CCA-Seed_◆ygwcelWgUJa8氏_18

Last-modified: 2012-10-24 (水) 09:00:38

 「――まったく! そう言ってやったらビラードの奴はなんて言ったと思う!? 『そんな昔のことは忘れた』だと!? 正気の沙汰ではない!」
 
 つかつかと、通路を不機嫌に歩く初老の男、デュエイン・ハルバートンが声を荒げた。彼の後ろを、ホフマンがふくよかな贅肉を揺らし続く。
 
 「〝ソロモン事件〟の生存者、どれだけ探しても出てこなかったものが今になって、しかもこのような形で見つかるとは夢にも思いませんでしたな」
 「まったくだ! だのに奴は二人を引渡せなどと、良くも言える!」
 
 しばらく進み、彼らは独房へと足を進める。若い警備兵が慌てて間に入った。
 
 「危険です少将、彼に暴れられでもしたら、我々では――」
 「ここに来るまでに、一度でもそのようなことがあったかね?」
 
 ハルバートンの鋭い視線に晒され、警備兵が「そ、それは……」とたじろぐ。
 
 「ふん、ならばつまらんことを言わんでくれ」
 
 いつになく苛立っているハルバートンの様子に、ホフマンは内心溜息をついた。年甲斐もなく興奮して、こういう子供のようなところは彼の悪い癖だと、常々言っているのに……。
 ハルバートンはもう一度ふん、と鼻を鳴らして奥へ進む。ホフマンは呆気に取られている警備兵に「すまんな」と無表情で言ってから後を追った。
 独房の一番奥の部屋。そこにいた二人の警備兵を乱暴にどかせ、ハルバートンは奪い取ったカードキーを使い、扉を大きな音を立て、開け放つ。
 狭い独房で、拘束具に包まれた小さな黒い何かが、ぴくりと動く。
 ハルバートンは、悪戯っ子のように微笑んだ。
 
 「よう少年! 借りを返しにきたぞ!」
 
 
 
 
PHASE-18 目覚める刃
 
 
 
 
 「だああーっ! やってられるか、クソッ!」
 
 端正な顔を下品に歪め、オルガは思い切り格納庫に寝そべった。
 
 「なんだなんだ、もうギブアップか少尉」
 
 ハマナが豪快に笑みをこぼす。
 
 「うるせえ! あのアムロ・レイってのは何者なんだよ?」
 「うちの、エースだ」
 
 オルガは一度、ケッと喉を鳴らして胡坐をかいた。
 
 「……話がちげえぞ、アズラエルの野郎……」
 「あん? なんてった?」
 「なんでもねえよ!」
 
 小さいつぶやきを聞かれたこともムカついたが、それよりもムルタ・アズラエルから聞いていた『好き勝手できる軍艦』とは微妙に違うのがよりムカついていた。まあ、施設よりはずっと楽だし、メシも上手い、待遇も悪くないと良いこと尽くしなのだが……。
オルガの趣味は読書だ。おもにジュブナイル小説を静かに読むのが好きなのだが……前にいた場所では、同僚のシャニのイヤホンから漏れるシャカシャカという音と、クロトの携帯ゲーム音が耳ざわりだった。
だがここはどうだろうか、あのフレイとかカガリとかラクスとかミリアリアとかいう馬鹿女四人が所構わずペチャクチャと駄弁りまくるわ、ピンクの馬鹿女のラクスとかいうのなんて、人の言葉遣いにまで口を出してくる始末だ。お前は何だ、俺のいったい何なんだクソが。
 
 『あーそうそう、アムロ・レイって人より強かったらボーナスあげますからネ』
 
 金髪の嫌みたらしい目をしたアズラエルが、更に厭らしい笑みをこぼして言った。もちろん、誰であろうと負けるつもりなどなかったオルガは、二言返事で「へっ良いぜ、やってやんよ」と返したのだが。
 
 「……あのくそ親父、わかってて言いやがったな」
 
 トリガーを引けばもうそこにはいない。狙いを定めようと思えば既に攻撃をされている。怒りに任せて力技で攻めれば蜂の巣にされる。あんなのとどうやって戦えというのだ。こんなことやるつもりはないが、三人でバッチリの連携を決めても勝てないような気だってしているのだから手に負えない。
 
 「でもま、一応敵じゃねえんだろ? ハマナのおっさんよ」
 「バーカ、たりめーだ。あの人はエースだって言っただろ?」
 
 オルガは「そーかい」と返し、また思い切り寝転がった。「おい、邪魔だ」というマードックの声が聞こえ、思わず睨みつけたが、自分の上半身程もある大きな荷物を両手に持っていたので流石に呆れ、寝たままの姿勢で足を器用に使い道を譲った。
 
 「あー、うぜえ。俺はこんなとこで何やってんだよ……」
 
 遠くからマードックが、「パイロットやってんだろおーっ」と言う。
 
 「うるせえって言ってんだろ!」
 「――だぁから、〝フライト〟は後回しだって言ってんだろ! ほらブライアン、行ってやれ!」
 「あ、はい!」
 「聞けよお前ら!」
 「今何て言ったんだあ!?」
 
 格納庫はあまりにも煩い。マードックの怒鳴り声や、機械の駆動音やらが鳴り響いている。ちらと、先ほど自分の〝バスター〟と、トールとかいう小僧の〝ロングダガー〟をばっちりと痛めつけてくれた〝デュエル〟の足元で、トールに一枚の紙を渡しているアムロの姿を目にとめた。
 やがて彼はこちらにも歩いて来た。
 
 「ご苦労だった少尉。やはり君には後方支援が向いているようだ」
 
 ……やはりって何だよ。彼が続ける。
 
 「それと、予備の薬はなるべく多めに持っておくんだ。戦闘中に戦えなくなられても困る」
 
 あまりに抑揚のない言い方だったので、オルガはつい「は?」と聞き返してしまった。
 
 「どうした?」
 「困ります大尉! そのような勝手な真似を――」
 
 と言ったのはお付きの研究者だ。珍しく焦っているのが良い気味であったが。
 
 「心配無いさ」
 「ですが彼らは!」
 「俺なら勝てると踏んだだけだ、これは隊長権限でやらせてもらう」
 
 そう言って何事も無かったかの様に格納庫を後にする彼を、研究者は慌てて後を追う。オルガはまたわけがわからなくなり、騒音がうるさい格納庫の床にべったりと体を預けた。
 
 
 
 「――〝ザフト〟の部隊に動きがあった?」
 
 基地司令からの通信内容に、マリューは眉をしかめた。通信モニターに映る司令が続ける。
 
 〈うむ、先日攻めてきた部隊と同じのようだが、更に数を増やしてこちらに進行中との報告が入った〉
 
 ――彼らか。〝ヘリオポリス〟から懲りもせず追ってくる部隊が脳裏をよぎり、胃をぐぐっと重くする。
 
 〈――そこで、〝アークエンジェル〟にはこれの迎撃に行ってもらいたい〉
 
 まさか、たった一艦で? 思わずマリューは声を荒げた。
 
 「無茶です、我々だけであれだけの部隊とやりあうなんて!」
 
 〝スエズ基地〟に到着して数日。昨日の時点でエドモンド率いる戦車隊を持ってかれてしまっているのだし、これは大きな打撃である。
 
 〈言い分はわかるが……この〝スエズ〟も危険な状態なのだ。次の補給さえ間に合えば、援護も向かわせる。正式な命令は追って通達する。頼んだぞラミアス少佐〉
 
 そう言って通信は一方的に切られた。マリューは一度溜息をついてから、パイロットシートに座るノイマンに声をかける。
 
 「ノイマン少尉、エンジンの調子はどう?」
 「完璧とまでは行けませんが、戦闘には十分耐えられるかと」
 
 マリューはそうかと頷いてから、声をあげた。
 
 「準備が完了しだい、〝アークエンジェル〟は〝スエズ基地〟を出発し、西の敵部隊の迎撃に向かいます!」
 
 
 
 医務室のベッドで、ラクス特製の梅干し粥を食べていたキラは、艦が動き出したのを感じて顔をしかめた。
 
 「もう発進?」
 
 ベッドの横に簡易な椅子を置き、彼の見舞いに来ていたサイが答えた。
 
 「さっきここの司令官から通信があってさ、この前の部隊がまた向かってきてるんだってさ」
 
 カズイが、ラクスが寂しいだろうからと置いていったハロをつつきながら続ける。
 
 「で、その迎撃に向かわされるわけ……はあ、大人って俺たちを何だと思ってるんだろうね」
 「ぼやくなよカズイ、あの人たちの理屈も、少しはわかっているつもりだし」
 
 カズイが「サイは大人だよなあ」とつぶやき、彼は苦笑した。
 
 「ま、艦長が苦労してるのを見てると、な。――トールだって頑張ってるんだし」
 
 ふと、陽気な友人の顔が頭をよぎる。
 
 「トールは何してるの?」
 
 サイが「ん?」と言って答える。
 
 「昨日までは模擬戦、今日はフレイとカガリって子とシミュレーションだ。良くやるよほんと」
 
 ふーん、とキラは相槌を打った後、こわごわとフレイのことを尋ねた。サイはにっと笑みをこぼす。
 
 「気になるか?」
 
 キラは慌てて「い、いや、その、フレイは、仲間だし……」と言い訳をしたが、彼は快活に笑って答えた。
 
 「ハハハ、焦るなよ。二ヶ月も一緒にいれば嫌でもわかるさ、そういうのだってな」
 
 真っ赤になった顔を隠すように、掛け布団を手繰り寄せる。お粥をこぼしそうになり、慌ててそれを押さえた。
 
 「俺、フレイと別れたんだ」
 
 あまりにも平然と言ったので、キラは最初何を言ったのかわからなかった。「ええっ!?」とカズイが固まる。ようやく内容を理解できた頭がゆっくりと通常運転を始めし、最近フレイが少しばかり不機嫌であった理由を知る。
 キラは言葉につまらせ、サイの続きを待った。
 
 「フレイ、さ。俺といると、寂しそうな顔をするんだ」
 
 カズイが難しい顔をしてうーんと考え込む。彼には心当たりは無いようだ。しかし、キラには少しばかり彼女の気持ちがわかる。フレイは、慰めて欲しかったのでは無いのだろうか、と。しかし、キラは自分の感じたそれを当てにしておらず、口にすることはできなかった。
 
 「俺はさ、親同士が決めた婚約者だから……」
 
 サイがわずかに寂しげに天を仰いだ。
 
 「俺じゃ、フレイの親父さんの代わりには、なってやれなかったんだ。フレイが、家族の死を乗り越えようとしてるのに、そんな俺が邪魔をしていちゃいけないんだって、そう思った」
 
 そう、なのだろうか。本当に、果たして……。でもサイはきっと、キラの知らないフレイをいっぱい知っているのだ。そう思ったから、キラは何かを言うのをやめにした。サイは頭が良いし、とても思慮深く優しい人だから。
ひょっとしたら、強くなっていくフレイに対してわずかな疎外感を感じていたのかもしれない。家同士の問題というのもある。それでも、サイがフレイと別れたのは彼の善意によるものだろう。しかし、キラは知らない。
善意もまた、間違ってしまえば人を傷つけるのだと。フレイに好意を寄せ、彼女を守ろうと戦ったキラもまた、サイの知らないフレイをいっぱい知っていることを。人のそれをどう受け取るかは、相手次第なのだから。
 ふとあることにキラは気がついた。
 
 「あ、お粥……」
 「ん?」
 「うわ……」
 
 見れば、こぼれたお粥がドロリとハロにかかり、〈ミト……ミト……メ……タ……〉などと、雑音混じりで、まるで壊れた機械のように声を発している。
 医務室のドアが開いた。
 
 「キラさま~、食器をお持ちに参りまし――」
 
 三人とラクスの目が合う、否、彼女の視線の先にあるのは自分たちでは無く……。天使のような微笑みがひくっと固まった。
 
 
 
 ふと、〝イージス〟のコクピットで今か今かと出撃を待ち望んでいたアスランが顔をあげた。
 
 「……ラクスの声が、聞こえたような気がした」
 〈くだらん〉
 〈死ねば?〉
 〈地獄へ落ちろ〉
 
 と、すかさずイザーク、ディアッカ、ラスティが続く。
 
 「い、良いだろ別に! 本当にそう思ったんだから!」
 
 ニコルがまあまあとアスランを窘める。ラスティがくわっと目を見開いた。
 
 〈思い上がるなよアスラン! お前がそう来るなら俺だってラクス・クラインの声が聞こえたんだ!〉
 
 通信モニターに映る仲間たちが一斉に呆れ、アスランは何とも言えない気分になり、視線を落とした。
 
 「……すまん、忘れてくれ」
 〈そ、そんな目で俺を見るなあ!〉
 〈落ち着けよラスティ。確かにこの舐めたボンボンは癪に障るし婚約者はいるし親は国防委員長だからムカつくんだぜ?〉
 〈ディアッカ! フォローになってませんよ!〉
 
