A.C.S.E_第06話

Last-modified: 2009-01-25 (日) 02:37:12

 ぐい、と引っ張られる。腕に感じる微かな圧力。後ろに立っていた誰かに腕を引かれたのだと感覚がそう判断。軽い気持ちで後ろを向いた。
 けれどもそこには誰も立って居ない。怪訝そうに首を傾げる。そしてそこで気が付いた。腕に感じた微かな圧力が未だ残留している事に。違和感に似たそれを確認しようと、視線が右腕を目指す。

 

 うでにうでがぶらさがっていた。

 

 驚愕が強すぎて思考が凍る。口からはひっ、と悲鳴でも吐息でもない音が漏れた。脳が情報の処理を投げ出そうとする。地面に立っている感触が薄れていく。本来の役目を忘れてしまったかのように、身体の機能という機能が異常を起こす。
 そのうでに、見おぼえがある。
 忘れるはずもない。忘れられるわけがない。何もかもが始まったあの日、目にした悪夢の断片。

 

 ――ねえ、おにいちゃん。

 

 景色がいつの間にか変化していた。高く高く積み上げられた命の残骸が、眼前にそびえ立つ。それは無残にあちこち焼け焦げたMSだったり、艦橋が焼け爛れた戦艦だったり、コクピットの部分を中止として大穴のあいたMAだったりした。
 全部まとめて見覚えがあった。全部まとめて、倒して来た”敵”だった。
 それらの残骸の各所に”それ”らは存在していた。装甲にこびりつく焼け焦げた”それ”、隙間を縫うように滴り落ちる”それ”、何処の部位かわからないほど細切れになって散らばるピンク色の”それ”。それは、確かにそこに居たにんげんの残滓。高く、広く拡がった命の墓場の中央に一際大きいヒトガタが存在する。その黒い身体は他の残骸に比べればまだ原形を留めている。けれどそこにあるのはもうタダの鉄クズだった。だって中にある命が潰えているから。証明するかのように、歪んだ装甲の隙間から誰かの――違う、誰か知っている。そう、彼女の身体が、冷たくなって、土気色になったその身体が覗いている。座り込む余力すら無い。いやそもそも今自分が立っているのか座っているのかも判別できない。酸素を求めて口がパクパクと開くが、悲鳴がノドに貼りついて栓をしてしまったかのようで、何時まで経っても酸素が入ってこない。
 ごぞり、とその塊が蠢いた。確実に自分に向かってくる”それ”らを見て、今度こそ一歩下がった。ごぞり、ごぞり、と無機物と有機物で構成された屍の山がこちらに向かって這いずってくる。

 

 ――右腕にしがみついている”それ”の存在を思い出した。

 

 そこにあるのは腕の筈だ。無残に半ばで千切れた少女(家族)の腕でしかない。それを構成しているのは血と肉と骨と皮と僅かな布だ。発声を可能にする要素なんて含まれている訳がない。だからそれが喋る事なんてありえない。あってはならない。だというのにその腕から声がする。懐かしい(恐ろしい)、家族(妹)の声が、

 

 ――自分が今まで何をしてきたのか、忘れた訳じゃないよね?

 

 
「――――――っ!!」
 何時の間にか右手に銃を握っていた。MX703G ビームライフル。現在使用している機体が装備している武器で最も多用しているもの。何故それを持っているのかがわからない。いつMSウェポンを起動したのかもわからない。そもそもなぜ”ここ”で起動できるのかもわからない。精神が何かに対する恐れと怯えで埋め尽くされて何を考えていいのかわからない。いいやそれは嘘だ。この声の主が恐ろしいのならば右腕にしがみついているそれを投げ捨てて撃てばいい。そうすればそれはビームの熱量で瞬く間に塵芥になることだろう。だけどできない。簡単なはずなのに。今の俺には力のある俺には簡単な事の筈なのにそれが出来ない。その右腕を傷つけられない。ずりずりと何かが這いずる音がする。聳え立つ残骸達がゆっくりと崩れながらこちらに向かってくる。上半身の無い機体がぎこち無く立ち上がりこちらに向かって歩いてくる。下半身の無い機体が腕だけでこちらに這いずってくる。四肢の無い機体はこちらへ向う意思を示すように身体を揺らしている。来る。無数の屍がやってくる。津波の様に。

 

