第1話「そして三人は揃う」(前編)
「くそっ!何なんだよ!何だっていうんだよ!」
シン=アスカは暗い路地裏を走る。もう何処をどのように走ったかも覚えていない。
何処まで走ればいいのかも覚えていない。ただ走る、走りつづける。背後から追ってくる男達から逃れるために。
「何でだよ!どうして、どうしてこんなことになるんだよ!」
本当にどうしてこんなことになったのだろう。自分はアカデミーの久々の休日でヨウラン達と午前中から繁華街に遊びに来ていただけだ。そして昼食をみんなでとって、午後からはそれぞれの用事で別れて1人になって・・・・・
「何で俺がこんな訳のわからない連中に襲われなきゃならないんだよ!」
最初はただの気のせいかとも考えた。だが自分は気がついてしまった。確かに自分を見つめている視線。その視線の源、明らかに堅気でない男達自分を確かに尾行けているのを。そして、無意識のうちに視線から逃れるように行動していた自分が、人気の無い所に誘導されていたことを。
男達は皆体格が大きく、安物のスーツで身を包んでおり、顔立ちや雰囲気から明らかにまともな商売で生計を立てていないことが見受けられた。しかも、その体の動きは、素人目にはわからないが、確かに格闘技か何かを受けた動きだった。数は二人。片方はメリケンサックで、もう片方はナイフで武装していた。
「はあ・・・・・はあ・・・・・・・くそっ!くそっ!」
うっかり人気の無い路地裏に入り込んでしまったとき。連中は突然襲い掛かってきた。いかにアカデミーで軍事教練を受けているとはいえ、所詮はまだ訓練生、しかもオフで気が緩んでいた所にいきなりの不意打ちでは反撃に転ずる事も出来ず、ただただ逃げるしかなかった。しかし・・・
「はあ・・・・・はあ・・・・・うっ・・・・嘘だろ・・・・・」
行き止まりだ。周囲には隠れられる場所も無い。ふと、ジャリッという靴で砂を踏む嫌な音が響いた。振り向けばやつらが二人共追いついてきていた。
「何だよ、何なんだよアンタらっ!一体何だって言うんだよ!」
思わず喘ぐように叫ぶシンに男達はいやらしい笑みを浮かべながら言った。
「へへ・・・・・悪いな小僧。殺しても構わないって言われてるんだ・・・・」
「っ・・・!何だよ、訳わかんねえよ!」
「さあな、俺達も金貰ってお前さんをしめてやれって言われただけでな・・・訳なんざしらねえよ。」
「さて、小僧。覚悟はいいか・・・・」
そう言って構えを取ると、にじり寄ってくる男達。シンは思わず後ずさるが・・・
「!」
壁に背中がついてしまう。もう逃げ場は無い。
「へへ・・・・死ねや小僧!」
(くそぉおおおおおお!やるしかないのか・・・・・・・)
シンと謎の男達が衝突を起こそうとしていたその時、そこから少し離れた場所に一台のワゴン車が止まっていた。その中は大小のモニターで埋め尽くされていた。そのモニターを眺める一人の男がいた。暗くてその顔は良く見えない。
「どうしたシン=アスカ・・・・逃げているだけでは敵は諦めてくれんぞ・・・」
そう言うと男は不気味な微笑を浮かべた。
「はああああああああああああああ!」
意を決したシンはまずはナイフで武装した方に飛びかかる。
「馬鹿が!俺達はプロだぜ!」
男達も二人同時に襲い掛かってくる。若干ナイフの男の方が早く駆けて来る。
「ふん!」
ナイフの男が逆手のナイフを横薙ぎにしてくる。狙いはシンの頚動脈!
「はぁ!」
しかし、シンは体勢を低くする事でそれを避ける。
(いける!)
シンは仮にもアカデミーの赤服候補の筆頭である。その動きは常人とは比べものにならない。だが・・・
「間抜が!しねえええええええええ!」
即座にナイフの男は反応し、シンの背中に向けてナイフを振り下ろす。
(殺られる!)
シンの脳裏に背中をナイフで突き刺されて血の海に横たわる自分の姿が一瞬よぎる。
(死ぬ、殺される。)
一瞬の絶望。だがそれは次の瞬間、胸に沸き起こった激情にかき消される。
(ふざけるな!俺は、俺にはやらなきゃやらない事があるんだ。こんな所で・・・)
「死んでたまるかああああああああああああああああああああ!」
サイドステップでシンは振り下ろされたナイフを間一髪の所で避ける。驚愕に眼を見開く男。その男の顔には、ワンコンマ一秒後にはシンの頭突きが叩き込まれる。
「げへーっ!?」
ナイフ男は盛大に鼻血を噴出しながら吹っ飛ぶ。
「この餓鬼が!なめるなああ!」
吹き飛ばされるナイフ男をみて逆上したメリケンサックの男は鋭いパンチをシンの頭にむけて放ってくる。男に懇親の頭突きを放ったばかりのシンはこれに対応できない。
(し、しまっ!)
死ぬ。今度こそ死ぬ。殺される。
(いやだ!死にたくない。死ねない。それに・・・)
急速に脳内で分泌されたアドレナリンの影響で思考だけがすさまじいスピードで加速していく。それとは逆に、男の拳はゆっくりとこちらにせまってくる。
(俺は何のためにプラントに来た。力だ!力が欲しくて、大切なものを守る力が欲しくて俺は!なのに、こんな所で訳もわからず、自分すら守れずにっ!)
凄まじい激情がシンの体内を駆け巡る。その時だった。シンの頭の中で”何か”がはじけた。
(!)
思考がクリアになる。加速した思考に肉体が追いすがる。体に電撃が走る!突如シンがメリケンの男の前から掻き消える。
「!」
そして、気がつけばシンは男の真横にいた。
「おああああああああああああああああ!」
シンの拳が男の顔に突き刺さる。凄まじい血を噴出しながら男は吹き飛んで壁に叩きつけられる。そしてそのまま動かなくなった。
「はあ・・・・・はあ・・・・・はあ・・・・・・」
パチ パチ パチ パチ
「んっ!」
突如路地裏に拍手が響く。シンがとっさに拍手の音がする方向を向くと、十五メートルほど向こうに見慣れぬ男が立っていた。そして・・・・・
「・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・」
シンは見た。男の獲物を狙う蛇のような瞳を。シンは感じた。狂気すら感じさせるその異様な殺気を。
(あ・・・・・・・だめだ・・・・・・)
違う。違いすぎる。自分とも、さっきの男達とも格がちがいすぎる。かなわない。
殺されるコロサレルころされるコロサレル殺される死ぬしぬシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌシヌ・・・・
その時シンが脳裏に見たもの。赤い風景。赤い炎。そして赤い・・・・・
「・・・・・あ」
赤い血に染まった
「・・・・・あ・あ?」
手
「うア阿あ亜吾唖ああ阿あアア亞アあああああああああああああああああっ!」
悲鳴のような叫びをあげながらシンは男に飛び掛る。しかし・・・
「あっ?」
懇親の一撃は虚しく空を切り、突き出された拳は次の瞬間男にひねり挙げられる。
そして、シンは男の手を掴んでるのとは逆の腕でシメ落とされた。
シンは薄れ行く意識の中で声を聞いた。
「おめでとう。君は合格だ」