C.E.78 ◆RcLmeSEfeg氏_第04話

Last-modified: 2008-03-19 (水) 23:36:43

敵兵は海から来る。オーブという島国にとって、海はまさに最終防衛線であった。
本島に侵入を許せば、国防はままならない。
だが、もう一つ、脅威がやってくると想定されるルートはあった。それが宇宙である。
二度の大戦において、オーブは世界を二分していた二大勢力によって、国土を焼かれている。
一度目は連合。二度目はザフト。連合は海路から。ザフトはさらに宇宙からもその戦力を投下してきた。
その度にオーブは存亡の危機を迎えていたのだが……。
 今回の第一波は、地下からであった。

 

 優れたMSを多く開発した旧ザフト軍の中にあっても異彩を放つ機体に、
ジオグーンと呼ばれる機体がある。水陸両用MSの名機、グーンの派生に位置する機体で、
パルス振動を応用した地中潜行機構を有する、特殊任務専用の機体である。
前身の試作型は予定されたスペックを満たせず、量産も見送られたのだが、
ジオグーンは試作機の欠点を克服し、実戦に耐えうるスペックを獲得した。
もっとも、同時期に投入されたザフトMSほどの攻撃性能はなかったのだが。
しかし、ジオグーンの真価は単純な攻撃力には無い。誰も予想し得ない場所からの奇襲。
それを果たすために、ジオグーンは開発された。
 そして今。ジオグーンはその役目を見事に果たしている。

 
 

第四話 「炎歌」

 
 
 
 

ずんぐりとしたそのMSに、シンは何処か愛嬌を感じていた。
色と熊手にも見える腕部が相俟って、ディフォルメされたモグラのようだ。

 

「思ったより実物は可愛いんだな。あれがジオグーンか」

 

ザフト時代に、資料だけは見ていた物の実物を見て、シンは場違いな感慨を覚えた。
ちょっと乗ってみたいかもしれない。戦中よりも、お気楽なものだった。
だがその姿の中で唯一、全体から受ける印象を損ねさせるパーツ、赤い単眼がシンに
緊張を保たせていた。軽口は叩くがその実真面目だ。

 

「しかしそれほどの性能もないだろうに……。軍の連中は何をしているんだ」

 

シンの眼から見て、今のオーブ軍は総崩れであった。

 
 

「統率が取れない!?どうにかしてみせろ!」

 

階級が一番高かったばかりに。男は、自身の大佐という階級を始めて恨めしく思った。
それなりにでかい顔をしてきたツケが回ってきたのかもしれない。
オーブ軍は統一連合発足時に階級制に若干の変更を加えていた。
大佐。厳つい呼称であるが今の彼にそれに求められる厳格さは感じられなかった。

 

「えぇい!フラガ准将が出向している時になんという失態か。これでは……」

 

その後に続く言葉は「私の首が……」だろう。常々、己の保身にのみ脳の大半を
使っているような上官に、部下達はげんなりだ。
彼がそれなりの手際で引いた司令室の後ろでは、今も火の手が上がっている。
大慌てでMSを動かそうとした兵達の多くはそれに巻き込まれて死傷していた。
今も血が流れていると言うのに。所詮、この男の力はその程度。

 

「なんとしても!なんとしても奴らを駆逐せよ!」

 

どうやって?兵達は口から出掛かった疑問を何とか呑み込んだ。
考えうる対処策を即興で考案。
可能と思われるものを拙い通信網をフルに使い、伝達していくが、応答は芳しくない。

 

「何をやっている!」

 

好きに喚けばいい。皆がそう思っていた。

 
 

全く別の指令系統を持って動く部隊があった。
彼らは、カガリ・ユラ・アスハの特命を受けて行動している。そのことを軍部は知らない。

 

「勝手に動いていいもんかねぇ」

 

褐色の肌。たくましい筋肉を見せつけながら、男はパイロットスーツに着替える。
同じく、パイロットスーツを着込む女性は、気にした様子もなく答える。

 

「そう言う仕事だからよ。隊長からの命令でもあるわ」

 

女の答えに、男は不満げに鼻を鳴らす。

 

「隊長殿、ねぇ。まあ、あのミラクルマンの実力を疑ってるわけじゃあありませんけどね。
しかし、隊長っつうとあんたのほうが適任じゃないんすかね」

 

ミラクルマンという呼称、女は小さく笑った。

 

「ミラクルマン。その通りね。彼の悪運は相当なもの。そして実力も本物だわ」

 

ロッカーにネックレスをしまい、密封を万全にして準備完了。
先に更衣室を後にした男を横目に捉え、彼女は言った。

 

「だからこそ、私達は彼に命を預けている。違う?エド」

 

 海中に沈められたコンテナが、開いていく。姿を現す、人の顔を持つ二機の巨人。
赤と緑。ツインアイの発光が、海底に妖しい揺らめきをもたらす。

 

「エドワード・ハレルソン。ソード・デュエル……もとい、セカンド・デュエル、出るぜ」
「レナ・エメリア。セカンド・バスター、行きます」
 剣と銃。それぞれの得物を携え、二人は戦場へと急ぐ。

 
 

 また動いた。何をするでもなく戦場のど真ん中に立っていたシンは、
通せんぼをするように立ち塞がるMSを、呆れたように見上げた。

 

「お前、本当になんなんだ?」

 

MS――ジムは当然答えない。ただ立て膝突いて頭を垂れる。
MSという兵器であることを考えると妙に慣れた人間らしい動きだった。
主を待つ従順な僕といった構図。シンは苦笑する。

 

「俺をご主人に選ぶなんて、相当馬鹿なんだな、お前」

 