「……く、るな。くるなっ」
 突きつけた銃口がブレる。焦点が定まらない。何をすればいいかわかっているのに、どうしてもそれができない。その間にも屍の群がこちらに向かって突き進んでくる。ずりずりというその音がどうしようもなく不快感を煽る。ねえどうしたの撃たないの?落とした時は迷いなんて無かったはずだ。だって戦争だったんだ。戦わなかったらこっちが死んでるんだ。だから撃たないといけない。殺さないと誰も守れないんだ。どんな敵とでも戦うんだよねえ?なのになぜ引き金にかかった指が微動だにしない。改めて突きつけられたやって来た事を見せつけられているからだとでもいうのか。そんな程度で揺らぐ覚悟だったのかお前がした覚悟は。簡単だろう。引くんだよ引き金を。そうして撃って切って敵を倒すんだ。そう何度もやって来た事だ。出来る筈だ。だって、今の俺には

 

 ――力があるんだから

 

 人殺しのね。

 
 

「――――――うぅあああああああああああァああああああああぁぁッ!!!!!!!」

 

 俺は、引き金を、

 
 
 
 
 
 

 目覚ましのアラーム音で、現実に帰ってくる。

 

 声にならない悲鳴とはこの事か。痙攣するような挙動でシンはベッドから跳ね起きた。息を吸う、吐く、吸う、吐く。その動作を馬鹿みたいに延々と繰り返す。汗でぐっしょりと濡れ身体に貼りつく衣服が非常に鬱陶しい。身体が錘でもつけたかのように重い。尋常でない脱力感がある。さっきまで休んでいたはずなのに、身体が休息を求めてくる。
 シンは立ち上がろうとして、失敗。ベッドから転げ落ちた。備え付けの家具を支えにして立ち上がる。まず最初に未だ電子音を奏でる目覚まし時計に渾身の力で拳を振りおろした。べきと鈍い音がした。壊れたかもしれない。

 
 
 

 「……………………撃てなかった。ちくしょう」

 
 

第06話「コンタクト」

 
 

 出力の上昇を命じられたジェネレーターが唸りを上げる。バッテリーより放出された電力は身体から腕へまるで血液の様に流動し、指定地点である掌へと到達する。そこに本来なら存在する筈のコネクタを介し、手に握った武装へと電力が供給される。
 現在シンが右手に装備して(握って)いる物は”剣”だ。そういう事になっている。ただ、その剣には刃が無い。本来ならば刀身と呼ぶべき場所には、およそ鋭さとは縁遠い箱型の形状をした水色のフレーム。先端に取り付けられた尖った白刃がなければ誰もこれを剣とは認識しないだろう。柄の付いた棒か箱の方が合っている。
 ではこれは剣ではないのか。その答えは否である。
 電力を流し込まれたことにより本来の意味が発現する。先端と柄、それぞれに設置されたデバイスが瞬き、互いの間にビームという名の橋を渡す。
 そう、これが対艦刀シュベルトゲベールの本当の姿。
 ビーム(熱量)という無慈悲な刀身で対象を融解させ切断し殺傷する、兵装である。

 

「…………さて。どっちが最初に来るかな」
 騎士道とか武士道とか、本来ならば剣という概念に近しい理念とかけ離れた”剣の形をした兵器”をゆらゆら揺らしながら、シンは呟いた。
 遊んでいるわけではない。相手の出方を待っているのだ。数で劣る以上先手を取って奇襲をかけ、一気に殲滅するのがベストなのだろうが今回はそれでは意味がない。
 聴覚が踏み込みの音を捉え、脳内で接近警報が鳴り響く。MSウェポンを使っている間は、単純に言って各器官が倍に増える。四肢は肉体と機体がほぼ連動するのでそこまで問題はないが、視覚と聴覚は慣らすのに随分と手間取った覚えがある。生身の目と機械の目は勝手が全く違うので、常に最適な方を選択してやらねばならない。
 実際これはまだ使いこなせていないといっていい。サポート用のプログラムを組み、いくつかの機能制限を設けて何とか運用しているのが現状だ。
(足音が軽いな。最初はエリオか)
 スバル・ナカジマの場合はローラーブーツの轟音とウイングロードのエフェクトが追従するので非常にわかりやすい。その点から考えて初手をエリオに任せたのだろう。
「――――」
 意識を集中させる。聞こえてくる魔力カートリッジの排出音、ストラーダが発する合成音声、エリオ・モンディアルの怒号、視界に入る魔力光。それら全てを持てる全感覚で知覚しながらシンはシュベルトゲベールを握りなおす。
 重要なのはタイミング。技術は必要ではあるが重要ではない。シンがC.Eで培った常識というモノが馬鹿らしくなる速度で飛来するエリオに対し、

 

「うおおおあああああああァ――――!!!!」

 

