BRAVE-SEED_660氏_機動警察ジェイ種運命(仮)_01

Last-modified: 2009-04-23 (木) 18:14:43
 

機動警察ジェイ種運命(仮)
第1話

 

 本当に守りたかったものは、本当に欲しかった世界は、本当に手に入れたかった力は、一体なんだろう?

 
 

 『無限の正義』と『運命』の激突は終幕を迎えつつあった。
 幾多の敵を屠ってきた『運命』の刃MMI-714アロンダイト対艦刀の刀身が、横殴りに叩きつけられた『無限の正義』の振るったビームサーベルの一振りで砕けた。自身の倍以上あるモビルスーツや戦艦さえも容易く切り裂いてきた剣が、あまりに呆気なく。
 『無限の正義』が振り下す光の刃を、両掌のMMI-X340パルマ・フィオキーナで挟み込み、白羽取りの要領で受ける。だが、それもこうなるように決まっていたようにこちらの腕が破壊されて終わった。
 口の中で、ぎりりと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。

 

 土にまみれて転がった妹の手。冷たい水の底に沈んでゆく金髪の少女。故郷を焼かれ家族を奪われ守るという誓いを果たせず、それでもなお彼女らに誓った。守ると。
 彼女らのような悲しみが生まれないような世界を作ると。その為にたとえ敵が誰であれ戦うと。
 守る、守る。守るために戦う。何を守るために、どうやって守る? 決まっている。戦ってだ。では――誰と戦って?
 息が苦しい。視界がぐるぐると回る。何が、何を、自分がどうしたいのか分からない。ただ、がむしゃらに自分に与えられた強大な力を振り回し、目の前の『敵』に向かってゆく。
 『敵』? 本当に、目の前の彼が、アスラン・ザラが? “敵って、誰だよ?”――アスランが、かつて口にした言葉。
 おれだって、戦いたくなんかなかった。オーブを撃ちたくなんかなかった。そうだ。アスハの理念に家族を殺されても、おれはあの国が好きだったんだ。今も、きっと。
 あんたの事だってそうだ。アスランが、ホントは悪い人間なんかじゃなくって、おれよりもずっと凄い奴だって、おれの気持ちを正面から受け止めてくれているって、分かってたさ。
 でも、それでも、

 

「裏切ったのは、アンタじゃないかっ!?」

 

 何が何だか分からない。でも、それでも、と心の中で暴れ狂う獣は殺意を乗せた咆哮を挙げていた。腕を失い、とり回す事ができず命中が極めて怪しい高エネルギー長射程ビーム砲を向け、その砲身が半ばから切り落とされた。
 自分でもわからない衝動に駆られて残された足で蹴り上げるが、その足も膝から下を、ビームブレイドを展開した相手に切り落とされる。
 負ける――? おれが、こんなに簡単に?
 呆然とした隙に、強い衝撃が『運命』ごと彼を月の大地に叩きつけた。
 自分の敗北をどこかで認めながら、彼は問うた。答えを期待してはいない。でも、聞きたかった。

 

「戦争が無い以上に幸せな世界ってあるのかよ? アンタ達は議長が未来を殺すっていう。自由が失われる。希望も絶望もなくなる世界になるって。
 でも、戦争のせいで沢山の人が死んで、沢山の人が悲しんで、泣いて、憎んで、また誰かを殺す世界よりも、アンタ達の言う世界ってのは幸せなのか? 
 父さんや母さんやマユみたいに、誰かを憎んでるわけでもないのに戦争に殺される人や、ステラみたいに戦うことしか知らずに生きて、そして死ぬような娘が生まれる世界の方が、幸せなのかよ? 教えてくれ。教えてくれよ、アスラン」
「シン……」

 

