第四話 誰もが幸せを願うから
いつの間にか雨は上がっていた。雲の切れ間から太陽が顔を出し挨拶をしていた。
「雨が上がったね、ヨツバ」
アイナの言葉を聞き、ヨツバは上下に首を振って頷いた。
「父ちゃんの天気予報通りだったね、母ちゃん」
――雨上がりの街は雫が日の光でキラキラと輝いていて、プリズムみたい。
ヨツバは傘を閉じた。飛び散った水滴が宝石の様に光っていた。まだ濡れているベンチや空の向こうの虹がヨツバを呼んでいるようだった。
アイナの呼ぶ声を振り切って、ヨツバは思わず走り出した。目指すは帰り道にある公園だ。
避難所には幼稚園は整備されておらず、ヨツバは退屈な日常生活を余儀なくされていた。アイナにくっついて買い物に出掛ける事がヨツバにとっての唯一の楽しみだった。
知らない街を歩くのはヨツバにとっては大冒険だった。あの公園も母ちゃんと買い物に出掛けた時に見付けたのだ。
振り返るとアイナがお腹を重そうに抱えるように走っていた。ヨツバはアイナの元へと戻り、手を繋ぎながら公園を目指した。
途中でヨツバは大きな水溜まりに出くわした。オノゴロにいた時は長靴があったのでパシャパシャと水溜まりを通ったが、今はヨツバは長靴を履いていなかった。
ヨツバは水溜まりを避けるように歩いた。アイナを見上げたら、ヨツバににっこりと微笑んでいた。
――母ちゃん、大好き!
ヨツバはアイナの手をぎゅっと握った。
「あっ、ユウスケ兄ちゃんだ。カズ姉ちゃんもいるよ!」
ヨツバは公園に着くなりベンチの方を指差した。そこには楽しげに笑っているユウスケとカズミがいた。
ヨツバはユウスケが大好きだ。家に遊びに来た時に「そらそら」という遊びをしてくれる。
ヨツバが大きめのバスタオルに乗り、両端をユウスケとジローが持ちあげるのだ。ハンモックのようにゆらゆら揺れる感覚をヨツバは気に入っている。
いつかはぶんぶん振り回されて一回転してしまった。楽しくてヨツバは声を上げて笑ってしまった。
ヨツバは二人の元へと駆け出した。二人はヨツバに気が付いたのか手を振っていた。
「ヨツバーっ、元気してたか?」
ヨツバが二人の前に着くと、ユウスケがヨツバの柔らかい額を優しく撫でた。ヨツバはユウスケに抱っこして欲しくてピョンピョンと跳ねた。
「ユウスケ兄ちゃん、抱っこしてーっ」
ヨツバの声を聞き、カズミは怪訝そうに眉をひそめた。
「駄目よ、ヨツバ。ユウスケ君は怪我しているんだから。抱っこなら私がしてあげるわよ」
ヨツバはカズミに抱えあげられた。ユウスケの顔が近くなった。恥ずかしくてもじもじしていたらユウスケは百面相をしてきた。
「ヨツバ、あんたはそろそろお姉ちゃんになるのよ?甘えるのもいい加減にしなさいね。」
「いや、いいんですよ、カズミさん。俺は一人っ子だから妹が出来たみたいで楽しいですよ」
ユウスケはヨツバの頭越しにカズミに微笑んだ。ヨツバの見た事のない笑顔だった。
「カズちゃん、ユウスケ君、おかえりなさい。」
ようやくアイナが追いついた。ユウスケはアイナに向かって礼儀正しく挨拶をした。
ヨツバは空を見上げた。空に掛かっていた虹はいつの間にか消えていた。そろそろ空は朱に染まり街の色も綺麗に変わって行くだろう。
ヨツバ達はは元気良く手を振りユウスケと別れた。ヨツバはユウスケのお嫁さんになりたいと思った。