 ニコルが慌てて言う。
 
 〈……するつもりあるんですか、エルスマン先輩〉
 
 冷静に言ったのはシホである。さっとラスティが続く。
 
 〈ハ、イ、ネ、そう言えって言ったろう?〉
 〈言ってませんッ!〉
 
 たまらずシホが声を荒げ、ミゲルとミハイルが声をあげて笑った。無礼にも大先輩の物真似をしたラスティがふと思いを馳せるように天を仰ぎ見る。
 
 〈でもま、確かにあのアスランってのはムカつくよなあ。婚約者可愛いし〉
 〈ああ全くだ。この世で最も許せない相手は誰かって聞かれたらまずアスランって答えるぜ〉
 
 くっ……こいつらは……。そんなの俺の悪口を言うのが楽しいか。イザークがつまらなそうに鼻を鳴らし、ミハイルがくくっと笑い声を洩らした。アイザックはモニターから顔を逸らし、笑いを堪えている。
 ぱっと通信回線が開き、モニターにゼルマンの姿が映し出された。
 
 〈ザラ隊長、『足つき』の機影、確認できました〉
 
 アスランは短く「了解」と返してから前を見据えた。既にラスティもディアッカも、先ほどのようなだらけ切った表情は見せていない。シホとアイザックがやや遅れて表情を引き締めた。
 この地域にいた部隊とも合流できた、整備も終えた、補給もできた。それでも、勝てると確信することのできない恐ろしさを、アスランは感じ始めていた。
 『足つき』は、伝説になるかもしれない、と。
 
 
 
 既に暗くなり始めた景色に目をやりつつ、ゼルマンは〝レセップス〟艦橋から正面を見据えた。天候は雨、風は追い風……行けるかもしれない。
 アスラン・ザラ、そしてラクス・クラインという二つの名前が、〝レセップス〟だけでなく〝デズモンド〟級の〝ワイアット〟、〝ジョナサン・グレイ〟の参加を呼び寄せたのだ。後は、自分がどこまでやれるか……。
 ゼルマンはキッと前を見据える。
 
 「艦はここで待機、出すぎるなよ。ダミーの使用も忘れるな!」
 
 たった三隻でスエズ基地を落とせるなどとは思っていない。否、少し前までならそれも可能であったかもしれない。――しかし、今、これから、我々が戦うのは、〝アークエンジェル〟なのだ。
 〝レセップス〟、〝ワイアット〟、〝ジョナサン・グレイ〟の周囲に戦艦型のバルーンがぷくーっと膨れ上がった。その数合計六。機影だけならば、九隻もの大部隊の完成である。
 正面突破と見せかけ、最優先で〝アークエンジェル〟を叩く。目的はラクス・クラインの救出ただ一つ。それがアスランの出した結論であった。
 
 「モビルスーツ隊、発進どうぞ!」
 
 通信シートに座るアビーが生真面目に指示を出していく。
 正面のモニターにぱっとアスランの顔が映った。
 
 〈ゼルマン艦長、後は頼みます〉
 
 隊長でありながら、部下のゼルマンに敬語で話す彼の言い分は、『年配者への敬意』であった。そういう少年には、命を預けてみたいと思うのがゼルマンである。
 
 「了解しました。しかし、そう長くは持ちません」
 〈ええ、わかっています。それはこちらも同じですから〉
 
 苦笑を浮かべてから、アスランが通信モニターを切る。
 さて、この死に損ないにどこまでできるか。ゼルマンは軽くこぶしを握りしめながら、発進していくモビルスーツたちを見送った。
 
 
 
 鋭い閃光が〝アークエンジェル〟の船体を掠めた。
 
 「ただの威嚇よ、気にしないで!」
 
 そう言ってから、怯えた表情を見せているのはカズイだけであったことに、マリューは内心苦笑した。
 ――いつまでも新人気分じゃいられない、か。
 
 「総員第一戦闘配備!」
 「了解! 総員第一戦闘配備! 繰り返す、総員第一戦闘配備!」
 
 素早く通信シートに座るカズイが艦全体に司令を下す。パイロットシートに座るノイマン、コパイロットシートのサイも慣れた手つきで艦を戦闘モードに切り替える。
 マリューは少しずつ頼もしくなっていく彼らの背中を見つめ、ふうっと息を吐いた。
 
 
 
 モビルスーツ隊発進の命令を受け、すかさずフレイは〝ダガー〟に乗り込んだ。マードックが通信機越しで怒鳴る。
 
 〈〝ファントムパック〟は使えないんだな!?〉
 「まだ無理です!」
 
 と怒鳴り返したあと、フレイは口の中で小さく「……なんでよ」とつぶやく。アムロさんにも、フラガ少佐にも使い方は教えてもらってるのに!
 〝ダガー〟の人工知能とのコミュニケーション用モニターは既に外してあるので、つまらない小言を言われないですむことだけが不幸中の幸いであった。
 マードックの映るモニターに割り込み、セレーネがさっと映る。
 
 〈少尉、〝ダガー〟は貴女と共に少しずつですが成長しています、自信を持ってください〉
 
 それも、今の彼女には皮肉にしか聞こえない。
 
 「言われなくたって……!」
 
 ふと、セレーネが思い出したように付け足した。
 
 〈ああそうでした、シミュレーションの結果はちゃんと記録しておいてください〉
 「はあ!?」
 〈少尉からいただいたデータ、何も入ってませんでしたので〉
 「な、何で今言うんだあ!」
 〈〝ダガー〟の成長は十分見込めています〉
 
 と安心させるように微笑みかけるセレーネのすぐ隣で〈ちょ、ちょっとセレーネ!〉と窘めているソルの姿が見えたが、どうでも良かった。
 
 〈アムロ・レイ、〝デュエル〟出るぞ!〉
 
 通信機の声と同時に、〝デュエル〟がカタパルトから発進した。フレイは慌ててセレーネを睨みつける。
 
 「とにかく、帰って来てからにしてください! そういうの!」
 〈善処します、御武運を少尉〉
 「こ、このッ――」
 〈ほらフレイ、発進よ〉
 
 と、ミリアリア。
 
 「ほんと、大人って……!」
 〈どしたの?〉
 
 訝しげにミリアリアが聞いたが、フレイはつんと顔を背けた。カタパルトに進み、〝ダガー〟に〝エールパック〟とシールド、ビームライフルが装備され、腰には愛用のショットガンが装着された。
 
 「フレイ・アルスター、〝ダガー〟行きます!」
 
 急激にかかるGにはもはや慣れたものだ。やがて、ぱっとGが消え、シトシトと雨の降る灰色の空へと投げだされる。
 
 「嫌な空してる」
 〈無駄口叩くなー〉
 
 と、カガリがからかった。
 「何よ、シミュレーションでは九対一でわたしが勝ってるのに」
 〈い、一回は勝ったじゃないか!〉
 「わたしは九回勝ってるじゃないの、あんた九回死ねるぅ?」
 
 軽くカガリでストレス発散をしていると……背筋から脳髄にかけて、悪寒と寒気が一瞬で走りぬける。いつもの感覚だ。相棒のカガリもそれを感知したようで、表情を引き締めた。
 今日は、〝ストライク〟が発進できなく、エドモンド達もいなくなってしまった、いつもとは陣形が違う。今までのような、アムロ、ムウ、ジャンが攻撃を務め、キラ、カナード、トールにエドモンドの戦車隊が艦の守りを優先し、フレイとカガリが遊撃を務める戦いができなくなってしまったのだ。
 よって、今回はアムロと新入りの、生意気で気持ち悪いオルガ・サブナックとかいう根暗狂人が後方から支援、ムウとトールの〝スカイグラスパー〟が遊撃を務め、ジャンの〝ロングダガー・フォルテストラ〟とカガリ、フレイが、最前線に行く羽目になったのだ。
 
 
 
 ジャンが短く〈来るぞ〉と言った。
 迫るモビルスーツ、戦闘ヘリコプター合わせて合計四十機をも超える機影に、フレイは思わず呑まれた。心臓の鼓動が高まる……。しかし、と彼女は思う。
 今は私が、みんなを守ってあげなきゃならないんだから……サイも……キラも……。同時にサイの顔がわずかによぎり、わたしは捨てられたのかもしれないと想像したが、警報《アラート》がその思考を止めた。
 一筋の光条が機体を掠める。慌てて回避運動を取り、ライフルを向け放つ。ビームの粒子の先から、〝イージス〟と〝デュエル〟が猛然と迫った。
 ――早い!
 即座に〝ダガー〟を飛び越え、〝アークエンジェル〟へと向かう〝バクゥ〟たち。フレイは一瞬気を取られ、迫る〝デュエル〟に対応できない。
すかさず後方からアムロの〝デュエル〟の九四ミリ高エネルギーロングレンジ・ビームライフルから放たれる強力なビームが援護射撃を加えてくれた。その正確な射撃の頼もしいことか。
一瞬怯んだ二機のG。その隙にフレイは〝ロングダガー〟の姿を探すも、既にビーム持ちの新型三機と交戦中であり、助けを求めることはできないと知り再び前を見据える。
 
 「そこのプレッシャー二人ィ!」
 
 回避運動を取りつつビームを撃ち放つも、二機のGは回避する。慌てて追いすがろうとしたところで、より鋭い死の恐怖を知覚し、機体を滑らせるようにして大地を蹴り、飛んだ。先ほどまでいた荒野を、ビームの粒子が焼いていく。
 
 「そっか、あっちにも〝バスター〟があるんだもんね」
 
 ほんの一瞬遅れて、〝ザウート〟からと思われる砲撃の雨が降り注ぎ、フレイは舌打ちをしてトリガーを一度だけ引いた。放たれたビームの粒子は、大気の粒子に減衰され、醜い花を咲かせただけだ。
 
 「普通のビームじゃダメか……」
 
 気を落とす間もなく、再び〝イージス〟と〝デュエル〟が襲いかかる。二機から発せられる鋭いプレッシャーを避けるように機体を走らせ、ビームを撃ち放つ。
すかさず〝デュエル〟が前に出て応射してきたが、ただの威嚇だと確信したため、構わず〝ダガー〟のバーニアを吹かせ進めた。
苛立ったように〝デュエル〟がビームサーベ ルを鞘走らせた。
フレイは切っ先に当たるすれすれで機体を急停止させ、〝デュエル〟がサーベルを振りきったのを確認してからこちらも背中からビームサーベルを抜き切りかかろうとしたが、上空からの殺気に反応して即座に大地を蹴り、バックステップを踏んだ。
一瞬遅れて警報《アラート》が鳴り、先ほどいた位置にビームが降り注ぐ。そして機体が命じるがままに、サーベルを背後に一閃、切り裂いた。
 何もいないはずの空間から、右足を切られた〝ブリッツ〟が慌てて姿を現した。
 
 
 
 ――見事な動きだった。イザークが囮となり、アスランが仕掛け、ニコルが背後から止めを刺す。ヒルダ・ハーケン達から学んだチームワーク・アタックを、全て紙一重で避けて見せた敵の『顔無し』は、恐ろしいと感じる。しかし、とイザークは思う。もっとだ、もっともっと、氷のように心を落ち着かせていれば、勝てた相手だ。『白い悪魔』とは違う、確実に倒せる相手。
 
 〈クッ、下がれニコル!〉
 
 慌てた様子でアスランが叫んだ。すかさずイザークは右肩に装備された一一五ミリレールガン〝シヴァ〟を撃ち放つ。『顔なし』はジグザグのステップでそれを回避し、〝ブリッツ〟に興味を失ったようにしてこちらに迫った。
 
 「俺とクロスコンバットをやろうというのか!?」
 
 舐めるな! 思わずイザークは激昂した。生意気に、ナチュラルが、この俺と、この俺の最も得意とする接近格闘戦を!
 
 「――やろうと、言うのかァッ!」
 
 手に持つサーベルを構え直し、〝デュエル〟は大地を砕き蹴った。敵もビームサーベルを右手に持ち、スラスターを吹かせる。カメラにアップで映る能面のような敵機体。そのゴーグルのような目の奥で、〝デュエル〟と同じタイプの双眼《デュアルアイ》がギラリと光った。
 
 「舐めるな!」
 
 すかさずビームサーベルを一閃、横薙ぎに払う。顔無しのモビルスーツが伏せるようにして、イザークの渾身の一撃を回避する。
 
 〈イザーク!? 迂闊だぞ!〉
 
 アスランの声にはっとして、操縦桿を握りなおした。とっさに逆噴射をかけ、前へ出ようとする機体を無理やり止まらせる。敵がそのままサーベルを走らせ、〝デュエル〟の右腕が宙を舞った。
 ――やられた!
 だが、アスランの声が無ければ、右腕だけでなく胴体ごと切り裂かれていた事を思うと、肌が粟立つような錯覚を覚えた。そのままガツンと、〝デュエル〟と敵がぶつかり合う。その時、接触回線が開き、荒い息使いが漏れ聞こえてきた。
 
 〈カ、ハッ。こいつ……〉
 
 思わずイザークは声を上げた。
 
 「お、女だとお!?」
 
 戦場で、このイザーク・ジュールと、互角以上に戦い、右腕を奪いもしたパイロットが、まさか!?
 