 アスランは彼の名を呟いた。もっと早くこの少年と、シン・アスカと向き合っていれば、もっと自分の思いをこの少年に伝えていれば、こうして彼と剣を突きつけ合うこともなかったろう。
 結局、自分は二年前からちっとも進んではいないのだ。本当に理解して欲しい相手とこうして殺し合いをして、それからようやく過ちに気付いて、苦い思いばかりが胸を満たす。
 なにより、シンの言葉に明確な答えを持たぬ自分が情けない。
 確かにキラやラクスは議長の政策を人類の未来を殺すという。だが、今ロゴスというある種これまで秩序を担っていた存在が崩壊したこの世界、ギルバート・デュランダルという男を失えば、今一度混乱と混沌が世界を覆うだろう。
 その世界は、はたしてデュランダルが作り上げただろう箱庭の世界よりも幸福なのだろうか?
 アスラン・ザラはデュランダルを否定しながらも、キラやラクスの行動に賛同しきれずにいた。
 ゆっくりと自機を『運命』の側へと降下させようとした時、はるか彼方から放たれたネオ・ジェネシスの光が、デスティニーとジャスティスを飲み込んだ。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 天に届かんばかりの高層建築群が並び立つ巨大都市のある場所に、その建物はあった。はるか威容を誇る国家機関、その名は『警視庁』。
 その警視庁内部のとある一室に、彼らはいた。
 右に流れる青みがかった黒髪に、整えられた口髭。時に鋭さを帯びる瞳は理知と豪胆さが伺える。警視庁総監・冴島十三。
 同警視庁ロボット刑事課「ブレイブポリス」開発設計者・藤堂俊助。
 そして支給された簡素なシャツとズボンに身を包んだ黒髪に血のように赤い瞳の少年シン・アスカの三人だ。額や腕に巻かれた包帯がシンの負った傷が癒えきっていない事を証明している。

 

「ポトグリフにも反応はなし。『ザフト』『プラント』『地球連合』『オーブ』『ヤキン・ドゥーエ』『ギルバート・デュランダル』……もう一度確認するが、君はコズミック・イラ73年に、ザフトという組織に所属していた兵士だというのだね?」

 

 厳かだが、シンに語りかける冴島の声に、詰問する調子や疑う様子はない。ある程度彼の中で確信しているのだろう。シンは、はい、と答えて頷いた。
 冴島は隣の藤堂に視線を送り、藤堂は手に持った資料に目を落としてから頷き返した。東京湾に突如出現したという二機の大破したロボットの解析結果が、藤堂の手の中の資料に記されている。
 それはシンの供述に嘘いつわりが無い事を証明する一助となっていた。
 これまであまり会った事のない堂々とした迫力をもった大人を前にして、シンはわずかに交えた不安を隠さぬ声で聞いた。

 

「あの、おれはこれからどうなるんですか?」
「ううむ。君の言う事が真実だとしても、今が二十一世紀であり、C.E.という年号や地球連合、ザフト、コーディネイターが存在していない事は事実。
 となれば、君ははるか未来からやってきたのか、あるいは別の世界、はたまた彼方の宇宙から飛ばされてやってきたのか」

 

 冴島がSFやファンタジーのような現象をある程度認めている発言をしているのも、すでに人類が宇宙人との接触を経ているからだ。かつて銀河の警察を自称し、このままでは地球人類が滅びると告げ、それを防ぐために精神浄化を行おうとしたハイジャス人。
 ただ、目の前の少年の姿形はどうみても地球人類のそれであったが。
 一方でシンも自分の身に起きた事が信じられずにいた。冴島らとの話し合いの中で自分が異世界か、別の惑星かどこかに飛ばされてしまったと知ったからだ。
 まるで性質の悪い冗談だが、体に時折走る痛みはこれこそが現実だと教えている。

 

「それと、おれ達が乗っていたMSは?」
「デスティニーとインフィニットジャスティスだね? 今ブレイブポリス用の整備スタッフが修理している。 もっとも君の言う動力炉ばかりは修理する事もできないし、非核三原則もあるから、破棄せざるを得んがな。技術の宝庫なんだが、核ばっかりは日本じゃなあ」

 

 これは藤堂だ。『核兵器を作らず、持たず、持ち込ませず』という日本政府の三原則は法律ではないため法的拘束力こそ持たないものの、この世界の日本政府において遵守されるべきとされている。
 デスティニーとインフィニットジャスティスに搭載されている原子炉とデュートリオンシステムのハイブリッドであるエンジンが、これに抵触するとして手をつけられずにいるのだ。
 シンからすれば何百年も昔に当たる一国の考えで、共に戦場を駆けた愛機が傷ついたまま、というのは歓迎しきれぬ部分はあった。
 だが核を撃たれた報復に地球にニュートロン・ジャマーをばら撒いて十億人以上の虐殺を行ったプラントよりもよほどマシだとも思っていた。
 ひょっとしたら、C.E.の人類は過去に比べて未来に進むにつれて精神的に退化していっているのではないだろうか? などと半ば冗談ながらに思ったほどだ。
 それとは別に軍属として自軍の最新鋭の兵器が、仮に本当に別世界の住人たちといえども、触れられるのは非常に不味いという意識もあった。だが、それを案じても仕方がない。
 現に彼らに助けられなければ、自分はこうして呼吸する事は出来ず、聞いた話ではトーキョー・ワンとかいう海の藻屑になっていたようだし。
 それに、この人は――冴島十三は信用できる、と何度も騙され裏切られたシンの心は感じていた。