 ため込んでいた色々なモノを一気に爆発させる。
 踏みしめた地面に亀裂が入る。各関節のモータが盛大に唸りをあげ、シンの身の丈ほどもある水色の長刀が超高速で左上から右下方向へと一気に振り抜かれた。真っ向から叩きつけるのではなく、突き出されたストラーダの横合いから殴り付ける。振り抜くという動作が異物との衝突で中断されかけるが、それを無視して強引にシンは対艦刀を振り抜いた。過負荷を跳ねのけんとモータは咆哮の様な唸りをあげ、身体(機体)を支える足首から大地へと伝わった衝撃が走った亀裂を増大させる。シュベルトゲベールはその槍を持ち主ごと横合いへと盛大にすっ飛ばし、そのまま一気に振り抜かれ、その先に待っていた地面と出会った。そのまま当たった地面を溶かし、砕き、抉り、その刀身を深々と埋め込んだ。
(次)
 接近警報は鳴り止んでいない。剣を引き抜くのは間に合わない。最初から間に合わせる気もない。グリップから手を離し、シンは激突に備え一点(エリオ)に絞っていた意識を周囲に拡散させる。
(――――上か!)
 ギュン、と生体活動から少し離れた動作でシンの頭が上を向く。視界に入るのは青のエフェクトとそれに乗る人間一人の姿。振りかぶられている拳。相対距離と相手の状態と自己の体勢から回避は不可能と判断。
「でえええやああああああああ――!!」
 落ちてきた拳撃に対し、シンは左腕を叩きつけた。正確には左腕にマウントされているシールドではあるが。現在装備している盾はロケットアンカーを内蔵する近接戦装備仕様。面積自体は通常のシールドよりはるかに小さいが、防御能力は決して劣ってはいない。
(……っ)
 心中で舌打ちした。左腕から伝わってくる衝撃が想像より大幅にでかい。盾から装甲へと、そしてその下にある皮と肉と骨と地で構成される生身の左腕が悲鳴を上げる。感知された異常は即座に脳髄へと伝達され、痛覚という警鐘がこれでもかと伝搬する。また上空から杭の如く打ち込まれた一撃によって、シンの身体がぐんと力任せに下へと押し込まれ――なかった。
 シンの瞳が本来の色ではない青色に一瞬、ほんの微かに発光した。それを合図とするようにシンの身体の各部でモータが一斉に唸りを上げる。それらの動作により、極めて機械的な音がシンの体のあちこちで発生した。一連の動作は派手に見えるが、実際は単に機体の出力を上げただけである。
「え?」
 困惑するスバルの様子を好機として、シンの背中で青い光が膨れ上がった。スラスターの推力を得たシンの身体が、スバルを押し返さんと駆動する。負けじとスバルが更に圧を高めたところで、シンの身体が横にスライドした。姿勢制御用のスラスターによって、横方向への急速機動。拮抗を変に崩されたせいでスバルの身体が傾く。

 

 スバル・ナカジマはウイングロードという術式を用いて空を走る。それは空に敷いた道を走るというものであり、スバル自身が空中での自在機動能力を持っている訳ではない。
 故に。拮抗の崩壊から発生したバランスを立て直す際には若干の隙が出来る。その通りにスバルの身体がバランスを取ろうと反射的に動く。
 リボルバーナックルの付いていない方、崩れた拮抗に対しようと投げ出されたスバルの左腕をシンは空いた右手で掴む。シンはモビルスーツという概念を仲介して肉体を”操縦”している。モビルスーツは直接操作してやる必要があるが、ウェポンとして起動させている場合、パネルも計器もペダルもレバーもスイッチも何もかもが思考の内にある。
 だから左腕がどれだけ激痛を訴えていようと、操縦は難なく行える。そして機械であるモビルスーツは命令(操縦)に忠実に答え、
「ふっ…………!」
 スラスターで姿勢を調整し、シンは力任せにスバルの身体をぶん投げた。右腕一本、それも無理な体勢から強引に挙動したので、当然の様に発生した反動に肉体が軋む。ただそれは今関係ないので、強引に思考の外に放り投げる。宙を舞ったスバルに対しシンは左腕を向けた。盾の先端部がハサミのように開き、ドンとロケットモータによりアンカーが発射される。アンカーはスバルの左脚に到達した時点でその先端を閉じ、対象を捕獲。
 ブン投げたスバルをアンカーで捕獲して強引に引き戻す。アンカーが急激に巻き取られ、シールドから騒音と火花が散る。手元に引き戻すつもりはない、身体全体を思いっきり旋回。今度は反対方向に放り投げた。アンカーが途中で外れた事により、スバルの身体が今度こそ放り投げられる。体勢を立て直す事もなく、スバルが傍らの廃ビルと衝突したのを確認すると、シンはスラスターの青光と共にその場から飛び上がった。

