BRAVE-SEED_660氏_子連れダイノガイスト_第12話

Last-modified: 2009-05-30 (土) 15:20:09
 

子連れダイノガイスト
第12話 『郷愁・悲哀・故郷』

 
 

「これはγ線、ジェネシスか?」
『ジャンク屋組合の本拠地になっていると言うジェネシスαだろう。破片を砕くにはこの上ない兵器だが、地球に直撃していたらと思うとぞっとしないな』

 

 メテオブレイカーによって砕かれたユニウスセブンの破片を一掃したジェネシスαの砲撃を眼下に見下ろし、マイトガインの頭部に移ったコクピットの中で、頬を流れる汗を拭った旋風寺舞人がかすかに安堵の息を交えて呟いた。
 マイトガイン、飛竜、ガオーMS三機、ガイスターの介入もあってほとんどのメテオブレイカーが守られた為、ユニウスセブンはほぼ予定通りに砕かれている。地上への影響はないだろう。
 数で圧倒的に劣るテロリスト達との戦い、一刻一刻大気圏へ落下する恐怖が常に付きまとう戦場、これまで経験したあらゆる戦いよりもはるかに神経を酷使する戦いに終止符が打たれたのだと、舞人は少し深く息を吸った。

 

『舞人!!』
「なに!?」
『気を抜くのは早いな、マイトガイン!』

 

 閉じようとしていた瞼をかっと見開き、舞人はガインの警告に従いメインディスプレイに肉薄しているダイノガイストの真紅のバイザーを見た。
 ガインが舞人から操縦系統の主導権を咄嗟に奪い、動輪剣でダイノブレードを受けねば、ガインと舞人が諸共に縦に両断されていた所だ。
 驚愕を噛み殺し、舞人は操縦桿をあらんかぎりの力で握り直し、押しこんでくるダイノブレードを押し返そうとマイトガインの出力を最大にする。右手一刀で振るわれたダイノブレードを、マイトガインが両手で握る動輪剣でかろうじて押し返す、
 両刃の間で砕ける刃の微細な破片が白銀の火花となって散り、ダイノガイストの漆のように深い闇色の体と、マイトガインの威風堂々たる体に当たってはさらに無数の火花となって煌めいていた。
 かたやエネルギー生命体が形作った偽りの機械の体、かたや人の生み出した新たなる人の友の体。青き地球と無窮の闇たる宇宙との境となる場所で、遂に両者は刃と戦意を交わした。

 

「ダイノガイスト、何のつもりだ!」
『ふん、ユニウスセブンは砕いた。地球に降りる前に心残りを片づけておこうかと思ったまでよ!』
「うわあっ!?」

 

 空いていたダイノガイストの左腕がダイノブレードを握ったままマイトガインの右頬を殴打し、コクピットを大きく揺らされた舞人はかろうじて瞼を開いて視界を確保するので精一杯だった。
 優秀なショックアブソーバーがあるとはいえ、頭部にコクピットがあるとこう言う時に厄介になる。足裏のスラスターを噴射させて流れ掛けた躯体を起こし、胸部目掛けて突き込まれた冷たく輝く白銀の切っ先を、左半身を引いてかわす。
 半瞬、ダイノブレードの突き込みが早く、青い外装に薄くではあるが横一文字が刻まれ、マイトガインの重量が数キログラムほど減る。

 

「お前が剣を納めないと言うのなら、おれは降りかかる火の粉を払う事を、躊躇いはしないぞ」
『おれ様を火の粉と言うか。その口、二度と叩けぬよう叩きのめしてくれる』
『私と舞人を簡単に倒せると思うな、ダイノガイスト!』

 

 右袈裟斬りに振り下ろされる黄金の刃を、ダイノブレードが迎え撃つ。Xに交差したダイノブレードに挟み取られた動輪剣は、その勢いを殺されて停止し三つの刃がぎりぎりと競り合い始める。
 くん、とマイトガインの腰部を狙い砲身を起こしたダイノキャノンを見逃さず、マイトガインは競り合う刃の交点を支点に変えて、ダイノガイストの頭を越えて飛びあがる。その勢いを生かし、ダイノガイストの頭部をマイトガインの右足が蹴り飛ばす。
 がっ、と重たい物体が衝突する音と振動を発して、マイトガインの爪先がカバーに入ったダイノガイストの左手の甲に突き刺さっていた。マイトガインの蹴りにダイノガイストの反応が間に合ったのだ。

