C.E.78 ◆RcLmeSEfeg氏_プロローグ

Last-modified: 2007-12-12 (水) 18:51:19
 

プロローグ 『C.E.78』

 
 
 

 翼折られ、剣砕かれて月に沈むは“運命”を背負いし魔人。今はもう動けない。ただ静かに刻の流れに乗って、月の風に身を削る。その瞳に宿っていたであろう輝きは、今は無く。空虚な眼差しだけを宇宙に向ける。

 

―その翼は何のために?
 標された運命を次の時代へ繋げるために。
―その剣は何のために?
 立ちはだかる敵を裂き、次への扉を切り拓くために。

 

 今はもう全て亡くなった。
抱かされた理想も。
それを護る為の力も。

 

 抜け殻の鎧の手甲に、力が満ちることはもう無い。

 

それでも……

 

―敗北の先。水の星へと帰っていった主の無事を、麗しいこの月より信じて眠ろう。

 
 

 翼閉じ、深遠に消えたのは運命の子。世界の流れに取り残され、今も眠る。
 それでも何れ目覚める日は来るだろう。かつての主。炎の瞳を持つ少年とともに。

 

C.E76。C.E74に発足されたプラント現政権は事実上、消滅した。突如としてラクス・クライン政権に反旗を翻したのはリ・ザフトを名乗る武装集団。
当時のザフト軍主力機、ザク・ウォーリアーを上回る性能を持ったMS―ゲルググによる奇襲戦法によって、開戦間もない混乱期の間に、ザフト宇宙軍
の主だった拠点を次々と陥落していった。中には投降し、正規軍に牙を剥く部隊も現れる始末。そこまで両者の力の差ははっきりとしていた。これに対し、
プラント―ザフトはキラ・ヤマトの駆る当代最強のMS、ストライクフリーダムを中心とした作戦を展開。圧倒的火力に物を言わせ、一気にリ・ザフトとの
総力戦に望んだのだった。
 この時、ザフト軍旗艦エターナルには、プラント最高評議会議長、ラクス・クラインの姿があった。ザフト軍の士気は、歌姫の加護もあって、最高潮に
達しており、数で勝るザフト軍は徐々にその勢いをもってリ・ザフトを圧していった。ザフト軍は、己の勝利を確信した。これまで負け続けでも、ここで勝てばひっくり返せる。
 だがその時、リ・ザフトの首領――紅い騎士が現れた。

 

『アスラン・ザラ。ナイトジャスティス、出る』

 

 そのMSを見た者は、己が目に映ったそれを信じることが出来なかった。
 かつて、歌姫と共に巨悪と戦ったとされる英雄、アスラン・ザラが、その“巨悪”となって世界の前に起っていた。

 

『親愛なるリ・ザフトの諸君。恐れるな、正義は我らと共にある』 

 

 彼は常に“正義”を掲げて戦う。平和を共に享受するべく戦った同志達の前に敵となって尚、彼は己の正義を振りかざした。

 

『軟弱なる現プラント政権を打倒し、コーディネイターによる世界の真の統治を目指し決起した我々を、止め得る者は何処にもいない』

 

 アスランを思想で止められる者はいなかった。一度起こった動揺は止められない。ザフト軍は英雄の裏切りによって進軍速度を落とし、アスランの宣言に力を取り戻した
リ・ザフトはそんな弱小なる自分達の古巣を駆逐していった。

 

『さぁ供に往かん!真の正義を胸に抱きし同胞達よ!』

 
 
 

宇宙を翔ける赤と青の光。螺旋を描くように舞い、時折り交じり合っては傷付け合う。
『アスランっ!』
「キラァ!」
キラ・ヤマト―ストライクフリーダム―とアスラン・ザラ―ナイトジャスティス―は、鍔迫り合ったまま円筒型コロニーの内部へと突入していく。
かつて、連合軍が開発した戦略兵器、レクイエムの根幹を成していた巨大ビーム偏向筒。戦後、解体されたはずのそれは、確かに今、存在した。
『こんなものを持ち出して、今更何をしようっていうんだ!』
「お前に、話す必要もないだろう!」
 戦闘宙域の遥か外に控えるリ・ザフトの旗艦、グレズヘルムが誇る主砲こそ、レクイエムに代わる粛清の砲火。その名はオーディン。
『あんなもの、絶対に撃たせはしない!』
 正規ザフト軍の最優先目標。それはアスラン・ザラではなく、あくまで旗艦の撃沈と、ビーム偏向筒の破壊だった。しかし、オーディン破壊に
向かった主力部隊はリ・ザフト決死の防戦に攻めあぐね、偏向筒破壊に回った部隊はキラを残して全滅させられていた。
 恐るべきはリ・ザフトの首領たるアスラン・ザラの駆るナイトジャスティスの勢力。キラのストライクフリーダムをもってして、満足に渡り合うことが出来ずにいた。
今の拮抗状態は、スーパーコーディネイターであるキラの驚異の適応能力が有効に利いているに過ぎない。
 アスランはキラの叫びを意に介した様子も無く、それどころか鼻で哂ってみせた。
「オーディンどころか、この偏向筒すら落とせなかったお前達に、何が出来る!」
身体を押し込み、強引に鍔迫り合いを解かせるナイトジャスティス。頭突いて怯ませ、切り払い。キラとストライクフリーダムのコンビネーションですら、かわしきれずにつま先を焦がされる。
『うっ!』
「甘い!」
ナイトジャスティスの猛攻の前に臆したキラに、アスランは追撃の手を緩めはしない。背部のリフターを分離させ、ストライクフリーダムに向かって突貫させた。
鳥の意匠を極力薄くしたようなフォルムのリフターが淡い緑光に包まれていく。起源をユーラシア連邦の光波防御体に持つその力は、かつて聖者を貫いたとされる槍――
『うわぁっ!』
 ロンギヌスが、ストライクフリーダムの下半身を粉砕した。