 

 あと二人、残っている。

 

///

 

 ――冷や汗が出ている。

 

 屋上から対象を注意深く見下ろしながら、ティアナはそう自覚した。原因はティアナの視界の先に居る一人の人間。エリオを叩き落とし、スバルを放り投げた辺りで嫌な予感はしていたが、”隙”を見て展開されたキャロのアルケミックチェーンを力任せに引き千切った辺りで予感は確信に変わった。
(冗談じゃないわよ…………何なのよこいつ!?)
 相手が強いのは知っていた。既に実戦経験も多数ある事も、扱っている装備が特殊な事も。けれど、こんなにも異質な相手だとは思っていなかった。
 シン・アスカの戦い方はとにかく機械的で人間味が無い。まるで”人型のロボット”を相手にしているような違和感がある。だけどたまに攻撃に感情が乗る。それが一層違和感を強める。まるで、二つの存在が交互に顔を覗かせているようで。
「…………っ! キャロ、移動するわよ!」
「は、はいっ……」
 目が合った気がした。前衛二人が撃破され、残っているのは後衛のティアナとキャロ。キャロにはフリードという火力があるが、それは既に撃ち落とされている。
 先程の様子を見た以上、接近戦を挑む気にはとてもならない。なのでこちらのベストの距離を保ちながら射撃、狙撃、砲撃による撃破しか手段が残っていない。ただ放った攻撃は悉く弾き飛ばされ、距離も少しずつ詰められている。
(だからって、簡単に負けてなんか――)
 視界の端で赤い光がちらついた気がした。シンがこれまでに使ったのはビームライフルと、ロケットアンカー、対艦刀。だからティアナはその武装がどういうものか知らない。
 それはビームブーメラン・マイダスメッサー。対艦刀の様な一撃必殺の威力や、ライフルの様な速度は無いが、特殊な軌道を用いて相手に飛来する遠距離攻撃用兵装である。
「……、いつの間に!?」
 ティアナは両の銃を飛来するマイダスメッサーに向けて連射する。六発の直撃の時点でブーメランは本来の軌道を見失い、見当違いな方向へ逸れて、建築物と衝突して落下した。
(よし……――!? 見失った! どこから――)
 迎撃後に、先ほどまで視認できていたシンの姿を見失っている事に気付く。首を巡らせるもその姿は確認できない。今までの移動速度から考えて直ぐに追いつかれるほどの距離は詰められていないはずだが、危険である事に変わりはない。

 

 傍らのキャロに指示を飛ばそうとしたところで、足下が砕けた。同時に砕けた地面から白刃が突き出て来た。それはシンが持っていた剣(シュベルトゲベール)である。当然、剣があれば握っている奴も居る。青い噴射光を撒き散らしながら、シンが”地面を突き破って”来た。馬鹿げている。コンクリを掘り進んでビルを垂直に登ってきたとでも言うのか。事態を認識した時は致命的に遅い。振り落とされた長刀がティアナの直ぐ横で深々と地面に突き刺さっている。おそらくわざと逸らしたのだろう。駄目押しのようにシンの左腕からいつの間にか伸びたアンカーが、キャロの腕に噛みつくようにぶら下がっている。
 結果、全滅。
「……終わり」
 そう呟いて、シンが長刀を地面から引き抜いた。キャロに噛み付いていたアンカーも巻き取られ、再度盾先端部に収まる。シンはティアナやキャロに言葉もかけず、また視線も向けずにすたすたと歩き出した。方向を考えるとおそらくブーメランの回収に行ったのかもしれない。
(仲間? あいつが? 戦うの? 一緒に?)
 思わず座り込む。追いついたのか、後ろからスバルとエリオの申し訳なさそうな謝罪の声が聞こえてくるが、それもほぼ耳を通り抜ける。

 

「………………ああ。頭痛いわ」

 

 そう呟いて、ティアナは地面に寝転んだ。

 

///

 