 

『おれの顔を蹴り飛ばすのは、そう簡単には行かんぞ?』

 

 マイトガインの爪先がかすかに食い込んだ左手越しにバイザーの奥の瞳を輝かせ、ダイノガイストがマイトガインの右足首を掴み取り、勢いよく振り回して残っていたユニウスセブンの破片に叩きつけた。
 直径五十メートルほどの破片に、深くマイトガインの巨体が食い込み、蜘蛛の巣状の罅が走ったと見るやあっという間に破片が砕け散る。掴んでいた手を放し、ダイノガイストはマイトガインの首を切断すべく右のダイノブレードを振り上げる。

 

『存外に脆いな、マイトガイン』

 

 いささかの失望を交えた呟きは、この誇り高き暴王がかすかな油断した事を証明していた。
 破片に叩きつけられた衝撃でぴくりとも動かぬ様子だったマイトガインが動いた。反応する間もなくまさしく風千切る速さの列車の様な猛烈さで、動輪剣がダイノガイストの心臓へと突き込まれる。
 ダイノガイストの意識の隙を突いた絶好のタイミング、機体各所に蓄積したダメージを考慮しても会心の手ごたえを約束された一撃であった。故に、動輪剣の切っ先がダイノガイストのボディ同様の黒い盾に阻まれた時、ガインと舞人の双方が驚きに息を呑んだ。
 どこから取り出し、いつの間に装着したのか、ダイノガイストの左腕にはダイノブレードの変わりにやや小ぶりな盾が握られていた。シンプルな形状の中央に赤いガイスターのマークがあり、赤く縁取られている。

 

『ふふふ、このおれにダイノシールドを使わせたのは、この星では貴様が初めてよ。光栄に思い、そしてその身を持って味わえい! ダイノシールド!!』
「攻撃にも使えるのか!?」
『ぐあああっ!』

 

 幾多の悪のロボットを斬り裂いてきた動輪剣の切っ先を受け止めていたダイノシールドが、目を焼くほどの光を発し、その光が無数の光条となってマイトガインの体へと突き刺さり、小さな罅を無数に走らせた。

 

「ぐぅ、大丈夫か、ガイン……」
『私は、大丈夫だ。舞人こそ』
「ああ、少し体を打ったがそれくらいだ。それよりも、戦闘は続行できるか?」
『く、推進器の三割が破壊された。外部装甲が43パーセント劣化、各関節部への負荷も大きい。戦闘は可能だが、正直厳しいな』
「ダイノガイストは!?」

 

 致命傷を与えるには十分な隙があったにも拘らず、ダイノガイストはダイノブレードを背へと戻し、ゆっくりとマイトガインから離れつつあった。
 ダイノガイストは倒れ伏す体を起こそうとするマイトガインを見下ろしながら、かつてダイノシールドによって虫の息となって倒れたドラゴンカイザーの姿を重ねていた。
 ドラゴンカイザーを追い詰めたあの時は、ナスカの地上絵に隠されていた力を持ってドラゴンカイザーは死地から復活し、ダイノガイストを退けたが、今回はそうはゆくまい。
 だが、マイトガインからは今だ薄らぐ事のない燃えたぎる烈火の如き闘志が感じ取れる。恐怖はあろう。だがそれを押しのけるだけの強い意志と勇気を持っているのだ。この敵ならば、エクスカイザーにも匹敵する強敵へと化けるかもしれない。

 

『マイトガイン、その名前覚えておくぞ。貴様もこのおれの名を忘れるな。いずれもう一度貴様の前に立ち、その時は貴様を容赦なく叩き潰してくれる』
「ま、待て、ダイノガイスト!」
『止せ、舞人。口惜しいが、今の私たちでは奴に勝てん……』
「くっ、だが、ガイン!」
『落ち着け舞人。私達の目的はユニウスセブンの落下を防ぐ事だ。ユニウスセブンが砕かれた以上、ここで意地を張ってダイノガイストに戦いを挑む理由はどこにもない』
「…………すまない、ガイン」

 