 〈女で悪いかあ!〉
 
 敵が頭部に装備された対空砲〝イーゲルシュテルン〟をばらまいた。たまらずシールドを構え、後退させるも、イザークは思わず聞いた声に驚きを隠すことができずにいた。
 
 〈大丈夫か、イザーク!〉
 
 アスランが慌てて声をかける。
 
 「ク、平気だよッ!」
 〈熱くなるな! お前なら勝てる相手だ!〉
 「それは、そうだろうが……」
 〈だったら!〉
 
 不思議と、彼の言葉がイザークを冷静にさせてくれた。そうだ、すぐに熱くなるのは俺の悪い癖だ。わかっている、わかってはいるのだが……! そこまで思考して、また熱くなり始めていることに気づき、慌てて首を振った。
すかさず敵がシールドを構えると、後方からディアッカの長距離ビームが襲い、そのシールドを砕く。まるで攻撃が来るのがわかっているかの様な動きに、イザークは戦慄した。
 
 「アスラン、コイツは手強い、注意しろ!」
 〈――だろうな。援護に回ってくれ。俺が仕留める!〉
 
 イザークは「頼む」と言ってからビームライフルを左手に持ちかえ、やや後退する。〝イージス〟が前へ出た瞬間、敵の長距離ビームが襲い、〝イージス〟のシールドを蒸発させた。
 
 〈化け物め!〉
 
 アスランがそう毒づきたくなる気持ちもわかる気がした。
 
 
 
 〝アークエンジェル〟の甲板で無数に迫るミサイル群を散弾砲で撃ち落としながら、オルガは苛立った。
 
 「ちっくしょう! 数が多い!」
 
 そう言っている合間にも、艦を囲む五機の〝バクゥ〟と三機の黒い〝ラゴゥ〟、そして八機の戦闘ヘリ、九機の〝ディン〟が雨のような攻撃を加えてくる。
 ユニコーンの〝デュエル〟が、〝イーゲルシュテルン〟で二機の戦闘ヘリを撃ち落とした。その隙にと飛びかかる二機の〝バクゥ〟を、ビームサーベルで立て続けに切り捨て、すぐさまサーベルを背部サーベルラッチに収納し、ロングレンジ・ビームライフルを構えなおす。
 その時、鋭い閃光が、〝アークエンジェル〟の左翼を貫いた。がくんと揺れる船体。そのまま〝バスター〟もバランスを崩しそうになり、慌てて立て直す。
 
 〈敵も長距離ビームを使用しているようだ……こちらのものより威力は上らしい〉
 「ああそうかよ!」
 
 何でこいつはこうも平然としてるんだ! 思わずぶん殴りたくなる衝動を必死に抑え込み、オルガはその憤りを、更に迫るミサイル群に向けてぶつけることにした。
 
 
 
 アムロは焦りをおぼえていた。今までのようにはいかない、自分の名が敵に知れ渡ってきた所為で、空を舞う敵マシン全てが細心の注意と敵対心をアムロに抱いているからだ。
コーディネイターだという驕りや相手がナチュラルであるという蔑みが、アムロの繰り出す攻撃に対して無警戒だったのは少し前までの話だ。
味方のジャンですらそうであったように、ザフトの中にも『メビウスの悪魔』などという存在を信じるものなど皆無に等しかったのだろう。だが、それは変わってきた。
アムロと戦い、生き延びた兵、逃げおおせた兵からそれはザフト全土に伝わり、尾ひれまでつけて知れ渡ったのだろう。今〝アークエンジェル〟を囲う全ての敵機は、アムロの〝デュエル〟を最強の敵として見据えている。
〝デュエル〟の一挙一動に、〝ディン〟も、〝ラゴゥ〟もが反応し、その行動を妨害する。〝アークエンジェル〟の撃墜よりも、アムロの妨害に集中しているのだろう。
 事実、そうなったコーディネイターの技量は見事なものであった。かつて戦った多くの強化人間とは違う、精神的にも安定し、物理的な強化のみにとどめたそれはアムロにとってもやはり脅威であり、一切の油断もままならない。
 それでも、アムロは己の状況を正しく理解していた。
 〝ロンド・ベル〟隊発足初期の頃は、それは酷い有様だった。
ブライト貴下の〝ラー・カイラム〟隊こそ見事な隊ではあるが、以前に乗艦した〝ラー・ザイム〟では、多くのクルーが教科書以上の何かをこなすことを拒み、たびたびアムロの神経を逆撫でたものだったが、〝アークエンジェル〟の皆は決して違う。
生き延びるために、守るために、皆が懸命にそれ以上を模索し、求め、あがき戦う者たち――。彼らの行動一つ一つが、アムロに戦う意味を教えてくれる。戦う力を与えてくれる。
『あの時』ああだったら。もしも『あの時』こうしていたら……決して忘れることの無い後悔と無念を、『あの時』の地獄を、彼らのために戦うことでアムロは忘れようとしているだけなのかもしれない。もしも、『あの時』――〝ホワイトベース〟に今の自分がいれたのなら――。
 だから、アムロは戦うのだ。自分のような存在を、二度と増やさない為に。何故自分が『ここ』に『来た』のか、あるいは『連れてこられた』のかはわからない。ただの偶然なのかもしれない。だが、どちらにしてもアムロのやることは決まっている。
 アムロが彼らの心の支えになっているのだということは、己の小さな自惚れかも知れないと思いつつも理解している。だから、彼は完全無欠のヒーローを演じねばならないような気もしていた。〝アークエンジェル〟でアムロのことを『ニュータイプ』だなどと言うものはいない。いるはずも無い。
基本的に彼らのする区別は、男か、女か。大人か、子供か。ナチュラルか、コーディネイターか。〝アークエンジェル〟において、アムロは危険視され言動すらも監視されていた『ニュータイプ』でなく、どこにでもいるただのナチュラルの兵士なのだ。
それはとても居心地のいいものであったのは事実であるが、それだからこそ、彼らはアムロという存在を自然と受け止めれたのだ。恐怖や畏怖の念は無く、単純に頼られている。過去の栄光や武勇伝などというものもなく、今やってみせたことへの正当な評価と感想。それが、アムロには懐かしく心地いい。
 だから、アムロは上辺だけでも強がって見せなければならないのだ。アムロが弱音を吐けば、うろたえる姿を見せれば、それが全てに悪い影響を与えてしまうだろうから。
 
 
 
 上空からその光景を見ていたトールは、圧されていると感じたが、今はできることをやるしかないと判断し、表情には出さなかった。〝エールパック〟を装備した〝スカイグラスパー〟が灰色の空を駆ける。
〝バスター〟が放った散弾砲に気を取られた〝ディン〟を目の端に捉え、トールはビームライフルのトリガーを引いた。光条は吸い込まれるように着弾し、敵は爆散しながら荒れた地面へと叩きつけられる。気を抜く間もなく、二機のザフトの戦闘ヘリ〝アジャイル〟が迫る。
うっすらと感じる敵の攻撃の気配を頼りに、トールは機体を滑らせるようにして旋回させた。
 
 「そうだ、俺んとこに来い!」
 
 〝アジャイル〟から放たれる有線ミサイルをことごとく回避し、すれ違いざまに中口径キャノン砲をたたきこむ。バラバラになって落ちていく二機の〝アジャイル〟を端目に捉えつつ、トールは〝アークエンジェル〟の後方から接近する敵意に気づく。
 
 「こちらトール・ケーニヒ、後方より接近するものがあるって感じたけど、どうですか!」
 
 さっとミリアリアが応答する。
 
 〈ちょ、ちょっと待って!――〝ディン〟三! 後ろから回られたみたい!〉
 「やってみる!」
 〈ひとりじゃ無茶よ!〉
 「みんないっぱいいっぱいなんだ、俺がやらないと!」
 
 尚も彼女は食いすがったが、時間が惜しいためトールは聞かずに機体を反転させた。
 はっと、背後からの敵意に気づき、慌てて機体を加速させた。
 ――後ろにつかれた!? 背後に一機の〝ディン〟がマシンガンを片手に追いすがる。
 
 「なら、〝アークエンジェル〟から引き離せば良いんだろお!」
 
 トールは一人、一機の〝ディン〟を引き連れ、遠方から迫る三機の〝ディン〟を目指しさらに機体を加速させた。
 
 
 
 〝スカイグラスパー〟がスラスターを吹かせ、艦橋の遥か上空を駆けていく。ナタルが慌てて声を上げた。
 
 「追われているのか!?」
 
 すかさずミリアリアが反応する。
 
 「敵を引き離すって――」
 
 あの少年にはまだ早い、というのがナタルの率直な感想である。
 
 「戻るように伝えろ! 〝アークエンジェル〟の対空砲火から出るなとも!」
 
 すかさずチャンドラが言った。
 
 「無茶です! 干渉派が強くて、既に通信圏外へと離脱してます!」
 
 ……馬鹿なことを! 何か手は無いかと状況を必死に思考を巡らせる。
 今アムロ・レイがいなくなれば、即座にミサイル群によって〝アークエンジェル〟は落とされるだろう。〝バスター〟を向かわせても同じことだ。カガリの〝スカイグラスパー〟は、必死にフレイの〝ダガー〟を援護しているのでこれも不可。
ムウは群がる〝アジャイル〟を一機で相手をしてみせているし、〝ロングダガー〟もザフトのモビルスーツ隊を押さえている。
 ナタルは改めて、今まで〝アークエンジェル〟がどれだけスレスレの綱渡りをしてきたのかという事実に直面し、絶句した。割ける人員は、一つとしてなかったのだ。敵は大軍、こちらにラクス・クラインというカードがある限り、恐らく次があるならば、更に数を増やして敵は来るだろう。
彼女を人質にするという手段もあったが、もはやそれはナタルの中から除外されている。誇り高き軍人として、恥すべき行為だと考えたからだ。しかし、とナタルは思う。
 ――もしも、もしもその傲慢さが彼女たちを殺すこととなるならば、私はラクスを盾に取ろう。そういう事も、考えていた。
 
 「……艦長、特装砲の許可を!」
 
 ナタルが凛として宣言する。マリューが当然のように声を荒げた。
 
 「駄目よ、あれは地球の環境に多大な被害が――!」
 
 相変わらず甘いことを言う。しかしナタルは既に思い当たっていた。彼女もまた、無理をしているのだろう、と。考えてみればわかることだった。マリュー・ラミアスは、技術士官なのだ。決して、ナタルの、ノイマンらの上官ではなく、マードックやブライアン、ハマナ達側の――。
あの時、ナタルがそのことに気づき、自分が艦長をやりますと進言していれば、きっと全然違う結果になっていたのかもしれない。マリューとは、もっと違う関係を築けていたかもしれない。しかし、そうはならなかった。
そして今マリューというモビルスーツ技術者は、艦長という枠を作り、何とかして自分をそこにはめ込もうと苦心し、それでも冷徹になりきれない自分と戦い続け、何が正しいのかもわからなくなっている……。
正しいことなんて、無い。何が良いとか、駄目だとか、そんなのは結果でしかない。辛いのは、みんな、一緒なんだ。
 
 
 
 「――艦長、貴女にとって、あの子達よりも地球の環境とやらの方が大事なのですか……?」
 
 それは人のエゴであったのかもしれない。だが、決してナタルは地球の自然を軽視しているわけではない。それ以上に、あの子達が大事なだけのことだ。そしてそれはきっと、マリューだって……。
 問われた彼女ははっとして目を見開き、困惑したように視線を逸らした。
 
 「今使わずにいつ使うのです。何の為の特装砲〝ローエングリン〟ですか。今、こういう時に使うためのものではないのですか――」
 
 性格も、背負ってるものも、今まで見てきたもの、感じてきたもの全てが違うものなのだろうとは理解していた。でも、今、この瞬間、目指すものは同じだったはずだ。それはきっとずっと……本当なら、〝ヘリオポリス”を脱出した時から既に、心は一つだったはずなのだ。
それを私たちは、自分の尺度で物事を推し量り、同じ目的を違うものにしてしまっていた。それは、愚かな過ちである。誰が大切か? もちろん全員大切に決まってる。しかし、マリューは自分自身の情と、経験の無さ、それでもやらなくてはならないという焦りから、多くの間違いを犯してきた。
それでもそれは全てが、彼女の善意と責任感から出たものだったのだろう。しかし、とナタルは思う。
 我々は既に、補充パイロットの一人を戦死させてしまっているのだぞ、と。
 うっとマリューは押し黙る。クルーたちも、慌ただしく指示を出しながらもその様子を固唾に見守っている。ふいに、メリオルが言った。
 