「高町隊長」
 声の方へ視線を向ける。両腕に山ほどの兵装を抱えたシンが、相変わらずの仏頂面で立っていた。
「少しお聞きしたいのですが、俺はいつから――」
 そこで言葉を切ったシンはくい、と視線だけで少し離れた位置に居るフォワードメンバーを指す。
「向こうの連中と合同訓練に入るんでしょう?」
 なのはは即答はせず、どう答えたものか思考する。仏頂面と、馬鹿丁寧な敬語、あと何度言っても改めない『隊長』は今置いておく。咎め出すとエンドレスループになるからだ。
「……やっぱり不満かな?」
 シンは実力がある。使っている物が特殊なせいで単純に”強い”とはいえないが、間違いなく”プロフェッショナル”だった。加えてシンは他者を寄せ付けようとしない一面がある様に見えた。まだ経験も浅く、能力も発展途上中の新人チームと組まされる事に対して不満がるのだろうと推測しての返答だった。
「いえ別に。色々準備がありますので、予定が立っているなら教えていただけますか」
「……うん。そうだね。一応今回の模擬戦は自己紹介みたいなものだったし、いつ始めても大丈夫そうかな。準備はどのくらい必要?」
「一日お願いします。機体のメンテナンスもありますので」
「うん、わかった――あ、そうだ」
 用事は終わったといわんばかり。さっさと踵を返そうとするシンを呼びとめる。
「皆はどうだった?」
「優秀だと思いますよ。全員気概があったし、自分の特性を十二分に理解してるみたいですし。戦闘技術や魔法の制御技術は確かにまだ未熟なんでしょうけど。そういうのはこれから隊長が”引き伸ばす”んでしょう? そう遠くない内に全員俺より強くなるんじゃないですか?」
 あくまで淡々と、シンは語る。他者を寄せ付けないようにしているが、見ていない訳ではなく、むしろ十二分に観察しているらしい。それも少し意外だった。そもそもなのははシンとろくに交流が無い。シンの態度以前に、魔導師でないシンになのはが教えられる事は少ないからだ。
「確かに皆優秀だけど、シンに追いつくにはまだ先だと思うよ?」
「モビルスーツの性能はそう簡単に変わらない数値です。魔法と違って成長しません。制限や技術問題が解決していない以上、いつか追い抜かれるのは当然だと思いますが?」
 シンはただ淡々と、言葉を羅列する様に返答する。
(うーん……相変わらずだなあ)
 決して相手を拒否しているわけではない。必要な意思はきちんと伝え、聞く。一見何の問題もないが、全てに渡って事務的だ。確実に”交流”できていない。
 従順とも反抗とも違う、平行線のような態度。教導官という立場からなのはは多くの人と接してきたが、シンとはどう接すればいいか未だ掴みかねているのが現状だった。
 そんな風に考え事をしていた途中でそれに気が付いた。表情こそいつもの仏頂面だが、そこに僅かながら陰りがみられる。
「顔色悪いけど、体調でも悪い?」
「……いえ別に。ああ、そういえば夢見が悪かったからそのせいかもしれませんね」
「夢?」
「ええ夢です。少し前から似た感じのをよく見るんですよ。夢なのに妙にリアルで、生々しくて、詳細なやつ」
 少しシンの雰囲気が変わったのを感じた。言葉に感情が乗り、無表情が崩れて口元には僅かながら笑みさえ浮かんでいる。

 

「まあ。今日のはマシな方だったんですけどね」

 

///

 

「――では管理局から下りた予算は以前の打ち合わせ通りの配分で各部署へ。不足分は07から13の使用許可を得ていますのでそちらを。回収したガジェットの解析は?」
(さてどう動いたものか。基本的にこちらも向こうも忙しい身だ。そもそも遭遇すること自体が少ない)
『予定通り進んでいます。ただ特に目新しい事はありませんね』
(現在の権限で提示できる情報には限りがある、そちらから機会を作るのも少し難しい)
『回収した資材の運用方針についてですが』
「そちらは後日送付する資料の通りに。ダガーの現在状況は?」
『特に問題はないですね。追加したシステムも何とか本出動までには可動状態に持っていけそうですし。それに最近モビルスーツとしての出番が減ってますからねえ。整備も楽なもんですよー』
「結構。では六課側のチームは今まで通り機体の整備と調整を。特技側のチームはリストに載っている物を優先順位の高い方から整備と調整を、こちらは運用可能になり次第六課へ搬送してください。すでに話は向こうに通してあります」
(とっておきの切り札があるとはいえ、安易に使用するのはリスクも伴う)
『アスカさんから機体についていくつか要望が上がってますけど』
「可能な分は現場判断で処理してください。許可が必要な物のみこちらへ通達を」
(最も効果的な状況で、最も効果的に暴露するのが好ましい)
 複数表示されたウインドウの様に、複数の案件を平行して処理していく。モビルスーツなんてデカブツを動かしているだけでシゴトはバクテリアの様に増殖していく。逐一殲滅する覚悟で挑まねば取り返しの付かない事になる。
 レイは手を動かして書類整理を、声でウインドウに映ったスタッフ達と打ち合わせを、そして頭の中で”攻略法”を、それぞれ同時進行させる。手と口は慣れているので順調にはかどるが、頭の中でのそれは進行状況が芳しくない。
 こういう時交友関係の狭さが少しうらめしい。レイには本当に心を許せる人間がこの世界に一人居るが、こういう話では絶対かつ絶望的に役に立たない気がした。何となく。でもたぶんあってる。
 等と考えている内に打ち合わせは大体の目途が立った。ウインドウの中に映った特技のスタッフ達がそれぞれ別れの挨拶と共に通信を切ろうとしていた。
 ……よくよく考えてみれば、別に隠す事でも無いのではないか。男が女にアプローチするのは自然な事である筈だ。裏側の色は真っ黒だが、それは置いておく。
 なので。レイは通信を切ろうとしたスタッフ達を呼び止めた。普段と違ったレイの態度に、スタッフ達は怪訝気に聞き返してくる。
 質問はあくまで簡潔に。