 痛む頭を押さえる舞人の瞳には、徐々に小さくなってゆくダイノガイストの姿が、鮮明に映されていた。ダイノガイストの宣言通り再び見える時が来ると言うのなら、その時こそは、と舞人とガインの心に刻まれたのは間違いがあるまい。

 

  *   *   *

 

「いやあ、見ているだけなら綺麗なもんですねえ。アレが落っこちてきたら何千万、いや何億人て単位で人が死ぬんですから、綺麗な薔薇には棘があるって奴ですか。ねえ、ヴォルフガング博士」
「ふん、暢気なもんじゃな。アズラエル財閥とてユニウスセブンの破片落下とあっては各種産業に手痛い損害が出るじゃろが」
「ご心配なく。破片が落ちないという前提でいろいろと手を回させていただいていますので。それにガオーMSの連中から破片落下阻止成功の方も届きましたんで、いや、ようやく安心できますよ」

 

 世界の一大事と言うのに呑気に話し合っているのは、ガオーMSを派遣し、旋風寺財閥といろいろと接触を持とうとしたムルタ・アズラエルと、ユーラシア連邦最高の頭脳を持ちながら、資材・予算の私的流用によって追放されたヴォルフガング博士である。
 アズラエルが訪れているのは、ヴォルフガングが雷張ジョーに飛竜を譲渡した例の倉庫の入り口だ。ヴォルフガングの背後ではいくつもの巨大なコンテナが、軍用の輸送機に積み込まれている。
 いくつかのパーツに分解されたヴォルフガングの作品たちであろう。新しいスポンサーを見つけ、新たな研究の場所を見つけたのか、それとも世界各地に持つアジトの一つに移動するのか。
 いずれにせよ、ヴォルフガングがアズラエル同様にユニウスセブンの落下をまるで気にしていない様子なのは明らかだ。

 

「しかし、余裕のご様子で。自分の飛竜がいる以上、落下する筈が無いってところですか?」
「当り前じゃ。わしの最高傑作じゃぞ? そんじょそこらのMSなぞ象に挑む蟻のようなものよ」
「大した自信ですねえ。ま、無駄話はこれくらいにしておきましょう。これから世間が騒がしくなりますよ。ロゴスもいろいろと動かなければならないでしょうし、ジブリール君もあれこれと難癖つけて余計な真似をするのは間違いなし、と」
「楽しそうじゃな」
「ええ。鬱陶しいジブリール君や世間の論調を好き勝手するには都合がいいですからね。ヴォルフガング博士も、ご自慢の作品の性能を世間にお披露目するのには面白い事になっているんじゃないですか?」
「ふん、相手がハリボテじゃわしの作品群が正当に評価されんわい。適当に相手を見繕うとするかの」

 

 髭をしごきながらやれどうするかと悩む、ヴォルフガングを見ながら、アズラエルは楽しげな笑みを浮かべている。やはりこの二人、善人とは言い難い。

 

  *   *   *

 

 二十四万余の人々の亡骸と共に青き母星の大気に触れて、焼けてゆくユニウスセブンの破片を、シン、ルナマリア、ステラはそれぞれの乗機のコクピットの中から見守っていた。
 これでもう、ユニウスに眠る人々がその遺族と再会する事は叶わなくなってしまった。そうしなければ地上に破壊の流星となって降り注いでいたとはいえ、自分自身二度と父母に出会えないと言う事情を持つが故に、シンは悲しげに瞳を潤ませていた。
 大きさが二十メートル以上ある物体は大気圏で燃え尽きないとなにかで知ったが、エール(A)インパルスのセンサーで確認する限りにおいて、二十メートルを超す破片はない。
 Aインパルスの左右に並ぶフォース(F)インパルス、ガイアもその光景に見入られたのか動く様子はなかった。だが、いつまでもそうはしていられない。Fインパルス、ガイアにそれぞれの母艦ミネルバとガーティ・ルーから帰還を求める信号弾が打ち上げられていた。

 

「サンダルフォンから帰還信号か」

 

 Aインパルスには一応単独での大気圏突入能力はあるが、それはシンに相当の負荷をかける。あまり実行したくなかったシンとしては、サンダルフォンへの帰還信号はありがたい。
 がつっと音を立ててガイアがAインパルスの右肩に手を置いて接触通信を試みてきた。いわゆる『お肌の触れ合い通信』と言う奴だ。