 

   ▽   ▽   ▽

 

 それ以上話す事はなく、シンは今も世話になっている警察病院に護衛兼監視付きで戻った。冴島が付けた私服の刑事達に断ってから、ある個室を訪れる。
 ドアをノックし、返事を待たずにはいるとすれ違いざまに若い女性の看護士が出て行った。刑事達は病室のドアの外で待機している。

 

「なにしてるんです?」

 

 どこかつっけんどんなシンの言葉は、ベッドの上で頭を抱えている青い髪の少年に向けられていた。シンよりやや年上だが、まだ青年と呼ぶには早く、少年と呼ぶには成長している。
 困惑の混じったシンの声に気づき、かつての上官アスラン・ザラははっとして顔をあげた。翡翠色の瞳には羞恥の色が見える。
 そういえば、さっきの若い女性看護士が抱えていたものは、屎瓶だったような。
 ああ、取られたのか。うら若い女性にズボンとパンツを下ろされ、ナニを掴まれてナニされたのか。
 と自分も抱いた恥ずかしぃー思いをした事に思い至り、シンの唇の片端が微妙に釣り上った。変な同類意識のような憐憫のような、わけのわからない感情があった。

 

「あ、ああ。なんでもない。それで、何か進展はあったか?」
「別に。なんにもないですよ。それより早く覚えてくださいよ、日本語」
「ああ、すまない、一応努力はしているんだが。……英語じゃ駄目かな?」
「さあ? まあここ日本ですし。オーブに二年いたんでしょ? あそこの準公用語は旧日本語だったんだし、憶えるの難しくないはずですよ」
「まあ、それはそうなんだが。片言位なら通じるんだが……」
「言い訳はいいですよ」

 

 ベッドから上半身を起こしたアスランの枕元に置いてある本が、『枕草子』や『東海道中膝栗毛』であることに気づき、シンは唖然とした。この人、何を教科書にしてんの? と。
 今度外出が許可されるか呼び出されたら、小学校用の国語の教科書を注文しておこうと、シンは固く誓った。
 あの時、シンがアスランに敗北を認めた瞬間に襲った光に意識も機体も飲み込まれ、無明の暗黒から目覚めた時には、アスランと並べられてこの病院に寝かされていた。
 シンの方が傷の治りが早く、意識もいち早く取り戻したため尋問や冴島との話し合いを行っている。アスランがこの時代の日本語を満足に解し得ないというのも理由の一つである。
 とはいえ、自体が異常極まる事はとっくにアスランも察知し、シンが冴島から聞かされたこの事態の事を話しても、驚きはしたがなんとか受け止めようと努めていた。
 シンを前にして上官であった自分が取り乱すわけにゆかないという、いささか不思議な考えに至ったからだ。

 

「取り敢えず、あの冴島って人は信用できると思います。ラクス・クラインやキラ・ヤマトなんかよりはね」
「おいおい、ずいぶんと言うなあ。まあ、お前がそう思うの無理はないがな」

 

 自分でも言いすぎたか、と心配してしまったほどのシンの言葉を、アスランは軽く笑って受け流した。これにはむしろシンの方が驚く。
 ミネルバに乗っていた頃のアスランなら――特にフリーダムを撃墜した時の――眦を釣り上げてシンを殴っていてもおかしくない。どういう心境の変化なのか、アスランにはずいぶんと余裕ができたらしかった。 
 アスランも自分の答えに少なからず驚いている。キラやラクスらと一緒にいた時のような、常に焦りに駆り立てられ、薄い不透明な膜に包まれているような閉塞感のようなものが無いのだ。

 

「俺の顔に何か付いているか?」
「あ、いえ。じゃあ、おれ部屋に戻ります。さっさと怪我を治してくださいよ。それと」
「うん? なんだ?」
「ありがとう、ございました。あの時、庇ってくれて」
「ああ、気にするな。そうするべきだと思ったから、したまでだ」
「……失礼します」

 