哀れみを含んだ言葉に、ジムは言葉を返すことは出来ない。だから言いたい放題だ。
「俺はこんなこと、どうでもいいんだ。だからこんなところに立って一歩も動かない。

 

アスハに頼んでお前に会いに来たのだって、ただの気まぐれで……」

 

少しの躊躇いを振り切って、シンは言い切る。

 

「俺は、空なんだよ。分かったら何処かに行くか一人で戦えよ。バカMS」

 

シンの突き放す言葉に、ジムは動くことで答えた。

 
 

 何故この片割れは突き放すのだろう。求めて、求めて、求め続けていたのに。
私には必要なのに、片割れには必要ないのだろうか?認めない。認めたくない。
そんなこと、考えたくもなかった。
 それが「空」だと言った時、自制もせず、拳を突き下ろした。

 
 

「な、なんだぁ!?」

 

突然振り下ろされた巨大な腕に、シンは腰を抜かした。
砕けて飛んきた破片が、シンの頬を切る。

 

「っ!」

 

 その鮮やかな痛みが、シンの中で長い間、失われていた感覚を思い出させた。

 

 それは遠くへと押しやった、炎の記憶。

 

 熱かった。家族とともに逃げたあの山道は。
 熱かった。マユが落とした携帯を拾いに行った僕を吹き飛ばしたあの炎が。
 熱かった。千切れたマユの手は、まだ熱かった。

 

「あっ……ああぁぁ」

 

熱かった。家族を失って、初めて明かした夜。
 熱かった。力が欲しくて、握り締めた拳から流れる血が。
 熱かった。今の自分が嫌で、変わろうとして入った軍。そこで受けた叱責が。

 

「うああぁぁあぁぁ」

 

 地球のコーディネイターと嘲笑われた、その屈辱。理不尽に怒り、ぶつけ合った拳。
その先に待っていた、仲間との出会い。……仲間?

 

 違う。彼らは友だった。
 あの中にあって、彼らだけが、仲間という一種の固定概念とは違う別のものだった。

 

 そこから続いていった戦いの日々。やがて戦争となってかつてない理不尽が襲ってきた。
それに立ち向かい傷付いて、それでも戦った。憎んだ相手は多く、倒した敵は多すぎた。
届くと思った新世界。
 しかしそれは突如、奪われた。
そこで俺の世界は、終わった。

 



 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」

 

 違う……まだ終わっちゃいない。
 俺はまだ、あの炎の中にいる。

 

 熱さの中でようやく感じることが出来た暖かさ。小さな、か弱い生命を護りたくて灯した小さな想い。それを奪った敵と対峙した時に宿った確かな力。戦いの果てに見た真っ暗な絶望。
 自分は、あの時に見た黒い炎の中で焼かれ続けている。

 

 奥へ奥へと引き込まれていく。
そうしてシンの中で、あの衝動が弾けた。

 
 

「………」

 

 先程までの狂乱が嘘だったかのように、シンは項垂れて動かない。彼を舐めようと迫る炎。
頬を流れる血が、まるで化粧のように鮮やかに映る。その血こそがシンを一瞬の悪夢に引き込み、
閉じ込めていた感覚を引き出した。

 

「ぁあ、やってやるさ」

 

炎の中、シンは立ち上がる。忘れていた熱は感じている。
獣のように蠢く炎の中にある死も、確かに知覚している。

 

「熱さが、残っている間に……」

 

彼は立ち上がった。
 今の情念が、束の間のものと知りながら。

 
 

 そこにあるもの全てを焼く紅蓮を切り裂いて立ち上がる巨人の姿は、荒れ狂う戦場の中にあって異質。
一機のジオグーンが、それに気付いた時には、

 

 斬。

 

 切り裂かれ、崩れ折れて爆散。

 
 

 夜はまだ明けない。しかし、激動に揺れる戦場は、昼間のように明るかったという。

 
 
 

かつての主が吼えている頃、それは眠りを妨げられていた。

 

「本当に、こんなもの回収して何になるんだろうな」

 

 今では当の昔に実戦を退いた機体、ジンを改造した作業用機。四機のそれが、月面を行く。

 

「さあな。まあキラ・ヤマトのことだ。アスラン・ザラに対する、復讐だろうよ」

 

牽引されていくその亡骸は、色を失った灰。

 

「これで、復讐?」

 

翼は折れ、立ち上がるための脚も無く。

 

「……勝つだけじゃあ足りないんだろう。なら何か、皮肉でも効かせてやりたいんだろうさ」

 

握り締めるべき拳も砕かれ。

 

「運命と正義。人間が抗えないのはどっちだ?」

 

 それでも強く引き寄せる運命。

 

 何かが動き出して、それは停め様も無い強さで他を薙ぐ。

 
 
 

何処から来たのか。その問いに彼女は答えた。
遠い場所から。途方も無く遠い場所から彼女はやって来たのだという。
何故、ここへ来たのかと尋ねると、とつとつと語ってくれた。
 それは彼女達の真実。
私はその御伽噺にも思える話を信じ…彼女の心を見た―。
それのなんと悲しいことだろう。
私を打ちのめした絶望など、彼女達の決断の前ではちっぽけなもののように感じた。
そう。私達はまだ終わってはいない。終末に怯え、挫けている場合ではないのだ。
人々はまだ抗える。抗わなければならないのだ。
  やるべきことは見えている。
我々は、彼女達と同じ運命を辿る必要は無い。
生きているかぎり、より良い未来を創る事ができるのだ…。

 
 
 
 

第五話 『暁に咲く』に続く

 

前へ 戻る 次へ?