 

『ステラ、もう戻らなきゃいけないの。だから、ここでばいばい』
「あ、うん。分かった。ステラ、それが君の名前?」
『うん、ステラ・ルーシェ』

 

 何のためらいもなく名前を告げてくるガイアのパイロットに、シンは少なからず驚いたが、幼い子供の様な口調やあどけない声に、警戒心を解いた。後で艦長に目玉を食らうだろうが……

 

「ステラ、おれはシン。シンだよ」
『シン? シン、シン。うん、忘れない。またね』

 

 “またね”。互いの立場を考えれば再び出会う時は戦場に違いないだろう。その可能性を考えていないのか、それでもいいと思っているのかは分からなかったが、何ら暗い所の無いステラの声に、シンは朗らかに答える事にした。

 

「うん、またな」

 

 シンの答えに満足して、ガイアは無防備なまでに背を向けて母艦へと戻ってゆく。一応、隣のFインパルスがその背にビームライフルを浴びせかけないように、シンは気を使っていた。
 ルナマリアの立場を考えればここでガイアを見逃すわけには行かないのはシンも理解しているが、みすみす討たせるのも気が引ける。

 

(……ていうか、おれもステラと同じ立場だな)

 

 気づくのが少し遅かったが、良く考えるまでもなくルナマリアにとってはシンもステラもたいして違わない立場なのだ。Fインパルスが動かずにいるのも、シンのAインパルスを抑える為かも知れない。
 さてどうしようかと、それなりに胆力の着いたシンは、あくまで冷静にこの状況をどうするかと考えた。ルナマリアの不意を突いてFインパルスを無力化して確保するか、見逃すか。
 あまり働かせる機会に恵まれないシンの頭脳が回り始めた時、やや焦った調子でルナマリが声をかけて来た。

 

『ちょ、ちょっとそろそろ高度が危ないわよ』
「え? ああ!?」

 

 高度計を見ればAインパルスの魔改造推力でも脱出が危険な所まで既に降下しつつあり、新式のフォースシルエットといえどAインパルス以下の推力であろうFインパルスでは、さらに切実な状態だろう。
 ルナマリアも、ここまで高度を下げてはAインパルスの捕獲や奪還どころではないのが、通信機から聞こえる声の調子から分かる。

 

「悪い、気が付かなかった。サンキュ」
『お礼なんていいからインパルス返しなさいよ!』
「いや、まあ、そうも行かないんだって。おれにも事情と立場というものがあるし。ほら、早く行かないと流れ星になるぞ」
『……むきー!! 憶えてなさいよ。あんたをコクピットから引きずり出してぎったんぎったんにしてやるんだからね』
「二度と会わない事を祈るよ」

 

 ステラとは大違いだ、と嘆息するシンの視界の向こうで、ルナマリアのFインパルスが時折こちらを振り返りながらミネルバへの帰還コースを行き始めた。どうやらミネルバも地球へ降下するつもりらしい。
 ガーティ・ルーは、出撃した各機を収容するやミラージュコロイドを展開して雲隠れの用意を始めている。ユニウスセブンの落下は阻止できても、特に収穫が無かった結果に終わったが、それをシンは気にしていなかった。
 眼下に広がる青い星と、そこにある自分の故郷と思い出を守れたのは確かなのだから。守れたと言う事実が、シンにとってはなによりの報酬だった。
 Aインパルスに唐突に加えられた震動に、シンがカメラを回して外の様子を改めて確認する。戦闘機形態に変形したダイノガイストがAインパルスの下に回り、丁度Aインパルスが波乗りするような状態になる。

 

『いつまでおれ様に尻拭いさせるつもりだ、シン?』
「べ、別におれだけでも降下できるさ」
『寝込まれでもしたらマユがうるさいのでな』

 

 すでにダイノガイストやサンダルフォン、ミネルバが大気圏への降下を始めていて今さら離れるわけにも行かず、シンはダイノガイストにされるがままだった。

 

   *   *   *

 