 やや乱暴にドアを閉めて去ってゆくシンの背中を見つめ、アスランは微笑した。ネオ・ジェネシスの光を認めた時、とっさにジャスティスでデスティニーを庇った事を言っているのだろう。
 バレバレの照れ臭さを隠したシンらしい礼の言い方だった。

 

「それにしても異世界か。カガリ、ラクス、キラ、それにメイリンやルナマリアも、今頃どうしているかな?」

 

   ▽   ▽   ▽

 

 傷を癒す事に専念してさらに数週間後、すっかり日本語を覚えて体調も回復したアスランとシンは、冴島に警視庁に呼び出されていた。ザフトの赤い軍服ではなく、どこにでも売っているようなカジュアルな年相応の格好だ。
 監視付きで外出を許された際に購入した品である。冴島と二人以外には余人のいない部屋で、この国の警察機構のトップの男を前に、シンとアスランは軍の上官を前にした時のような緊張感を覚えていた。

 

「急に呼び出してすまない。まあ、まずは楽にしてくれたまえ」
「はっ」

 

 とちっとも楽にしていないアスランの返事に、冴島は生真面目さを感じ取ったのは微笑した。酸いも甘いも噛みしめた大人だけができる笑みであった。冴島の勧めに従って、来客用のソファに腰を沈めた二人に、手ずから淹れたコーヒーを勧める。
 二人が喉を潤したのを確認してから、冴島は後ろに手を組んでいった。

 

「まず、君たち二人の処遇だが、今は国籍不明の亡命者という事で政府には話を通してある。外務省と内閣の方は私の方で根回ししておいた」
「はい。それで、自分達は今後どうなるので? それに私達の乗っていたモビルスーツは?」
「アスラン・ザラ君、そしてシン・アスカ君。君らの身の安全は私の力の及ぶ限り保障する。しかし、君らの乗っていたデスティニーとインフィニットジャスティスだが、申し訳ないがあの二機は廃棄処分にさせてもらいたい」
「そんなっ!」
「シン、よせ。ですが冴島総監、あの二機に使われている技術は、この時代のあらゆる国家にとって価値のあるものではないでしょうか? それをむざむざ手放すなど、いささか信用しかねます」
「確かに君の言うことももっともだ。だが、過ぎたる力は身を滅ぼす。あの二機の兵器はどこの国でも喉から手が出るほど価値のあるものだ。あれらに使われている技術を手中に収めれば、各国の軍事力のバランスは大いに傾くだろう。
 だが、だからこそ人類が手にして良いものではない。例えそれが別の世界、あるいは未来において人類が手にする力であっても、人は自ら作り出し、学んだ技術を手にすべきではないだろうか? 
 あの力が引き起こす悲劇も、憎悪も、過ちも知らずに振るえばそれは惨劇へとつながるだろう。私の責任を持ってあの二機は破棄させてもらいたい。もっとも品が品だけに、完全に処分するのには数カ月がかかるだろう。
 すまない。君らの世界とのつながりを示すものだというのに」
「いえ。今の総監のお言葉を聞いて安心しました。総監にならあの二機を委ねても大丈夫そうです。不義理ではありますが、彼らはこの世界にあってはならぬものでしょう。シン、お前は?」
「おれですか? そりゃ、デスティニー達があってはいけないものだっていうのは、分からなくもないですけど。さんざん世話になったし、やっぱり少し引っかかるものはあります。
 でも、おれ達が何を言ったって変わらないんじゃないですか。どうせもう決定事項なんでしょう?」
「そうだ。すべて私の一存だ。一切の責は私が負う。ところで、君ら二人の事だが、実は会わせたい人物がいてね」

 

 はあ、としか答えようのないシンとアスランを尻目に、冴島は扉の向こうに声をかけだ。
 すると、一人の少年が入室してきた。子供? と訝しげにつぶやくアスランにシンも賛成した。なんでこんな子供が?
 薄めの水色の瞳は大粒の宝石みたいで、やわらかなラインを描く顔の曲線や細い手足は女の子のようだ。顔立ちも柔和さが目立ち、あふれんばかりの活力が無かったらほんとに女の子と間違えていたかもしれない。

 
 

「紹介しよう。警視庁ロボット刑事課《ブレイブポリス》のボス、友永勇太くんだ」

 
 

 ろ、ロボット刑事課? ブレイブポリス? ていうか、ボス? ボスって、課長という事? この子供が?

 

「「はあ!?」」

 

 なんだかよくわからんが驚いたという二人の叫びがハモった。

 
 

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