 「艦長、ご指示を。バジルール中尉の意見には無視できないものがあると私は考えます。どうか――」
 
 さっとチャンドラが続く。
 
 「このままじゃあ不味いですぜ、艦長!」
 「――ご指示を……」
 
 と言ったのは生真面目なパルだ。
 その時、激しい震動が艦を襲った。マリューが何事かと声を荒げる。トノムラが慌てて言った。
 
 「左舷エンジン被弾! 高効率低下!――艦長、〝ローエングリン〟を!」
 
 今、皆が自分の意見に賛同してくれている。ナタルは初めて感じる一種の高揚感とともに、ほんの少しばかり目頭が熱くなるのを感じた。最初から、心は、一つだったのだ……。
彼らがナタルの敵だったのではない。彼らはナタルの邪魔をしようとしていたわけでもない。ナタルが勝手にそう思っていただけで、最初から全て、ナタルの味方であったのだ。そしてそれは、マリュー・ラミアスも――
 マリューがキッと正面を見据える。
 
 「特装砲〝ローエングリン〟! 発射準備! 目標、正面の敵モビルスーツ、及び敵艦隊!」
 「了解! 特装砲用意!」
 「各機に通達! 本艦はこれより特装砲〝ローエングリン〟の発射態勢に入る、射線にいるモビルスーツはただちに退避せよ!」
 「エネルギー充填開始!」
 
 飛ぶように艦の号令が飛び、ナタルは再び手元のコンソールパネルに視線を戻した。ふと、メリオルが小さくウィンクして見せたのに気づき、彼女は自然に笑みをこぼした。
 
 
 
 医務室のベッドにいたキラのまどろみは、ずん、という鈍い振動音によってかき消された。
 ――被弾したっ!?
 思わず飛び起きようとしたが、肋骨に激痛が走りそのまま力なくベッドに横たわった。
 なんて情けないんだ。トールが、カガリが、フレイまでもが命を賭けて戦っているのだというのに、こんなところで何もできないで……! これが、こんなものが〝スーパーコーディネイター〟だというのか! ユーレン・ヒビキめ、何故カナードを〝スーパーコーディネイター〟にしてくれなかった! 
なぜぼくのようなものを『成功作』などと! しかし、とキラは思った。
 もしも自分が『本物の』〝スーパーコーディネイター〟だというのなら、この程度の傷など取るに足らないのではないのか? と。ならば、お前の……ユーレン・ヒビキの最高傑作の力をぼく自身が確かめてやろうではないか。
どの程度のものなのか、今、ここで。カナードの、多くの生まれることすらできなかった兄弟たちの命よりも価値があるものなのかを、確かめてやる!
 キラは肋骨の痛みなど無視して無理やりベッドから体を起こした。全身に激痛が走る。体中が熱い……。それでも、キラは前を見据える。
 ベッドから降り立ち、体を壁に預けながら何とか立ち上がり、ひとりごちた。
 
 「〝コーディネイター〟なんて、作るから……!」
 
 
 
 〝イージス〟が鋭いビームを撃ち放ちながら目前へと迫る。フレイは敵の巧みなチームワークに押されながら、防戦することしかできない自分に苛立っていた。
 わたしにあれが使えれば、こんなに苦戦なんかしなかったはずなのに。アムロもムウも、才能があると褒めてくれたのに――。
 
 「何もできないでぇっ!」
 
 メインモニターに映る〝イージス〟に、フレイは悪態をつきながらも懸命にトリガーを引いた。〝ダガー〟の持つビームライフルから一条のビームが走る。〝イージス〟はそれを難なく回避し、ビームサーベルを抜き放ち、一閃! 振り下ろされたサーベルの威圧に、一瞬フレイは飲まれ後退が遅れる。
右手に持ったビームライフルの銃口が真っ二つに切り裂かれたのをみて、舌打ちをしてから使えなくなったビームライフルを投げつけてやった。そしてすぐさま〝エールパック〟からビームサーベルを抜き放つ。
 
 「――接近戦ッ!?」
 
 フレイは〝ダガー〟のスラスターに逆噴射をかけ、軽く減速させる。振り下ろされたサーベルの切っ先が、〝ダガー〟の左肩を掠めた。すぐさまフットペダルを踏み込み、一気に距離を詰める。負けじと〝イージス〟が加速し、衝突するような形で互いに組み合った。
 
 「こ、こいつ!」
 
 その悪態に反応するかのように、接触回線が開いた。
 
 〈この言葉使い、フレイ・パラヤか!?〉
 
 思わず、フレイは反論した。
 
 「アハッ、まだ騙されてるっ!」
 〈何だと!?〉
 「パラヤじゃなくてアルスターなのにねぇー!」
 
 〝ダガー〟のビームサーベルの切っ先が、〝イージス〟の左腿を掠めた。
 
 
 
 アスランはたまらず距離を取りつつ、短い思考の後、絶句した。アルスター? なぜ偽名を? なぜ? 知られては不味いから? ならば、そのアルスターとは……。
 
 「フレイ・パラヤは、事務次官の娘のフレイ・アルスター!?」
 
 思わず声に出し、アスランはもう一度絶句した。それならば、あの時、砂漠で……ラクス・クラインを救出できていたのではないか! フレイ・アルスターとラクス・クライン、捕虜交換でいくらでもできた! ラクスを、あの時――!
 
 〈ラクスのアスラン・ザラって子はぁ! 大したことは無いィーッ!〉
 
 嘲るようなフレイの言葉に、思わずアスラン声を荒げた。
 
 「アルスターッ!」
 
 アスランはシールドを捨て、右手と左手で一本ずつビームサーベルを持ち、その怒りをぶつけるかのように切りかかった。〝ダガー〟は軽く大地を蹴り、〝イージス〟の攻撃を交わすと同時にビームサーベルの切っ先で左肩を切り裂いた。
 ――背後を取られた!
 普段ならば気にも止めないはずの幼稚な、見え透いた挑発。そんなものに、こうも容易く引っかかってしまうとは何と愚かなことだろう。
 丁度真後ろに着地した〝ダガー〟が、サーベルで突きを繰り出した。
 
 〈死んじゃうぞお!〉
 
 ――死ぬ、こんなところで? ラクスにも会えずに……、俺が……死ぬ……。
 アスランの中で、何かが弾けた。あの時の感覚が戻ってくる。全てを知覚できるかのような、あの感覚が。アスランはほんの少しばかり〝イージス〟を左に移動させつつ、スラスターに逆噴射をかけた。勢いよくバックステップを踏む〝イージス〟の右肩に、〝ダガー〟のサーベルが突き刺さる。
 
 〈――嘘!?〉
 
 フレイの信じられないような声が接触回線から漏れ聞こえてきた。アスランはそのまま右肩装甲を切り離し、そのままの勢いで少女の乗るモビルスーツのコクピット目掛けサーベルを突き立てた。
 ――否、突き立てたはずであった。
 ほんの一瞬、アスランの行動よりも早く、フレイのモビルスーツが左腕を差し出したのだ。勿論ビームサーベルの攻撃に耐え切れるはずもなく、それを難なく切り裂く。しかしそのほんの一瞬の隙に、敵の機体は流れるような動作で上体を捻り、そのままの勢いで〝イージス〟の胴体を蹴り飛ばした。
 
 「お、俺を蹴った!?」
 
 たまらず後退したアスランが、思わず声を上げた。俺を蹴っただけではない、突然動きが良くなった……。いったいなぜ!? 彼にその答えはわからない。
 その時、極大の粒子がプラズマを走らせながら、戦場を駆けた。
 
 
 
 突如襲ったプラズマの太い光条が、一隻の陸上戦艦を貫いた。
 
 「〝ワイアット〟撃沈!」
 
 ザラ隊の旗艦〝レセップス〟の艦橋で、怯えるようにアビーが声を上げた。ゼルマンは苦虫を潰す思いで唇を噛み締める。
 
 「陽電子砲か……! 援護の要請はどうなっている!」
 
 慌ててアビーが端末で調べる。
 
 「ま、まだ五分ほどかかるそうです!」
 
 ――遅すぎる。ゼルマンの率直な感想である。
 
 「隊長はどうしているか!」
 「報告にあった新型に苦戦しています!」
 
 と、アビー。だがゼルマンの見解は違っていた。このまま戦えば間違いなく勝てる相手だ。しかし……このままでは〝レセップス〟までもが『足つき』の陽電子砲の餌食にされてしまうだろう。
 短い思考の後、ゼルマンはならばと思い立った。
 
 「ウィンザー、アマルフィに通信を繋げ」
 
 彼女が「了解」と短く告げた後、通信モニターにニコルのあどけない顔が映し出される。
 
 〈どうしました、艦長〉
 「貴殿の出番が来たようだ、アマルフィ。マッケンジーとエルスマンにも伝えておけ」
 
 そういうと、ニコルは一度目を瞬かせ、「はいっ」と頷いた。
 そうとも、この状況を予測していなかった訳ではないのだ。『足つき』との戦いに備え、いくつものシミュレーションをしてきたのだから。
 
 
 
 〈よーうし! 俺たちの出番ってわけだな!〉
 
 元気良く声を上げたのはラスティだ。彼に続くように、甲板から援護射撃を加えていたディアッカが苦笑を漏らす。
 
 〈ひゅー、気張ってるじゃない〉
 
 相も変らぬ二人に、補給作業を終えたニコルはふっと笑みをこぼした。
 
 「二人とも、よろしく頼みます」
 〈俺は大船だぜってね!〉
 〈大船かどうかは知らないけど、やるからにはな?〉
 
 ラスティとディアッカが軽い口調で告げると、ニコルの緊張はもう吹き飛んでいた。
 ザラ隊の人間関係はすこぶる良くなってきている。アスランは以前に比べて明るくなったし、色んな事を話してくれるようになった。イザークはアスランといがみ合うことをしなくなった。ディアッカとラスティは……まあ、相変わらずであったが。それでも、確かな信頼が、絆が芽生えている事を確信しているのだ。
 ニコルはすっと前を見据え、言った。
 
 「成功させましょう、みんなの為にも!」
 
 
 
 ――捉えた!
 〝アークエンジェル〟の後方から迫る三機の〝ディン〟を目視したトールは、恐怖に震える指で無理やり操縦桿を握り直す。そうとも、今この場所には自分しかいない。キラも、フレイも、アムロもいないのだ。自分の力だけで、三機の〝ディン〟を倒さねばならない。
 
 「やってやるさ、俺だって……!」
 
 トールは一度深く息を吐いた。
 こちらの姿を確認すると、〝ディン〟は各機バラバラに散り、一機ずつ、翻弄するかのように上昇と下降を繰り返しつつ、手に持つ九十ミリ散弾銃を撃ち放つ。これに当たるわけにはいかないと、トールは慌てて機体を急上昇させ、一気に〝ディン〟の真上へと向かう。
すかさず二機の〝ディン〟が追いすがるも、空中戦ではどうやら〝スカイグラスパー〟に分があるようで、一向に追いつかれる様子はなかった。丁度真下に〝ディン〟が位置したと同時に、今度は一気に急降下を仕掛けるべく加速する。
〝ディン〟がこちらを捉え、散弾銃を撃ち放つも、この速度ではそうそう当たりはしない。トールはまぐれ当たりが来ないことを祈りつつ、狙いを定める。自機と敵機が交差する直前に、〝スカイグラスパー〟のビームライフルが火を噴いた。光条が〝ディン〟の胴体を貫き、一瞬の後に爆散していく。
 
 「や、やれた!?」
 
 かはっと息を吐くと、瞬時に背筋を悪寒が襲い、トールは機体を加速させる。つい先ほどまでいた位置に、ミサイルの雨が降り注いだ。
 
 「く、やばかった」
 
 そうつぶやくのと同時に、もう一気の〝ディン〟に狙いを定める。
 
 「空中戦なら!」
 
 自分に言い聞かせるように吐き捨て、もう一度急上昇をさせる。〝ディン〟は二手に別れ、一機はトールの背後に付き、もう一機は〝スカイグラスパー〟の進行方向――丁度真正面に位置した。
 ――挟み撃ち!?
 背後から追いすがる〝ディン〟が、胸部の両脇から計四発のミサイルを撃ちはなった。それに合わせて前方の〝ディン〟も同じように四発のミサイルをばらまく。
 トールの心臓がどくんと鳴る。迫るミサイルの音と〝スカイグラスパー〟の起動音の中、鈴の音が聞こえたような気がした。いや、これは歌かもしれない。
そう感じた時、トールはごく自然にスロットルを全開にし、四機のミサイルに向かって加速していた。何故だかはわからない。ただ、そうすることが一番良いような気がしたのだ。
 もはや頭の中は真っ白だった。辛うじて確認できたのは、ミサイルの軌道に合わせて自機にロールをかけ、隙間と隙間を縫うようにして回避したこと。目の前で動きを止めた〝ディン〟をビームで貫いたこと。
すぐさま反転し、ミサイルの爆発で〝スカイグラスパー〟を見失った最後の〝ディン〟を、目視できない煙の奥から狙撃したこと。これだけであった。
 だから自機の左翼に被弾していたことになど、気づくはずも無かった。正面から静々とやってくる巨大な影になど、ようやく追いついた最後の〝ディン〟を何者かが撃墜したことなど、気づくはずも無いのだ。
 