 灼熱に染まる外界が、青く澄み渡った空に変わるのに、そう時間は要らなかった。無事大気圏内への降下を終えて、そのままダイノガイストはAインパルス毎サンダルフォンへと着艦した。
 着陸地点はオーブ領海内だ。もちろんオーブ国内にもガイスターのアジトは存在する。アーモリーワンでの戦闘から消耗した弾薬や、今回手に入れたインパルスなどのデータのバックアップを取る為にアジトへと真っ先に向かった。
 サンダルフォンのハッチが開き、コアスプレンダー、チェストフライヤー、レッグフライヤー、ブラストシルエットに分離したインパルスがコンピュータ制御のトレーラーに乗せられて運び込まれる。
 被弾はなかったから装甲の補修などはなかったが、消費した弾薬や食糧、日用雑貨品などを補充してゆく。オーブ沖に在る直径二キロメートルほどの孤島の地下である。
 ほとんどのアジトで使用しているオートロボット達が定められた手順に従って作業をすすめて行く為、なにかイレギュラーな事態が起きない限りは、シンやマユ達に出番はない。
 地球への降下後一晩休み、サンダルフォンの船内からアジトの地下格納庫に移ったダイノガイストの前で私服に着替えたマユとシンのアスカ兄妹がいた。久方ぶりのオーブ来訪とあって、二人で両親の墓参りや友人達と会いに行く許可を求めに来ていた。

 

『別に構わん』
「ほんと? やったぁ、ダイノガイスト様大好き!!」
「……」

 

 オーブ行きの許可が出たのは嬉しいが、その後のマユのセリフがとても気に入らなかったシンは、分かりやすくむすっと頬を膨らませて眉を八の字にしていた。実に分かりやすい。
 はしゃぐマユと、なんだかなあと面白くなさそうなシンにダイノガイストが釘を刺した。

 

『だが、シン、マユ、二人とも行動に気を付けろ。オーブにミネルバがいる。お前は顔も声もあの艦のパイロットに知られている筈だな? マユ、お前もインパルスやザクスプレンダーを強奪した時に顔が割れている可能性もある。
 軍服のままうろついているとは思えんが、モルゲンレーテの近くやあまり人の多い所では目立たぬようにする事だ。救出する程度造作もないが、いちいち手間をかける様な失態はすまいな?』
「分かったよ。マユも気を付けろ」
「うん。そっかぁ……、でも避難所の時にお世話になった人たちに挨拶に行きたいのに」

 

 先ほどまでのはしゃぎ様に比べていくらか沈んでしまったマユの様子に、シンが軽く肩を抱いて励ましたが、マユの残念そうな雰囲気の払しょくには至らなかった。

 

   *   *   *

 

 打ち寄せる波の音が絶え間なく耳にとどき、潮の香りが鼻腔の奥をくすぐる海辺に、小さな慰霊碑が建っていた。
 一直線にここを訪れたわけではない。あの日爆撃を受けた軍港はいまや爆撃があった事が遠い過去の様に、アスファルトは石畳で舗装された遊歩道に変わり、穴だらけにされた海への斜面は芝生に覆われて規則的に花が植えられた公園になっていた。
 しばらくその場でマユと二人足を止めていれば、そこが二人の運命を一変させたあの場所だと言う事に気づいた。
 今はなだらかな丘に変えられたこの場所こそが、かつてカラミティとフリーダムの戦いに巻き込まれ、かけがえのない父母がもの言わぬ肉塊に変わったのは。
 無惨な両親の遺体が転がり、焼ける肉と木々の匂いで肺をいっぱいにされた場所。焼け焦げた大地と燃えて爆ぜる木立、原形をかろうじて留めていた両親だったモノ。それが、今はこんな、何もなかったように――!
 シンの胸に唐突に悲しみと憎しみが沸き起こる。避難所で暮らしていた時は、まだ大西洋連合の復興政策が定まらず、あちこちに戦火の爪痕をまざまざと残していた。
 ダイノガイストと合流し、この国を離れて時折ニュースや訪れた時に見る度に、たった二年前の出来事を国が必死に忘れようとしているようで、ヘドロの様に心の奥底に憎悪と悲しみとやるせなさが際限なく積もってゆく。
 マユがポツリと呟く。

 

「きれいになっていて良かったね。ずっとあのままじゃ、お父さんもお母さんも悲しいよね」
「それは、いいのか? まるで、こんな、無かった事にしようとしているような」
「しょうがないよ。誰だって苦しくて辛い事は忘れたいもの。それにね、いつまでも悲しいんだ、苦しいんだって言ってたら、お父さんもお母さんも安心できないよ。もう大丈夫だよって、死んじゃった人たちに伝える為にも、昔のままでいちゃ、だめだよ」
「……」