 

「女性を誘うには、どういう誘い方が適切だと思いますか?」

 
 
 

『――――はぁ!? 局長!? 大丈夫ですか何か変なもんでも食ったんですか!?』
『…………ん? うん!? 局長女性に興味あったんですか!?』
『局長! 帰ってきてください局長――ッ!!』
『いや落ち着け皆の衆! むしろこれは喜ばしい事ではないか!?』
『ああ言われてみれば確かにそうだ! インパクト強すぎて忘れてたけど!!』
『ここは私達がビギナーである局長を導いてやるべきでは!?』
『確かに! という訳で局長。お相手のプロフィールから出会いのきっかけからそういう感情を持つに至ったまでをねっとりたっぷりじっくり詳しく!!』
『スリーサイズを忘れないでネ!』
『ていうか局長をその気にさせるなんてどれだけ魅力的な人なんだろう……?』

 
 

 ぶちっ。

 
 

 通信オフ。てか強引に遮断。
 急激に静かになった部屋の中で、レイは深々とした溜息と共に吐き捨てる。
「……………………………………馬鹿どもが」
 相談する相手は、きちんと選んだ方が良いようだった。

 

///

 

「アスカさん。もしかして盾邪魔じゃありません?」
「邪魔ですね。左腕部の可動範囲が結構制限されるんで」
「じゃあいっそ、S装備の小型盾を標準装備にします? アスカさん基本避けるタイプですよね?」
「あそれいいです。あと使ってみてわかりましたけど、あのアンカー便利ですよね」
「連合のパイロットからは割りと不評でしたけどね、アレ。使いどころが難しいとか何とかで。何なら両腕付けれますけど?」
「便利なのに……いや、通常時は今まで通り左腕だけでいいです」
「わかりました。一応右腕用もウェポンラックに登録だけしときますねー」
「よろしくお願いします」

 