 



 
 

目覚めて最初に目に入ったのは自分の血だった。どうやら額を切ったらしく、無重力に浮かぶ赤い粒が、バイザーの中をたゆっていた。
「ぼく、は……」
 負けたのか。動かそうにも、愛機たるストライクフリーダムはぴくりとも動かなかった。供給が止まったVPS装甲も色を失っていて、燃え尽きた灰のよう。
 キラ・ヤマトの敗北。それは遠回しに、ザフト軍そのものの敗北を告げていた。

 

―ザフト軍旗艦、エターナル撃沈。プラント最高評議会議長ラクス・クライン死亡。その報が本国に届いたとともに、評議会はリ・ザフトの息の掛かった議員を中心として制圧された。
 彼らは、パトリック・ザラを信奉する過激派だった。

 
 

 CE.76。平和の歌姫が約束した永遠の平和は脆くも破られ、世界は再び混迷の中へと飛び込んでいくことになる。

 

 それでもまだ、一人の青年の瞼は閉じられたまま。それが開かれる日は……

 
 

C.E76。プラントに宣戦布告したリ・ザフトはその武力をもって当時の政権を撲滅。評議会を掌握し、新政権を打ち出した。コーディネイターを新人類とし、
ナチュラルを“旧”人類と定めた彼ら新生ザフトの方針はかつてのパトリック・ザラ政権を髣髴とさせた。
 C.E76末。旧ザフト軍の残党はネオザフトを名乗り、現政権に宣戦布告。プラント最高評議会議長、エザリア・ジュールはすぐさま軍を動かし、これに対抗。

 

 誰もが疑わなかった、数で勝るザフト軍の勝利。しかし、その予想は大きく裏切られることになる。
 ネオザフト最強の剣。クライン派が抱える秘密組織、ターミナルの遺した遺産。キラ・ヤマトの新たなMS。
 その名は、『エクセリオン』。

 

「……」
 エクセリオンの象徴である、十枚の光の翼が、リ・ザフト軍のゲルググを切り裂いてゆく。全身を刺々しい鎧で覆われたかつてのストライクフリーダムは、
しかし以前の美しさを失っていた。今そこに在るのは、怒りと復讐に燃える男の爛れた心が表となった、悪鬼の拳。
「……」
キラは外部から響く敵兵達の悲鳴を一身に受けて戦う。ほんの少し前までは同胞だった。そんなことは関係ない。なぜなら、彼らは裏切ったのだから。
 自分を。
 ラクス・クラインを。
 平和の為だけに戦った彼女が、何故に“正義”に裁かれなければならなかった?
 自分だけならばよかった。同胞が、彼女を裏切ったことが絶対に許せなかった。
「……」
 違う。間違っている。間違っているのはその“正義”だ。親友だったはずの男が掲げた正義こそ、歪んだ“悪”だ。ならばその“悪”は本当の“正義”
によって討たれねばならない。
 それが出来るのは、自分だけだ。自分と、その剣であるエクセリオンだけだ。
「……誰にも、邪魔はさせない」
両腰に携えたビームサーベルの柄に手を伸ばす。僅かな間だが攻撃の手を緩めたエクセリオンに、三機のゲルググが殺到した。三方向からの同時攻撃。
放たれた三つのビーム。直撃コースのそれを、キラは避けようともしなった。
 否。避ける必要など無い。キラは敵の攻撃の先を読み、その軌道を斬っていた。切り払われる三つの光。ゲルググのパイロット達は、触れてはいけないものの存在を確信した。
「僕の邪魔は、させない」
 気づいた時にはもう遅く。
 刹那、エクセリオンの全身が白く輝いた。

 
 

 ほんの少し前までは同胞だった。けれどもう違う。謝れば、許してあげたかもしれない。でも、もう許すことも出来ない。彼らは皆、もう死んでしまったのだから。
 こうして今も、宇宙の塵になって漂っている。エクセリオンの眼前を浮かぶ何かを、キラは器用にエクセリオンのマニュピレーターを操作して掴んだ。
「ふふふ……はははっ!」
 ほら、君達が間違ったからこうなった。間違いを犯したら、罰が必要だよね。僕は正しいから、君達を罰するよ?
『僕が、君達を正してあげるよ!』
 エクセリオンの――キラ・ヤマトの叫びが、虚しく響いた。

 
 

 C.E76末。かつての英雄は叛徒の長となった。もう交わることの無いだろう道に進んだ友を妬んで。
 こうして宇宙に生きる新人類は、同胞殺しの戦いに身を投じることとなった。しかし、この戦いが彼らの間だけで終わるはずも無い。アスラン・ザラが旧人類と
断じたナチュラル達の生きる母なる星、地球。大地から宇宙を見上げる者達も、迫る脅威に立ち上がろうとしていた。
 一つの種として、外敵を排除しようとする本能。
 一人の人として、譲れないものを護り抜こうとする意志。
 いつか夢見た栄華を、未だ求める者の策謀。
 全てを取り込み、世界は何れ来る終末まで胎動を続ける。

 
 
 

 第一話 『接触』に続く

 
 

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