 
 
 一瞬で大地を焼き、ただの荒野を焼け跡とさせた特装砲〝ローエングリン〟の威力に、〝アークエンジェル〟の艦橋は静まり返っていた。たった一撃で、〝ジン〟を三機、〝ザウート〟を一機、デズモンド級戦艦一隻を鉄屑へと変えたその破壊力に、ただただ呆然とするばかりだ。
マリューも、メリオルも、使用の進言をしたナタルでさえも。
 同じように呆然としていたミリアリアの前で〝スカイグラスパー〟二号機のモニターがザッと乱れ、瞬いて消えた。
 
 「えっ……?」
 
 彼女はきょとんとして、コンソールに映し出された『SIGNAL LOST』の文字に見入る。
 これは――なんのエラーだろう? さっきから艦橋のコンソールは、どこもかしこもワーニングランプばかりついて、電気系統も不調が続いている。
 だからきっと、これも電気系統のエラーだろう。
 そうに決まってる。
 
 「ケーニヒ二等兵はどうしている!」
 
 ナタルがはっとして声を上げた。カズイが慌てて応答する。
 
 「ま、待ってください! ジャマーが強くて機体の識別が……」
 
 すかさずマリューが向き直る。
 
 「今は信じるしかないわ。――敵レセップス級に照準合わせ! 〝ローエングリン〟用意!」
 
 〝ローエングリン〟のチャージが始まり、再び艦橋が騒がしくなり始める中、カタパルトから一機のモビルスーツが出撃していくのが見えた。
 
 「ス、〝ストライク〟!?」
 
 一斉に声が上がり、すぐさま格納庫から通信が入った。マリューが慌てて受ける。
 
 〈なあ艦長! いくらなんでもあの状態の坊主に出撃させるのはあんまりじゃあねえですか!?〉
 
 通信越しのマードックは酷く憤慨してる様子だ。すかさずナタルが声を荒げる。
 
 「〝ストライク〟の発進を許可した覚えは無いぞ!」
 〈はあ!? 特命だって言ってたぞ!?〉
 「誰がだ!」
 〈だ、誰がって、そりゃあヤマトの坊主が……〉
 
 そこまで言って、モニターに映るマードックは左手で頭を抱えた。
 
 〈あんのガキ……!〉
 
 彼のうめきと同時に、別の通信が入った。
 
 〈おい! 今〝ストライク〟が出てったけど誰が乗ってる!?〉
 
 カガリである。装着していたエールパックが無いのを見るに、フレイの〝ダガー〟に換装し終え、補給に戻ってきたところなのだろう。
 未だ呆然としているミリアリアに代わり、メリオルがさっ答えた。
 
 「ヤマト少尉です」
 〈んなっ!? 何でだよ!〉
 「こちらが聞きたいくらいです」
 
 やれやれと力なく首を振り、彼女は冷静に返した。
 そうこう言いながらも無事に〝スカイグラスパー〟は着艦し終え、マードックも補給作業の為に通信を切り終えていた。
 
 
 
 「おい! 急いでくれよ!」
 
 慌ただしい格納庫で、一人やることが無いカガリは苛立ちを募らせ続けていた。こうしている間にフレイはやられてしまうかもしれないし、勝手に出てったキラのことも非常に気になる。だがそれ以上に、今こうして何もできていない自分が悔しくてたまらないのだから。
 そんな彼女を無視し続ける整備班に、カガリは更に食って掛かった。
 
 「おいったら!」
 「うるせえ! パイロットなら休むのも仕事だろ!」
 
 と、マードックが怒鳴り散らせば。
 
 「黙れ! 私は元気だ!」
 
 と怒鳴り返す。
 
 「んなもん俺が知るか! 邪魔だからあっち行ってろ!」
 「邪魔とは何だ邪魔とは!」
 
 まるで子供の喧嘩のようだったが、確かに自分は邪魔であるようだったので、慌しく指示を続けるマードックの背中を睨み付けながら、
 
 「エール装備だからな! あいつはソードもランチャーも使えないから!」
 
 と付け加えた。
 
 「わーってるよ! 最後の一機だから優しく扱えよ!」
 「うるさい! 私はいつだって優しく使ってる!」
 「使ってねえから言ってんだよ!」
 「なんだと!」
 
 早く、早く終わらせてくれ。でないと……。すぐにでもフレイに〝エールパック〟を届けてやらないといけないのに!
 
 ふいに、慌てた様子のブライアンがやってきて、マードックにこう告げた。
 
 「は、班長! 最後の〝エールパック〟、〝ストライク〟に取られました!」
 「な、な、な……! あのガキ~!」
 「お、おいどうすんだよ! フレイはランチャーもソードも苦手で――」
 「うるせえ! そりゃさっき聞いたぞ!」
 「なんだと!」
 
 心底困り果てた様子のマードックはもはや頼りにならないと判断し、カガリは無い知恵をフル回転させて必死に思考をめぐらせた。エールは無い、ランチャーやソードでは役に立たない……というか使えるようにしておけよ我侭フレイめ……。
フライトが使えれば一番良いのだが、冷却がとかなんだとかで雨天使用禁止と来ているから 話にならない。誰だこんなものよこしたのは。
 後残ってるものとなると――。
 
 「……〝ファントムパック〟を使う」
 
 マードックがぎょっとして振り返る。
 
 「で、できるのか?」
 「やるしかないだろ」
 
 そうだとも。もはやこれしか手段は残されていないのだ。
 カガリは決意を込め、マードックをキッと見据え、言った。
 
 「……頼む」
 
 しばらく空中で視線を交差させていたが、彼も観念したのか深いため息をついてから髪の毛をぼりぼりとかきむしゃった。
 
 「ブライアン、〝ファントムストライカー〟の用意だ。急げよ!」
 
 マードックの号令の元、整備員たちが一斉に動き始める。カガリは嬉しくなって表情をほころばせた。
 
 
 
 「い、今のって、特装砲の〝ローエングリン〟!?」
 
 戦場を駆け抜けたプラズマ粒子に一瞬気を取られ、呆然としていたフレイは、光の渦に飲まれ蒸発していったコーディネイターの思念とも言える雑音に、頭を抱えた。
 
 「この頭痛はこれか……!」
 
 今の一撃でどれだけの命が散ったのだろう。
 あのプラズマ粒子が駆けた時、フレイは発狂してしまいそうなほどの苦痛に襲われた。だが、それはほんの一瞬であったのだ。既に死者の放つ津波のような雑音は、一枚の壁を挟んだかのように届きにくくなってきている。
それが何の力によるものなのかはわからないが、おかげで何とか平静を保てているので疑問は後回しだ。
 ふいに、鋭い殺気がフレイの全身を襲う。
 ――しまった!
 そう思ったときには、もう右肩ごと腕を持っていかれた後であった。慌ててモニターを見据える。ビームサーベルを構えた〝イージス〟が、もう一撃とばかりに切りかかろうとする。
 咄嗟に右足を差し出し、辛うじてコクピットへの直撃を避けれたものの、もはや戦闘することはままならないだろう。
 
 〈隙を作ったなアルスター!〉
 「作ってあげたのよ、あんたが弱いから!」
 
 勿論嘘であったが、こうも言ってやらないと気がすまなかった。
 
 〈口の減らない女め!〉
 「ラクスのナイト気取ってる子が女の子を手にかけるつもり!?」
 
 ぐっと押し黙る〝イージス〟のパイロット。やるなら今!
 すかさず左手でサーベルを鞘走らせ、飛び起きるようにして〝イージス〟に斬りかかる!
 それを瞬時に見極め、〝イージス〟は〝ダガー〟の腕を取り無理やり力で抑え込んだ。たまらず〝ダガー〟はバランスを崩し、地面に屈した。
 
 〈――女狐め!〉
 
 もはや、フレイに打つ手は残されていなかった。行動は完全に抑えられている。モニターいっぱいに映る〝イージス〟のデュアルアイに光が灯る。発せられる殺気に、フレイはぞっと身を震わせた。
 
 「こ、殺す気? わたしを――」
 
 嫌だ、死にたくない。そんな独りよがりな思いが、こんなことを口走らせたのかもしれない。
 しばらくの沈黙。その間、フレイは自分の心臓の鼓動音だけを聞いていた。
 
 〈……君は、危険な存在だ〉
 
 〝イージス〟の持つサーベルで光の刃が鋭く輝いた。
 
 
 
 そう、彼女は危険だ。直感的にアスランはそう感じていた。砂漠で出会った何の変哲も無い少女。おそらく初陣はあの時の〝デュエル〟だろう。……ほんの一ヶ月余りの戦闘経験しかないド素人。
アルスター事務次官の娘なのなら、訓練など受けたことすらないであろう少女が、こうも戦ってみせたのだ。紛れも無い天才。今この芽を摘み取っておかねば、大変なことになる。しかし――
 
 〈そ、そんなの! わたし知らないわよ!〉
 
 怯えきった様子の彼女の声が、アスランの良心を鬩ぎたてる。
 
 〈や、やだ……死にたくない……〉
 
 懇願するように、彼女は言った。
 
 「戦争してんだぞ!」
 
 それは誰に言った言葉か。ひょっとしたら、自分に言い聞かせようとする言葉なのかもしれない。尚も少女は続ける。
 
 〈勝手に巻き込んだくせに! パパもママも殺したくせに!〉
 
 涙交じりの言葉に、アスランは言い返せなかった。どくんと心臓が熱くなる。俺は何の為に戦っている? 罪も無い少女の家族を奪い、彼女自身の命すらも奪おうと言うのか?
 ――しかし、と彼は思う。
 
 「……アスラン・ザラだ」
 〈えっ?〉
 
 困惑した様子でフレイが聞いた。アスランが続ける。
 
 「パトリック・ザラ国防長官の息子、アスラン・ザラ――」
 〈何……よ……〉
 
 しかし、例え彼女に何の罪も無かろうと。
 
 「仲間の為、友の為、そしてザフトの為に――」
 〈ま、待ってよ、わたし……!〉
 
 それが大切な仲間たちに危害を及ぼす可能性のあるものなのであれば――。
 
 「遺憾ながらその命、貰い受ける!」
 〈嫌っ、待って、待ってよォ!!〉
 
 ぎっと歯を食いしばり、操縦桿を握りなおす。
 
 「さらば、アルスター!」
 
 アスランはビームサーベルを逆手に持ち変え、少女のいるコクピットに狙いを定めた。
 罪を背負う覚悟は、とうにできていた。
 その時――
 
 〈やめろぉぉおおっ!〉
 「――ッ!? キラか!?」
 
 
 
 まただ、また! またぼくは、フレイを泣かしてしまう! これのどこが〝スーパーコーディネイター〟だというのだ! 教えてくれカナード、本当にキラ・ヤマトは〝スーパーコーディネイター〟なのか? そもそも何を基準に言っているのだ、その〝スーパーコーディネイター〟とは! 好きな子一人守ることのできないようなものが、〝スーパーコーディネイター〟なのか!
 