 整備主任と日課ともいえる点検作業と今後の打ち合わせを終えて、シンは六課側の格納庫へと戻ってきた。モビルスーツは巨大ロボットだ。車両やヘリの運用しか想定されていない六課側の格納庫には整備の設備どころか機体すら入れる事が難しい。なので現状では格納庫の壁を一部ブチ抜き、特技が保有する設備一式を内蔵した巨大コンテナと連結させている。二つの”格納庫”は通路で繋がってはいる。ただし入出管理が徹底されており、六課側の人間は一定以上の権限があるものでないと特技側格納庫に入る事が出来ない様に決められている。モビルスーツという兵器の危険性を考慮しての措置だった。
「あ、いたいたー」
 声がした。何気なく声の方向を見てみると。ハチマキをした青い髪――というかスバル・ナカジマだった。よく見れば他のフォワードメンバーも居る。全員服装が訓練用のトレーニングウェアなので、訓練の後直接格納庫に来たらしい。珍しい場所で遭遇したので、シンは首をかしげながら四人に向かって歩を進める。
「ナカジマランスターエリオキャロ? 何してるんだ?」
「ちょっと、繋げて言うの止めてくれる。新種の生き物みたいになってるじゃない」
「シンは格納庫に居るって聞いたから」
「誰に?」
「ヴァイス陸曹」
「…………やろう。まあいいか。んで何の用だよナカジマランスターエリオキャロ」
「だから繋げて言うの止めてくれる!?」
 耐え切れずにティアナが怒鳴る。シンはああうるさいなあと言った感じで耳の調子が悪いような素振りをする。どう考えても改めないシンの方が悪いのだが、まるでティアナが怒鳴ったのが全部悪いと態度で示しているかのようだった。
「特に用って訳じゃないんだけど、これから一緒の訓練になるから一応ちゃんと挨拶しときたいなーって」
 横でエリオとキャロに必死になだめられているティアナを完全に思考から棄て、シンはスバルの言葉で少し記憶を反芻する。確かに新人の四人とはろくに接触していない。六課が本格的に稼動する前から隊舎に居たエリオとキャロは多少顔を合わせた事はあるが、挨拶程度で日常会話すらした覚えがない。シンが二人を名前で呼ぶのも、その方が自然だからというだけだ。同じくらいの年齢のスバルとティアナや上官を姓で呼んでも特に変ではないが、年少の二人を名前で呼ばないと逆に違和感がある。
 だから。それだけ。
 スバルとティアナに至ってはもう接触した事が数えるほども無い。今日の模擬戦の時も結局直ぐにシンが引っ込んだので、ろくに会話をしていない。
「でもわざわざ来なくても、パーソナルデータ見ればいいだろ。俺のはいくらか情報規制かかってるかもしんないけど、部隊仲間に必要な情報くらいは載ってる筈だぞ?」
 実際シンもそれで済ました。この四人と会話した事は少ないが、基本的なパラメータから魔法技能に関するまで一通り把握はしている。
「わざわざここまで来たのは、あんたの能力。”突拍子無さ過ぎる”から実際見た方がいいって言われたのよ」
「ああ、なるほど。それは確かにそうかもな……」
 何やら不機嫌気なティアナの言葉に頷き、シンは元来た道を引き返した。辿り着いた端末にIDカードを通し、二つの格納庫を繋ぐ通路のドアを開ける。次いでちょいちょいと四人を手招きした。
 先頭のスバルは無駄に目を輝かせ、続くティアナはやや不機嫌そうに、更に後ろのエリオとキャロは不安げな様子でシンの後を続き、通路へと足を踏み入れた。大して長くない通路は直ぐに終わり、特技側の格納庫に辿り着く。

 
 

 そこに文字通り”立っている”それが、シンを含む五人の視界に入る。

 
 

『――――は?』

 

 シン以外の全員が間抜け顔で全員綺麗にシンクロしていた。特技側格納庫に出た途端に、身長十メートルを超える巨大ロボットとこんにちはしたのだから当然かもしれない。
 スローターダガー。灰色の装甲に青いゴーグルタイプのカメラアイを持つ、今のシンの”乗機”。整備用のアームで厳重に固定された機体は何も言わずにただそこに佇んでいる。
「……うわーおっきーい」
「――は? はぁ………………はいいぃ?」
「え、何、これ?」
「ゴーレム……違う。完全に機械だ、これって……」
 リアクションはそれぞれだった。シンが”魔法”という存在を受け入れるのに手間取ったように、未知の存在に対して人はなかなか順応できないものである。質量兵器禁止という制約があるせいで、この世界には本当にこういう物が”無い”。戦艦はあるが、モビルスーツはそれとは雰囲気も赴きも全く異なる独特の存在感を持つ代物なのだから。
「……、…………ちょっと待って。”コレ”があんたの能力とどう関係あんのよ?」
 混乱から回復したらしいティアナが頭を押さえながら疑問を口にする。ただシンが答えるより速く、エリオが何かを見つけたように声を上げる。
「あの剣……盾も、今日の模擬戦で使って、でも、え……?」
 エリオが指差しているのはシュベルトゲベールにアンカー内臓の小型盾。機体の直ぐ脇の壁に立てかける様に固定されているそれらの武装は、シンが今日の模擬戦で使ったもの。
 ただしシンが使っていた時とはサイズが段違いである。何せ十メートル越えの機体が使う為の武器だ。どういう見方をしても人間が使うものに見える筈がない。言っているエリオ自身矛盾を感じているらしく、語感から混乱している様子が読み取れた。
 他の面子も気付いたらしい。装備だけでなく、シンの身体に出現していた装甲が機体の各部と似通っているという事にも。それだけヒントがあれば、大体の見当は付く筈だ。
 だがとても馬鹿げている。そういうものだと推測しても、築いてきた常識がその肯定を否定する。だから、言葉にする。その事実を確定させる為に。
「ものすごく簡単に言う。てか詳しい原理は俺もよく解ってないんだけど」
 シンの言葉に四人全員が一斉にシンを振り向いた。シンは眼前にただ在る鋼の塊を指差して、

 

「十数メートルの人型機動兵器モビルスーツの能力を対人用に”変換(コンバート)”するレアスキル。通称『MSウェポン』。それが、今の俺の持ってる力だ」

 

