322 ◆AZrtuWBJqs 氏_The scarlet treasoner_プロローグ

Last-modified: 2010-11-28 (日) 22:13:43
 

暗闇の中、デブリに囲まれ二機のMSが交戦している。
否。
それは戦いと言うには余りに、一方的に過ぎた。

 

追い詰められている機体はゲイツR。
スラスターを全開で噴かし、必死に逃走を図って居る様は無様ですらある。
確かに、あの戦争から三年を経た現在においては型落ち機と言われても仕方がない機体ではあるが、
それでも整備状況、武装は万全だった。
パイロット自身も元ザフトレッド。
並のパイロット相手なら例えザクMkⅡであろうと、問題なく撃破あるいは逃げ切る自信はあった。
だが、ソレが単なる過信であったことを、彼は目の前の敵にその身をもって思い知らされていた。

 

「……畜生」
既に左腕と右脚が欠損し、武装は手元にあるマシンガンとCIWSのみ。
敵機体には未だ一発の直撃すらない。
六機でかかったにも関わらず、だ。
共に仕掛けた残りの五機は一撃も当てることなく既にジャンクとなり、敵部隊に回収されていた。
殆どが、接触と同時に突貫してきた、交戦中のこの一機、隊長機であるその一体に瞬く間に撃破された。
開戦からここまでわずか三分程。
彼我の機体の性能差を考えても、明らかに異常なタイムだった。

 

「この、くそったれがぁ!」

 

機動性が特徴であるゲイツRさえも上回る圧倒的な速度で迫る敵機にマシンガンを撃ち込む。
発射された三発の弾丸は掠ることさえなく虚空に消えゆくが当然、それは予測済み。
敵機が回避するその先を読み弾丸をばらまく。
タイミングは悪くはなかった。
相対速度から考えても、この距離で避けきれるハズなど無い。
だが、

 

「更に速く!?」

 

予想外の更なる加速を持って敵機は全ての弾丸を置き去りにし、一気に肉薄。
咄嗟にトリガーを引くが、弾丸が繰り出されるよりも早く、ヒートブレードの一閃がバレルを両断。
次の瞬間には右腕が断裂。
メインカメラにナックルガードが映り、ソレを最後に映像は途絶。
万事休すである。

 

「強すぎるだろ……」

 

悲嘆に暮れながら、彼はサブカメラに映る憎き敵機を眺める。
そこに映るのはザク。
白と黒で塗り分けられ、赤のラインがソレを彩る、深紅のモノアイが特徴的な機体。
前面を厚い装甲で覆い、各所にスラスター、ブースターの類が増設されている
圧倒的な機動力と加速力に特化した前時代的なカスタム機。
装備も簡素、かつ中近距離特化仕様という、まともなパイロットならナンセンスと断言するであろう、
あまりにもパイロットを選ぶ、無茶な仕様のザク。
それは紛うことなく、純粋な意味での現ザフト最強を誇る部隊の隊長、
「死にたがり」の専用機体、ザク・ハイヴェロシティ。

 
 

『素直に投降すれば、待遇は保証する』

 

接触回線で通信が入る。

 

『……分かったよ。この状況であんたに勝てるわけがねぇからな』

 

彼は諦観の言葉と共に、両手を投げ出した。

専用機である以前に、アレを乗りこなせるパイロットなどもとより一人。
恐らく、MS乗り、開発者、整備士、あらゆるMSに関わる人間にとって、
この世で最も高名と言って良いパイロットの一人以外に有り得ない。
その男相手にここまで保ったこと自体、彼にとってはある意味、誇らしいことであった。

 

『そうか。……ズール1より各機へ。任務完了。周辺警戒の後、全機帰投せよ』

 

彼の返答を聞いて、その男は周辺の僚機へと通信を入れる。

 

『イエッサー!』

 

接触回線を介し、鬨の声が聞こえた。
白黒のザクにそのまま機体を固定される。
微かな振動と共に、モニタに映る星空が後方へと流れていく。
向かっていく先にはボズゴロフ級の戦艦が見えた。

 

「……流石、勇名は伊達じゃないな。特殊部隊スカーレット。これほどとはな」

 

諦めの境地とも言うべき、穏やかな心境故か素直な賞賛がふと口をついた。

 

『……あんた、やけに素直だな』

「ま、あれだけ、実力差見せつけられたんじゃ、諦めもつくさ。
 それにあんたと戦えたことはある意味光栄だよ」

 

その言葉に嘘はない。
非核動力機単騎での核動力機の撃破という偉業。
しかも、あのフリーダムを、キラ・ヤマトを、だ。
その上、前大戦の嚇々たる戦果。
戦争には敗れはしたものの、その後も、上のやっかみのせいだろうが、決して高機能とは言えない機体で
常に前線を駆け、決死の戦場においても友軍に先駆け、その被害を軽減し、
圧倒的なスコアを叩き出し続けた。
常に誰よりも速く、早く、突撃、突貫する、
その戦闘スタイルから親しみと賞賛とを込めてつけられた渾名が「死にたがり」。
現ザフトにおいて、戦場に生きる人間からは、誰よりも支持を集め、
最強の名を欲しいままにする、伝説のレッド。
その名は、