 

 マユの振るえる肩をそっと抱き、シンはしばらくそのまま立ち尽くしていた。やがて、風がマユの涙をぬぐいきった頃、二人は植え込みを回り、そして小さな慰霊碑を見つけたのだ。
 オーブ侵攻戦で亡くなった人々の慰霊碑には絶えず花が置かれているようで、二人が見つけた時にも山となって花束が捧げられていた。慰霊碑の前に人影あった。シンより一つか二つ上位の少年だ。
 茶色の髪に、東洋の血が混じっているであろう柔らかな顔立ち。ちょうど携えていた小さな花束を置いた所のようだ。肩にメタリックグリーンの小さな鳥を乗せている、良くできたペットロボットだろう。

 

「慰霊碑、ですか?」

 

 なんとなく声をかけたシン達に慰霊碑が見えるように、少年が横にどいた。少年の服装が、シンとマユに警戒心を抱かせていた。少年はデザインが一新されたオーブ軍の軍服を纏っていたのだ。
 襟に在る階級章をシンの記憶の中のものと照合すると、下っ端だ。まだそこまでガイスターの構成員の素性が伝わってはいない筈だ。

 

「そうだよ、二年前の戦争の時のね。君達もお墓参り?」

 

 “君達も”、という事はこの少年も親しい誰かを前の戦争で失ってしまったのだろう。

 

「はい、あの父と母を……」

 

 少年は我が事の様に悲しげに眼を伏せた。少年も浅くはない傷を心に負ったのだろう。

 

「そう、お父さんとお母さんを……。ぼくは、大切な人を守れなくてね。だからこんな風に守りたい人を守れるように、なんて軍に入ったけど。守りたいって思いだけはあるんだけど、なかなかうまく行かなくてね。初心を思い出す為にも、ここに来たんだ」
「大切な事、思い出せたんですか?」

 

 マユの問いに、少年は柔らかく微笑んだ。それが、答えだった。

 

   *   *   *

 

 少年と別れ、シンとマユが連絡のついたかつての友人達や、避難所で世話になった人々の顔を見て回った頃には、すでにとっぷりと夕日が水平線の向こうに沈み始めていた頃だった。
 歳月を経ても落陽の橙に染まる水面の美しさばかりは変わらぬのに、アスカ兄妹は瞳に映る光景を二年前と同じように見る事は出来なかった。どんなに望もうとも、願おうとも、二人は両親と共に肩を並べて歩く事は出来ないのだった。
 風景が変わらずとも二人の心は変わっていた、肉親を失ったと言う記憶と過去とが、シンとマユに変わる事を強要していたのだ。
 ざく、ざく、と白浜に二人の歩く音が続く。潮騒にさらわれてしまうほど小さな音は、長く続いていた。やがて喪失を経る前の記憶の中にある思い出深い光景に気づいて、マユが小走りになった。
 白浜が徐々に途切れはじめ、剥きだしの岩肌が続き、歩き慣れた様子のマユに対して初めてここに足を踏み入れたシンは危なっかしい調子でなんとか後を追い始める。その先にはまるで海の魔物が大顎を開いた様な洞窟が待っていた。
 それまで紗幕の様な薄い影を帯びていたマユの顔に、はっと分かるほどに陽光の様に暖かな感情が浮かんでいる事に気づき、シンが不思議そうな顔を浮かべる。マユは今にも駆けだしそうな勢いで奥へ奥へと進む。
 うきうきと弾む様子のマユは、やがて洞窟の壁に走る罅の前で足を止め、懐かしそうにそのひび割れを指でそっとなぜた。刃の様に鋭い岸壁の淵に、マユの指が血の球を結ばないのが、シンには不思議だった。

 