 「どけ、アスラン!」
 
 驚きこちらに向き直る〝イージス〟をにらみつけ、キラは叫んだ。
 
 〈また俺の邪魔を!〉
 
 怒りを孕んだアスランと問答する気は無かった。そのまま減速せずに無理やり機体ごとぶつかり、〝イージス〟を払いのける。その衝撃とGに、全身の骨が軋むのを感じた。既にいくつかの傷口は開き、出血も始まっている。だが、本当に〝スーパーコーディネイター〟だというのなら――
 
 「――この程度で!」
 
 エールのスラスターを吹かせ、無理やり体制を立て直す。そのまま〝イージス〟に向けてビームを撃ち放った。たまらず距離を取る〝イージス〟。その背後から現れた〝デュエル〟のビーム射撃にキラは対応できずにビームライフルを貫かれた。
 
 〈無茶よキラ! あなたまだ傷が――!〉
 
 フレイが慌てて通信をよこす。でも今は、彼女と話しをしている気にはなれなかった。
 
 「下がってくれフレイ。ぼくはまだ戦える」
 〈無茶だって言ってんのよ馬鹿っ!〉
 「ぼくは下がれと言ったぞ!」
 
 びくっと震える少女の姿が見えたような気がした。
 
 〈で、でも……〉
 
 震える彼女の声が、少しばかりキラの心を冷静にさせてくれた。キラはなるべく落ち着いた声を作り、言う。
 
 「……ぼくが戦わないと、カナードに、みんなにあわす顔が無いんだ」
 
 みんなとは、多くのナンバーたちと、生まれることすらできなかった山ほどの命。
 じりじりと互いに距離を取る〝ストライク〟と二機のG。その緊迫感の中、キラは言葉を続ける。いや、ひょっとしたら誰かに聞いて欲しかっただけなのかもしれない……。
 
 「ぼくは、君が思ってるよりも、ずっと化け物だったんだよ……」
 〈な、何言って……〉
 
 戸惑う彼女を無視して、キラは爆発した。
 
 「ぼくは、メンデルって所で作り出された……ただのトゥエレブ・メンデルだったんだ……。ずっとキラ・ヤマトだと思ってたのに! 父さんと母さんの子だと思ってたのに! ただの化け物だったんだッ!」
 
 キラの目には涙があふれていた。とめどなく溢れるそれを止める手立てなどわからず、キラは叫び続ける。
 
 「ぼくなんかのために、カナードも、たくさんの兄さん達が犠牲になったって……! なら、ぼくは戦わないと、彼らに――!」
 
 
 
 トゥエレブ? メンデル? 何を言ってるの、キラ……。
 〝アークエンジェル〟の艦橋《ブリッジ》で、モビルスーツ管制を担当していたミリアリアだけが、彼の呻きを聞いていた。ならば、それならばカナードは……。
 彼女の中で、全ての疑問がつながった瞬間である。
 
 「〝ローエングリン〟、エネルギー充填百パーセント!」
 
 パルの声が響き渡り、マリューが第二射目の指示を出すと、また艦橋が活気付く。
 
 「目標、前方のレセップス級!」
 
 号令と同時に、ずしんという振動が艦全体を襲う。ナタルが慌てて状況を確認させ、メリオルが素早く索敵を始めた。
 甲板のアムロ機が〝アークエンジェル〟の真下に向かってビームライフルを嵐のように撃ち放つ。
 何もいないはずの空間から、〝ゲイツ〟、〝バスター〟、〝ブリッツ〟が姿を現した。
 
 「〝ミラージュコロイド〟か!」
 
 ナタルが驚いて声を上げると、それに呼応するかのように〝ブリッツ〟が手に持っていたリモコンのようなものをこちらに向ける。
 もう一度大きな爆発が、左舷エンジンと特装砲〝ローエングリン〟から上がった。
 
 「左舷エンジン機能停止! このままでは不時着します!」
 
 パイロットのノイマンが声を荒げた。
 
 「〝ローエングリン〟は!」
 
 負けじとナタルが言う。
 
 「……駄目です、完全に沈黙しました!」
 
 と、メリオル。
 三機の敵モビルスーツは、アムロの繰り出す嵐のような攻撃にさらされたまらず後退していったが、既に後の祭りであった。
 がくんと高度が落ちる〝アークエンジェル〟。ナタルがぎっと歯を噛み締めた。
 
 「持たせろ!」
 「無茶です!」
 
 すかさずノイマンが反論する。彼は必死に操縦桿を握り、何とか安全に着陸できる場所へと誘導していく。
 
 「みんな、衝撃に備えて!」
 
 マリューが艦橋全体に響く声で言った。すかさずメリオルが艦内通信で不時着の報を入れていく。
 ミリアリアは、自分が何をしたら良いのかもわからず、ただ祈るようにしているだけであった。
 
 
 
 〈グゥレイッ! やったぜ!〉
 
 一番最初に声を上げたのはディアッカだった。流れ弾を必死に避けつつ、慎重に忍び寄り、ニコルたちは『足つき』の陽電子砲と左舷エンジンの破壊に成功したのだ。
 
 〈ちっくしょー! 『悪魔』に気づかれたーっ!〉
 
 必死の形相で後退していくのはラスティの〝ゲイツ〟である。そうとも、この作戦の大成功とは、『足つき』の撃沈を意味するはずだったのだが……。
 
 「でも、戦闘力は奪えましたし、航行も不可能に見えます!」
 
 それはニコルの本心であった。あの『足つき』相手にここまでできれば上出来なのだから。
 
 〈へいへい、ニコル君はフォローがお上手ですってね〉
 「茶化さないでくださいよお!」
 〈ま、お二人さん。さっさとアスランたちの援護に行ってやろうぜ? 〝バスター〟の支援が無くなって泣いてるかもしれないからなっ!〉
 
 いかに『白い悪魔』だろうと、艦から離れられないのであれば逃げるのは容易い。
 ニコルたちがアスランとイザークを目視した時には、丁度〝ストライク〟が青い新型を庇うようにしているところであった。すかさず〝バスター〟が散弾砲で狙いを定め、撃ち放つ。
一瞬新型がこちらに気づいたようにゴーグルを輝かせたが、損傷が酷いようで結局何もできず、〝ストライク〟と共に〝バスター〟の砲撃にされされるだけだ。
 
 〈……ちっ青いやつもフェイズシフトかよ〉
 〈先手必勝ならずってね〉
 
 ディアッカとラスティが不満を漏らすも、ニコルはさっと前を見据えた。
 
 「ですが、戦局はこちらが有利です」
 〈そういうこった!〉
 
 と、ラスティ。ふいに、アスランから通信が入る。
 
 〈ラスティ! 作戦は――〉
 〈陽電子砲ぶっ壊したし、艦も落ちたし、上々!〉
 
 元気なラスティの声に安心したように、アスランが表情をほころばせる。モニターにぱっとイザークが映る。
 
 〈こっちは見ての通りだ。援護してくれるな?〉
 〈了解ってね〉
 〈任せなイザーク!〉
 「了解です!」
 
 今日こそ終わらせる、こんな戦いを。そしてみんなでプラントに帰ろう。
 ニコルの心の中で、勝利の可能性が、確信へと変わりつつあった。
 
 
 
 胃が浮くような感覚の後の大きな振動。間違いない、〝アークエンジェル〟は墜落したんだ。〝スカイグラスパー〟のコクピット内でそんなことを考えていると、マードックが〝ファントムストライカー〟の装着が完了したと告げてきたので、わかったと返した。
カガリは大きめのヘアバンドのような形をした脳波交信装置を頭にはめつつ、一人ごちた。
 
 「……みんな、無事でいてくれよ」
 
 まだ、フレイの死は感じていない。大丈夫、きっと大丈夫。そう言い聞かせながら、祈るようにこぶしを握った。
 
 「火を入れるぞ!」
 
 マードックの号令の元、整備員が一斉に行動を始める。〝スカイグラスパー〟のエンジン音が周囲に鳴り響き、カガリの心臓の鼓動は高鳴った。
 ――本当に私にできるのか? 父上からも、国からも、友達からも逃げ出した私に、本当に……。
 
 「良いぞ、やれ!」
 
 再びマードックの号令が入る。今度のは整備員に向けられたものではない。カガリは思い切り息を吐ききり、前を見据えた。
 
 「――大丈夫、お前は私、私はお前、きっと上手く行く、大丈夫」
 
 呪文のように唱えつつ、カガリは〝ファントムストライカー〟の起動スイッチを入れた。
 ……一秒、二秒と時間がたち、五秒がたつ。
 ――動かない!? 何で、どうして!?
 
 「だ、駄目か……?」
 
 マードックの消沈した声に、カガリはかっとなって反論した。
 
 「待ってくれ! もう一度、もう一度だけ!」
 「気持ちはわかる! だがこうしてる間にも敵は攻めてくるんだ! 使えないんなら――」
 
 敵が、攻めてくる。そんなことはわかっている。でも、ここで、何もできないのは嫌だ! やっと見つけた私だけの居場所なのに! 最高の友達がいる場所なのに!
 
 「ちくしょう! 何で動かない、何で動いてくれない! 今動かないでどうするんだよ! 何のための兵器だ! 誰かを守るためのものなんじゃないのか! その為に作られたのに、何もできないなんて――お前だって嫌だろう!」
 
 気が付けば、カガリは泣きながら〝スカイグラスパー〟のコンソールを叩いていた。こんなところで立ち止まりたくない、もっともっと先へ行きたい! みんなと一緒にいたい!
 
 「馬っ鹿野郎―っ!」
 
 カガリはわけもわからなくなり、思い切り〝スカイグラスパー〟に向かって頭を振り下ろした。ばちっという電気音と同時に額に激痛が走る。出血したかもしれないと思ったところで、何かがうなり声のような音を上げた。
 
 「な、何だ!?」
 
 驚いて周囲を見渡す。格納庫の地面に尻餅をついているマードックの姿が最初に飛び込んできた。彼が目を丸くして〝スカイグラスパー〟の後方にある何かを見つめている。すぐ隣で、ブライアンがつぶやいた。
 
 「う、動いた……」
 
 淡い光の粒が、〝スカイグラスパー〟全体を包み込んだ。
 
 
 
 キラはあの時の感覚を使いながら、〝イージス〟、〝デュエル〟、〝ブリッツ〟、〝バスター〟、〝ゲイツ〟の繰り出す波状攻撃を必死に凌いでいた。ここに来るまでは、いつ死んでも良いと心に決めていた。
そして地獄で父と母に言ってやるのだ、お前たちの作った〝スーパーコーディネイター〟は失敗でした、と。でも、今は違う。自分の死がそのままフレイの死に繋がる。
すぐ後ろに、守ろうと決めた命がある、大好きな人の命がある。フレイの為なら、傷口から流れ出る血液など、いくらでも我慢してみせる。君の為なら……!
 〝バスター〟の散弾砲が、再び〝ストライク〟を襲った。辛うじてシールドで受けるも、衝撃がキラを襲う。その時、フレイから通信が入った。キラは恐る恐る、通信を受ける。
 
 〈キラ、もういいよ……〉
 
 フレイが泣いているのが見えた。また、ぼくは……!
 
 〈わたしを置いて行けば、キラなら逃げれる〉
 「嫌だ!」
 
 すぐさま反論する。それは最も許せないことだったから。
 背後から襲い来る〝ブリッツ〟を一蹴し、その隙に距離を詰めた〝デュエル〟にバルカンで牽制する。
 
 〈だって、わたしの所為で死んじゃうじゃない! なら、わたしを――〉
 「君の命は、お父さんが守りたかった命なんだろう!?」
 〈だって……でもっ!〉
 「またそうやって、だってとか、でもとか! いい加減にしてくれ!」
 〈じゃあどうしろって言うのよ! またわたしの所為で人が死んじゃうのよ!? 残された方はどんな気分になるかあんた知ってる!?〉
 
 泣き声の彼女に、キラは苛立ち、ひとりごちた。
 
 「勝手なことを!」
 〈何よ!〉
 
 キラはじりじりと距離を詰めてくる〝イージス〟と〝デュエル〟を睨み付けた。
 
 「……ぼくは、嫌だ!」
 
 ぼくのこの命は、山ほどの兄がそうなりたかった命だから。ぼくのこの命は、大好きなカナードがなりたかった命だから。そして――
 
 「もう一度カナードに会うまで、ぼくは諦めない!」
 
 背後から〝バスター〟のミサイルが、〝ストライク〟の足場を崩した。
 
 〈なら置いてってよ!〉
 
 すかさず〝イージス〟と〝デュエル〟がサーベルを抜き迫る!
 