///

 

 汚い部屋だった。この部屋は研究室の名目で存在している部屋の一室に当たる。現在そのスペースの半分以上は無数の端末やモニタ、周辺機器で埋め尽くされてしまっている。加えて書類や書物があちこちに積み上げられ、今にも倒れそうな塔が何本も立っている有様だった。更には書類の類以外にもスナック菓子や飲料の空き袋や空き容器が乱雑にバラ撒かれ、足の踏み場を探すのも難しい状況である。本来は人間が十人程度入っても余裕が出来るほどのスペースがあるというのに、無惨な状況だった。その部屋の中心で一番大きい端末にかじりついている人間が、ここの主に値する人物である。
「どこまで進んだ」
 開いたドアが閉まると同時にレイは部屋の主に向かって問い掛けた。足の踏み場がないなら創ればいいと言わんばかりに、書類やゴミの類を踏みつけて部屋の中央へ歩いていく。
「んー。微妙なとこかね」
 部屋の主はモニタに視線を固定したままで入室してきたレイに顔も視線も向けない。レイもまた部屋の主を見ようとはせず、モニタに羅列された記号に視線を向ける。レイがこの部屋の主に依頼しているのは、とある研究レポートの解読である。それを手に入れるまではさほど難しくは無かったが、問題はそれからだった。そのレポートは記述が古代ベルカ語であり、また幾重にも暗号文化されていたのだから。暗号化の処置は当然といえば当然だが、プロフェッショナルに”気が狂っている”と言わせる質と量が問題だった。
「なんか例のヤツは合計”ニ機”製造されているみたい? んで開発コンセプト? がそれぞれ”剣”と”盾”とか何とか。意味わかんねーけど。今わかったのこんくれー」
「少ないな。他に性能や機能での記述は」
「全然わかんね」
「役立たずが」
「厳しいね。でもまー言い訳はしねえよ。こんなに解けねえとは思わなかった。やー、古代ベルカ語ってのは何かとめんどくせえね。ま、檻に逆戻りはしたくねーし。複雑すぎてなんか逆にやる気出てきたし、せいぜいがんばらさせてもらいますよーっと」
 レイが部屋から出るためにドアパネルを操作している途中で、部屋の主が思い出したように声を上げる。
「……まー少し汚名返上しとくか。おにーさんにとっちゃ”ある意味”性能以上に重要な事が一個な。開発されたのは二機だけど、運用されたのは一機だけってなってんだね。それがなんでかってーと、二機のうち一機は起動実験で」
 そこまで言い、部屋の主はモニタに固定していた視線を、今にも部屋を去ろうとしていたレイへと向ける。

 

「主に該当する人間を食い殺しちまったら、そら開発凍結で封印もされるわな」

 

 ギギギ、と油の切れた機械の様なぎこちない動作でレイは振り返る。レイの視線が反対側を向く。部屋の主はもうモニタに向き直っていた。言われた言葉の内容をたっぷり時間をかけて反芻し理解し確認し把握して、レイはようやく口を開く。
「……どういう、事だ」
「”そのまんま”。言った通りだよ。どっちがそうなってるかの記述はまだ読めてないし、あんたらが動かしてるのがどっちかはわかんねーけどさー。もし、今あんたらのが”当たり”だとしたらさー? シン・アスカだっけ、今の主。

 

 ――――その兄ちゃん、やばいんじゃね?」

 
 

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 放心状態のフォワードメンバーを向こうの格納庫に送り届け、たまたま居合わせたヴァイスに後の対応を丸投げした。その後シンは再度特技側の格納庫に戻ってきた。ついでと主任となっている人物と追加の打ち合わせを幾つかし、整備を少し手伝ってから今度こそ格納庫を後にする。

 

 ところで六課の面子でこの特技側格納庫に行けるのは一握りである。つまりそれ以外の人間は普通は入れない。だからドアの前に来ない。という事は入れる権限を持つ人間しかこのドアの前に来ない事になる。

 

 ドアを通った直後、胸から下の腹から腰にかけて軽い衝撃を感じて、シンはふと立ち止まった。視線を僅かに降ろして目に入ったのはぴょんと跳ねる赤いアホ毛。それを見てシンは何が起こったのかを即座に理解する。
「……………………すいません副隊長殿」
「……………………えらく素直に謝んじゃねーか新人野郎」

 

「今のは素で気が付きませんでした」

 

 足の骨を砕いてくれると言わんばかりの猛撃を必死になって避ける羽目になった。
 ちゃんと謝ったのに。

 

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