「ここね、マユとダイノガイスト様が初めて出会った場所なの」
「ここが? ここにダイノガイストがいたのか」
「うん。ふふ、マユだけの秘密の場所だったんだあ。誰も、見つけてないみたいだね。懐かしいなあ、ここで傷だらけだったダイノガイスト様を見つけてから、来られる日はいつもここにきてお話してたの。お母さんと一緒にお弁当作っての、お兄ちゃん憶えている?」
「ああ、そういえばいきなり作り始めたよな。あれってダイノガイストの分だったのか」
「そうだったんだよ。でもひどいんだあ、ダイノガイスト様。一度も美味しいって言ってくれないんだもん。ふふ、今でもそうだけど、何時かね、美味しいって言ってもらうのがマユの夢の一つなんだよ」

 

 マユは本当に懐かしそうに、楽しそうに語る。時折、ひょっこりとひび割れの奥に広がる暗がりの中をのぞき込んだりしていた。

 

「ねえ、中に入ってみようか」

 

 マユはシンの返事を待たずに、左手に巻いてあるガイスターブレスの横に在るボタンの一つを押してライトをつけた。ブレスレットの表面にあるダイノガイストの恐竜顔の目から、白い光が出る仕組みだ。
 以前に罅の上り下りにマユが四苦八苦していた時にダイノガイストが岩を削って作った階段をとんとんと羽根でも生えているみたいに軽やかに降りていたマユが、不意に闇の向こうからこちらを見つめる瞳に気づいて足を止めた。
 そこには恐竜姿のダイノガイストが寝そべっていたのだ。まるで疲労困憊の果てに、体を支える力もなく倒れ伏したように力無く。
 常にそこにいるだけで周囲の者を圧倒し、平伏させる気迫と威厳に満ちた姿しか知らぬシンからすれば、気まぐれだとしても驚きに値する姿だ。
 マユもちょっとびっくりしたのか、目を丸くしてから階段を降りながらダイノガイストに話しかけた。

 

「どうしたの、ダイノガイスト様? ここが懐かしくなって来ちゃった?」
『……』

 

 ダイノガイストは無言のまま、マユを見つめている。マユはダイノガイストが沈黙のままでいる理由が思い至らず、一歩一歩近づいていると、不意にダイノガイストが口を開いた。

 

『恐竜のロボットだと? それはおれの名前ではない』
「え?」
「はあ?」

 

 マユとシンが揃ってダイノガイストの突然の言葉に疑問符を浮かべ、すぐにマユだけがダイノガイストの言葉の意味を悟った。ふっと柔らかくマユの顔に笑みが浮かぶ。冬の厳しさと寒さの中にある蕾でも、思わず微笑み返したくて花開くような、そんな笑み。

 

「ひゃ! しゃ、喋った!?」

 

 マユも、どこか懐かしそうにちょっとだけ芝居がかった口調で言い返し始めたものだから、二人のやり取りが分からないシンだけが首を捻っている。再び、ダイノガイストがマユへと語りかける。

 

『小娘、貴様名前は何と言う?』
「マ、マユ。マユ・アスカだよ? 貴方はなんて言うの? 恐竜さん」
『おれか? おれ様は、ダイノガイストだ!』

 

 いつもの威厳に満ちた声が、誇らしげに自分の名前を告げる。狭い洞窟に木霊するその名前を全身で感じるように、マユは少しの間足を止めて瞼を閉じていた。
 置いてけぼりにされていたシンも、先程までのやり取りが二人にとって特別なものだと分かったから、黙って階段の最上段で見守っている。

 

「ふふ、あはははは」
『ふっ、ふふふふふ』

 

 やがて静寂を破る様に二人の笑い声が響いた。マユが目じりに溜まり出した涙を拭きながら、ダイノガイストに歩み寄って、その瞳の下の辺りにこつんと小さな額を押しつけた。笑い声は収まっていた。
 先ほどまでの会話が、初めてダイノガイストと自分とが出会った時の会話だと思いだしたマユは、今の自分の顔を見られないようにした。この国にきて、自分がどんな思いになるか、ダイノガイストなりに考えて励まそうとしてくれたのかもしれない。

 

「ダイノガイスト様、ずるいよね。いつもはマユ達の事なんか知らないぞって顔をしているのに、時々こう言う事するんだもん。ずるいよ」
『ふん、おれ様は宇宙海賊だぞ。ずるくて当たり前だ』

 

 やっぱりずるい。マユは初めて会った時から、自分がこの悪い宇宙海賊の掌の中に捕まってしまったのだと、理解した。もう、身も心も。

 
 

 ――つづく。

 
 

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