男が廃ると思い鼻をすすって堪えた。
「どうにか生きてるよ。ドジっちまってこんなザマだけどな」
ユウスケは自分の左足をちらりと見た。ギプスに覆われたそれが取れるのはそう遠くは無いと医者から告げられていた。
「でも良かったわ。ユウスケ君がどうにか無事で。ね、ジロー?」
カズミの言葉にジローは頷いていた。きっと嬉しさのあまり声が出ないのだろう。
ブルブルと肩を震わせてジローは涙を一粒二粒と流していた。その脇でジローの肩を優しく撫でるカズミを見て、ユウスケは綺麗だなと思った。
「泣くなよ、ジロー。ほら、俺は元気なんだからさ」
ふとミホの視線を感じ、ユウスケは照れ臭さを吹っ切るように元気良くジローに声を掛けた。
ユウスケはカズミの気持ちを知っている。カズミの視線はいつだってシンへと向けられていたからだ。
――構わない、貴女が誰が好きだろうと。
いつか必ずこの気持ちを伝えようとユウスケは思った。
初日はオリエンテーションのみで授業は無かった。
ジローから柔道部を見学に行かないかと誘われたが、ユウスケは断った。
部活を見学に行ったら柔道をやりたくなるからだ。ユウスケは自分の足をもどかしく思った。
初夏のオーブの天候は気まぐれだ。朝は晴れていたとしても、夕立は容赦無く大地を濡らす。それは秋に向けての恵みの雨だった。
下校途中の雨にユウスケは近くにあった公園のベンチへと逃げ込んだ。
屋根の下に入った時には服がびしょ濡れになっていた。
「嫌な雨だな。一体いつになったら止むんだろう」
鉛色の空は雨の終わりを告げはしなかった。遠くから雷の音が聞こえた。
ふと、パシャパシャと水溜まりに足を突っ込んでしまったような音がした。ジローはそちらへと目を向けた。
「カズミさん……」
そこには鞄を頭の上で持ち雨を防ぎながら此方へと向かってくるカズミの姿があった。
「あら、ユウスケ君。いつから君はこの場所で一人で雨宿りしていたの?」
カズミはユウスケの姿に気付くと笑顔を浮かべた。
「俺もさっきここに来たんですよ」
「そうなんだ。朝パパから天気予報を聞いていたんだけど、ジローの奴が寝坊してゴタゴタしてね、傘を忘れちゃったのよ」
カズミはスカートのポケットからハンカチを取り出して髪を拭き始めた。
「ジローから聞いた事がありますよ。父ちゃんの天気予報は当たるって」
ジローから雨が降る度に聞かされた言葉だ。ジローの傘に入れて貰い下校した事は何度もあった。
「ユウスケ君も髪が濡れてるじゃない。これで良かったら使う?」
ユウスケを見上げながらカズミがハンカチを差し出して来た。
「全然大丈夫ですよ、ご心配無く」
突然の言葉にびっくりして断ってしまったが、カズミはユウスケの頭に手を伸ばしハンカチで髪を拭き始めた。
「うーん、ユウスケ君は背が高いね。家のジローと10cmは違うんじゃない?」
カズミの優しさが嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしくてユウスケは曖昧な返事しか出来なかった。
ユウスケはカズミの事をいつから見つめていたのかは覚えていない。
恋心は季節を過ぎる通り雨のように突然訪れた。気付かぬ内にユウスケは戸惑う気持ちに出会ってしまったのだ。
今は弟の友達としてしか見られていないのは仕方ない。
――全てはこれからだ。
ユウスケは密やかにカズミを見つめた。