 「君も守る! ユーレン・ヒビキが〝スーパーコーディネイター〟として作ったのなら、その力を君のために使いたい! トールの、サイの、カガリの、みんなのために使いたい! そうでもしないと、ぼくは――」
 
 辛うじて〝デュエル〟の一閃を受け流す。その影から〝イージス〟が現れ――
 
 「ぼくは、みんな、に……」
 
 〝イージス〟のビームサーベルが視界いっぱいに広がる。
 だ、め、な、の、か……。
 
 〈終わりだ、キラ!〉
 
 キラはうっと目を閉じた。結局、こんな最後だ。いったいどこで間違えたのだろう。そもそも生まれてきたこと自体が間違いだったのかもしれない。自分も、コーディネイターも。
 唯一の心残りが、フレイ……君を守れなかったことだ。守ると誓ったのに、何もできずに……。
 一瞬の衝撃。痛みもなく、音もない。死というのはこれほど安らかなのだろうか。カナード、もう一度君に会いたかった。許してなどとは言えない、こんな命だから。それでも、ただ、一目で良いから――
 
 〈それを使え! キラ・ヤマト!〉
 
 その声に、キラははっと目を開けた。
 
 
 
 最初は何がなんだかわからなかった。ただ、フレイはキラの死と、自分の死を覚悟したのだ。
〝イージス〟のビームサーベルが吸い込まれるように〝ストライク〟のコクピットへと向かっていく様子がスローモーションのように見えたのは、地獄にいるような気分であった。
 だが、その瞬間、美しい白銀の大剣が飛んできて、〝イージス〟の腕をフェイズシフト装甲ごと切り裂き、〝ストライク〟との間に割って入った。
モビルスーツの身長ほどもある剣が、そのまま荒野の大地に突き刺さり、雲間から光が差し込む。その光景のなんと美しいことか。
 一同が呆気に取られてる中、一番最初に〝ストライク〟が動いた。すかさず剣を大地から抜き、〝イージス〟に向き直る。
 
 〈そうだ、それでこそ、だ。ふ、クククッ〉
 
 聞きなれた嫌味たらしい笑い声に、思わず目をぱちくりさせてしまう。たまらず、キラが声を上げた。
 
 〈カナード? カナード……パルス?〉
 〈話は後だ! ドッキングしろ!〉
 
 はっと声の先を探す。そこには、光が差し込み始めた荒野の大地に、漆黒のモビルスーツが仁王立ちしていた。少しばかり頭部の形状が違うが、間違いなく〝ストライク〟。そしてその背中には見慣れぬストライカーパックが――。
 黒い〝ストライク〟の後方から、一機の〝スカイグラスパー〟が高速で接近してくる。
 
 〈キラーっ! 来てくれたんだよ、本当に! 新型の〝インテグラットパック〟と一緒に!〉
 
 ぱっとモニターにトールが現れる。彼の機体には、カナードと同じストライカーパックが装備されている。
 
 〈〝I.W.S.P.〟だ、貴様なら使いこなせる! やれよ!〉
 〈やらせん!〉
 
 すかさず〝イージス〟が立ちはだかるも、降り注ぐミサイルの雨に行く手を遮られた。
 フレイの心を、別の煌びやかな心が走り去る。この感じは――
 
 「――カガリッ!?」
 
 〝ファントムストライカー〟を装備した〝スカイグラスパー〟が、雲間を駆ける。
 
 〈換装だ、行っくぞぉっ!〉
 「ちょ、ちょっと待っ――」
 〈信じろ! 信じてるから!〉
 
 モニターいっぱいに広がる彼女の顔が、フレイの胸を高鳴らせる。
 ……それは、希望であった。貴女はいつだってそう。わたしに無いものをいっぱい持ってる。
 どこまでも真っ直ぐで、太陽にように明るくて……。あなたはどうしてそんなに強いの? どうしてそんなに頑張れるの?
 わたしは、本当はあなたのようになりたかった。見せ掛けじゃあない、内面で人を引き付けられるような人に――。
 でも、あなたが信じてくれるなら、わたしも……。
 フレイは力強く顔を上げ、見据える。
 
 「カナード援護! 〝ファントムパック〟はわたしが使うーッ!」
 〈任せろ!〉
 
 ばっとウィングを開き、両肩に装備された一一五ミリレールガンを撃ち放つ。そのまま一気に距離を詰め、〝イージス〟に向かって先ほどと投げたものと同じ白銀の剣――XM四○四グランドスラム――で切りかかった。
〝イージス〟はすぐさま応戦すべくサーベルを構える。カナードは気にも留めずに、ビームの刃に向かってグランドスラムを振り下ろした。本来ならば、実体剣であるグランドスラムでは切れるはずの無いビームサーベル、しかし、カナードの振るったグランドスラムは、〝イージス〟をビームサーベルの刃ごと切り裂いた。
 宙を舞う〝イージス〟の腕を尻目に、フレイは〝ダガー〟のスラスターを思い切り吹かせる。それと同時に〝ストライク〟も飛び、〝スカイグラスパー〟と相対速度を合わせる。
 すぐさま〝ダガー〟の後方に〝スカイグラスパー〟三号機が位置し、〝ファントムストライカー〟をパージし、そのまま〝ダガー〟とドッキングした。空っぽだったエネルギーが一気に満タンにまで回復し、フレイは前を見た。既に晴れ間の覗く大空は美しい。
一瞬、ぱっと淡い光の粒が彼女を包み込み、弾けて消えた。
 
 「キラ、カナードを!」
 〈わかった! フレイは――〉
 「周りの連中を片付ける!」
 〈――頼んだよ!〉
 
 そういうと、〝ストライク〟は一気にスラスターを吹かせカナードの元へ急降下していった。
 フレイは今までに無いほど、〝ダガー〟との一体感を感じていた。しっくり来る、馴染む、どうとでも言い換えることができるほど、素晴らしい感覚。
 背中に装備された×字状のミサイルコンテナが起動していくのがわかる。これこそが、〝ファントムダガー〟の本当の力、〝ファントムミサイル〟――。〝ダガー〟のゴーグルの奥で、本来〝ストライク〟のものであった双眼《デュアルアイ》が力強い輝きをあげる。
 フレイは誰かに命じられるがまま、自然に声を上げた。
 
 「行け、〝ファンネル〟!」
 
 ぱっとコンテナハッチが開き、勢い良く十二基もの小型ミサイルが発射されていく。そのミサイルの全てに意思が宿り、敵を追い詰める!
 
 
 
 突然の援軍。だが、たった一機でしかない! そうとも、たった一機増えただけなのだ! なのに、何故こうも勢いづく!?
 
 〈ミサイルです!〉
 
 ニコルの声に、アスランははっと我に返った。すかさず指示を出す。
 
 「――ディアッカ!」
 
 〈オーケー〉と短く言い、彼は散弾砲を撃ちはなった。しかし、十二機のミサイルたちはその砲撃を避けるようにばっと散会し、丁寧にも一基ずつ、アスランたちに襲い掛かってきた。
 
 〈お、おい!?〉
 
 ラスティが驚愕した。あれは、何か、不味い!
 
 「みんな散れ!」
 
 慌てて〝デュエル〟が後退しようとするも、黒い〝ストライク〟のレールガンが左足に当たり、増加装甲を吹き飛ばされた。ミサイルがイザークに迫る!
 
 〈ミサイルなど!〉
 
 バルカンで牽制しつつビームサーベルを抜くも、まるでパイロットが乗っているかのように巧みに回避し、更にイザークを追いすがる。
 
 〈――こいつ!?〉
 
 イザークは慌ててミサイルを切り落とそうとするも、その攻撃すらも避け、ミサイルが左足の、股関節部に直撃し、〝デュエル〟の足を吹き飛ばした。
 
 〈おいおいマジかよ!?〉
 
 ディアッカが声をあげ、ニコルがさっと続く。
 
 〈これは、無線誘導ミサイル!? それもかなりの精度を持った……!〉
 
 そんな馬鹿な、ニュートロンジャマー化では誘導兵器など一切使えないはずなのに! だが、もしも本当に、ナチュラルにはそれが可能なのだとしたら……。
 
 「イザーク、撤退だ!」
 〈なっ、俺はまだやれるぞ!〉
 「ディアッカ、ニコル、敵の足止めをする! ラスティはみんなを!」
 〈お、おい!〉
 〈オーケーアスラン、俺も逃げたいと思ってたところだ!〉
 〈逃げるが勝ちってね!〉
 〈了解しました!〉
 
 仲間たちが続き、アスランは単身黒い〝ストライク〟に特攻を仕掛けた。脚部ビームサーベルを展開し迫る。黒い〝ストライク〟は害した様子も無く払いのけ、そのまま〝イージス〟と衝突した。
 
 〈よおいつかの。また負け戦だな?〉
 「戦いは数だ! 貴様一人増えたところで――」
 〈オレもそう思うッ!〉
 
 ばっとアスランを払いのけると、一気に後退し、黒い〝ストライク〟が白銀の剣を高々と空に掲げる。
 空がちらりと光、何だと思ったその時、雲間をさけ、ビームと銃弾の雨がアスランたちに襲いかかった。
 
 
 
 艦は不時着、周囲には敵の大群。もはやこれまでと思ったとき、ナタルは見た。突如上空から現れる、無数のモビルスーツと、巨大な何かを――いや、何かではない、ナタルはそれを知っている。彼女たちは、他の誰よりも、その何かと最も近い場所に座っているのだから。
 マリューが呆然と声を上げた。
 
 「ア、〝アークエンジェル〟……?」
 
 上空の、エメラルドグリーンに塗られた〝アークエンジェル〟から、総勢十八機もの〝ストライクダガー〟が飛び立ち、地上に鎮座する〝アークエンジェル〟の甲板や周囲に降り立った。ぱっとモニターに映像が映りこむ。
 
 〈待たせたな〝アークエンジェル〟!〉
 「ハルバートン提督!?」
 
 今度はナタルが声を上げる番だ。いや、マリューと同時に言ったかもしれない。モニターに映るハルバートンは、少年のように笑みをこぼし、言った。
 
 「見たまえ! マリュー・ラミアス! 君の子供たちだ!」
 
 カズイとミリアリアが「えーっ!?」と声を上げ、サイが「モビルスーツだって!」と付け足した。
 
 「閣下、その艦は……」
 〈うむ、これこそが、アークエンジェル級二番艦! 〝ザ・パワー〟だ!〉
 「〝ザ・パワー〟……!?」
 
 マリューにつられて、ナタルまでごくりと息をのんだ。ハルバートンのすぐ横で、副官のホフマンが不機嫌そうに咳払いをした。
 
 〈閣下、『ザ』は付きませんが〉
 〈しつこいやつだな! 『ザ』が付いたほうがカッコイイではないか〉
 〈ラミアス艦長、〝パワー〟だからな。『ザ』はつかんぞ〉
 〈〝ザ・パワー〟の力を見せてくれるわ!〉
 
 盛大にため息をつくホフマンを無視して、ハルバートンは子供のようにはしゃいだ。
 しばらく呆気に取られていたナタルだったが、ようやく我に返り、声をあげた。
 
 「ハルバートン提督、月軌道の艦隊は……」
 〈おお、あれか! モーガンに任せてきたぞ! 全部な!〉
 
 ナタルちは絶句した。
 ふと、ナタルは東洋に伝わる『馬鹿と天才は紙一重』ということわざを思い出していたが、ハルバートンがどっちなのかわからなくなっていた。
 
 
 
 〈そーら逃げろ逃げろー!〉
 
 十数もの敵モビルスーツの繰り出すビームと銃弾の雨に晒されながら、アスランはラスティの馬鹿声を聞き流しつつも、一瞬の逆転劇に苛立っていた。これでは……これから連合が作り出すかもしれない『伝説』に加担しただけではないか。
既に『足つき』に取り付いていたモビルスーツ部隊も、必死に逃亡を図るばかりである。
 不時着した『足つき』を庇うように、新しくやってきた深緑色の『足つき』が前へ出る。しかし、積極的な攻撃をしてこないのを見るに、まだまだ練度が低いようにも見えたが、それを補って有り余るほどの数の暴力に、一矢報いることはできないだろうと考えた。
 辛うじて逃げ延びてきた〝ジン〟や〝バクゥ〟を庇いながらアスランたちは、巧みなコンビネーションで迫る二機の〝ストライク〟相手に必死に応戦していた。同じ人間が乗っているのかと思うほど息のあった連続攻撃に、ディアッカとラスティも苦戦しているようだ。
――最も、それを表に出さないのが二人の良いところではあるが。
 
 〈だぁー! もう駄目! やばいって! 死ぬ~!〉
 
 ……前言撤回。とりあえずラスティは何も考えてないだけなのだろう。彼の言葉を聞こうともせず、アスランは二機の〝ストライク〟目掛けビームを撃ち放つ。それを難なく避けられ、逆に両肩に装備されたレールガンの反撃を受けアスランは舌打ちをした。
 
 「勢いづいただけで、こうも違うのか!」
 〈逃げ切れるかは、微妙かねえ?〉
 
 そうやってぼやきつつも、ディアッカは散弾砲を構え、眼前の景色を埋め尽くさんばかりの勢いで発射した。これにはたまらず〝ストライク〟も一旦上空へと距離を取るが、お構い無しにと青い新型から十二発ものミサイルが発射される。
 
 〈――やっべ!〉
 
 ――今あれに狙われたら!
 迫るミサイル群は、ぱっと花びらのようにばらけ、それぞれが一機ずつ、傷ついたモビルスーツたちを狙い始める。
 
 「――みんな逃げろ!」
 
 アスランは必死の思いで叫ぶも、一機、また一機と、たった一発のミサイルにザフトの精鋭たちが食われていく。もはや彼には、青い新型が放つミサイルは、妖花から伸びる触手のようなものに見えていた。
 その触手のうちの一本が、ラスティの乗る〝ゲイツ〟に迫るのを見て、アスランは思わず絶叫した。
 
 「ラスティー!」
 
 懸命に逃げ惑う〝ゲイツ〟を、少しずつ、少しずつミサイルが追い詰めていく。アスランも慌てて追いすがるが、そのミサイルはこちらの位置をも把握しているようで、決して狙撃されぬ位置を常に維持し続けている。
 