 

「なあ、死にたがりのシン・アスカ?」

 
 
 
 

―The scarlet treasoner
プロローグ「偽りの終わり」

 
 
 
 

「今回も、いつも通りお手柄だったらしいね、シン」
そうにこやかに語りかけてくる白服が一人。

 

「ええ。素晴らしい活躍だったと聞いています」
その言葉を受け、柔らかく微笑み言葉を紡ぐ議長が一人。

 

「別に、いつも通りですよ。お二人からそんな言葉をいただく程じゃありませんって」
そう困った様に頭をかくのはシン=アスカ。
ココは陽光の差すクライン邸の庭園。
先日の武装海賊の拿捕を含む一連の任務をこなして、プラントに帰還したシンを待っていたのは、
現在のプラント及びザフトのトップ二人からの招集であった。

 

「さて、さっそくですが本題に入りましょうか。キラ?」

「うん」

瞬間、白服の顔が変わる。
手持ちのバックから取り出される、分厚い封筒。
ご丁寧に機密事項の印を押して、封がされている。

 

「君には、いよいよオペレーショントロイを実行してもらう」

 

現状において、厳しい状況に置かれているプラント並びにオーブにとって、起死回生の策だと言う事で、
ことさらに厳粛に告げる様は実に滑稽に映る。

 

「ついに、ですか」

「ああ。今までの君の働きから判断して、もう十分だろうと戦略局も判断した」

 

戦略局が聞いて呆れる。
どれ程の節穴揃いだというのか。
内心の侮蔑をおくびにも出さず、シンは厳粛にその言葉を受け止めている様に振る舞う。

 

「来週をもって、君たちスカーレットには地球に降りてもらう。
 作戦プランは事前に打ち合わせした時と変わらないよ。
 ただ、漏洩は困るから、計画書はプリントアウトしておいた。改めて目を通して置いてくれ」

「分かりました。自宅で確認させていただきます」

手渡された封筒を鞄へ。

 

まだだ、まだ早い。

 

気を抜けば緩みかねない頬をどうにか引き締め、再び白服へと向き直る。
「すまないね。シン。こんな危険な役目を任せてしまって」

「構いませんよ。この任務に最も適した人材が俺だってことは誰よりも俺が理解してますから」

 

その通り。
なぜならば、彼自身、未だにそう思っているからだ。

 

「ああ。それにも関わらず、君は良く尽くしてくれた」

そうして、彼を労う様な表情と声色で白服は言葉を紡いでいく。

「本当は不安もあったんだ。君が憎しみを断ち切って、僕たちと共に戦ってくれるかどうか」

「ま、そりゃそうでしょうね」

 

共に戦う気なんて端から無いんだから。

 

「でも君は強かった。僕たちが思ってたよりずっと、ね」

 

その表情はもう止めてくれ。
割と切実に、腹と頬の限界も近い。

 

「…………」

だが、そんな内心とは裏腹に、彼の表情は粛々とその言葉を受け止める様な貌を造る。
ここで、不審がられてはこの三年の全てが水泡に帰す。
この三年で磨き抜いた演技力の全てを余すことなく発揮し、
彼は粛々と下知を受け止める一兵卒の演技を続ける。

 

「君がこの任務を果たして、無事帰ってきたなら、その時は「FAITH」に任命するよ」

「FAITH……」

 

有り難くもない申し出の上に、そもそも帰ってくる気なんて毛頭無い。
更に言えば、そんな任務に送り込む時点で殺す気満々だろうが、ド畜生。

 

「ああ、それが僕たちの君に対する信頼の証だと思ってくれ」

「はい。ありがとうございます」

 

彼は恭しく頭を垂れ、

「では、そろそろ失礼します」

 

その糞ったれな会合の場を後にした。
見えぬ様に、貌に薄い笑いを浮かべながら。

 
 
 
 

「いよいよ、「トロイ」か。どんだけストレートな名前なんだか」

 

自室で端末を叩きながら独りごちる。
トロイの木馬という物語があるが、要するにそういう作戦だ。

 

「ったく、妙なとこだけ気を回してわざわざプリントアウトしてくるとか、有能なのか無能なのか……」

 

わざわざデータの打ち直しをしなければならないのだから面倒この上ない。
だが、時が来たという悦びを前に、その程度の面倒など意味を持たない。

 

「あとは今まで通り当日まで振る舞えば良し、か」

 

仮面を被り続けた三年間を振り返る。
ソレを思えば、これからの数日など物の数ではない。

 

『じゃ、そろそろこっちも出るから、またあとでな』

 

そう最後に「文言」をメールに付け加えて送信する。
堆く積み重なった様々なジャンルの専門書に膨大な量の資料。
擦り切れたサンドバック。
散らかるトレーニング機器。
ただ純粋に己を高めるためだけの部屋の中で、彼は拳を握りしめる。

 
 

「さて、いよいよか……」

 
 

胸に去来するは、内から湧き出る怨嗟の声。
その真紅の瞳に昏い炎を宿し、一人の男は、反逆を開始する。

 
 

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