 〈こ、こいつ……マジかよ……!〉
 
 いつに無く真面目な声色で、ラスティが言う。
 誰でも良い、あいつを助けてくれ! あいつがいなければ、俺たちは……。初めてプラントに来た時にできた二番目の友達。自分にイザークとディアッカを引き合わせてくれた……何時だってどんな時だって、他人の為に一所懸命なラスティを――!
 その時だった。アスランの中の冷静な部分が、モニターの端――アスランたちの行く遥か先――に映る一機の『見慣れぬ黒い〝ジン〟』を見つけたのは。その〝ジン〟はゆっくりと七十六ミリ重突撃銃を構え、極自然に、それは火を吹いた。
放たれた銃弾は美しい軌跡を描きながら、迫るミサイル群に吸い込まれていく。
 一瞬の後、残っていた八発のミサイルが全て爆発した。
 そのまま〝ジン〟は突撃銃を荒野の大地に捨て去り、品定めをするかのように腕を組んだ。
 アスランは、はっと思い立ち、独り言のようにつぶやいた。
 
 「――五分だ……」
 
 と。
 
 
 
 あるものは両腕を破壊され、あるものは頭部を破壊され、あるものは辛うじて無事な機体に担がれるようにして、一機、また一機と帰路へとついていく。そしてまた一機、〝ゲイツ〟という名の新型が、俺の乗る〝ジン〟の横を通り過ぎていく。
 
 〈サンキュ、助かった!〉
 
 明るい少年を想像させる元気な声が、通信機から聞こえてくる。そしてもう一機――連合から奪った〝イージス〟と言ったか――がすぐ隣を駆けていく。
 
 〈気をつけてください、奴らは――〉
 「任せておけ」
 〈……頼みます〉
 
 弱弱しく吐いた少年の言葉を聞きながらも、迫り来る黒と白の青の〝ストライク〟タイプに、彼は口元を歪ませた。
 あの時の少年少女が、こうも強くなるとは……それも、この短時間で……!
 ためらわず、殺しておくべきだった! くだらん情に流されず、切り捨てておくべきだった! しかし、と彼は思う。
 知人の娘の成長を嬉しく思う、自分もいるのだ、と。
 彼は何だかおかしくなってしまい、もう一度口元を歪めた。
 
 
 
 今のぼくは絶好調だ! どこに行っても、今なら胸を張ってそう言える気がする。そう、隣にカナードがいる限り、どんな場所だろうと、どんな相手だろうと、決して負けない!
 フレイの〝ファントムミサイル〟を撃ち落してみせた〝ジン〟だろうと、二人で……いや、三人で戦えば!
 キラはグランドスラムを両手で構えなおし、一気に加速をかけた。尚も動こうとしない〝ジン〟目掛け、力のいっぱいグランドスラムを振り下ろし――
 
 〈――よせっ!〉
 
 ――兄の声と、自機の両腕が宙を舞うのは、ほぼ同時だった。
 
 「えっ?」
 
 思わず声を上げると同時に、激しい衝撃がキラを襲った。体が軋み、その激痛に思わず息を詰まらせた。
 すぐさま〝ダガー〟が〝ファントムミサイル〟を射出し、〝ジン〟を瞬時に取り囲む。ミサイルたちは〝ジン〟を取り囲むようにしながら一気にスラスターを吹かせ差し迫った。弾道の軌跡からほんの少しだけ〝ジン〟がずれ、ミサイルたちは互いにぶつかりあい誘爆をはじめる。
 
 〈――こいつ!?〉
 
 フレイが信じられないといった様子の声を上げた。
 
 〈下がれ!〉
 
 カナードがキラとフレイを庇うようにして前へ出る。
 キラはようやく激痛との闘いが終わり、前を見据える。
 そこには、先ほどの黒い〝ジン〟たった一機、腰ほどまでの長さをした白銀の剣――その形はまるで日本刀のようだ――両手に構え、静かに佇んでいるだけだった。
 敵の〝ジン〟から通信が入る。
 
 〈やるようになったな、少年!〉
 
 透き通るような、それでいて響き渡るような力強い声に、キラははっとした。どこかで聞いたことのある声だ。それもつい最近――。
 
 「――あ、貴方は!」
 
 もしや、この敵は!
 
 〈サトー……さん……?〉
 
 フレイが、どこか懐かしむような、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないような声で言った。
 そのまま〝ジン〟は真一文字に太刀を振り下ろし、大地に一筋の傷をつける。
 
 〈我が〝クリーン・ミー〟のつけた傷よりこちらへ来ようものなら、君らとて斬る〉
 
 それは、〝クリーン・ミー〟と呼ばれた太刀を真正面に持ち直し、キラたちに向き直る。
 
 〝ジン〟との距離は約八十メートルといったところだろうか。この距離ならば、あの太刀に斬られる心配は無いだろう。しかし……。
 キラは、動くことができないでいた。まるで空気が引き締まっているかのように、静寂だ。キラたちを守るようにして〝グランドスラム〟を構える黒い〝ストライク〟もまた、動けないでいるようだ。
 〈くっ……サトーさんはプレッシャーが強い!?〉
 フレイが呻く。それは、キラには理解できない世界の話であった。重い重い重圧。近づけば殺られるという恐怖。アスランにも、カナードにも無い、何者も近づけさせない絶対的な防壁、のようなもの。そのときになってようやく確信した。
この壁の向こう側こそが、アムロ・レイがいるような『戦士たちの世界』なのだ。今の自分では、足を踏み入れた瞬間に確実な死が待つ恐怖の世界。そこにはフレイも、アスランも、カナードさえも踏み入ることのできない――
 突然、黒い〝ストライク〟が〝ジン〟に一気に加速し間合いを詰める。キラがあっと思うと、カナードの持つ〝グランドスラム〟は根元から切り裂かれ、身の丈ほどもある刃が宙を舞っていた。
〝ジン〟が振りぬいた〝クリーン・ミー〟の刃を返すとす同時に、カナードはすかさずビームサーベルに持ち代えもう一度切りかかった。〝ジン〟が脳天から振り下ろした〝クリーン・ミー〟と、下段から薙ぎ払うようにするカナードのビームの刃が交差する!
 概ね、カナードの判断は正しい。いくら切れ味が良かろうとも、実体剣ではビームサーベルに打ち勝つことなどできないのだから。唯一、カナードの落ち度を挙げるとするならば――
 振り下ろされた白銀の刃は、黒い〝ストライク〟の右腕をビームの刃ごと両断し、そのまま左手首をも切り取る。キラは慌てて援護に入ろうとするも、さっと距離を取り後退してきた黒い〝ストライク〟の、左手が無くなった左腕で制される。
 ビームの刃すらも切り裂く実体剣〝グランドスラム〟。それ以上のものを、敵の〝ジン〟は使用していたのだ。
 
 〈我が師より受け継ぎし剣……新型にも通用すると見た!〉
 
 ゆっくりと〝ジン〟が元の構えに戻る。そのまま彼は続けた。
 
 〈だが悪くない太刀筋だった、若き戦士よ〉
 
 しばらく睨み合う両者だったが、やがてサトーの方が緊張を解いた。
 
 〈――時間だ。諸君らの賢明な判断に感謝する〉
 
 見れば、既にアスランたちの姿は見えないほど遠ざかっている。サトーは、たった一機でアスランたちを逃がすために残っていたのだ。
 もはや戦う力は無いと見たのか、サトーは剣を鞘に収め、そのまま背を向ける。
 
 〈ま、待って!〉
 
 彼の背中に、フレイが声をかけた。
 
 
 
 〈あ、あの……わたし……〉
 
 フレイは困惑していた。あの時、父と子にならないかと言ってくれた人が、突然目の前に現れたのだ。それもまた敵として……。ううん、違う。そんなことは最初からわかっていた。
彼はザフトで、わたしは連合なのだから……彼はコーディネイターで、わたしはナチュラルだから……。しかし、フレイは知ってしまっていた。彼の心を、そして想いを。どんな人間で、どんな感じ方をして、どんな愛し方をしてくれる人なのかを、あの時知ってしまったから……。
 サトーは振り向かず、慄然と言う。
 
 〈軍を抜けてくれると嬉しい〉
 
 心臓が、とくんと高鳴った。今彼についていくことはとても簡単だろう。今ここで武器を捨て、わたしも連れてってと言うだけで良いのだから。なんと簡単で、魅力的な選択だろう。しかし、と彼女は思う。
 
 〈……嫌かい?〉
 
 ほんの少しばかり寂しげな声で、サトーが言った。嫌なわけ無い、貴方は素敵な父をやってくれる、わたしを守ってくれる。フレイは、すっと顔をあげ、答えた。
 
 〈……はい、嫌です〉
 
 しかし――その選択肢を選ぶわけにはいかない。
 
 〈――そう、か……。理由を、聞きたい〉
 
 彼がそう言った瞬間、再び彼の心の奔流がフレイの胸の内を駆けた。これは、悲しいの? 寂しいの? それとも……嬉しいの? いや、きっと全部なのだろう。そういう気持ちだって、少しずつわかり始めてきているのだから。
あの時――〝ファントムストライカー〟と〝ダガー〟がリンクした瞬間、フレイの中でも今まで知りえなかった、想像さえもしなかった何かが、がっちりと噛み合うのを実感できた。
この力はそういうものなのだと言うことが、感覚で理解できたのだ。だからこそ思う、この気持ちをサトーに伝えるには、言葉を発せねばならないのだと。心を走らせることでは無理なのだと……。
 ありのままをの言葉を伝えるよう、思考を捨て前を見据えた。
 
 「あの艦が、好きだから」
 
 
 
 最愛の女性の声に、キラの鼓動が高鳴った。
 
 〈ううん、艦だけじゃない。わたしはみんなが大好き。ラクスも、カガリも、ミリアリアも……掛け替えの無い友達――〉
 
 それが彼女の本心か。キラは思わず涙をこぼしていた。そして実の父に向かって叫びたくなった。
そして言ってやるのだ。見ろ、人はこんなに素晴らしいぞ! それに比べてお前の作り出した最高傑作のどんなに醜いことか! 情けないことか! 我々は自然のまま……ナチュラルのままで十分過ぎるほどの美しさを持っているのだ! コーディネイターなど、最初から必要なかったのだ!
 
 〈……だから行けません、サトーさん〉
 
 〝ジン〟の背中は、どことなく寂しげだった。
 
 〈……さらばっ〉
 
 そう言うと、〝ジン〟は飛び立ち、そのまま荒野の彼方へと消えていった。
 呆然とその光景を眺めていたキラの思考を、〈まだ届かん、か〉というカナードのつぶやきが現実へと引き戻した。キラは、勇気を振り絞った。
 
 「……おかえり、カナード」
 
 ……長い沈黙。キラはカナードの言葉を待った。やがて、彼は自嘲するように言った。
 
 〈……お前で良かった〉
 「えっ?」
 
 思わず聞き返すと、彼は慌てた様子で何でもないと言った後、小さく〈すまなかった〉とだけ言った。
 キラには、それだけで十分だった。
 不時着した〝アークエンジェル〟に戻ると、増援に来てくれたハルバートンの部隊が既に展開していて、ちょっとした凱旋気分だった。いや、事実そうなのかもしれない。
連合の量産モビルスーツが、ザフトの部隊を撤退に追い込んだのだ、これは紛れも無い勝利である。この意味は、ハルバートンにとっても、モビルスーツ隊にとっても、 地球連合にとっても非常に大きな意味を持つはずだ。
 カナードの〝ストライク〟に支えられながら、右手足を失った〝ダガー〟がゆっくりと格納庫に鎮座する。キラは〝ストライク〟を整備ベッドに寝かせ、コクピットハッチを開けた。すぐさま降り立とうとしたが、足に思うように力が入らなく、情けなく転ぶようにしてコクピットシートにもたれかかった。
見れば、既に足元には血だまりができており、キラはまたやってしまったんだなと後悔した。アムロが言ってくれたではないか、自分だけが戦っているのではない、と。フレイやトールだけではない、カナードも、ハルバートンも、連合の部隊の人たちも、皆が戦ってくれていたのに……。
 そんなことを考えていたキラは、目の前に差し出された手に気づき、顔を上げた。そこにいた自分と同じ背丈くらいの彼は、黒と赤のパイロットスーツに顔を隠されていたが、誰なのかはすぐにわかった。
ゆっくりと右手を伸ばし、彼の手を掴むと、そのままぐっと握り返してくれたのを感じ、キラはたまらなく嬉しくなった。彼が苦笑気味に言う。
 
 「……無茶をしたな」
 「……うん」
 「やりすぎだよ、お前は」
 「……うん、ありがとうカナード」
 
 そのまま彼はキラを背に乗せ、皆のが待つ所へと向かう。
 
 「カナード……ごめん」
 
 彼は意外そうに顔を上げた。
 
 「何がだ?」
 「ぼくが、生まれてきて……ごめん」
 
 キラを背負いながら、カナードはゆっくりとタラップを降りていく。その足取りには、キラの傷を気遣うような慎重さがあった。
 
 「いいよ」
 
 そう言った兄の言葉は、優しかった。
 
 
 
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